5.成功?
翌日。
「おい、なんか大変なことになってるぞ」
萌と彩音が登校するなり、またもや直哉。すると、あの怪しげな呪い返しの儀式は失敗だったのか。
「またウワサ?」
萌はガッカリして聞いた。
「ウワサはウワサだけど、ちょっと変なんだよ。三川さんと付き合ってるのが萌じゃなくて、いろんな人になってるんだ」
「いろんな?」
直哉が挙げた名前は、全部で六つ。その中には、萌と彩音が下校中に絡んできた、二年生のちとせの名前も含まれていた。
「どうなってんの?」
萌は彩音に説明を求めた。
「大したことじゃない。ターゲットだった萌を見失って、呪いが無差別に相手を選んでるだけ」
「かなり大したことだよ?」
まさか、こんな事態になるとは思ってもみなかった。一体、どうしたものか。
あれこれ考えているうちに、萌はふと気になった。
「ねえ、直哉。そう言ったウワサって、誰から仕入れてるの?」
「大体は、姉ちゃんとクラスの女子かな。マツオさんとアカセちゃんとはよく話すぞ。おまえらも、もっとクラスの連中と仲良くしろよ」
自分から積極的に、誰かに声を掛けるのは、萌にとっていささかハードルが高かった。人見知りの気があることを自覚しているし、話しかけられても目を見て話すのは苦手である。相手が彩音以外の女子ともなれば、それはなおさらだ。いや、そもそも他の誰かから話しかけられることも滅多になかった。おそらくキャラが薄すぎて、クラスメートに存在を認識されていないのだろう。
ちなみに彩音の場合、彼女の雰囲気や眼力のせいで、みんなから怖がられている節がある。
その点で言えば、こうやって話しかけてきてくれる直哉は、二人にとって貴重な友人だった。
「それができなくても、せめてみんなの話に聞き耳を立てるとかさ。おまえら、どっか他人に無関心なところがあるからなあ」
諫言、痛み入る。
「でも、どうしよう。このまま放っておけないよね?」
「名前あがってる全員に、呪い返ししてもらうか」
直哉は提案する。
そんなことをしたら、次は三十六人が呪われる計算になる。
「あとは……まあ、三川さんに会って事情を話して、呪いをやめてもらうしかないんじゃね?」
直哉は軽い調子で言う。
しかし、はたして詠美は初対面の萌に会ってくれるだろうか。いや、呪いを掛けてくるくらいだから、向こうはこっちのことを知っているはずだ。
ここへ至って、萌はあることに気付いた。
「そもそも、この呪いって何が目的なの。誰かを病気にするとか殺すとかならまだわかるけど、これはそうじゃないよね。三川さんは僕をどうしたかったんだろう?」
「ありもしないウワサを立てて困らせるとか?」
「でも、彩音はウワサを呪いの媒体だって言ったよね。呪いそのもじゃない」
萌が目を向けると、彩音はうなずき同意を示す。
「つまり、ウワサを立てることは三川さんの目的じゃない。だとすると――」
予鈴が鳴り、萌の言葉をさえぎった。
「時間切れ。また、昼休みか放課後に考えようぜ?」
そう言って、直哉は自分の席へ引き上げて行った。隣の席の彩音も、教科書やノートを机に並べ始め、会議はお開きとなった。
しかし、あいにくと昼休みは時間が取れなかった。五限目は体育の授業だったから、彩音が着替えのために教室を移動してしまったのだ。そして、なんの解決も見ぬまま放課後を迎えた。
萌が帰り支度をしながら、彩音や直哉と例の件について話をしていると、クラスの男子が一人声を掛けてきた。なんでも萌と彩音宛に、二年生が訪ねてきているらしい。クラスメートに指差されるまま教室の出入口を見ると、そこにはちとせの姿があった。
「おい、萌。誰だよ、アレ。おまえなんで、あんな美人のセンパイと知り合いなんだ?」
直哉が食いついてきた。
「長与先輩」
「あー、ウワサの一人か」
萌は小走りで、ちとせの方へ向かった。その後ろから彩音と、まるで当然のように直哉もついてくる。
「ちょっと中庭までいい?」
ちとせは申し訳なさそうに言ってから、直哉に目を止めた。
「おれ、川平です。こいつらの友だちなんで、一緒いいっスか?」
初対面だろうが先輩だろうが、まるで物怖じしない直哉が、萌は時々うらやましくなる。
ともかく、彼らは中庭に場所を移した。そこは環境係が花壇の世話などをしているが、それ以外の生徒には用がない場所なので、普段はほとんど人がいない。
「ウワサ、聞いた?」
ちとせは切り出した。
一年生三人は、そろってうなずいた。
「長与先輩が、三川さんと付き合ってるって聞きました」
と、萌。
「本当じゃないからね?」
それは知っている。
「他にも五人くらい名前が挙がってます」
と、直哉。
「それ」
ちとせは直哉を指差した。
「このままじゃ、詠美ちゃんが六股してるみたいに言われるかもしれない。昨日までは、間ノ瀬だけだったからよかったんだけど。そもそもウワサはしてても、みんな『ところで間ノ瀬って誰?』みたいな反応だったし」
「それじゃあ、どうやって僕を見付けたんですか?」
「地道に聞き込みした」
この人は、ちょっとストーカー気質があるのではないかと萌は不安になった。
「とにかく、なんでこんなことになったのか、心当たりがないか聞きたくてさ。ウワサのターゲットとしては、キミのが先輩だし?」
もちろん、しらばっくれることもできる。しかし、どうにかしたいのは萌も同じである。
萌は彩音に目配せした。
彩音はうなずいた。
「実は……」
と切り出して、萌は経緯を説明し始めた。