2.デートしてた?
噂はすぐ立ち消えになると言う、直哉の予想ははずれた。それどころか、土日をはさんで月曜日の朝になると、むしろ話がエスカレートしていた。なんでも、萌と詠美が手を繋いでデートしていたそうな。
「それはないわ」
またもや噂の真偽を尋ねてきた直哉に、彩音が否定を返す。
「土日は萌の部屋で、ずっと一緒にゲームしてたから」
一緒にと言うが、ゲームをしていたのは萌だけである。彩音はもっぱらマンガを読んでおり、たまにどこそこに敵がいるだのなんだのと、横からアドバイスをくれていた程度。
「一緒に?」
直哉は目をぱちくりさせた。
「萌の部屋で?」
「そんなことより、直哉だって僕とオンラインで対戦してたよね?」
萌は指摘する。なんならボイスチャットもしていた。
「あ、そう言えばそうだった。それじゃあ、アリバイはばっちりだな」
「アリバイって」
すっかり犯罪者扱いである。
「けど、これはちょっとマズいよな」
直哉は腕を組んで難しい顔をする。
「なにが?」
「三上さん狙ってるヤツ多いからさ。上級生にも告白してフられたって人もいるってウワサだし。勘違いしたヤツから別れろってせまられたりするかもよ?」
「付き合ってもないのに」
「ウワサを真に受けてる連中は、そんなこと知らないからな」
悪い予言は当たるものである。
実際、その通りになった。
「キミが間ノ瀬?」
その日の下校中、萌と彩音は上級生に通せんぼを食らったのだ。ショートカットで中性的な雰囲気の女子。なかなかの美人だ。
何年生かはわからないが、身長は萌より高いし、体つきは彩音よりも大人っぽい。いや、比較対象に小学生体形の彩音を引き合いに出すのは、おそらく誤りである。それでも十二、三歳の萌たちよりも、目の前の彼女の方が年かさなのは間違いない。
「あ、はい。僕が間ノ瀬です」
「いつから?」
「え?」
「詠美ちゃんとは、いつから付き合ってるの?」
はて、いつからだっけ? と、萌は記憶をたどる。が、そんなものあるはずもない。
「付き合ってないです」
萌は正直に答えた。
「え?」
「付き合ってないです」
萌は繰り返す。
「え、でも……」
すると、彩音がずいと前に出る。そして、
「ウワサです」
と、きっぱりと言う。
上級生は彩音を見て、一瞬怯んだ。彩音の眼力は、相手が上級生だからと言って、いささかも効果が落ちるものではない。
「見て」
彩音は親指で、肩越しに萌を指差す。
「なるほど」
納得する上級生。
萌としては、やはり傷つく。
「それ、三川さん本人には聞いてみたんですか?」
いささか腹立ちまぎれに、萌は正論をぶつけた。
上級生は目をしばたかせ、小さく首を振った。なにやら、思いもよらなかったと言いたげである。
「そもそも、僕ですよ。三川さんにしてみれば、きっと『誰それ?』って感じですよ。こんな、味のない麩菓子みたいな男子と付き合ってるだの手を繋いでデートしてただのって、ありもしないウワサで騒がれて、三川さんが迷惑してるって考えないんですか?」
「萌」
彩音が口を挟む。
「なに?」
「味のない麩菓子は、ただのお麩」
菓子ですらないと言う。
「いや、さすがにそこまで虚無じゃないよ。顔だって、まあ……そう悪くないし」
上級生は慌てた様子で擁護する。
「うん、不細工ではない」
彩音も同意する。
「うん。もしキミが誰かに告白したとして、見た目だけでお断りする女子はいないんじゃないかな。たぶん」
「ありがとうございます。ちょっと自信付きました」
「萌、ちょろすぎ」
彩音がぼそりと言う。
萌は聞こえなかったことにする。
「なんか変なコト聞いてごめんね。えーと……私、長与ちとせ。二年」
「僕は一年一組の間ノ瀬萌です。誤解が解けてよかったです」
「私は西山彩音」
ちとせは一年生二人を微笑ましげに眺め、
「まあ、そうだよね。もうカノジョがいるのに、詠美ちゃんと付き合ってるはずがないよね」
とんでもないことを言う。
「カノジョじゃない」
彩音はきっぱり否定する。
「え。じゃあ、なんで一緒に帰ったりしてるの。仲良く並んで?」
ちとせはきょとんとする。
「家が隣同士だから」
「ふーん、そうなの」
ちとせの目に疑惑の色が浮かぶ
「でも、三川さんと付き合ってないのはホントです。って言うか、先輩こそ三川さんのなんなんですか?」
萌は急いで言った。
「え。私は、その……」
ちとせは明らかに動揺した。
「赤の他人」
彩音はズバリと言う。
ぐうの音も出ないちとせを見れば、それが図星であるとわかる。
「なんて言うか、ほら、遠くから見守っていたいって気持ちはあるんだけど、親しくなりたいとかお近づきになりたいとか、そんな恐れ多いことは考えてなくて……」
ちとせは、しどろもどろに意味の分からない弁解を始める。
「よっぽど可愛いんですね、三川さんて。いっぺん、会ってみたいなあ」
なんとなく興味をひかれ、萌はつぶやいた。
「ほう?」
彩音がじろりとにらんできた。
「あ。いや、彩音だって気にならない?」
「ならない」
「あ、そう」
二人のやり取りをぽかんと見ていたちとせは、またもや疑惑の目を向けてくる。
「ねえ、キミたちやっぱり付き合って……」
「「ないです」」
息ぴったりに否やを返す萌と彩音だった。