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1.付き合ってる?

 登校して教室へ入るなり、友人の川平(かわひら)直哉(なおや)が、声をひそめてこんなことを聞いてきた。

(はじめ)、おまえ三川(みかわ)さんと付き合ってるってホントか?」

 間ノ瀬(まのせ)(はじめ)にとって、それは寝耳に水だった。彼は十二歳になる今まで女子とお付き合いするような機会に恵まれたことは一度としてなく、そもそもからして三川さんとやらのことをまったく知らない。いや、ちょっとまて。場合によると「三川さん」は、女子ではなく男子である可能性もあるぞ。

「ええと、それ誰?」

 萌はおそるおそる聞き返す。

「三組の女子だよ。三川(みかわ)詠美(えいみ)。入学式の時、新入生代表であいさつしてたろ?」

「あー……うん、覚えてない」

 正直なところ、入学式の記憶はあやふやである。当日はひどく緊張していたし、なにより三か月も前のことなのだ。はっきり覚えているのは、退場の際に自分の前を歩いていたクラスメートの後頭部くらいである。

 ともかく直哉の説明によれば、詠美はめちゃくちゃ可愛い上に頭もよく、どうして市立の中学校に来たのかわからないくらい優等生なのだと言う。

「ねえ。そもそも、そんな子と僕が付き合ってるだなんて話、なんで信じられるわけ?」

 萌は逆に聞いてやった。萌は自分が女子にモテる類の人間だとは、まったく考えていない。勉強も運動もそこそこであり、趣味と言えば、世界的に有名な箱庭ゲームで稚拙なレッドストーン回路を作ることくらい。優等生の美少女とお近づきになれるような要素は、まさに皆無。

「逆。信じられないから聞いてる」

 横から正論が差し込まれた。ごもっともではあるが、事実の提示が時として相手を傷つけることを知らないのだろうか。何を、と隣の席に目を向ければ、声の主は女子。西山(にしやま)彩音(あやね)。ワカメのようなもじゃもじゃの髪と、垂れた前髪の隙間から覗く三白眼のせいで、妙な迫力がある。ただし背は低く、いまだ小学生体形を脱し切れていないから、とらえようによっては可愛いのかもしれない。

「違う?」

 彩音は直哉にじろりと目を向ける。

「お、おう。まあ、そう言うことだ」

 直哉はしどろもどろに同意する。

 彩音は目付きが悪いせいで、本人が意図せずともしばしば相手を脅かしてしまうことがある。萌はなれっこだから何とも思わないが、彼女に目を向けられた人たちは、大抵が直哉のような反応を示す。

「幼なじみのことだし、西山ちゃんも気になるよな」

 女子にビビったことを悟られまいとしているのか、直哉は軽口を叩く。

「幼なじみってほどの付き合いじゃないわ」

「あ、はい。サーセンした」

 彩音にねめつけられ、直哉は早々に降参した。

 実際、彼女の言う通りだ。萌の家の隣に、彩音が引っ越してきたのは小学三年生のころ。幼なじみというには、いささか付き合いが浅い。当然のことながら、互いの家にお泊りしたり、二階の窓越しに会話をしたり、寝坊したときに起こしに来てくれたり、と言った幼なじみイベントも、これまで一切発生しなかった。ただ、登下校を一緒する機会が多いので、他の女子よりは近しい間柄と言えなくもない。

「まあ、信じられないって言うのはそうなんだけどさ。なんだっけ、火のない所でケバブは焼けぬ?」

 と、直哉。

「火のない所に煙は立たぬ」

 彩音が訂正する。

「それ」

 直哉は両手の人差し指を彩音に向ける。

「で、どうなの?」

 彩音は萌に目を向ける。

「煙もケバブも身に覚えないよ」

 えん罪もいいところだ。いや、人気の女子と噂になるのは決して犯罪ではないが、極め付きの一般人である彼にとって、それは身に余ると言うか、いっそ後ろめたいものであった。

「こんな変なウワサ流されて、僕はともかく三川さんが迷惑してるんじゃないかな」

「僕は()()()()?」

 彩音が変なところに反応した。

「深い意味はないよ」

 萌は急いで弁解する。この事態を喜んでいるように受け取られても困る。

「まあ、あれだ。ぜんぜんしんにょう性の無い話だし、すぐに消えるんじゃね?」

 直哉は無責任に言う。

信憑(しんぴょう)性」

 彩音が訂正する。

「それそれ」

「って言うか、もし本当ならどうするつもりだったの?」

 ちょっと気になって、萌は聞いてみた。

「モックでダブルチーズバーガーセットをおごってもらう。サイドはナゲットでドリンクはL」

 それは学校からほど近い商業施設のフードコートに入っているハンバーガーチェーン店で、名前の由来は「毎日美味しいキッチン」をローマ字で書いた頭文字らしい。

「なんで僕が?」

「そりゃあ、おまえばっかりいい目を見るのが気に食わないからさ」

 清々しいまでにゲスい理由である。

「萌」

 彩音が三白眼を萌に向ける。

「帰り、買い物付き合って。お母さんに買い出し頼まれたの」

「いいよ」

 萌は快諾する。部活をやってるわけでもないので、放課後はフリーなのだ。

 直哉は二人のやり取りを見て、なにやらあきれた様子でぼそりとつぶやく。

「よく考えたら、三川さんじゃなくても割り込む隙なんてないんだよなあ。こいつら」

「なに?」

 彩音はじろりとにらむ。

「あ、なんでもないっス」

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