護りの騎士
「おじいさんだよ。知らないおじいさんが、僕を助けてくれたんだ」
村に駆け戻った少年は、必死な顔で大人たちに訴えた。
「お願い、一緒に来て。あの人を弔ってあげたいんだ」
大人たちは顔を見合わせた。
***
この命に代えても、王を御守りいたします。
騎士ドレイクは、齢十八で王に剣を捧げ、忠誠を誓った。
大きな盾を携えて従軍した初めての戦場で、不意に飛来した流れ矢から王を守ったのが最初の功績だった。
それを皮切りに数多の戦場で、ドレイクは王の危機を幾たびも救った。
戦場を駆けるうちに十年が瞬く間に過ぎ、いつからかドレイクは護りの騎士と呼ばれるようになっていた。
次の十年、ドレイクは常に王の傍らにあった。王と謁見した諸侯は、その傍らに控える抜き身の剣のような騎士に目を見張った。
護りの騎士の名は、近隣諸国にまで轟くようになっていた。
ついに王国全土を平定した王は、ドレイクに今度は自分ではなく最愛の王女の護衛を命じた。
この命に代えても、その身を御守りいたします、とドレイクは麗しい王女に誓った。
平定したての王国の基盤はまだ脆く、王女の命を狙う者も多かった。だがドレイクの卓越した剣の前に、暗殺者たちの刃は全て虚しく砕けた。
再び十年が過ぎ、王女は隣国の王子と結婚した。
長きにわたり護衛を務めてくれた護りの騎士に、王女は財貨で報いようと決めた。
これからの一生を遊んで暮らせるだけの財宝とともに暇を出されたドレイクは、途方に暮れた。
どうか護衛を続けさせていただきたい、とドレイクは王女に訴えた。
この命に代えてもその身を御守りすると誓ったのです、と。
しかし王女には騎士の真意が分からなかった。
もういいのです、と王女は優しく言った。今日まで本当に良く仕えてくれました。これからの人生は、どうかあなた自身のためにお使いなさい。
ドレイクは、己の生きる意味を見失った。
それでも未練がましく、しばらくは王都に留まっていた。
王女の気が変わって、呼び戻されることを期待していたのだ。
だが、王女から翻意の報せは来なかった。
一生を遊べるだけの財宝を全て惜しみなく人に譲り渡して、ドレイクは旅に出た。
王都を離れた小さな村に着いたとき、ドレイクはその村に毎年いけにえを求めてくる邪悪な魔術師がいることを知った。
村人たちから助けを乞われたドレイクは、己の生き方を見付けたような気がした。
単身、魔術師の根城に乗り込んでこれを討ち果たした。
村人たちは歓喜し、ドレイクに感謝したが、これからも自分たちを守ってくれ、とは言わなかった。こんな高名な騎士が自分たちのために村に留まってくれるわけがない、と村人たちは思っていた。
ドレイクは再び旅に出た。
いくつもの町や村で、同じように盗賊や魔物を倒した。その結果は、やはり同じだった。
村人たちは騎士に深い感謝を捧げたが、これからも自分たちを守ってくれとは言わなかった。
騎士はそれらの町や村に留まることはなかった。
ある町で、ドレイクは一人の女と出会い、男女の仲になった。
ここで一緒に暮らしましょうよ、と女は言った。もう旅は終わりにして私と生きていこう、と。
もしも女が、これからずっと私を守って、と言ったならばドレイクは喜んでその町に留まり、女の隣にい続けただろう。だが女はそうは言わなかった。
女の言葉に静かに首を振り、ドレイクは翌朝早くに町を発った。
あてどのない旅は続いた。
王都を発ってから、すでに十五年が経っていた。
かつての勇壮な騎士の姿が想像もつかないほどに老いたドレイクに、助けを求める人間はもはやいなかった。
誰からも求められず、それでも彼は足を止めなかった。
あるとき通りかかった山道で、ドレイクは年端も行かない少年が小鬼どもに襲われているのを見た。
小鬼など、かつてのドレイクにとってはとるに足らない相手で、何匹斬ろうが武功を誇れる魔物ではなかった。
だが、老境を迎えた彼に以前のような力はなかった。
それでも、助けて、という少年の悲鳴を聞くやドレイクは躊躇なく剣を抜いた。
心にかつての雄々しい炎が燃え上がるのを感じた。
最後の小鬼が倒れたとき、ドレイクの身体に刺さっていた何本もの錆びた短剣のうち、どれが致命傷となったのかは分からない。だが、小鬼の死体の真ん中に座り込んだドレイクは満ち足りた顔をしていた。
怪我はないか、とドレイクは少年に問うた。少年が頷くのを見た彼は、ならばよし、と頷き返した。
そのままもう何も言うな、とドレイクは血に塗れた顔を綻ばせた。お前を守ることができて、俺は今、心から満足しているのだ、と。
ドレイクはまるで伝説の龍の死骸でも見るかのように、自らが討ち果たした小鬼どもを誇らしげに眺め、それから深い息を吐いた。
静かに目を閉じた騎士は、それきり、もう二度と動くことはなかった。