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ククク、ヤツは四天王の中でも最強…〜残された三天王たちは今〜

 魔王城にある作戦会議室では、3体の魔族が薄暗い部屋の中、これからのことについて話し合っていた。


「四天王の1人、ダークネスドラゴン殿が勇者にやられたとの知らせが入った…」


「まさかダークネスドラゴンさんともあろう者が、人間の勇者風情に負けるとは…」


「ククク…ヤツは四天王の中でも最強…」


 3体の魔族は互いに顔を見合わせる。


「「「………………………………」」」


 時が止まってしまったのかと思えるほどの静寂が生まれ、時計の針の音だけが木霊した。


「「「どうするんだこれ………」」」


 長い長い沈黙の末に、3体は同時に同じ言葉を口にした。




「いやいやいや、まじでどうすんのさコレ!四天王が1体やられちゃったよ!このままじゃあ、四天王じゃなくて三天王になっちゃうよ…」


「つーかダークネスドラゴンのおやっさんがやられるほどの勇者ってなんなんだよ!数がウリの人間が持っていい強さじゃないでだろ!」


「おおおおお落ち着けい、貴様ら!それよりもまず考えねばならぬことがあるだろう!」


「そ…そうだったね。さすがライオ君、君の言うとおりだよ。差し当たってこの現状をどうにかしないと…」


 ライオと呼ばれた魔族は、目にかかってないメガネをクイッと上げて4本ある腕を組むと、高らかに宣言した。


「そうだ、モック!我々は今、亡くなったダークネスドラゴン殿のご遺族の方へ、弔慰の品を何にするか決めねばならぬ!」


(ちげ)えよバカ!いやそれも大事だけど今じゃねえ!勇者への対策だろ!オメーが1番テンパっておかしなこと言ってんじゃねえか!」


「なんだと!グレイ!貴様、この私に向かってバカと言ったか!バカって言ったやつがバカなんだぞ!」


「だあああああああああ!誰かこの会話のできねえ阿呆をつまみ出せええええええええ!」


 突然の訃報に気が動転してパニック状態のライオに、グレイがブチ切れる。


「ハハハ!無理だよ、グレイ君。ここには僕たちしかいないし、ライオ君のことをつまみ出してくれる人がいないからね。それに、ダークネスドラゴンさんの情報を持ってきてくれたのはライオ君だよ?今最重要な情報を持っている人を追い出せると思うかい?」


「クッソおおおおおおおおお!なんでこんなヤツが四天王なんだよおおおおおおおお!」


 グレイの心の底からの叫びが部屋中に虚しく木霊した。




 しばらくしてライオが平静さを取り戻し、三天王による勇者への対策会議がようやく始まった。


「して、これより勇者対策会議を始める。」


「なんでオメーが仕切ってるんだよ…」


 さっきまで醜態を晒しておきながら急にこの場を仕切りだしたライオに、グレイは不満があったようだが、彼の呟きはスルーされた。


「うーん…でもダークネスドラゴンさんがやられた時点で、僕らはもう打てる手がないんだよね。」


「だよなあ…俺ら3人合わせてもダークネスドラゴンのおやっさんには勝てねえし…」


 魔王軍の訓練で、彼らはダークネスドラゴンと何度か手合わせしたことがあるが、まさに次元の違う強さだった。

 3対1で挑んでも、すぐに返り討ちに遭ってしまうほどに。


「…グレイ、貴様以前『勇者なんぞ俺のアンデット軍団の力で一捻りだ!』なんて言ってなかったか?」


「バカ野郎!何年前の話だよ!あの頃の勇者はまだ聖剣も持ってなかったし、力も弱かったから俺の敵じゃねえっつったんだ!チクショウ…あの時勇者をちゃんと殺っとけば…」


 勇者の実力を見て、これならいつでも倒せると高を括っていた昔の自分を後悔するグレイ。


「まああの頃のグレイ君は調子に乗ってたからね。自分が最強だなんて毎日のように言ってたし。それでダークネスドラゴンさんに傲慢な態度を嗜められた時も…『闇より生まれし我に挑むとは愚かな!』だつけ?…プッ」


「ククッ…あの時のダークネスドラゴン殿の…可哀想な子を見るかのような視線といったら…ブフォッ」


 厨二病と言うべきか、グレイの黒歴史を思い出して、耐えきれずに吹いてしまうモックとライオ。

 なおダークネスドラゴンの実力行使によって、グレイの性格はすぐに矯正されたもよう。


「うるせえ!てめえら、余計なこと思い出してんじゃねえ!」


 恥ずかしいのか、顔を赤らめて怒号を上げるグレイ。

 だが、悪ノリのスイッチが入ってしまったこの状況では、火に油を注ぐだけだ。


「世界の闇を支配する死霊の王…クスクス」


「恐怖と混沌を…フフッ…もたらすために我は地獄より蘇った…ゲボッゲホッ」


 あまりにも美しいグレイの黒歴史っぷりに、思わず咽てしまうライオ。


「コイツライツカコロス…」


 仲間に向けてはいけないような視線を2体に送るグレイ。


「ハハハ、ごめんごめん!グレイ君っていい反応してくれるから、すぐイジりたくなるんだよね。」


「うむ…フフッ…ま、まあ冗談はここまでにしておこうではないか。」


 さすがにやりすぎたと反省したのか、話の流れを戻そうとする2体。


「…チッ!」


 そんな2体に対し、やさぐれたような顔をしてグレイは舌打ちした。


「アハハ…そ、それはそうとグレイ君。勇者は倒せないにしても、死霊使い(ネクロマンサー)の君ならゾンビ軍団を勇者にぶつけて、体力を消耗させるくらいはできるんじゃない?」


 率直な疑問をモックはグレイにぶつける。


「俺もそれは考えたんだが、結論から言うと無理だ。確かに大量のゾンビをぶつければ勇者を消耗させられる。しかしヤツは『ケイケンチ』だか『レベルアップ』だか知らんが、敵を倒せば倒すほど強くなりやがるんだ!」


「なるほど、つまり貴様の脆弱なゾンビ軍団をぶつけると、勇者が強化されてしまう可能性があるのか…」


 これ以上勇者が強くなると本格的に手を出せなくなってしまうので、少数精鋭で一気に倒す必要があった。


「おいコラ!俺のゾンビは弱かねえよ!アイツ(勇者)が強すぎるだけだ!」


「ま…まあまあ」


 モックが苦笑いしながらグレイを宥める。


「ってかお前らはどうなんだよ!厄介事を俺に押し付けようとしやがって…」


 仕返しと言わんばかりに、グレイは2体に向かって尋ねた。


「うーん…僕はちょっと難しいかな?ほら、ミミックだし。」


「【擬態】で強え奴らの力を借りればいいんじゃねえのか?例えば魔王様とか。」


「【擬態】で他人の力を使えるようになったとしても、オリジナルには勝てないんだよね…ほら、魔王様ってダークネスドラゴンさんと同じくらいの強さだし、魔王様に【擬態】しても勇者に勝てる未来が見えなくって…」


 例え同じ力を使えるようになったとして、どうしても熟練度の部分で差がついてしまう。

【擬態】の大きな弱点だった。


「ふむ…私も勇者に勝てるかといえば答えはノーだ。なんせ私は指揮能力と支援系の魔法を買われて四天王になったのだ。直接戦闘もできなくはないが、勇者と戦えるほどではないだろう。」


「クソっ!誰一人として勇者を倒せるやつがいねえじゃねえか!」


 支援特化型のライオ、大規模な軍団の召喚がメインのグレイ、トリックスターのモック…最大戦力のダークネスドラゴンを失った彼らは、個の武勇という点においてなかなかのポンコツだった。


「…そうだ!第1兵団隊長のフェンリル、ハクローのアニキがいれば!」


「あの方は今、西の森でゲリラ戦の真っ只中だから来れないよ。」


「じゃ…じゃあ魔導隊副隊長でデーモン族のバラモスのヤツは…」


「バラモス殿は大規模掃討魔法のために、毎日枯渇寸前まで魔力を魔法陣に送っているため、こちらには来られないだろう。」


「な…なら…」


「もう諦めなよ、グレイ君。今はどこの戦場も人手がカツカツなんだ。単独でここまで突っ込んできた勇者に人員を回す余裕なんてないんだから。」


 物資はねえ!人手もねえ!戦況それほど良くもねえ!休みもねえ!金もねえ!偵察毎日ぐ~るぐる!

 そんな状況で勇者対策に兵力を回してくれる部隊など皆無だった。




 なかなか勇者に対して有効な策が見つからず、議論が停滞していたところ、「そういえば…」とモックが話し始める


「グレイ君、この間おいしそうに食べてたカタトロフ牛のステーキがあったじゃん?あれ僕が取り寄せたんだよねえ。」


「は?」


 会議の議題と関係のなさそうな話を急に振られたグレイは、キョトンとした顔でモックを見た。

 いち早く何かを察したライオは、場の空気が変わらぬうちに喋りだす。


「ふむ…その後にデザートで食べた、パルロベリーのカスタードパイは絶品だったろう?あれはカルサマネロ地方の名物でな…私がレシピを持ってきたんだ。」


 畳み掛けるようなライオの物言いに、さすがのグレイも彼らの意図に気づいた。


「待て待て待て!お前ら、そんなんで俺に勇者を押し付けようってか!?絶対釣り合ってねえよ!」


 グレイに勇者を押し付けよう同盟、ここに成立。


「いやいやいや、寛大な心を持つグレイ君にさ、一宿一飯の礼ってやつを見せてほしいわけよ。」


「そうだぞ、グレイ。我らは決して貴様に勇者を押し付けたいわけではなくてな、友としてお前のために成長の場を与えてやりたいと思っているのだよ。」


 2体は慈愛に満ちたかのような表情でグレイを見る。

 結託すると厄介な事この上ない奴らだ。


「いやそんだったら俺もお前らに、この間の祭りでボロボロ鳥の串焼きを奢ってやったじゃねえか!」


「あれはお祭りだから」「ノーカンだ」


「ざけんなあああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 グレイの魂の叫びは、3体しかいない会議室によく響く。


「だいたいよお、ライオ!オメーこの前魔王軍の備品の剣をなくした時に、報告書ちょろまかすの手伝ってやったよなあ!」


「なっ…!」


 おや?風向きが変わったぞ?


「ふーん…そうなんだ、ライオ君。そういえば僕も、ライオ君が捕縛対象を取り逃がした時に、後で捕まえてライオ君の手柄にしてあげたことあったよね?」


 グレイに勇者を押し付けよう同盟、消滅。

 旗色が悪いと見るやいなや、息を吐くように手のひらを返すクズの鑑。


「な…な…モック!それを言うなら貴様も、魔王様の命令から逃げるために、【擬態】を使って隠れたことを黙っていてやったではないか!」


「そういやあモックお前、酒弱かったよな?いつかの祝勝会でベロンベロンに酔っぱらって、魔王様にダル絡みしてたところを助けてやったのが懐かしいなあ。」


 昨日の敵は今日の友、でもたぶん明日は敵。

 厄介事(勇者)を押し付けるためならなんでもする彼らのクズっぷりは、見ていて清々しくなるほどだ。


「へえ…でも君たち、重要な会議のある日に合コンへ行くとか言って、僕に【擬態】を使って代理出席させたことあったよね?」


 その後も3体は醜い言い争いを続ける。

 やれ報告書を偽装しただの、やれ経費をちょろまかしただの、出るわ出るわの不正の数々。

 彼らの手のひら返しも然ることながら、積み重ねてきた不正の量も中々のものだ。

 もう一度新兵からやり直せと言いたい。


「うーん…このままじゃ埒が明かないねえ…」


 モックはそう言うと、魔界で1番足が速いと言われているラピッドウルフに【擬態】した。


「よし、じゃあ僕は今までの話を魔王様に報告してくるね!まあちょっと君たちが不正していたと口を滑らせちゃって、2人が最前線に送り出されるかもしれないけど大した問題じゃないよね!」


 会議室を飛び出したモックは、魔王のいる執務室へと全速力で駆ける。


「は?おい!」


「な!貴様、卑怯だぞ!【加速(アクセラレート)】」


 魔法で足が速くなったライオがそれを追う。


「ちょ!待てお前らああぁぁぁ!クソっ!俺のゾンビたち、あいつらを足止めしろ!」


 出遅れたグレイは2人を足止めしようと、ラピッドウルフのゾンビを召喚しその後を追った。




 モックが1番最初に魔王の執務室へたどり着いたが、部屋の中に魔王はおらず、謁見の間にいるという書き置きだけが残されていた。

 執務室を出て謁見の間へと向かうモックを見つけたライオは、一瞬で状況を理解してモックの後を追いかける。

 そして、2人はラピッドウルフゾンビの妨害を受けながら謁見の間にたどり着いた。


「魔王様!報告がありま…」


 謁見の間に入ったモックは、そこで言葉を止めてしまった。


「ハァ…ハァ…やっと追いついた。魔王様!こいつらが…」


 少し遅れて入ってきたグレイも、部屋の中の光景を見て口をつぐんでしまう。


 そこには、勇者に敗れ事切れた魔王の姿があった。

 3体の魔族に気づいた勇者が、彼らの方へ振り返る。


「ハァ…ハァ…クッ…やっと魔王を倒したっていうのに、もう新手が来たのか!」


 満身創痍で立っているのもやっとな状態なのに、魔族に向かって剣を構えるその姿は気高く勇敢で、まさに勇者と呼ぶのに相応しかった。

 どこかの三馬鹿にも、彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「うわ…ヤバッ!」


「クソっ!私の運命もここまでか…!」


「チクショウ!なんでてめえがこんなとこにいやがるんだ!」


 三馬鹿、三者三様の言葉を漏らす。


「うおおおぉぉぉ!こうなったらもうヤケだ!やってやらあ!」


「ううん…もうそれしかないみたいだね…【擬態】」


 モックはこの中で最も戦闘力が高いと思われる勇者に【擬態】した。


「クッ…やるしかないのか…!おいモック!今から全力で強化魔法をかけるぞ!強くなあれ強くなあれ…【超絶強化(オーバーパワー)】」


 ライオの強化魔法かモックにかかると、モックの体から溢れんばかりの力が漲ってくる。


「相変わらず変な詠唱なのにものすごい効果だね…」


「ライオ!今から出す俺のゾンビたちにも頼む!冥界より集いし我が同胞の魂よ。我が呼びかけに応じ、今ここに黄泉環れ!【死霊召喚(アンデットサモン)】」


 グレイが黄泉還りの魔法を発動させると、死んでいたはずの魔王がムクリと起き上がる。


「そんな…」


 それを見て、勇者は驚愕の表情になった。


「ついでにダークネスドラゴンのおやっさんもおおおおぉぉぉぉ!」


 グレイが叫ぶと同時に、漆黒の体を持つドラゴンが現れる。


「魔王様!ダークネスドラゴン殿!強くなあれ強くなあれ【超絶強化(オーバーパワー)】」


 魔王とダークネスドラゴンは、ライオの強化魔法を受けた。


 強化されて黄泉還った2体が勇者の前に立ちはだかる。

 現在勇者の前には、強化魔王・強化魔王軍四天王という、錚々たる面々が勢揃いしていた。

 だが、それでも勇者は一歩も退こうとしない。


「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 最後の力を振り絞り、咆哮を上げて突撃してくる勇者。

 魔王ゾンビとダークネスドラゴンゾンビがそれを迎え撃とうと前に出る。


「俺はこんなとこで…こんなとこでやられるわけにはいかないんだああああぁぁぁぁぁ!」


 持てる力の全てを載せた勇者渾身の一撃が放たれると、最前列にいた2体のゾンビは、その攻撃を受け止めきれずに消滅した。


「は?え?ちょ…嘘だろ…?」


「なっ…魔王様とダークネスドラゴン殿が一撃で!」


「いやいやいやいや!これヤバいって!僕もう戦いたくないよ…」


 3体は目の前の光景を見て、信じられないという顔でそう言った。

 特に、直接戦わなければならないモックの言葉は切実だった。


「ハァ…ハァ…次は…お前たちだ…ハァ…」


 息も絶え絶えに、三馬鹿へ宣戦布告する勇者。

 それを聞いて焦る三馬鹿。


「ああああもうだめだ!ええい!ままよ!もうどうにでもな~れ!」


「落ち着けモック、大丈夫だ!強化魔法を重ね掛けしてやるから、死ぬ気で死んでこい!がんばれがんばれ♡【強化(ストレングス)】がんばれがんばれ♡【強化(ストレングス)】」


「うおおおぉぉぉ!なんでもいいから出てこいゾンビたちいいいいぃぃぃぃ!」


 絶望の戦いが今ここに始まった。




「………勝っちゃったよ…」


 床に転がっている勇者を見ながらモックが呟く。


「…一発で終わっちまったな…」


「ま…まああれだ、我々が戦う前に魔王様方が勇者の体力を削ってくださっていたからな。そのおかげだろう!うむ!」


 あまりにも呆気ない幕切れに、思わず拍子抜けしてしまう彼らだったが、ライオが強引にまとめた。


「あ…でもこれどうすればいいんだろう?」


「どうって?別にこのまま勇者を討ったことを、魔界中に広めりゃあいいじゃねえか。」


「うん…それはそうなんだけどさ…」


 歯切れの悪いモックを不思議そうな顔で見つめるグレイ。


「察しが悪いな、グレイ。貴様、勇者が死に魔王様が崩御なされたことが、どれほど重要な意味を持つのかわかっているのか?」


「うっせえ!けどそうか…確かに俺らも人間側も、大将不在はマズイよな…」


「それに加えて、今の魔王軍は、今代の魔王様のカリスマで成り立ってるようなものだからね。魔王様が亡くなったのが広まると、誰も幸せにならない結果になる可能性が高いんだ…」


 荒くれ者の魔族たちを、その腕っぷしとカリスマ性でまとめ上げたのが今代の魔王だ。

 魔王がいるからこそ魔王軍に参加している者も多い。

 魔王の死が広まると、魔王軍が自然消滅して散り散りになることが予想されるが、それだけならまだいいだろう。

 だが一部の魔族たちが、魔王の敵討ちと称して人間を襲い、突発的でルール無用の戦争が始まってしまえば、魔族も人間も徒に消耗するだけで誰も得をしない。


 一難去った後のさらに大きな一難に、3体は頭を抱える。


「ああ…ダメだ、いい案が思い浮かばない!…もういっそのこと、ここから逃げ出して田舎で隠居生活でもしてみようかな…」


 どれくらいの間そうしていただろうか。

 もう諦めて全てぶち撒けてしまおうか?なんて考えていたら、突如ライオに電流走る…!

 ざわ……ざわ……と心がざわめくっ…!

 降りてきた…天啓ッ…!圧倒的閃きっ…!悪魔的な一手ッ…!


「クク…モック、ライオ!我ら魔王軍四天王は一蓮托生!そうだろう?」


「ダークネスドラゴンさんがもう既に死んでるけどね。」


「ええい!細かいことはいいのだ!この状況を切り抜ける名案が思いついた!耳をかせい、貴様ら!」


 ライオは2体に耳打ちする。


「はぁ!?お前何言って…いや、こうなったらもうそうするしかないのか…?」


「ハハハ…さすがライオ君。伊達に書類偽装の悪事を重ねてないね。」


 結局2体はライオの提案に乗ることにした。

 3体の魔族たちは、魔王不在を切り抜けるための準備に取り掛かった。




「静まれい!皆の者!これより魔王様から直々にお言葉を賜る!心して聞くように!」


 ライオの大きな声が晴れた空によく響く。

 彼が今いるのは魔王城のバルコニー、眼下を見渡せば、あたり一面魔王軍の兵士たちで溢れ返っていた。

 勇者の死が大々的に公表され、急遽魔王の下へ馳せ参じた幹部クラスの面々と、その護衛たちだ。

 最前線では、人間側の侵攻の勢いが急激に弱まったので、最低限の指揮官と兵を残してきた。


 バルコニーの奥から魔王がゆっくりと歩いて出てきた。

 バルコニー中央で止まったかと思うと、兵士たちに向かって演説を始める。


「皆の衆!まずは、此度の戦で人間たちの激しい侵攻をよく食い止めてくれたこと、誠に大儀であった!して、今回皆を呼び出したのは他でもない、勇者についてだ。」


 魔王の演説が始まったところで、一部の兵士たちが声を潜めてコソコソと話し始めた。


「…なあ、魔王様小さくなってないか?」

「そうなのか?俺は初めて姿を見たからよくわからんが…」

「言われてみればそんな気が…」

「いや、その程度の違和感なら気の所為なんじゃないか?」

「うーん、なんか声も若干高くなっているような…」

「いや気にし過ぎだって!」


 コソコソ話の大半が魔王に違和感を感じるというものだ。

 それもそのはず、なんせ今の魔王はモックが【擬態】した姿なのだから。

 魔王不在を危ぶんだ三馬鹿がとった策は、モックに魔王の替え玉をさせるというものだった。

 ちなみに声はライオの魔法で魔王に近づけている。


「伝令があって既に知っている者も多いかと思うが、先日我は魔王城を奇襲してきた勇者の首を討ち取った!(ああヤバイよ!兵士たちが怪しんでる気がする…)」


 自分に向けられている懐疑の視線をいち早く察知し、不安になるモック。

 だが彼はそんな感情をおくびにも出さず、真剣な顔で演説を続ける。


「我が同胞たちを葬った勇者との戦いは熾烈を極め、この魔界を統一した時以来の全力を出すことになった。そして激闘の末我は勝った…勝利を収めたのだ!(頼むよ、グレイ君!この微妙な雰囲気をなんとかして!)」


「ヴオオオォォォォォォ!」

「ヴエエエェェェェェェ!」


 兵士の一部から汚い声で歓声が上がると、それを皮切りにだんだん声が大きくなっていき、地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 最初に歓声を上げた兵士は、演説でよくあるサクラだ。

 グレイのゾンビをこっそり兵士の集団に混ぜて、サクラとして場の雰囲気を作らせている。


「(オッケー!だいぶいい感じになったよ。)勇者の死は人間たちを震撼させ、兵の士気を落とさせた!勇者という大黒柱を失った人間たちは混乱の中にあり、これ以上侵攻を続けることはないだろう!…つまりこの戦、我々の大勝利だ!」


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

「魔王様バンザイ!魔王様バンザイ!」

「これでやっと田舎に置いてきた子どもたちに会える…!」

「俺、この戦いが終わったから結婚するんだ。」

「オイなんだそのフラグっぽいのにビミョーにフラグじゃない言葉は…」


 魔王軍の勝利に、思い思いの言葉を口にする兵士たち。

 皆戦争の終わりが見えて嬉しいのだろう、サクラが場を盛り上げる必要もなかった。


「…だが、此度の戦で失った同胞たちもいる。古くからの我が盟友、()()()ダークネスドラゴンもその内の1体だ。」


 四天王という言葉を殊更強調する魔王(モック)

 正体がバレないようにしないといけないのに、こんな時まで見栄を張るのは流石としか言えない。


「して、我は決断した、人間との不可侵条約を締結することを!毎日戦い明け暮れ、気を抜けば死んでしまうやもしれぬと不安で眠れぬ夜を過ごした者もいただろう!だがそれもじきに終わる!我らが夢見た平和な時代がやってくるのだ!」


「「「ワアアアアアアァァァァァァァ!」」」


 兵士たちの大歓声の中魔王(モック)の演説が終わった。

 魔王への違和感はどこへやら、皆手をとりあって喜んでいる。

 魔王軍の兵士たちは、三馬鹿もかくやというほどバ…細かいことを気にしない性格なのかもしれない。

 まあ中には気づいている者もいるのだが、聡い彼らは事情を察してあえて触れないようにしていた。


「ふう…なんとか終わったよ。」


「ああ、よくやったぞ、モック!」


 大役を努めて疲れた様子のモックに、ライオは労いの言葉をかける。

 遠くからは、グレイがこちらに向かってグーサインを出しているのが見えた。


「ありがとう。後は人間たちと交渉しに行くだけだね。」


「そうだな。人間側は頼みの勇者がいないし、そっちはなんとかなるだろう。」


 そして三天王たちは、人間との交渉の準備を始めるのだった。




 人間との交渉はすんなりと進んだ。

 魔族側がそれほど無茶な要求をしなかったのもあるが、やはり勇者の死が尾を引いているのだろう。

 人間との不可侵条約を締結した魔族は、ついに念願の平和を手にした。


 だが、それでめでたしめでたしとはいかないのが世の中だ。

 いつか手のひらを返した人間たちが、今回の条約を破って襲ってくる事があるかもしれない。

 でもその時はその時だ。

 勇者を失った人間たちが侵攻を始めるまで、かなり時間の余裕があるだろうし、それまでに軍備を整えて抑止力を作るなり何なりすればいい。


 こうして人間と魔族との争いは幕を下ろした。




 魔界に平和が訪れてからしばらく経ったある日、三天王改め三銃士の称号を得た三馬鹿たちは魔王の執務室にいた。


「いやあ、それにしてもなんとかなるもんだねえ。」


 彼らが魔王(偽)になってから、特に正体がバレるということもなく、平穏な日々を過ごしていた。

 意外なことに、彼らは平和をもたらし善政を敷く魔王として評判は上々だ。


「ああ、ここ最近は街にも活気が戻って俺らの給金も上がったし、この生活も悪くねえかもな。」


 魔王偽装生活を始めた最初の頃は、いつか自分たちのことがバレて、魔王軍の反乱にでも遭うのでは?とビクビクしていた彼ら。

 だが、ここに至るまで魔王の正体を暴かれることはなく、偽装生活にも慣れてきた彼らの心は緩みきっていた。


「ふふふ、貴様らもそう思うか!…ところでモック、それは何なのだ?」


 ライオはモックの机に置かれている手紙と花束を指さして尋ねる。


「ああ、これ?ほら、魔界が平和になったおかげで、魔族たちの中でも結婚ラッシュが来てるでしょ?僕もそろそろ身を固めようと思ってね。」


「へえ、お前が結婚ね。そりゃあめでてえ話だな!で、相手は誰なんだ?」


「えへへ、えっとね?魔王軍美女ランキング3年連続ナンバー1で魔界歌劇団のスター、サキュバスのリリスさんだよ!」


「…ああ!?」

「なっ…!」


 思いもよらぬ名がモックの口から出てきて、グレイは眉をピクつかせ、ライオは信じられないといった表情でモックの方を見る。


「初めて劇場に行った時に、彼女の美しさとその歌声に僕は心奪われてしまったんだ。それに、魔王軍でどんな者にも分け隔てなく接する彼女の姿を見て、ますます僕の想いは強くなっていったんだ。」


 目の前の2体のことは気にもとめず、うっとりとした表情で話し続けるモック。


「最近、僕がリリスさんに会いに行くと、他の魔族よりもいい笑顔で迎えてくれるんだよね。これはもう両思いとしか考えられないし、プロポーズしに行くしかないでしょ!」


「バカ!そりゃ魔王様の姿で会いに行ってるからサービスしてるだけだろ、この童貞野郎!だいたいよおモック、オメーとリリスちゃんとじゃ釣り合わねえよ!」


 怒りを顕にしたグレイがモックに向かってまくし立てる。

 彼もまた密かにリリスのことを狙う者たちの中の1体だった。


「俺は魔王様の姿なんてしてなくても、バレンタインにチョコをもらっちまうような仲だからな。つまり、リリスちゃんはこの俺にホの字なんだよ!」


「何を言うかと思えばグレイ…貴様もその程度か。そのチョコは義理だ、魔王軍幹部の大半が彼女から貰っている。フッ…モテない拗らせた男たちの妄想とは醜いものだな。」


 モックとグレイの言い争いに、ライオがしたり顔で参戦してきた。


「私なんて、お忍びで劇場へ観覧しに行ったというのに、こちらに気づいて手を振ってもらったぞ。しかも後日、また観に来てほしいと手紙までもらってしまったんだ!ふふふ、これがモテる私と貴様らとの格の違いというものだよ!」


 どうだと言わんばかりに2人の方を見るライオ。

 やはりと言うべきか、彼もまたリリスに想いを寄せていた。


「いやそれってただの営業じゃん。」

「しかもお前、私服が派手で有名だからお忍びになってなかったんじゃねえか?ほら、あのミラーボールみたいな服とか…」


「なんだと…!」


 ライオの戯言をバッサリと切り捨てるモックとグレイ。

 それがわかるのならば、ぜひ自分たちの発言も顧みてほしい。


 リリスを巡る言い争いは徐々に熱を帯び、3体の仲に大きな亀裂を生む。


「フンッ!四天王のよしみで貴様らとはこれまで協力してきたが…それもここまでのようだな!」


「そうだね、僕ももう君たちとはやっていけないよ!」


「ハンッ!テメーらにゃあ俺のリリスちゃんは任せらんねえよ!故郷にでも引っ込んでな!」


 こうして仲違いした3体は、自分に近しい者たちを集めて勢力を3分し、魔界全体を巻き込んだリリス争奪戦が勃発…するかに思われた。

 だが現実はそうはならなかった。


 魔王の執務室の前で、三馬鹿の会話を聞いていた者がいた。

 魔王と魔王の内縁の妻であるリリスの間にできた子、アマハトである。

 実はリリスは既婚者だった。

 魔王とリリスには身分の差が大きく、混乱を避けるために彼らの婚姻関係は一部の者にしか知らされていない。

 情報漏洩対策として、三馬鹿たちには知らされていなかった、なんせわかりやすいバカなのだから。


 三馬鹿たちの会話を聞いたアマハトは、急いで自分の側近たちに相談し、味方になりそうな勢力を集めると、たった3日で三馬鹿たちを魔王城から追放する。

 そしてその後、勇者との戦いで魔王が亡くなったこと、自分が魔王の隠し子であり、母はリリスであることを公表した。

 魔王の死が公表されたことにより、魔界が混乱の渦に陥る…ことはなかった。

 魔界の王と一般兵士という身分の壁を乗り越え、奇跡の大恋愛を成就させた魔界歌劇団のスターと、その身一つで魔界をまとめ上げ、常に自分たち魔族のことを想い続けてきた敬愛する魔王との間にできた子を、魔族たちは次期魔王としてあっさりと受け入れた。

 それほどまでに魔王とリリスの人気は凄まじかった。

 そして魔王になったアマハトは、賢王として後世に名を残したという。


 1体の女を巡って争い、偽物とはいえ魔王としてはそれなりの善政を敷いてきたのに、魔王城から追放されてしまった三馬鹿のなんと憐れなことか。

 その追放された三馬鹿たちは、故郷に帰ったとも魔王軍の一兵卒に戻ったとも噂され、今どこで何をしているのかを正確に知る者はいない。

 ただ、とある人間の旅人の話によれば、大陸の東にて人間領を旅する頭の悪そうな3体の魔族がいたそうだ…

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[良い点] 魔王軍の焦る具合は好き [気になる点] さすがに不可侵条約は思いつかないと思う [一言] 俺は好きやで
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