盛大な勘違い
「ちょっと、ちょっと待ってください! ラモン様! 何故ですか? 魔王をやめたかったことはわかりました。でも、もう少しで私とラモン様は結婚するはずでしたでしょう? 何故私に相談してくださらなかったのですか!」
マーラの悲しげに顔を歪める様子は誰もが励ましたくなるような心を奪われてしまうような表情だ。
しかしレイモンドに全くそんな様子はなく、冷めた視線でマーラを見つめる。
「だから何度も言っているが、私はお前と婚約した記憶もなければ、お前と結婚する予定もなかった」
「マーラ……何度もラモン様はそう言っていたでしょう?」
二人の冷めた視線にマーラはふるふると震える。
そして涙目できっと可愛らしく睨む。
「いいえ! そんなことはありませんわ! だって私のことを受け入れてくださったから、魔王四天王にしてくださったのでしょう?」
「いや、それは違う」
「いえ、違いますよ」
レイモンドとカイが声を揃えて即答する。
「っ……あんたは黙ってて! 私はラモン様に聞いているのよ!」
カイのほうを鋭く睨むマーラに、カイとレイモンドはため息をつく。
「黙っていてと言いますが、あなたを魔王四天王に推薦したのは私ですからね……」
「は?」
マーラは唖然としてカイを見つめる。
そしてレイモンドに視線を戻すと、引き攣った笑みを向けて尋ねる。
「う、嘘ですわよね? ラモン様?」
「カイの言ってることは本当だ。四天王にするよう私に推薦したのはカイだ」
「なんで……?」
マーラが驚いた顔でカイを見ると、カイははーっと疲れたように息を吐き出す。
「それは当時、あなたがずっとラモン様に付き纏っていたからですよ。あなたもそれは覚えているでしょう?」
「付き纏うって、失礼ね! 私は純粋にラモン様にお会いしたくて、ちょっと遠目から眺めていただけじゃない!!」
「それを付き纏うというのだろ? 常に私の行く所に現れては私と話す者に殺気を飛ばすなど……」
(いや、それってレイモンド様が言えることなの?……この主従って……)
マーラに言葉にベルティーナはうわぁ……という気持ちでレイモンドとマーラを交互に見つめる。
ここ数週間、ベルティーナを守るためとはいえ、行く所常に付き纏われたことを思い出す。
ベルティーナ自身は気づいていなかったが、騎士団でもちゃっかりベルティーナを見つめている者たちを威圧していたのだ。
結局は似た者同士なのだが、いかんせん人間悪いところは目をつぶり、自分のことは棚に上げてしまう生き物なのだ。
全てがわかっているカイもベルティーナと同じような目で二人を見つめていた。
「とにかくあなたは常にラモン様のいる所に現れてましたから。何度かラモン様を襲おうとしていた者を捕らえたこともあったでしょう? まずもって、魔王城に忍び込むにも相当な力が必要でしたから、実力は確かでしたし。ずっと近くにいて見つめるだけなら、もはや魔王四天王にでもして、仕事を手伝ってもらったほうがいいのではと思いましてね……」
カイもなかなか大胆な発想の持ち主らしい。
カイの言葉にそう言うことだとレイモンドが頷く。
「で、でも! ラモン様は執務室でおっしゃったではないですか! 私のほうを真剣な目で見つめて、(君に)落ちないのは無理だって!」
「それは一体いつの話をしているのだ?」
「私が魔王四天王になってすぐのころです!」
レイモンドは心当たりがないのか考え込んでいる。
そんなレイモンドに縋るようにマーラは期待を込めて見つめる。
しかし、先に思い出したのはカイのほうだった。
「あっ……もしかしてあの時でしょうか……そういえばマーラが何か叫んでいたような……」
「あの時とは?」
「ほら、マーラが四天王になってすぐの頃、執務室でメイドが紅茶をぶちまけた時ですよ」
「ああ……そういえばそんなこともあったな。確かあの時は……」
レイモンドが記憶をたぐるように、しばらく考え込む。
そしてはっとしたように手を叩いた。
「思い出していただけましたか!?」
マーラがキラキラと瞳を輝かせてレイモンドを見つめる。
しかしレイモンドは疲れたように息を吐くと、頭に手を当てた。
「間違いなくマーラの勘違いだ。私はそんなことは言っていない」
「いえ! おっしゃいました! 思い出してください! 私が『私と婚約してください』と叫んだ後、(君に)落ちないのは無理だと!」
「あー……マーラはあの時、そう叫んでいたんですね……でもマーラこそ思い出してください。ラモン様はマーラに向かって言ったのではありませんよ」
「は? ラモン様は私のほうを見つめていたのよ?」
「いいえ。あなたではなく、あなたの後ろにいたメイドを見ていたのですよ」
「メイド? なんでメイドにラモン様がそんなことを言うのよ? それこそあり得ないでしょう?」
マーラはカイを馬鹿にしたように鼻で笑う。
「いや。カイの言ってることは正しい」
「えっ……?」
しかし、レイモンドの言葉にマーラが目を見開き固まる。
そして顔を真っ青にして「そんな……そんなことあり得ない……」とぶつぶつと呟く。
「あの時、マーラがノックもなく、走って執務室に入ってきたせいで、メイドとぶつかっただろう?」
マーラはレイモンドからかけられた言葉で意識を何とか取り戻すと、考え込むように首を捻る。
「そういえば何かにぶつかったような気も……」
「あの時執務室に紅茶を運んできたメイドとぶつかったんだ。後ろから思いっきりぶつかられたメイドが紅茶を執務室にぶちまけた。結果大事な書類も全て紅茶まみれになってな……」
「ええ。あの時は最悪でした……また一から大量の書類を作り直さなければいけないという絶望……ですが顔色を真っ青にして、この世の終わりのような表情をしているメイドにあれ以上何も言うことはできませんし……しかも元々の原因は彼女ではなくマーラですからね。本人は全くもって気にもしていませんでしたが……」
カイがギロリとマーラを睨みつけるもマーラは何食わぬ顔でその視線を受け止める。
何を言っても無駄という様子に、さらに疲れたようにカイは重たい息を吐く。
「あんなところでボサっと突っ立てるのが悪いんでしょう?」
「いや! ボサっと突っ立ってたわけじゃないですし、どう考えてもノックも無しに部屋に突撃してくる方が悪いでしょう!」
マーラはカイの言葉はまるっと無視し、レイモンドに問いかける。
「それではラモン様がメイドに向かって言ったと言うのは……?」
「だからマーラがぶつかってきたせいなのだから、(こんな風にぶつかられれば)落ちないのは無理だろうと言ったんだ」
「そ、そんな…………じゃあ私の勘違いだって言うんですか!? で、でもいつも魔王四天王の中では私が一番軽い任務になるように配慮してくださっていたではありませんか!」
「マーラだけ女性だったからな。どれだけ強かろうともやはり男と女では体力的に差は出てしまうからな」
「そ、それでは聖女が来る前に私を安全な遠い場所に派遣させたのは? ラモン様の指示でしたでしょう?」
「マーラが城にいたなら意地でも聖女を倒そうとしただろう? それを防ぐためにわざと片道五日はかかる遠方に遠征に行かせたんだ」
「え……?私を愛してくださっていたから、安全な場所に送り出してくださったのではないのですか!?」
「だから違うと言っているだろう。しかも私は何度も君の求婚を断っていたはずだが?」
「あれは照れ隠しではなかったのですか!?」
「はー……そんなわけないだろう」
「う、嘘…………」
マーラはガクリと膝をつくと、項垂れた。
あれだけ完膚なきまでに好きな人から否定されたのだ。
ベルティーナも好きという感情を知ったからこそ、彼女の心の痛みがよくわかる。
そう、よくわかるのだが……
しかし今までの彼女の行動や、思い込みによってベルティーナも今回の事件に巻き込まれたと…………
(これはもう何とも言えないわよね……)
ベルティーナは重い空気に大きなため息をついた。




