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魅惑の女性と不穏な会話

(だ、だれ…………?)


 コツコツと靴の音が教会に響く。

 そしてそのままベルティーナの前で止まると、女性が目の前にしゃがみ込んだ。


 褐色の肌に目の覚めるような赤い髪と金の瞳、そして見たもの全てを魅了するであろう美しい容姿。

 女性であるベルティーナでもドキッとしてしまうほどの、女性らしい、出るとこが出過ぎているほどの妖艶な美女がじっと見下ろしてくる。


 ベルティーナも容姿は整っているほうであるし、体つきも十分女性らしい体つきをしている。

 しかし、目の前の女性はその比ではない。

 男女問わず魅了されてしまうほどの妖艶さだ。


 そんな女性からじっと見つめられていると居心地の悪さを感じる。

 女性はしばらく無言で見つめた後、首を傾げた。



「あなたの何が興味をひいたのかしら?」


 よくわからない質問を投げかけると、女性はベルティーナの口を縛っていた布を下げた。



「ねぇ? それともあなたが彼に何かアピールしたのかしら?」


「……なんの……こと?」


 ベルティーナが掠れる声で答えると、それを遮るように大きな声が響く。



「マーラ様! マーラ様!! こうしてこの女を連れてくることができました! ですからどうかあの件を……!」


 マーラと呼ばれた女性ははーっと大きなため息をつく。



「あんたは本当にうるさいわ!! それに私が手を貸したのだから連れて来れるのは当然でしょう!!」


 ベルティーナはそこで初めてマーラが異常な魔力を持っていることに気がついた。


(手を貸したって? あれ? この人……この気配にこの魔力量…………まさか…………)




「私は魔王四天王の一人だったのよ!! 本来ならあんたなんかが気安く話しかけられる相手ではないのよ!!」



(やっぱり、そうだったのね……それにしても魔族は長寿って聞いていたけど……)


 マーラはどう見ても二十代ぐらいにしか見えない。

 魔力の高い魔族ほど長寿と言われている。

 十和が魔王を討伐したのが約二百年前、それ以降魔王は誕生していないのだ。なので彼女は二百年以上は間違いなく生きているということだ。

 先程彼女自身が魔王四天王だったと話していたことも考えると、マーラの力は相当なものなのだろう。


「申し訳ありません……で、ですが、あの件をどうか……」


 男はマーラの怒気に震えながらも、一歩前に進み出る。

 暗い場所から微かに光が漏れる場所に進み出たおかげで、男の顔がはっきりと見えた。



(あ、あれは……! オーディス・ミュルツ侯爵! やっぱりアロイスの情報は間違ってなかったのね……)



 オーディスはマーラに怯えたような表情を浮かべながらも、必死になって懇願する。


「どうか、魅了の魔法を……どうか! お願いいたします」


(魅了の魔法ですって……!?)



 魅了の魔法とは、その魔法をかけられた相手はその術者のことを好きになってしまう。

 それは盲目的に愛すると言われていて、過去に魅了により操られてしまうケースが何度かあった。

 そのため今は魅了の魔法を使うことは禁止されている。

 さらに魅了の魔法は扱うのが難しく、使える者もほとんどいない。

 そして使うものより、かけられた相手の魔力量が高い場合はかからないという制限もある。

 しかしマーラの魔力は相当に高い。

 マーラが使えば、ほとんどの者がかかってしまうだろう。




(一体誰に魅了の魔法を使うつもりなのかしら……?)



 ベルティーナは警戒しながら、二人の会話に集中する。


「はー……わかっているわよ。あんたの娘のことを王太子が好きになるようにすればいいのでしょう?」


(なっ……まさかウィリアム王太子殿下に魅了の魔法を使うつもり……? なんとかしてこの事を誰かに伝えなきゃ……でもおかしいわね……? 娘のことを好きになるってことはガリーナが魅了で王太子を好きにさせるってことよね?)


 魅了の魔法は本来その術者を好きにさせることしかできないはずなのだ。

 別の人物にもその魔法がかけられるなど聞いたことがない。

 しかし、マーラは魔王四天王とまで言われた魔族だ。

 もしかしたら誰も使えなかった魔法が使えるのかもしれない。

 どちらかにせよ、このことを誰かに伝えなければとベルティーナは脱出できる隙は無いかと、会話の行方を見守る。




「全部終わったらやってあげるわ。でも今は大人しくしておきなさい。私の機嫌をこれ以上損ねたら……わかっているわよね?」


 マーラの鋭い視線にオーディスはブルッと震え上がる。

 それでも高慢な性格がそうさせるのか、すぐに元の表情に戻ると、不満気な表情を浮かべながら小さく頷いた。





「ちょっと、そこのあんたもこの男がまた私の邪魔をしないようにしておきなさい」


 マーラの視線の先を見つめると、暗くて見えなかったが、そこにもう一人、誰かがいることに気づく。

 その人物が一歩踏み出し、光が漏れるところに出てきたおかげで、姿がはっきりと見えた。




「はい。マーラ様、かしこまりました」


 恍惚とした表情でマーラを見つめる男が、(うやうや)しく頭を下げる。

 その男はひらりと白い衣装をひらめかせ、オーディスに近寄ると、部屋の端に行くように促す。


 ベルティーナとは面識はない。

 だがあの白い衣装は間違いなく教会の神父が身につけているものだ。



(アロイスが言っていた教会が関わっているっていうのも本当だったのね……あの神父、魔力量もそんなにないし、魔族が変装してるってわけでもなさそうね。じゃあどうして神父が協力なんて……あの表情……まさか彼も魅了にかかってるのかしら?)




 ベルティーナが観察するようにじっと男を見つめていると、パンっと手を鳴らす音が響いた。

 ベルティーナはその音に、マーラへと視線を戻す。


「さて、それじゃあ私と少し話をしましょうか?」


 マーラは邪魔はなくなったというように、にっこり黒い笑顔を浮かべるとベルティーナのほうへ振り向いた。



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