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お返事はもう少し待ってください

(うわぁ…………いい笑顔ね……)


 ベルティーナが扉を開けると、満面の笑みでこちらに手を差し出すレイモンドが待っていた。


「レ、レイモンド様……」


 ベルティーナは引き攣る頬を何とか笑みの形に整える。


「送ろう」


 もはや差し出された手を取るしかない状況にベルティーナは心の中で大きなため息をついた。





 トリシャからのお使いを終え、さぁ帰ろうとした時、窓の外にいつもレイモンドが使用している大きな馬車が見えたのだ。

 なんとなく嫌な予感をしつつも扉を開けると、案の定満面の笑みのレイモンドが待ち構えていたのだ。




 ベルティーナはレイモンドに手を取られ、騎士公爵家の馬車に乗り込む。

 前回のことで押し問答をしても結局自分が折れることになるのは十分にわかった。なので諦めて大人しく送ってもらうことにした。



「あの……レイモンド様?」


 ベルティーナはレイモンドをチラリと窺う。

 ちょうどいい機会だ。

 最近の過保護すぎるほどの護衛という名の付き纏いなんとかしたいという思いで、直接レイモンドに訴えることにした。


「どうした?」


 邪気のない、ベルティーナと話せることが嬉しいのだというような笑みに、少し躊躇する。

 しかしこのまま犯人が捕まるまでずっと着いて回られては精神的につらい。

 何も悪いことなどしていなくても、やはりずっと見られてると気になるのだ。



 ベルティーナはよしっと気合を入れて、一つ息を吐くとレイモンドの目をじっと見つめた。



「えっと……最近、私の屋敷や外出先でシュバルツ騎士公爵家のかたを見かけまして、それは私を護衛するためだと聞いたのですが……」


「ああ。やはり気づいてしまったか。君に負担をかけたくなかったから、できるだけ目立たないようにとは思っていたのだが……」


 レイモンドは申し訳なさそうにベルティーナを見つめる。


 確かに最初のうちは全く気づいてなかったベルティーナが言えた義理ではないが、さすがにこれほど長い間ずっと着いて回られれば気づくだろうと心の中で突っ込む。


 もう結構ですとばっさりと断ってしまいたい。

 しかしベルティーナを心配してのことだと思うと、そこまではっきり言うのもどうかと思ってしまう。


「あの……我が家でも警備を強化しておりますし、レイモンド様がわざわざ私に護衛をつけてくださらなくても大丈夫ですわ」


「いや、だがまだ犯人は捕まえられていないし、何が起こるかわからない。用心するに越したことはないだろう?」



 ここではっきり言わなければ結局いつも押し負けてしまう。

 ベルティーナはきっぱり断ろうと少しキツイ口調になる。


「ですが……関係ないレイモンド様がそこまでする必要はないです! 私の屋敷にも護衛はいるのですから!」


 言った後で少しキツく言い過ぎただろうかと後悔する。

 しかし一度出た言葉は取り戻せない。


 ベルティーナの言葉にレイモンドは悲しそうに眉を寄せる。



「私に心配されるのは迷惑か……?」


「いえ……迷惑というわけではございません! でも……」


 ベルティーナとしてもレイモンドにこんな顔をさせたいわけではない。

 しかしそれでも自分の気持ちをはっきり告げなければと目を合わせる。


「その……レイモンド様が心配してくださるのはありがたいです。ですがずっと見られていると思うと気疲れしてしまうのです。それに私たちはまだ婚約者ではありません。それなのにこれほど頻繁に、人目のある所まで迎えに来てくださるのは外聞も良くないと思います」


 貴族というのは噂好きだ。

 婚約もしていない二人が頻繁に会うというだけでもあまり良い噂にはならない。それにこのようにベルティーナの行く先々でレイモンドが現れては、良くない噂がたつのは簡単に想像できる。




「私はどう思われても構わない。君を守れるなら。むしろ婚約者になって君を守りたいと思っている! 君はどう思ってるんだ? 私の婚約者になってはくれないのか?」


 レイモンドは真剣な瞳でベルティーナを覗き込む。

 ベルティーナはその瞳の奥にある熱に飲み込まれそうになる錯覚に、顔を赤く染め、ばっと目を背けた。

 そんなベルティーナの反応に気を良くしたように、レイモンドはふっと口元を緩ませる。


「ベルティーナ、目を見て答えてくれ」


 レイモンドはそう言うとベルティーナの髪を一房とり、見せつけるように口付ける。

 じっとベルティーナの目を見つめ、まるで獲物を逃さないというように力強く妖艶に微笑んだ。


(な……なんなの!? この色気は!!)


 ベルティーナはさらに顔を真っ赤に染めると、視線をあちこちに彷徨わせる。

 明らかに挙動不審だ。しかし今はそれどころではない。


「え、えっと……そ、その……それはもう少し待っていただきたくて……」



 頭の中がぼうっとするほどの凄まじい色気に耐えながら、ベルティーナはなんとか言葉を返す。




 今はレイモンドが前世の復讐など考えていないと信じたいと思っている。


 トリシャはこの婚約話を前のめりすぎるほどに賛成している。むしろ前のめりすぎて倒れ込む勢いだ……


 ルドヴィックも以前王宮でレイモンドに会ってから、警戒心がなくなったようだ。

 今では騎士団の訓練中にレイモンドが姿を見せると、どれほどレイモンドが強くかっこよかったかを力説してくる。

 もはや信者のようになっている……


 フリードはベルティーナの判断に任せると言ってくれている。

 しかし、今回の件でレイモンドがベルティーナを心配し護衛をつけたり、本来は極秘事項である事件を全てではないにしろベルティーナのために伝えたり。

 そう言ったところは娘を本気で愛しているのだと、とても好意的に感じているようだ。


 外堀は完全に埋められつつある。

 もはやベルティーナが断ったところで、本当に断ることができるかわからないほどに……



 それでもレイモンドが前世のことを覚えていないのか。復讐しようなどと考えていないのか。やはりそこだけははっきりさせなくては婚約などできない。

 それさえはっきり否定できればベルティーナ自身も……




「先ほど君は『まだ』と言ったな? それは良い返事を期待してもいいということか?」


 ベルティーナはレイモンドの言葉にはっとして、しまったと心の中で頭を抱える。


(墓穴を掘ったわ……この前アロイスにもそれで揶揄われたところなのに!!)


 ベルティーナは顔を真っ赤にしつつ、どう答えたものかと視線を彷徨わせる。

 するとレイモンドはクスッと笑うとベルティーナの髪をそっと解放した。



「期待をして気長に待つとしよう。しかし護衛を解くのはやはり不安だ……そうだ! ならばこれを」


 レイモンドは思い出したかのように、ポケットの中を探し始めた。

 そして箱を取り出すと、ベルティーナに向かって箱を差し出し、いかにも高価そうなフタを開いた。



「?……これって……魔石!?」


 中に入っていたのは金で綺麗な細工が施され、真ん中にレイモンドの瞳の色と同じ金色の大きな魔石が埋め込まれたネックレスだった。



 

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