まさかの最後……
一瞬にして光が全てを飲み込んだ。
しばらくして光が収まり、あたりを見回すと魔王は消えていた。
「え…………? お、終わった……?」
あれほど大口を叩いていたというのに、全ての力を解放した一撃で魔王は呆気なく跡形もなく消えていた。
よかったという安堵の気持ちと、あんな呆気なく消えてしまうとは何か裏があるのではないかという疑念が膨らむ。
しかしその疑念を打ち消すようにウィルフリードとアルドが十和に駆け寄った。
「まさかあの一撃で魔王を倒してしまうなんて! やっぱり君はすごいね!!」
「間違いなく魔王の気配が消失しました。これで魔王討伐は終了です!」
「よ……よかった……」
その言葉に安心し、力が抜けると同時に足元がふらつく。
すかさず十和をウィルフリードが支えた。
「十和! 大丈夫か!?」
「あれ……私……力が……」
先ほど残った力全てを使ってしまったせいか体に全く力が入らない。
そして不思議なことにどんどん力が抜け、手足も感覚が無くなっていく。
(あれ……? 私どうしたんだろう……?)
「まさか十和、全ての力を使ってしまったのではないよね?」
ウィルフリードの焦ったような表情に嫌な予感を覚え、強張っていく体を動かし、なんとか頷くと、彼は顔を真っ青にする。
「なんてことをしたんだ……そんなことをすれば君は死んでしまう!! 何故そんなことをしたんだ!!」
(………………は!?)
あまりの衝撃に言葉を無くした十和は呆然とウィルフリードを見つめる。
確か魔王討伐に出る前にみんなで全ての力を使い果たしてでも魔王を討伐しようという話をしていたはずだ。
お前の方が何を言っているんだという目で見つめていると、アルドがウィルフリードに尋ねる。
「お待ちください、殿下。彼女の魔法訓練は殿下が担当されてましたよね? 殿下は彼女に全ての力を使うとどうなるか訓練の中で話されておりますよね? 彼女は異世界から召喚された身です。私たちの常識は彼女の常識ではありません」
「……あっ…………」
(ちょっと待て!! 私はそんなの聞いてない! なに? 何なの? 今のあっ……てなに!?)
もはや話す力もない十和は心の中で叫ぶ。
「すまない! 十和! 伝えるの忘れてた……」
(なっ……忘れてたじゃないよ! そんな可愛らしく言ってもはいそうですかって許せる状況じゃないでしょう!! どうにか助ける方法考えてよ!!)
十和が目で訴えるもウィルフリードは涙をぼたぼたと流し、訴えを聞ける状態ではない。
そしてアルドはというと、やれやれといったふうにそっとポケットに何かを押し込んでいる。
それに目ざとく気づいた十和は何とか指先をアルドに向ける。
それをウィルフリードが気づき、鼻を啜りながらアルドに問いかける。
「アルド、今何かポケットにしまったか?」
「ああ……気づかれましたか? この部屋にたまたま魔力回復ポーションがあったので、それをいただいたんです」
(!!!……何を当然みたいな顔でポケットにしまってるのよ! そんな良いものがあったなら普通に言いなさいよ! こいつ絶対内緒で隠し持とうとしてたわね!!)
十和は口に出すことはできないものの、ジト目でアルドを睨みつける。
するとそのアルドの言葉にウィルフリードが顔を輝かせる。
「魔力回復ポーションだって!? それじゃあそのポーションを十和に飲ませれば……!」
「お待ちください、殿下。十和様はこれだけの魔力枯渇状態です。ポーションを飲ませても、もはや回復するかもわかりません。それに私たちはここに来るまでに全てのポーションを使い果たしました。魔王を倒したとはいえ、帰りに魔物に襲われる危険性もあります。帰路を考えると今ここで回復薬を使うべきではないかと……」
「それでは十和をこのまま見捨てろというのか!?」
血も涙もないことを言うアルドに十和はふざけるなという猛烈な怒りを覚える。
ウィルフリードの言葉にもっと言ってやれと心の中で声援を送る。
「それでは殿下はこのまま私たち皆が共倒れになっていいとおっしゃるのですか?」
「そ、それは……」
(ちょっと、ちょっと! 言い負けてるんじゃないわよ! そこは助かる見込みがあるなら回復薬をでしょ!!)
このままでは言い負けると思った十和は何とか最後の力を振り絞り、口を開ける。
「あ…………」
「!! 十和どうしたんだ? 何か言いたいことがあるのか?」
ウィルフリードは十和に顔を寄せると、なんとか言葉を聞き取ろうと口の動きを見つめる。
「その……かいふ……やく、……た……つか……て(その回復薬私に使わせて)」
「その回復薬はあなたたちで使って……だって!?」
(いや、いや、いや、いや!! そんなこと一言も言ってないわ!! ちゃんと口の動き読みなさいよ!!)
十和は焦って何とか伝えようともう一度口を開く。
「わ……は……い……い……し……に…………な……(私はまだ生きていたい! 死にたくない!)」
「私はもういい。幸せになって……だって!? 君はなんて……なんて…………」
ウィルフリードは目に涙を溜めて、ぐっと言葉を飲み込むと、決意した顔で大きく頷いた。
「わかった! 君の意志に従いこの回復薬は帰路のために取っておくことにする! 安心してくれ、君のことは、たとえ君が息を引き取ろうと必ず連れて帰る! そして君の像を建て、後世にまで語り継ぐと誓おう!」
(ちょっと待て!! 違う!! いらない!! そんなのいらないから!! 回復薬をちょうだい〜!!!!)
そんな十和の心の中の絶叫も届かぬまま、どんどん意識が遠くなってくる。
(あっ……もうダメかも……)
そして意識が途切れる間際に強く思う。
(ウィルフリードの馬鹿!! アルドあいつ絶対私の言いたいこと伝わってたでしょ……もし生まれ変わったら今度は絶対、あんな奴らや魔王なんかと関わらないわ……充実した……人生を送って……やるんだ、か……ら…………)
そんな虚しい思いを残して、十和の一度目の人生は幕を閉じたのだった。