魔王討伐
遡ること200年前。
現ベルティーナ・ヴァイスこと神白十和は仕事を次々こなし、周りからは仕事のできる美人と評判で、順風満帆な生活を送っていた。
そんなある日のこと……
仕事の帰りに突然真っ白な光に包まれ、気づけばこのエルドラード帝国に召喚されていた。
最初は突然のことに驚き呆然とした。
そしてもう元の世界に帰れないのだと告げられ、絶望し、召喚した者達を憎んだ。
しかし、十和が不安に押し潰されそうになるたび、寄り添い、励ましてくれた人たちがいた。
こちらの世界の人たちは皆とても優しかった。
十和が聖女であったから、機嫌を損ねてはいけないと思われていたこともあるのだろう。
それでもこちらの世界で生活し、いろいろな人と交流していく中で、結局この世界の人たちが好きになってしまった。
絆されてしまったのだ……
そして聖女として、この世界の人たちを助けてあげたいと思うようになった。
様々な髪と瞳を持つ人々と、中世ヨーロッパのような街並み。そして生まれて初めて目にする魔法。
十和はどんどんこの世界に興味を持った。
聖女として召喚された十和は聖属性魔法を使うことができた。
聖属性魔法はこの国でも一握りの者しか使えない、とても貴重な魔法だ。
その中でも聖女と位置付けられる十和は他の誰も及ばないほどの力を持っていた。
そしてその聖女をもてなし守るため、護衛についたのがこの国の王太子であり、勇者でもあるウィルフリード・エルドラードであった。
ウィルフリードは輝くような金髪と蒼色の瞳を持ち、とても美しい容姿をしていた。
それに加え、勇者というだけあり、体も鍛え上げられており、とても逞しい均整のとれた体格をしていた。
彼の行く所、全ての人の視線を集めるほどに。
そして、そんな彼も聖女である十和の事をとても大切にした。
そして共に時間を過ごすうちに十和たちは恋仲になり、魔王を倒した暁には結婚をする約束をしたのだ。
とても幸せな日々だった……
魔王討伐に向かいあんなことになるまでは……
そう、十和は知らなかったのだ……
その深く愛していたウィルフリードが、とてつもなく残念なことに、ちょっと天然……いや、だいぶ抜けたところのあるお馬鹿だったということに…………
そしてそのお馬鹿、もといウィルフリードと魔王討伐に同行した魔法士団の団長のせいで、十和としての一回目の人生は終わりを告げることとなる……
それは聖女一向が魔王討伐に向け、魔王城に入った時のことーー
魔王討伐には聖女である十和。
王太子であり勇者でもあるウィルフリード。
魔法士団団長アルド・ミュラー。
そして騎士団団長のルドルフ・フィッシャーに手練れの騎士と魔法士を数名という少数精鋭部隊で構成された。
魔王城に入ってすぐ、魔王の臣下の中でも飛び抜けて力の強い四天王と言われる一人と出会った。
しかしそこは騎士団団長であるルドルフが手練れの騎士と魔道士と共に残り、十和たちに先に行くようにと促した。
十和たちはルドルフの言うとうりその場を彼らに任せ、先を急いだ。
そして次に出会ったもう一人の四天王を力を合わせて何とか倒し、魔王のいる最上階にまで辿り着いた。
何故か二人の四天王が城にいなかったことは幸いだった。
それでもそこに至るまでに相当の力を消費していた。
重たい大きな扉をギーという音と共にゆっくり開く。
そして扉の向こうに現れた人物を見据え、気を引き締めた。
「あなたが魔王ね?」
「いかにも私が魔王、ラモンである」
漆黒の艶のある長い髪に、その髪と同様に黒く太い二つの角を生やし、金色の瞳を持った、見る者を全て魅了するほどに美しい男が、長い足を組み、玉座に堂々と座っている。
低く響く、どこか人を惑わせるような色気のある声でそう答えた魔王は無表情でこちらを見下ろしている。
その造られたような美しさの中に潜む、膨大な魔力量に一瞬怯みそうになる。
(この男が魔王……なんて魔力量なの……私の残りの聖女の力で浄化することができるのかしら? ……いいえ! するしかない! 余力を残したってしかたないじゃない! 今ある残った力、全てを使うのよ!!)
そう決意した十和だったが、この決断こそが十和にとって悲劇を招くことになる……
十和はキッと魔王を睨みつけると自らを鼓舞し、大きな声で叫んだ。
「魔王ラモン!! 私は聖女としてこの世界に召喚された神白十和よ! あなたを浄化させてもらうわ!!」
十和の言葉に魔王が一瞬ふっと笑みを見せる。
しかしそれはすぐに無表情に戻り、十和たちを鋭く見つめる。
「ほほう……お前には私を浄化することができると?」
「やってみせるわ!!」
「聞いた話によるとお前は白い光で全てを包み、浄化するらしいな。そして浄化された者は痛みも感じず、穏やかな表情で静かに消える……間違いないか?」
すでに聖女の情報を掴んでいたらしい。
確かに十和の浄化の力は魔王に言われたように、全てを癒し、浄化すると言われている。
浄化された者は痛みもなく安らかに消えていくと。
とは言っても浄化された魔族で生きている者はいないのだから、これは消える直前の表情からの推測に過ぎない。
十和は警戒しつつ、問いかける。
「確かにそう言われているわ。それならどうするの? 私に力を使わせないつもり?」
魔王は十和の言葉を聞くと不適な笑みを見せる。
そしてバサリとマントを閃かせ立ち上がると、両手を大きく広げた。
「まさか……そんなことはしない。それならば私に聖女のその力を使ってみるがいい!」
まさかそんな簡単に自分の力を使えるとは思っていなかった十和は魔王の様子に驚き、目を見開く。
絶対に抵抗して、こちらに刃を向けてくると思っていたのだ。
魔王の攻撃を勇者であるウィルフリードと魔法士であるアルドに抑えてもらい、その間に聖女の力を解放するつもりだった。
(どういうこと……? 魔王は私の力では倒されないという自信があるというの!?)
十和はさらに警戒しつつも、素早く自分の内側に力をためる。
「それならば受けてみるといいわ!!」
十和は魔王の言葉通り、全力で聖女の力を解放した。