手袋。
風呂はいいよな風呂は。
いやまさか異世界で温泉に浸かれるなんて思ってもみなかった。
て言うか地球に居た頃でさえ天然温泉なんて数える程しか利用した事は無いし、あったとしてもスーパー銭湯のなんちゃって温泉くらいのモンだ。
『狐のお宿』と呼ばれる会員制の高級旅館は、日本人なら誰もがイメージできる正に温泉旅館そのままの施設だった。
詳しくは秘密なので教えられないと言われたが、泉源はダンジョンから引いてるらしく数種の泉質を楽しめる温泉があり、大浴場から露天風呂、サウナなんかも完備してたりする。
部屋は一般会員用の客間に通されたが、十畳程の畳敷きの和室に、広縁まで付いている。
広縁ってアレよ、窓側の障子を開けるとソファーとかが置いてる縁側的なアレ。もう完全に温泉旅館。
ただなぁ……床の間に吊ってある掛け軸なんかを見ると、達筆な筆書で"一撃必殺"と書かれてたり、窓から見える庭には枯山水の"島"の上に大仏が乗ってたり……何と言うか、外国の方が誤解したジャポニズムを散りばめました的な造詣が端々に見えたりするのは、もう……ね。
これも異国情緒と納得すればいいのか。夕食に出された刺身に驚きつつも堪能した後、この日は温泉に浸かってゆっくりと過ごしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日は早朝からギルドで無料開放されている資料室に籠り、アガルタ内に点在するダンジョンの情報を収集していた。
この街にダンジョンは大型一箇所、中型二箇所、小型四箇所の計七か所が存在する。
ダンジョンの種別を分けるのは単純に階層数で決定されているが、どのダンジョンでも階層が進めば進むだけ出現する魔物が強くなるのは変わらない。
小型と呼ばれるダンジョンは凡そ二十階層までの物を指し、中型は五十階層まで、大型はそれ以上という一応の区切りで分類されるが、規模の大きなダンジョン程魔物の強い傾向にあり、ここアガルタの大規模ダンジョン浅層では、小規模ダンジョン深層の魔物よりも強いのだそう。
実はこの辺りも『Dungeon Searcher』とほぼ同じ括りになっており、ゲーム世界とこのアステラという世界は、やはり密接に関係してるのだと再認識するに至る。
で、そのダンジョンを探索する為にはギルドでRankを上げ、能力に見合ったダンジョンと階層しか潜れない事になっている。
冒険者というのは自己責任が基本で、その命は軽いと揶揄されているが、ここアガルタでの冒険者はある意味ダンジョンから魔物が溢れないようにする為の先兵であり、有事の時には防人となる。そんな訳でダンジョンアタックを専門にしている冒険者はシーカーと呼ばれ、区別されている。
そんな事情が故にアガルタでは大事な戦力が摺り潰されないよう、そして質の高い戦力が育つようダンジョンアタックには様々な制約を課している。
アガルタでのダンジョンアタックは、先ず小型ダンジョン"一の迷宮"をクリアし、次いで"二の迷宮""三の迷宮""四の迷宮"と順に踏破する決まりとなっている。これが小型迷宮四種全であり、ここまで踏破したシーカーはRankD認定され、ギルドでは初心者卒業扱いとされる。
そしてRankDからは中型ダンジョンに潜れるようになるのだが、この中型ダンジョンは踏破せずとも深層……階層としては四十階を突破した時点で大型ダンジョンへ挑む資格がギルドから与えられる。
中型ダンジョンは"元始の迷宮"と"亡者の迷宮"の二箇所が存在し、浅層では低Rank帯、深層では準高Rank帯のシーカーがひしめく、探索者が一番多いとされるダンジョンと言われている。
この中規模ダンジョンを卒業したシーカーは凡そRankはB以上となっている筈であり、ギルドでの扱いが十把一絡げから、アガルタで取り込むべき有力な戦力と認識される。
そして最後に"沼"と呼ばれる大型ダンジョン。
ここはまだ踏破されておらず、現在の最高到達階層が六十五階となっている。
中型ダンジョン踏破者がRankB辺りであるのに、それより遥かに上位のAランク帯が卒業した中型ダンジョンに近い六十階層中盤で停滞しているのは、単純に魔物の強さも関係してはいるが、最大の要因として人と遜色ない、またはそれ以上の知性を持つ魔物が徒党を組んでいるという特殊性を帯びているからである。
魔物の種別も様々な上、対集団戦闘の用意をしなければ進めないという環境は、最早人対魔物の戦争という様相を呈し、大規模な兵站と戦略なくして進めないというのがボトルネックになっているのだろう。
「何と言うか、アガルタって『Dungeon Searcher』的な感覚で言うとチュートリアルダンジョンから始まって、イベント限定ダンジョンがまとめて常設されてる街って感じかな」
流石に全てのダンジョンの情報を一度に閲覧するには時間が足りないし、ある程度の事情が分かったところで小規模ダンジョンの情報を改めて精査する。
先ず目的として、俺自身全てのダンジョンを踏破する気はない。最終的にどのダンジョンを活動場所に選ぶにしても、基準としては、余裕を持って、過不足ない生活が送れる収入を得るのを目標とする。
そしていつでも他の街へ移れるよう、拠点は基本宿とする。て言うか家事全般自力でやるのは面倒だし、自前の不動産なんて維持するのも大変だからな。
それでもだ、生活するなら快適かつストレスフリーでいきたい訳で。そうなるとそれなりの宿に常泊する事になるだろう。
今の処、具体的には『狐のお宿』を拠点にするのが理想なんだけどな。
風呂が入り放題、部屋も奇麗、何よりも普通に日本食が食える。米だけじゃなく味噌も醤油も使った料理が出てくる。
ざっと調べた限りじゃ和食が食えるのは狐のお宿だけみたいだし、米や調味料も流通していなかった。なので俺の中では他の宿を選択すると言う考えはこの時点で皆無なんだよなぁ。
因みに宿屋の利用料金事情としては、アガルタ限定で一泊鉄貨二枚辺りの木賃宿が最安で、一人前のシーカーとなると凡そ一泊銀貨一枚前後の宿を拠点とするのが一般的なようだ。
で、狐のお宿は一泊銀貨五枚。
そしてRankGが探索可能な"一の迷宮"での稼ぎで宿賃と多少の貯蓄を賄うとなると……ふむ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なぁ聞いてくれよブラザー。
俺は今日ダンジョン都市アガルタでシーカーデビューを果たしたんだ。デビュー戦は当然"一の迷宮"、総階層十五階の初心者迷宮さ。
装備はGM用ガチ装備で行く訳にはいかないし、武具を購入する資金も乏しいとあって※GMジン用一般平服一式∞とエクスカリバー(拾った棒)で挑む事になった。
まぁ周りから見れば布の服に棒って舐めプにも程があるだろうと言われそうだが、しかし良く考えみててくれ、どんなRPGでも普通スタートはそんなもんだと思わないか? 某国民的RPGも布の服と棒というのは由緒正しきスターターセットとなっている。
なので、初回のダンジョンアタックに挑む装備としては、これで問題はないと自負している。
ただ、この"一の迷宮"には俺の想像を超えた困難が待ち受けていた。
小規模ダンジョン"一の迷宮"
総階層数十五階。五階、十階、十五階に入口へ転移できるテレポーター完備。石造りのTHE・ダンジョンという趣きで罠も皆無。
出現する魔物
一から十階層:ゴブリン
十から十五階層:コボルト
……因みにゴブリンの討伐証明に必要な部位は右耳であり、コボルトは右手首から先である。
繰り返し言おう。ゴブリンの討伐証明に必要な部位は右耳であり、コボルトは右手首から先である。
「こんちわー」
「いらっしゃいニャ……って、兄ちゃんはコブ耳の……」
「今日から本格的にダンジョンアタックする事になってね、色々必要な物を買おうかって寄らせて貰ったんだけど」
「そりゃまいどありニャ、で? 今日は何をお探しニャ?」
「えーっと、ゴブの耳116個入る袋的な物クダサイ」
「……ニャンて?」
「ゴブの耳116個入る袋的な物クダサイ。あとコボルトの手67個入る袋的な物もクダサイ」
「……」
「……」
雑貨屋『猫屋』のオヤジはカウンターで怪訝な表情のまま固まっている。コレはアレか? また討伐部位を見せないと信用しないパターンか? もぉ、しょうがないなぁ~
仕方ないので今回はコボルトの手をインベントリから取り出してカウンターの上に置こうとしたが、何故か「ヤメロー!!」と猫獣人のアイデンティティであろう「ニャ」をオミットした叫び声を上げ、ついでに奥からウサミミのマッチョガイが飛び出して来るというカオスが展開された。
て言うかね、"一の迷宮"で銀貨五枚+αを一日で稼ごうとしたらこの数になったってだけで、決して雑貨屋のネコミミオヤジを困らせようとした訳じゃないんだよ。
寧ろ前回のゴブ耳が入った袋は中身の処分方法の聞き忘れの為、インベントリにINされたまんまなんだ。つまり今回のゴブ耳とコボルトハンド用の入れ物はまた買い足す必要がある訳で。
て言うか今回の討伐部位を袋に移し、インベントリに入れた訳だが……
※耳袋1(283)
※耳袋2(116)
※手袋(67)
という表記になった。
……耳袋という名称に改めて思う処があったりする訳だが、それよりも手袋ってなんぞ? ぱっと見、手に装着する防寒具的な名称だが、実はコレって67も手首がINしちゃってるグロさ際立つ麻袋の事ですよとか、これは……インベントリの中身が増えたら、『あ、寒いから手袋出したつもりが間違えて手首のイッパイ入った袋の方取り出しちゃった、テヘッ☆ミ』ってカンジの危険を孕むトラップになってやしまいか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで? 今日はゴブリン三桁にコボルト七十近くと、おまけに"一の迷宮"踏破か」
「はい、本人は討伐報酬目当ての行動だったようですが、貢献値と踏破階数を計算すると今日一日でRankアップという事になります。更に装備に関しても相変わらず棒切れ一本のみという信じられない報告も受けてますし……一応処理を差し止めてはいますが、どうするかの判断はマスターにして頂かないと……」
初回のダンジョンアタックでRankアップという前例はないでもないが、それは国軍の精鋭部隊が演習の為に潜った結果の事だ。言ってしまえば元々それなりに戦ってきた者が集団で踏破した結果の功績であって、たとえ小規模と言えどズブの素人が棒切れのみでダンジョンを踏破するなど聞いた事もない。しかし……
「どうするもこうするも、今回も討伐部位の提出をしてるところを他のシーカー達に見られているのだろう?」
「はい、今回"も"色んな意味で注目を集めていました」
「なら正規の手続きを踏んでRankを上げるしかあるまい。どんなに現実離れした結果であったとしても、ギルドが公平を欠く行いをシーカー達に見せる訳にはいかんからな」
「分かりました。では次回ジンさんがギルドに訪れた際にRankアップの手続きを致します」
「いや、現状で既にRankアップの条件をクリアしているのならば、今すぐ宿泊先に連絡を取り本人にその旨を知らせておくべきだ。その上ですぐ処理をするのか後日にするのか、何れにせよ今日中に本人からの返事待ちという形にしておかねばならん」
「はい……勝手な事をして申し訳ありませんでした。すぐに手配致します」
「うむ。頼んだ」
しかしダンジョンを踏破したとはいえ、あの討伐数は異常だ。ダンジョンに潜っていた時間から逆算すればほぼ休憩なし……ヘタをすれば常に駆け足以上の速さで移動しつつ、戦闘も熟していた事になる。
戦闘力と体力は必ずしも共存する訳ではない。特にダンジョンという特殊な環境下では普通のフィールドよりも精神的負担が増え、体力の消耗は外で戦うより大きくなる筈だが……
「あぁ、確か転生してきた異邦人は何故か皆ダンジョン慣れしているのであったか。ふむ……どちらにしても、このままでは面倒事になるのは目に見えているな」
本来なら暫く様子を見て対応を決めるつもりだったが、そうも言ってられんな。これは早急に手を打たねば……
ダンジョンアタックの話より、雑貨屋の店主との話の方がメインになっているのでは? と思ったりしなくはないですが、多分気のせいです。
えぇ。気のせいです。
更新はかなりゆるやかになると思いますが、どうか宜しくお願い致します。
また拙作に対するご評価を頂けたら嬉しいです。
どうか宜しくお願い致します。