街に付いたらギルドに行くのはテンプレですよね。
聞いてくれよブラザー、ちょっと衝撃の事実が発覚したんだ。
特に冒険者ギルドでの事、恐らくクるだろうと身構えてたテンプレ的な展開もなく、俺はあの後ゴブの耳283個を解体場の職員に見せて、鑑札を手に入れる事に成功した。
特に苦労した覚えは無かったが、嵩張る耳というちょっとアレな状態と、かなりヤバいスメルに耐えるという精神的な苦痛を味わった訳だが、報告も終了したし、漸くこのヤバいブツとおさらばできるぜヒャッハーと喜んでいたんだ。
「すまんがゴブリンの討伐部位は確認以外の用途はないんでな、処理はこちらでやってないんだ」
ギルド職員からこう言い渡される瞬間までは……
……待て、待て待てまだ慌てる時間じゃない。落ち着けジン。俺は数々のトラブルを華麗に処理してきたゲームマスターだ、この程度の事など数々の苦情処理に比べればなんて事はないだろう?
そして返却されたゴブの耳には判子的なブツでペタリとマーキングがされていた。これは返却された討伐部位を再び利用させない為の措置らしい……つまり、その、このゴブの耳は現時点を持ってして、ゴブリンの耳(討伐部位)からゴブリンの耳(有害廃棄物)へと変化してしまった訳で……
少し、いや結構心が折れそうになったが、取り敢えずだ、今はどうしようもないので、後で冒険者の諸先輩方辺りにこの有害廃棄物をどう処理しているのかを確認する事にして、今は耳袋にしまった上で無限インベントリに入れておくしかないな。
これは忘れるとメーな案件なので、視線入力でメモ帳に入力し、タスクフォルダにぶち込んでおく。
ぶつの収納後、〈耳袋〉という文字が、インベントリタグに記されてしまった事に複雑な気分になりながら、貰った鑑札を受付に提出しに行く。
しかし物凄い冒険者の数だな。こりゃ『Dungeon Searcher』が大規模アップデートした時と遜色ない混み様だぞ。普通こういうのは活動開始時点の朝一とか、一仕事終えた日暮れ辺りに集中するモンじゃないのか?
「此処は他の支部と違ってダンジョンアタックをメインにしてるヤツが殆どだ。つまり昼夜という制限は基本的にないと思った方がいい。そのような状況なので此処、冒険者ギルドアガルタ支部は冒険者ギルドで唯一、三百六十五日、二十四時間営業の支部となっている」
キツネ獣人さん(清楚系)、エルフさん(スレンダー美人)、ワンコ獣人ちゃん(カワイイ系)とかとか大手支部の名に恥じない見目麗しい受付嬢達が並ぶカウンター。
美しい華が咲くギルドの癒しゾーン……を横目に、何故か俺は端っこに引っ張ってこられ、個別面談の真っ最中である。
奇麗な花園から正面へ視線を移せば恐らくヒューマンだろう。やたらと剣呑な空気を纏った隻眼の、ザ・殺し屋みたいなオッサンがこっちを睨んでいる。
神は死んだ。思わずそう呟かずにはいられない。何故わざわざこんなヤバそうなヤツに俺は絡まれているのだろうか。
「GM支部で冒険者登録を半年前に行って以降、一つも案件を熟さずアガルタに来たと。ダンジョンが目的でここに来たのは理解できるが、それでも道中色々な街にも立ち寄った筈だ。なのに何故依頼を一つもこなしてないのか?」
疑問に思うのはそっちかぁ~ ねぇ、それよりもっと疑わしい部分があるだろぉ? ほら、冒険者ギルドGM支部とかさぁ。
「それは移動を優先したからです。あまり公にはしたくないんですけど、俺の収納魔道具はそれなりに希少で特殊なもんですから、小まめに処理しなくてもいいんですよ」
「ふむ……アーティファクトの類を所持していると? 成程な。しかし何故お前のような手練れがRankGのままにしてるのだ、多少手間が掛ったとしても、ここに来るまでに幾つかランクを上げておけば多少なりともダンジョンの探索制限が回避できただろうに」
「え、探索制限? なんですそれ?」
「む? ダンジョン目指してここまで来たのに、そんな基本的な事も知らんのか?」
受付の殺し屋(仮称)曰く、ダンジョンに潜るには色々な決まりごとが存在しているらしい。
その際たる物は冒険者Rankによる探索制限。これはRankが低い内は小規模ダンジョンかつ浅層しか潜ってはいけないらしく、Rankが上がればそれらの制限は解除されていくそうな。
あー…… 『Dungeon Searcher』もパワーレベリング防止の名目で、功績値に見合った階層までしか潜れない仕様だったな。
因みに功績値とは、自身の実力に見合ったモンスターの討伐数と、消化したクエストの数で上昇する。レベルという概念がない『Dungeon Searcher』では、プレイヤーの強さを証明する数少ない手段として、到達階層の数字があったよな、と今思い出した。
「そう言えば、そんな事を聞いた覚えがありました」
「そうか。まぁダンジョンアタックをメインに活動していくという事は、普通の冒険者とは違った活動をしていく事になる。と言ってもお前はまだ登録したての新人だ。その辺りも含めて焦らずやっていけばいい。私からの話はこれて終わりだが、何か質問などはあるかね」
「ご忠告有難うございます。後は……取り敢えずですがこの辺りでメシが美味くて、風呂がついてる宿はありませんか?」
「ふむ、メシと風呂か……希望の優先度はあるかね」
「風呂、メシ、快適さの順でお願いします、予算はまぁ……それなりでも暫くは大丈夫ですので。その辺り条件に見合う宿を教えて下さい」
「分かった、では条件に見合う宿の紹介状を用意しよう」
こうして俺の冒険者ギルドデビューは、テンプレ展開をスルーするどころか異性との会話も皆無という、非常に不本意な状態で幕を閉じるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あらマスター、受付に出てるなんて何かありましたか?」
「うむ? いや解体場からゴブリンの耳を大量に持ち込んだヤツが居ると連絡があってな。それが気になって本人を呼んで面談をしていたところだ」
「あぁ、ゴブ耳さんですね、既に噂になっていますよ」
「……もう噂になっているのか」
「えぇ何と言うか掴みどころのない人と言うか、いつもは新人虐めに勤しむ人達すら遠巻きに見てたらしいですからね。なんでも近寄りがたい怪しさと言うか悪臭が漂ってたとか」
「確かに、武器の一つも持たず平服で耳がみっちり詰まった麻袋を片手にギルドへ来るおかしなヤツはウチでも初めてだな。しかも持ち込んだ耳の数から言って間違いなく大型のコロニーを壊滅させている。そんなヤツがソロかつRankがGなんてどう考えても普通じゃない」
「訳あり……もしかして、マスターが直接出てきたという事は、彼が異邦人さんと思ってらっしゃるのでしょうか」
「私が知る異邦人の中にジンという人物は居なかった筈だが。まぁ、どちらにしてもアレは異邦人と想定で接した方が良かろうよ」
面談中こっちの話を聞きつつも、何かを思案した後に、納得した表情を見せる事が頻繁にあった。だがあれは私の話に納得した訳じゃなく、何かを思い出し納得した時の反応だ。
更に持ち込んだゴブリンの耳は全て腐敗しておらず、傷物も含まれていなかったという報告もあった。つまりヤツはモンスターの死骸を腐らせずに保管する何かしらの手段を持っている。
話の中では敢えてアーティファクトの存在を匂わせてみたが、アーティファクトという名称を理解しつつも、肯定した上で尚反応は薄かった。
存在するなら国の宝物庫にしかないと比喩されれる物がアーティファクトという品だ。その重要性に気付かない時点でもう自分は異邦人と言ってるようなものだ。
しかし……どこの国にも所属していない新たな異邦人か。それも、三桁数規模のゴブリンコロニーを無傷かつ単騎で駆逐できる存在となれば、特定国家に所属されると厄介だ。ここは時間を掛けてでも良好な関係を築き、中立的な立場に留めておかなくては。
「そう言えばゴブ耳さんですけど、丸腰ではなかったそうですよ?」
「ほう? 何か得物でもぶら下げていたのか? 私が面談した時は……いや、そう言えばベルトに棒切れが刺さっていたような……」
「ゴブリンの耳を収拾する、棒がメインウェポンの変人。受付嬢達の間ではそういう認識になりつつあります」
「まぁ変人だろうがゴブリンの耳に並々ならぬ拘りがあろうが、ギルドとしては優秀なエクスプローラーがダンジョンに潜って成果を挙げてくれれば問題はない。たとえそれが異邦人だろうが変人だろうがだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この世界は思った以上に地球に近い文化と技術が伝播している。
神達が言っていた"隣り合う世界は影響し合う"という部分もあるのだろうが、それ以上に地球から転生してきた異邦人達が関わっている部分が大きいのではと思う。
人の行動理念を掘り下げれば、単純に欲求へと突き当たる。良い暮らしがしたい、美味い物が食べたい、楽して生きたい。
それらを満たす為には、環境を整え、文化と技術のレベルを引き上げる。楽をする為に苦労するというのは消化するべきタスクであり、真理だ。寧ろゲーマーならその苦労すらやり込み要素だの縛りプレイだのと口にしつつ、喜々として作業に没頭するだろう。
そんな日本人気質が生み出した結果だろう物が今、俺の目の前に鎮座している。
「いらっしゃいませ、『狐のお宿』にようこそ」
ファンタジーの街並みを抜けた先に現れた、数寄屋門に漆喰壁という外塀に囲まれた建築物。武家屋敷かと心の中でツッコミを入れつつ門を潜れば、そこにあったのは高級温泉旅館もかくやと言うべき和風建築物。
玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えるのは当然であり、その先には着物姿の中居さん? っぽい女性がお出迎えという、日本人には馴染み深過ぎる光景がそこに広がっていた。
……うん、どう考えてもコレ、日本人が関わってるよな。そうじゃなければ何なんだよとツッコミが入るレベルだわコレ。
寧ろ『狐のお宿』って名前の時点で色々察して然りだわ。
「申し訳ありません、当館は会員制の宿となってまして、初めてご利用される方は会員の方からのご紹介が必要となるのですが……」
「あ、はい。一応ギルド職員の方から紹介状を頂いてます」
あの眼帯の殺し屋もといギルド職員に貰った紹介状……紹介状? ただのメモ用紙にサインが走り書きされただけのブツを手にして固まった。
確か俺はどこかお勧めの宿を紹介してくれって言ったよな? んで多少値が張ってもいいから美味いメシと風呂がある宿がいいとも言った。
で、それならと宿の場所を教えて貰った時に、「受付でこれを渡せばいいだろう」ってこのメモを渡されんだけど、こんな高級旅館なんて聞いてないぞ。寧ろこんなメモ一枚でどうにかなるのか?
「えーっと、コレ、なんですが……」
「……あぁ、ギルバート・フリードリヒ・フォン・アガルタ様のご紹介ですね」
ダレー!? ギルバートなんちゃらさんってダレー!? 名前長過ぎィ! もしかしてそのギルバートなんちゃらさんってあの殺し屋もといギルド職員さんの名前!? てか聞き間違いじゃなければ名前の中に"フォン"って名称が含まれてなかった? フォンって確かどこぞの国の貴族的な名前に含まれる称号かなんかじゃなかったっけ?
いや異世界だからそういう名前は一般的……な訳ないな。これは後で確認しておかないとマズかろうと、視線入力でメモ帳に入力し、タスクフォルダにINしておいた。
「ご利用はお一人様でしょうか?」
「え……えぇ、はい、お一人様です。あとすいません、ここって一泊お幾らになるんでしょうか」
「お部屋は色々と御座いますが、一般の会員様がご利用可能なお部屋ですと、朝と夕のお食事付きで一泊銀貨五枚となっておりますね」
銀貨五枚というと、一泊五万円くらいか……高いと言えば高いが、一見さんお断りの高級旅館と考えれば妥当……なんだろうか?
まぁ手持ちにはまだ手付かずの金貨が十枚丸々残ってるし、その気になればダンジョンで稼げばいい。まぁ最悪野宿になってもこの体ならどうとでもなりそうだし、取り敢えず様子見で一週間程泊まってみてもいいかも知れん。
「じゃあ取り敢えず七日間の連泊をお願いします。料金は先払いですか?」
「ご利用料金のご精算ですが、前払いでも後払いでもお客様のご都合の良い方で結構です。ですが……」
「ですが?」
「前払いして頂きますと心証が良くなり、サービスの方も少々良くなるかもですよ? 主に私からのですが」
着物の袖で口元を隠し、フフフと上品に笑う女性。恐らくこれは冗談なんだろうと思いつつも、俺は懐から取り出した金貨四枚をカウンターの上に置く。
「それでは切りの良いところで八日分を。サービス、楽しみにしています」
「あらあらこれは……冗談でございましたのに」
「どちらにしても暫く御厄介になる予定ですし、それなら先払いの方が面倒はないかと思いまして」
「左様で御座いますか。私当館の女将を務めさせて頂いてます璃狐と申します。精一杯務めさせて頂きますのでどうか宜しくお願い致します」
「これはどうもご丁寧に、俺はジンと言います。宜しくお願いします」
今更だが、璃狐と名乗る女将さんの頭には立派なケモミミが生えている。恐らく狐系の獣人さんなんだろうな。
寧ろここまで来て漸くケモミミの異性と話ができたとか、どれだけ俺はケモミミ運が低いんだと少しヘコんだが、まぁそれは今後の展開に期待って事で気持ちを切り替える事にしよう。
ともあれ、これで神から頂いた金が金貨六枚になった。
本来ならもっと安い宿を確保しつつ地道に小規模ダンジョンを攻略していき、徐々にステップアップ……というのが異世界転生の王道なんだろうが、生憎俺は装備の更新も能力の向上もしない存在である。
GMってのはそういう物なんだから仕方がない。
まぁそれならそれで面倒な手順をすっ飛ばし、快適な生活環境の確保と生活に困らない程度の稼ぎ道を確保しようと思う。
ディノール神もメビュラニカ神も好きに生きろと言ってたしな。だったら俺は常識の範囲でこの能力を活用させて貰うだけだ。
そんな事を頭の中で思いつつ、俺は女将さんに宿を案内して貰うのだった。
行動がテンプレしてるのにゴブリンの耳のせいでテンプレが消滅してしまいました回でした。
拙作の更新頻度はかなりゆるやかになると思いますが、どうか宜しくお願い致します。
また拙作に対するご評価を頂けたら嬉しいです。
どうか宜しくお願い致します。