目指すはレジェンド中間管理職
「そういう訳での、彌榮よ、今言うたジンには迷宮の保守をある程度任せる事にしたゆえ、飛耳長目の徒である森の一族を供勢として付けようと思うのじゃがの、どうであろうか」
ダンジョン『きつねのお宿』最奥。ダンジョン的な表現をすればボス部屋に当たる和室にてアガルタダンジョンのマスター牡丹は朱色の鉄扇で口元を隠しつつ、目の前に平伏する獣人へ言葉を投げる。
対する獣人は、そう言われなければ少し毛深いだけの人間の、歳の頃は四十半ば程の男にしか見えない。
「……ふむ、ウチの一党をご所望って事は、そのジンさんってお人が管理する範囲はアガルタ全域になると牡丹様はお決めになられたと?」
「当初はその辺りに収まるかと予想はしておるがな、ジン次第では外にも手を伸ばす可能性もあるやも知れぬと思うておる」
「そいつぁまた、大層なお話で」
「寧ろジン次第では我の輩に迎えても良いと思うておる。何せあ奴は迷宮の外であっても半神としての力を使えるようでな、ゆくゆくは他の迷宮からも助力を求められるであろうからの。迷宮以外の厄介事に巻き込まれぬよう、我が縁を結んでおけば、そうそうおかしな事を企む奴ばらも居るまいて」
輩という言葉に彌榮と呼ばれた獣人は目を見開き、「それ程のお人ですかい」と言葉を吐いた後は、何かを考える素振りのまま熟考に入った。
アステラに接続された放棄世界。そして世界を繋ぎ、かつリソースを吸い上げる際フィルターの様な役割を果たすダンジョンは数にして五つ存在する。
それらのダンジョンの規模はバラバラではあったが、其々には管理の為に迷宮主と呼ばれる、地球から召喚された元半神が常駐している。
一番規模が大きいアガルタは迷宮を八つに分散し、それらをシーカーと呼ばれる冒険者達を取り込む形で運営しているが、他の迷宮ではダンジョン自体を国としていたり、深層のみ管理し浅層部分を放棄する事で、敢えて周辺を魔境という形にして人を排除しているダンジョンもある。
これら各ダンジョンのマスターは一応協力関係にあるにはあるが、余程の事がなければ一同に会するする事もなく、基本的に独立独歩の様相を呈していた。
「他のダンジョンも噛むって事になりやすと、牡丹様は拙もジン様の配下に組み込む事を想定しておいでなんでしょうね?」
「そうじゃの、主さえ良ければ、じゃがの」
「牡丹様がご所望であれば拙として否はないんですがね、その……ご存じの通りウチのは聊か扱いが難しいのが揃ってると言うか……」
「構わぬ。そも配下に就く奴ばらも扱いきれぬでは他の迷宮主の前に出せんでな。その辺りも教育の一貫というヤツじゃ」
「成程。確かに仰る通りで」
「主が納得したのであれば、後はよしなに頼むぞ」
「へい、承りやした」
こうしてジンが雑貨屋で店主相手に愚痴をこぼしている間に、着々と色んな意味での外堀が埋められつつあった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
皆様こんにちは、ジンです。
ギルドで新たに一人クランを立ち上げ、その帰りに猫屋で暇を潰して宿に帰ってきたら、割り当てられたちょっと豪華な部屋に何故か璃狐さんと、見知らぬおっさんと、見知った脳筋が待っていまして。
部屋は結構アップグレードしており、広さとしては十五畳+六畳に広縁という広さになっており、更には内風呂とトイレ、後は簡易の給湯設備が付いていまして。場所的にはほぼ最奥であり、区分としてここは牡丹さんの私室である離れに含まれるらしいのです。そんなちょっと豪華な部屋に集う三人、貴方達はワタクシが帰るまでずっと待ってたのですか? 帰る時間なんて言ってなかったのに…… 一体全体何用なんでしょうか。物凄く嫌な予感しかしないのですが。
「お帰りなさいませジン様」
「はい、ただいま戻りました……」
「いょう、昨日振りだなァ、邪魔してんぜ」
「ジン様にはお初にて、本日は牡丹様の命でお邪魔させて頂いておりやして、お邪魔しておりやす」
「あーっと、そっちのは確かゴウラさん? んでもうお一人は……」
「へい、拙は彌榮と申しやして、今日からジン様の供回りをさせて頂く事になりやした。何卒よしなにお願い致しやす」
「ん…… んんん? トモマワリ? なにそれ?」
「この度ジン様は牡丹様よりダンジョンの管理を委託されたとお聞きしやしたが」
「えぇ、まぁそうですね」
「管理と一口に申しやしてもやる事も多く、またアガルタ迷宮と呼ばれる範囲も広大となりやす。それら全てをお一人で管理するなんてのはちいっと無理筋じゃありやせんかね」
……あぁ確かにな。『Dungeon Searcher』というゲームと違い、リアル世界のダンジョンで問題が発生したとしても、それをコールするプレイヤーとGMという関係自体が存在しない現状、基本こちらがそういう問題箇所を見つけないと処理なんかできないんだよな。色々要検証案件ではあったが、その辺りこの広大なダンジョンを俺一人で見回ってそういう箇所を見つけて、なんてのは、間違いなく非現実的と言わざるを得ない。
「はい、つまり問題を処理する能力があったとしても、肝心の問題が起こってる場所の特定が出来なければ片手落ち。現状ジン様はまったくの役立たずな立場な訳です」
「辛辣!! ……ちょっと璃狐さん、サラッと人の心を読みつつディスりを入れるの止めて貰えませんか!」
「今までジン様は宿をご利用のお客様でしたが、今日からは我々と仕事を同じくする同僚。寧ろ何も知らない新人になります。よって、これからの対応や扱いは働き次第という事になりますので。その辺りはご了承下さいませ」
うぉう、何か璃狐さんの笑顔がいつもと違って目力が籠ってると言うか、笑ってるのに笑ってないと言うか、ビジネスライクな応対になってます感がビンビンに伝わってくるんですが……
「まぁ璃狐さんの言を引き継げば、現状ジン様には管理する為の手勢が足りないって訳で。その辺りを埋める為に拙らの一党がジン様の配下に就く事になった次第でやして」
「供回りってそういう…… って事は、彌榮さんでしたっけ? 俺はこれから貴方達と組んでダンジョンの保守管理をするって事でいいんですかね?」
「いやいや、一応拙らはジン様の配下として組み入れられやすんで、組むというよりは使って頂くという形になりやすね」
「成程、そういう…… 因みに供回りの方達ってどれだけ居るんです?」
「ダンジョンの階層も広いとこじゃぁ数キロ単位のとこもありやすし、"沼"だけでも行ける範囲で三百ちょいの階層がありやす。なのでそれらの状況を把握するには手勢がそれなりに必要になりやす」
確かに、小中大全てのダンジョンを一括管理するとなれば相当な人数が必要になるのは理解できる。なんせダンジョン"沼"だけで三百層分、しかもああいう大規模ダンジョンってフィールドタイプも内包するなら、一階層周るだけでも数日の時間を要する事もある訳で。
で、それ全部余す事なく状況を把握しないといけないとなると…… え、一体どれだけの配下を使ってるんだ? 想像付かんぞ!?
「一応拙が直接指示を出してる下のモンは二十と三になりやすが、そいつ等の下にも十から二十、更にその下にも…… って事になりやして。実態としては恐らくダンジョンの管理ってぇのに関り、尚且つ拙が差配してんのは二千程になりやすね」
「にっ!? 二千、ですか?」
「へい、ただまぁ完全に把握して、直接指示を出してるのってのに絞れば、先程言った二十と三になりやす。ただまぁ今のジン様には先に迷宮の諸事情ってのも知って頂かないといけやせんし、そういうのを理解し、慣れるまでは拙に言って頂ければ仕事の割り振りは勝手にしやすんで。その辺はどうぞご安心を」
……おいおいこれはマズくないか? ダンジョンの管理委託と聞いて、『Dungeon Searcher』に於けるGM業務と同じだと軽く見てたが、そもシステム的な処理ができるのは俺個人が直接的に関われる範囲だけで、ゲームのようにダンジョンというフィールド全てをリモート管理する機能はこの世界にはないんだった。
で、その、彌榮さんのいう事を簡単に説明すれば、俺は現時点で推定部下二千を持つ中間管理職的なポジに就いちゃった訳で。いや待て、部下二千を抱える中間管理職ってなんだ? 大企業クラスでもそんな人数を管理しちゃえるカチョーとかブチョーなんて居やしないぞ!?
─────上からはプレッシャーを掛けられ、下からは突き上げられて板挟み。それが中間管理職が"社内の緩衝材"と言われる由縁である。
ここアステラという世界のアガルタダンジョンでGM業務に就くワタクシは、上は現人神という、文字通りカミサマから「よきにはからへ」と仕事を丸投げされ、下には広大なダンジョンを監視する為という名目で二千もの配下を押し付けられる。正に中間管理職といっても過言ではないポジになっている事を今自覚してしまった。
課長とか部長とか聞くと、うだつの上がらない世の中間管理職諸兄が羨む『課長〇耕作』というバイブルを思い出す。確かにかの耕作サンは課長からスタートして社長はおろか、会長や相談役、果ては社外取締役という聞きなれない高位役職にまで至るというサクセス過ぎるストーリーを経て、何故か学生やヤングという若返りまでしてしまった、ある意味異世界にも行ってないのにも関わらず、ファンタジー的経歴を持つレジェンド中間管理職である(誇大妄想)
しかしそんな耕作さんであったとしても、ゲームのGMからいきなり部下二千を持つにも関わらず中間管理職なんてムリクリワケワカメなポジにジョブチェンジしちゃったりしたら、どうだろうか?
……いや、耕作さんならばもしかして何とかしてしまうかも知れない。寧ろそこからまたサクセスして、最終的には『勇者島耕〇』とか『神殺し島〇作』なんてタイトルで活躍してても俺は驚かんぞ。
つまり、この世界でダンジョンの管理委託を過不足なくこなそうとすれば、伝説のリーマン島〇作並の能力を必要とする訳だ……
「まーそんな訳でよ、仕事云々の前にあっちこっち案内すっから。取り敢えずメシ食ったら行こうぜ?」
「……うん? 案内? どこの?」
「ジン様は空間転移が使えるんでやしょ? ただそこに飛ぶにゃあ一度そこに行く必要があるってお聞きしてやすが」
「えぇ、まぁそうですね」
「拙がそのヘン案内してもいいんでやすがね、一部入れない重要区画ってのがありやして。そのヘンは剛羅サンにお願いしようかと。そんな感じでご足労願った訳でして」
「成程」
「おう、そんな訳で今更だが迷宮アガルタの戦頭をやってる剛羅だ。昨日の続きはまた今度戦ろうぜ」
「あ、ハイ、ジンと言います。あと昨日の続きはノーサンキューで。宜しくです」
「あ? ザケんな絶対決着着けっからな。って言うか取り敢えず連絡つかなきゃしょうがねぇからよ、ほれ、俺の"鈴"だ」
「では拙も"鈴"を」
「確かに"鈴"で連絡ができれば業務連絡を回せますね、それではこれが私の"鈴"です」
何故か脳筋と彌榮さん、更に璃狐さんまで真顔で俺に向かって「チリ~ン」と鈴を鳴らす。と言うかナニコレ? こっちの世界では名刺とかの代わりに鈴とかチリンチリンしちゃう訳? いや鈴の音の聞き分けとかそんなのできないんですが…… とか首を傾げてたら違ったようで。
そも"鈴"とは、この世界特有の通信用デバイスと言うか魔道具なんだそうで。
先ず自分用の"鈴"を準備します。この鈴は魔道具であり、その音色は"鈴"に登録した持ち主特有の波長の音が鳴るそうで、原理的には個人の魔力を通してして鳴るので、同じ音色の鈴は複数存在しないんだそう。
で、相手に自分の"鈴"の音を意識して聞かせる事によって、自身の"鈴"へ連絡する許可を与える事ができるとか。つまりアレだ、このチリンチリンという行為はメールのアドレス交換、いや通話ができるそうだから電話番号の交換と言うべきか。中々ハイテクな魔道具もあったもんだと思ってたら、どうもこれを発明したのは昔の異邦人だとか。
成程ね、元々そういう発想がある異邦人が作ったから、やたらと電話っぽい魔道具ができあがったと……
「スイマセン、俺、"鈴"持ってないです」
取り敢えずダンジョンの案内をして貰う前に、魔道具屋に"鈴"を買いに行く事になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まさか"鈴"をインベントリにぶち込んだら、自動装備した上にシステムに組み込まれるとかどうなってんだGMシステム……」
普通は取り出して使う、もしくは触りつつ連絡を取りたい相手を想像して使う"鈴"であったが、何故かインベントリにINしたら、連絡先とかがリスト化された上に、ハンズフリーで使用可能になりました。なんなら念話的なテクも駆使する事で他者に会話を聞かれる事もなく通話も可能です。
……チート過ぎるだろ、GMシステム(震え)
そんな事に身を震わせつつ、剛羅の案内で各ダンジョンの転送陣巡りが始まった。
先ず中規模ダンジョン"元始の迷宮"と"亡者の迷宮"を巡ったが、移動経路がバックヤード改め"裏側"がメインの為敵に遭遇する事が殆どなく、あっという間に終わり、続きは後日となった。
て言うか、よく考えるとギルドの呼び出しから帰ったのが夜で、ごはん食べた後からダンジョン行脚て予定詰め過ぎなんじゃないかって思ってたら、どうやら明日は…… いや正確には日付が変わったので今日は年に数回発生する、放棄世界から侵攻してくるヤベーヤツ防衛戦が開催されるとのヤベー予定を聞かせられた。
「ヨッシャ、今回ジンは初参加だからよ、追い込みはまた今度って事で待機な」
何と言うか色々といきなり過ぎだるぉ? そういうイベントがあるなら今夜はゆっくりして朝一に防衛戦とか、普通はそういうカンジになるんじゃないのか? おぉん?
「遭魔にも色々おってじゃな、隠身に長けたのじゃとこっちに気取られず上へと登ってくる事があるのじゃよ。今回のヤツはそういう類のモノでのう、登ってきたのが知れたのはついさっきでの、突発的な防衛戦となった訳じゃ。まぁそういうのは大して強くはないからのう、まだ気が楽じゃわいな、カッカッカッ」
以前剛羅と共にダンジョンの裏側でエンカウントしたジーサン。名を晃全といい、平時には剛羅の補佐を務め、こういう防衛戦では後衛の指揮を執る戦頭だそうな。
その晃全曰く、放棄世界からやって来る魔物はアステラの世界から見れば異質であり異物、場合によっては人かそれ以上の知能を有するらしいが、未だ嘗て対話に成功した例が皆無であり、現状では完全なる敵対者という認識でいいそうだ。
「本来であれば交わる事の無かった業。道の果て…… 彼方の世界と繋がってしもうたが故の邂逅。"遭うてしまった魔物"、つまり遭魔とはそういう意味じゃて」
白く長い髭をしごきつつ、晃全は目を細める。聞く処によれば、剛羅も晃全も牡丹さんがこっちの世界に移って以来の付き合いで、もう何百…… ヘタをすれば四桁は防衛戦を繰り広げてきた猛者である。
その猛者であっても邂逅した事の無い遭魔に遭う事は今でも珍しい事ではなく、死を覚悟する事もそれなりにあるという。
「まぁこれはイカンと思った時は牡丹殿にご足労を願うからのぅ。そういう場合はここより上に逃がさんよう踏ん張りつつ、死なぬ立ち回りに徹する事が肝要じゃて」
話を聞けば年に二・三回しか発生しない防衛戦で、そういうヤバいのが混じるなら最初から牡丹さんも参戦してればいいのではと思うだろう。俺も実際そう思った。
しかし牡丹さんはアガルタダンジョンのマスターでありながら、同時にダンジョンに支配される存在、所謂"共依存"という立場にあるらしい。つまり牡丹さんが傷付けばダンジョンのどこかしらが壊れる。牡丹さんが必要以上に力を行使してしまうとダンジョン内の理が変わってしまう可能性もある。
ダンジョンとは、放棄世界とアステラとを繋ぎ、尚且つ危険を排除する為の機構である。そんなダンジョンに何かあれば最悪世界は崩壊する。
世界崩壊の危険を回避する為、牡丹さんに頼るのは最後の最後にするべきであり、文字通り彼女は最終兵器という扱いにしないといけない存在であるのだ。
って話を爺さんから聞きながら、放棄された世界と繫がっているとされる、薄暗い穴倉の奥を見る。
この後僅か一時間も経たずに本当にヤベーヤツと呼ばれる、遭魔という存在に初エンカウントする訳だが、そこで俺はある意味GMのシステムよりもチート染みた力を手に入れる事になる。
そんな訳でご拝読、評価、ブクマ有難うございます。拙作はゆるやか~な更新になると思います。
また拙作に対するご評価を頂けたら嬉しいです。
どうか宜しくお願い致します。




