Prologue -GMの"ジン"-
ご拝読頂き有難うございます。
何番煎じになるかと表現するのもアレなお話になります。
どうか宜しくお願い致します。
「それでは、これで問題は解決したでしょうか」
「はいすいません、助かりました~」
「何か問題がありましたらまたGMコールをして頂く、若しくは弊社公式HPのお問い合わせフォームからお知らせ頂きましたら対処致します。それでは良きダンジョン生活を」
にこりと微笑むと、恐らくシーフ系ジョブだろう猫獣人の女の子が手を振ってるので、それに手を振り返しつつ、待機用ディメンションへ転移する。
「ふぅ……あの移動タイルは仕掛けが複雑すぎて良くバグるな、今週に入って同じ系統のGMコールは五回目だぞ。一度上に報告してチェックして貰った方がいいな」
業務終了後の報告の時に懸念事項を伝え忘れがないよう、視線入力でメモ帳にトラブル内容と処理状況を入力する。
それが済めば同じく視線に映り込むコンソールを確認し、GMコールが届いてないか確認する。うん、どうやら今は処理中が三件で、未処理の案件はないな。
ふうと溜息を吐きつつ、首を回すとゴキゴキと音が鳴る。この体は単なるデータでしかないアバターの筈だが、開発陣がとことんリアルに拘った感覚や体の反応は、成程、ここがゲーム世界じゃなく現実世界と錯覚してしまいそうになる。
昔からゲームが好きで、それが高じて作り手側になりたいと思ったもんだが、結局俺はそっちのセンスも皆無で、十代の後半には願いを叶えるには何もかも足りないと理解する事になった。
だが、それでも諦めきれなかったから、何とかゲームメーカーに就職はできないかと足掻いてみた結果、新技術を導入した大規模MMORPGを準備中のメーカーが公募していた現場職員に運良く採用された。
『Dungeon Searcher』と銘打たれたこのゲームは、世界初、多人数参加型のフルダイブMMORPGだ。
人の感覚全てを疑似的に再現させるという技術は、医療分野に片足を突っ込んだ仕様となっているが、お蔭で話題性という部分では広告が必要ない程の広がりを見せた。
フルダイブ用機器は大型で置き場や消費電源に問題があったが、改修を重ね僅か三年程で一般家庭で使用可能な簡易型まで開発された。
カード決済のみの完全従量制である為未成年層には敷居が高かったが、初期にゲームを開始したのは社会人が中心とあって、接続ピークが読み易く管理が容易、そしてフィードバックも有用な物が多く、簡易型接続機器の開発と、未成年層が多数参加するまでに環境が無理なく整った。
俺はそんな『Dungeon Searcher』を運営する会社に就職し、現場職員……所謂ゲームマスターとしてこのゲームに携わる事になった。
フレックスタイム制の一日八時間程、ゲーム世界で起こる様々なトラブルを解決する為にゲームにダイブする。
対処の多くはマニュアル化されており、殆どは用意されたコマンドを問題部分に反映させれば事足りる。だが多人数同時接続環境なのでシステム的なトラブルだけじゃなく、人と人のトラブルも頻発する為楽な仕事とは言い難い。
特に簡易接続機器が出回り始めた辺りから、文字通り接続人数の桁が増え、現場職員(=GM)の数が足らずに四苦八苦した時もあった。
同期がほぼ社を去るか部署を移っていく中、気付けば俺は五年もGMを続け、一番古株になっていた。
ピコンと音が鳴り、網膜投影されているシステムコンソールの端に『GMコール:1件』の文字と、ゲーム内座標が表示される。
「ふう、今度は何のトラブルだ? ……ってトラブル内容が『その他』で、ん? おいおい座標が文字化けしてるぞ」
プレイヤーがGMコールをする時は、先ずトラブルの種別を用意されてるテンブレ一覧から選択し、そしてコールする。受け取り側のこちらはそこから相手へ個別チャットで確認しつつ、システム側から送られた座標に転移して現場の処理に向かうという手順を踏む。
しかし、今目の前のコールはトラブル内容はおろか、場所の座標も文字化けという、コール自体がトラブルという有様だ。
「チャットコールに返事が来ないな……もしかして結構なバグが出てきちゃったか? 最悪フリーズするかもだけど、座標は選択できるから飛んでみるか」
一応コールセンターに一報を入れ、網膜に浮かぶアラビア文字と象形文字染みた謎の羅列を選択する。
本当なら技術系の職員に指示を仰いだ方がいいと思うんだが、コールがあったという事は、このトラブルの先にはプレイヤーが居る。
ならGMとしては早急に現場へ行き、トラブルの解消を優先すべきだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
GMコールに添付された座標に飛んだ先は、何もない白い空間だった。
上下左右余すとこなく白、それどころか自身の影すら存在しない。
「うわ……こりゃフィールドの"裏"か? 壁抜けでもしてハマっちまったとか」
このゲームはダンジョン探索型のMMORPGだ。その関係でオブジェクトの大半は壁であり、作成時にテクスチャを張ったはいいが、それに隠れた穴が残される事があり、確認もし難くなっている。これまでも稀にプレイヤーがその穴からオブジェクトの裏へ"抜け"てしまい脱出できなくなる事案が幾らかあった。
「そりゃフィールド外だと座標値もバグる……わ?」
コールしたプレイヤーはどこだと周囲を見回すと、何故か後ろに小粋なテーブルが据えられており、そこには男女二人が座ってティーしているのが見える。
……うん、なんで? なんでゲーム外フィールドでティーしてんのあの人達?
「やぁこんにちは、GM"ジン"君」
「あ、どうも……」
「いらっしゃいませ、取り敢えずお茶を入れますからこちらへどうぞ」
金髪カールの陽気そうな男が手をヨッスと挙げて俺の名を呼び、シルバーブロンドの長髪オネーチャンが俺に席を勧め、カップにティーをトトトと注いでいる。
ん? え? マジでなんぞこれ?
「呼び掛けに応えてくれて感謝するよジン君。僕の名前はディノール。この世界『アステラ』を管理する神の一柱さ」
「私の名前はメビュラニカ。ディノールと同じくこの世界を管理する神よ。宜しくね?」
……ナニイッテンダコイツラ? えっと俺、GMコールで呼び出されてここに来た訳だが。なに? 新手のデータハックか? いやいやウチのシステムはかなり強固な筈で、今までその手のトラブルは皆無だった筈なんだが。
「あー、うん。いい具合に混乱してるね。いやぁこれは説明に骨が折れそうだなぁ」
「呼び出し方が特殊でしたからそれは仕方がないですけど。時間だけはあるからその辺りは安心かしらね」
因みに目の前でティーしてる二人はどっちも白い布を体に巻き付けた、判り易く説明すると、ギリシャ神話の神様っぽい見た目をしてると言えばいいだろうか。
うん、自称神だからそういう恰好なのか、妙にその辺りは凝ってやがるな。
「いやいやいや、自称じゃなくてちゃんとした神だから。この恰好は神界隈では長い事正装って事になってるからね」
「神界隈ってとんでもないパワーワードが出てきたぞぉ!? ……って言うかGMコールしたのは、お二人で宜しいですか?」
「あら、取り敢えず状況が不明だと思った途端、次の行動を業務に落とし込もうとしてるわね。相手に混乱を悟られないようにしようとするその行動は中々高評価よ」
「くっそ内心を読み切った評価するんじゃないよ! てかコールしたんでしょ? 何かトラブルですか!」
「ハハッ流石プレイヤーじゃなく管理側。今までにない反応だねぇ」
この後暫く双方に話の祖語(主にこちら側の混乱)があったが、話を進める内にティーしてる二人は神様(自称)から、神様という事が分かった。
まぁその切っ掛けになったのは、ヤケになって飲んだティーが、『Dungeon Searcher』で実装されてない筈の"味がしたから"なんだが。
「えーっと、お話の内容的に、今俺は異世界の神様から転生のお話を持ち掛けられてると。そう理解しても?」
「漸く僕達が神だと納得したばかりなのに、いきなり話が核心に飛んだねぇ」
「なんせ白い世界に異世界の神様ですし。ついでにここでトラックが絡でれば異世界転生三倍役満でハコテンですよ」
「残念ながら君の死亡原因はトラックに轢かれたなんてテンプレ事案じゃないよ。まぁ九十二歳の誕生日を目前に控えた、所謂老衰。人としては大往生と言える人生だったね」
……ん? 老衰? 九十二? ナニイッテンノ? 俺今年二十八なんだけど…… もしやコレは、人違いか!?
「いえいえ、貴方は確かに老衰でお亡くなりになりました。我々はこちらの都合で貴方達を呼ぶ関係上、そちらの世界で天寿を全うした方しか転生できない事になっているのです」
「うん、まぁ条件的には『Dungeon Searcher』をプレイしていた、かつそれなりの手練れ……所謂ランカークラスのプレイヤーだった事と、事故であれ病気であれ、そして老衰であれ。ちゃんとそっちの世界の生を終わらせた魂が対象という事なんだけどね」
「いやいや、俺老衰どころか、まだ二十代……四捨五入しても三十歳なんですが」
「こちらが望む転生者の数はゲーム人口の内数百名。プレイヤー総数に対して微々たる数ですが、流石にサービス期間にそれだけの人数が亡くなったとあれば大問題になります。そこでそちらの世界を管理する神との協議によって、それぞれ天寿を全うした後の魂をこちらに移し、記憶をゲームプレイ時までロールバックさせ、アバターに落とし込んで転生させる事にしました」
「……俺はさっきまでゲーム内でGM業務を行ってたと記憶してるんですが、そちらの話が本当なら実際は九十越えて死んだ後、記憶の巻き戻しをされてこっちに呼ばれたと。現状はそういう事になるんですか?」
「話が早くて助かるね。君は今ゲーム時代のアバターに記憶を少し調整した魂を落とし込んだ状態なのさ。どう? 何か違和感とかない?」
混乱があるかないかで言えばあるに決まってる。もし言われてる事が真実であったとしても、俺は爺さんになるまで生きて、大往生した記憶なんてないし、視界の中はゲーム管理用のシステムアイコンや数値が羅列されたままになっている。これじゃ話が嘘で、俺は今もゲーム世界に居るのではないかと錯覚してしまうじゃないか。
「あーそれね、うん。この世界に来て貰った皆は一般プレイヤーが用いてた呼び出し式のシステムウィンドウと、ある程度制限を施した能力を付与してるんだけど、君にだけは管理用GMシステムとアバターをそのまま採用しているんだ」
「……そりゃまたなんでです?」
「それを説明するには、この一連の集団転生に至った諸々の説明をしなければいけないんだけどさ」
そうして神二人が語った諸々は、実に複雑でありながらも"ありがち"の数々であった。
そも、俺達が居た世界を含め、この世には数限りなく世界が存在する。それらは互いにぶつからないよう一定の距離を置いた状態で繋がっており、隣接する世界は互いに影響し合っているのだという。
便宜上俺達の世界を地球と呼称しよう。そしてこの世界『アステラ』と地球の管理者同士は率先して関係を持ち、ある意味わざと強く影響をさせている状態なんだそうな。
例えば俺達が知る、物語に出てくる架空の種族であるエルフやドワーフ、ホビットや獣人。それ以外にも精霊やドラゴンなんかのモンスター。これらのファンタジーと呼ばれる存在達は実際にアステラの住人達だが、隣り合った世界……つまり地球にはそれが想像物として認知されている。
逆に地球側からアステラには、技術や自然科学等の物質的な理が影響を及ぼしているという。
そんな二つの世界はある意味安定した状態で存在していたのだそうだが、ある時アステラに管理放棄された世界が衝突しそうになった。
先にも言った様に世界同士は衝突する危険がある。もしそうなった場合、其々の世界は消滅。近隣の世界にも少なからず影響が及ぶ可能性がある。
そこでアステラと地球側は、世界を管理する為のリソースを必要最小限残した状態で抽出し、それらを使ってこの衝突事案をなんとか回避させた。
ただ、直撃コースにあった世界を消滅させるだけの力は流石に抽出した分だけで賄う事はできず、管理放棄された世界は勢いを殺した後でアステラに接続する形で安定させる事で誤魔化したという。
「まぁそのお蔭で、ウチの世界は文明崩壊を起こして現在は地球で言う処の中世レベルまで衰退しちゃったし、地球側も安定レベルが下がって二度も世界大戦が勃発しちゃったらしいよ? もぅ散々だよねホント」
「うわぁ…… 世界大戦の裏にはそんな神様事情が……」
「そんな訳で、アステラは文明が滅亡一歩手前からやり直しになりましたが、以前とは違った道を歩む事にしたんですよ。それで管理放棄された世界のリソースも使う事にしたのですが、そのリソースの全てが有用という訳ではなかったんです」
「主に原生生物が問題かな。あの世界の生物って大半が知能指数が低く凶暴なんだ。そのまま放逐しちゃうとこっちの住民が滅んでしまう程に凶悪で、数もやたらと多い」
あ、なんとなく分かった。凶悪な原生生物が元になる危機、そして地球からモンスターと戦い、ダンジョンを探索するゲームの『Dungeon Searcher』をプレイしていたランカー達を集団転生させた事。
もしやこれって……
おい、今ディノール神が俺見てニヤリと笑ったが、コレはアレか、もしかして神様テンプレの心の中を読むってヤツ。
「正確には今君が考えてる表層面を感知する、だね。だから何もかもを知る事はできないよ。まぁこの集団転生の目的は君が予想した通りのものと言っても差し支えはないかな」
「こちらの世界はまだ安定してるとは言い難く、その状態でかの世界と直接こちらを繋ぐ事は危険という事で、ダンジョンを間に挟む事で何とか調整を図っている状態なのです」
「だから原生生物を間引かせる為に『Dungeon Searcher』のランカー達を転生させたと。成程」
「というより、先にこっちのダンジョン問題があって、その後そっちの世界でゲームとしての『Dungeon Searcher』を開発・実行を行ったと言った方がいいんだけどね」
「え!? 『Dungeon Searcher』ってそっちのダンジョン攻略ありきで開発されたんですか!?」
「そうそう。んじゃなきゃフルダイブゲームなんてトンデモ技術が現実の物になる訳ないじゃない」
確かにフルダイブシステムの構想が発表された時は現実的じゃないって意見が殆どだったし、実装された後は技術が百年単位でスキップしたって言われてたけど、そこにも神の力が関わってたのか。
「で、まぁそんな訳でそっちの世界から『Dungeon Searcher』のプレイヤー達を呼んだのはいいんだけど、何と言うかまぁ、その……ね」
「転生した方々はこちらの住民より力も知恵も数段上でしたので、一部の転生者が力の使い道を誤りました。具体的に言うと暴力と支配に傾倒したと言えば……ご理解頂けるでしょうか?」
あー、そりゃゲーム世界の、しかもランカークラスなんてリアルじゃ超人だろうし、そういう力がありゃ全能感でオラオラしても不思議じゃないわなぁ。寧ろトップ層のプレイヤーなんか我が強い人間が殆どだし、そういう傾向も強かろうよ。
「本当はいけない事なのですけど、緊急事態という事でこちらも眷属を派遣して事態の収拾は図りましたが、それでも緊迫した状況は今も続いています」
「切っ掛けは転生者達とはいえ、今はこちらの住民とも手を組んで色々複雑な事になっちゃっててね。もうその辺は単純な話じゃなくなっちゃってるんだよね」
「えーっと、お話の内容と、俺"だけ"GM仕様のアバター……体? での転生って事を考えると、俺はこっちの世界でもゲームの中と同じくトラブル管理と言うか、厄介事の収拾が仕事になると?」
「いやいや、ぶっちゃけるとさ、もう国家間の問題にまで発展してる事案を、幾らチートを付与したからって個人がどうこうできるなんて僕達も考えてないさ」
「国を相手にできる能力を個に与えるなんて流石に出来ませんからね。今回ジンさんをこちらに呼んだのは、今までの転生者と同じシステムの中で活動しつつも、管理側だったという立場の者が、こちらの世界に転生した場合、どう生きるか確認したかったからなんです」
「そそそ、別に何かをしろって大層なお題目はないんだよ。ただ君はあの『Dungeon Searcher』の歴代GMの中で一番今回の転生条件に合致していたって事だけだから。そう難しく考えなくてもいいんだ」
「つまり、この転生に際して俺には何かの指示も制約も存在しないと?」
「うんそう」
「有体に言ってしまえば、今回ジンさんを転生者として選んだ基準は、行動と善性でしたので。たまに行動を追わせて貰いますけど、基本的に転生後はもう私達からは接触する事はないと思います」
「行動と善性? えらく過大な評価をされてるみたいですが、俺はそんな善人じゃないですよ。寧ろ自分勝手で欲も強い方なんじゃないかと思うんですが」
「だから判断基準が"行動と善性"なのさ。何も僕達は聖人君子を必要としてる訳じゃない。あのゲーム世界で生きてた君の、勝手から生まれた欲が、そこから判断したであろう行動が、僕達の望んだ条件と合致した。だから僕達が君に望むのはGMとしての"ジン"という人物をこのアステラに転生させた時点で、もう、達成されている」
───── だからか。
地球で生きた記憶や知識があっても、俺には『Dungeon Searcher』の中で活動してきたGMの"ジン"としての自覚しかない。というかリアルとしての"俺"という個人の何もかもが、人間だった頃の記憶や経験全てが認識できない。
つまり、今の俺は異世界へ転生するとしても、中身は仮想世界での存在。つまり、今神から求められているのはあくまでGMとしての俺だって事だ。
「……納得いかないかい?」
「その辺りは何と言えばいいのか、自分でもびっくりする程、現状ない物には何の拘りも、執着もないですね」
本当に意外な程そっちには執着はない。
……なのに何故この二人は、何でそんな申し訳なさそうな、悲しそうな顔をするんだろうか。本当に何も感じてないっていう、こっちの心は見えてるだろうに。
「人とは、記憶と経験が積み上がってこそ個として成るものなのです。そして私達はジンさん、貴方から名と記憶を奪いました。それは貴方という個人を殺してしまったと同じ事なのです」
「他の転生者は生前の全てを持っている。だが君にはGMアバターという強力な力を付与する代わりに、君から人としての何もかもを僕達は奪った。善性だの行動だのと口にして、結局僕達は神なんて驕ってはいても、人一人も信じられない臆病者なのさ」
随分人間臭い神様も居たもんだな。いや、神だからこそ事の善悪に敏感なのか。
兎に角、現状は理解したし、納得もした。
後は行動あるのみだな。
今回は少なめですが、以降結構メタいサブカルネタとか出てくると思います。
はい。
また拙作に対するご評価を頂けたら嬉しいです。
どうか宜しくお願い致します。