はちみつ色のティーカップ
「あ…こんにちは。あの、転生相談窓口で合ってますか?」
口に手を当てながら少し腰を曲げ、下手にまわって聞いてくるのは、柔らかい黒髪の30代の女性だった。
「はい。左様でございます。どうぞお入りください。」
「いやあ雨の中大変だったでしょう。どうぞ席ににお座りください。ええどちらの椅子でもいいですよ。いまお飲み物用意しますね。」
「あっ、ありがとうございます。お飲み物までありがとうございます。」
「カモミールはお好きですか?雨の日しか準備しないのでもしお好きでしたらと思いまして。」
「はい、好きです。前に家でも育てていたので」
語尾に力が入ったまま、黙ってしまった。優しい声色であるが、緊張しきった声になっている。
その女性は手を揉みながら、下を向いたまま待っていた。
「お待たせしました。そんなに熱くないですよ〜」
トトトトトトト…
クマのぬいぐるみの柄で蜂蜜色のティーカップに注ぐ。
「よろしければクッキーもどうぞ。ウチで作った苺ジャムのクッキーです。」
「あっ…どう」
「早速ですがお名前を…あっすみませんね遮って。」
「あ、いえ、あ、名前は晴安です。」
「晴安さん。どうぞよろしくお願いします。私、テンと申します。」
「テン…さん、お願いします。」
「テンって変な名前でしょ?わたしね、お名前がないんです。だから転生相談屋のテンです。」
「あっ、そうなんですね。テンさんよろしくお願いします。」
「それで、今日ここに来られたのは、転生先に迷われてるんですか?」
「はい、ちょっと考えているうちに分からなくなってきて…」
少し照れたようにはにかんだ。とてもおだやかな栗色の目だ。
「私、もう一回人間に生まれて、娘に会いたいんです。6歳になったばかりで、今年小学校に入学して、これからの成長を見守りたくて。それに、昔、娘に…『生まれ変わってもママの子どもがいい』って言われたのが…」
途中まで堪えていた涙がぽろぽろと溢れた。
「ゆっくりいいですよ。本当に、誰とも比べられないつらいことですから。」
吐息まじりに涙が落ちる。
「すみません、こんなすぐに泣いてしまって。それで本当は人間に生まれ変わりたいんですけど、人間に生まれ変わって会える確率ってかなり低いですよね。それよりも徳を積んで、神様に娘の近くに居られるような物に変えてもらった方がいいかなって。」
(神様は現世の運命を知っている。この場合だと晴安さんを、娘がこれから買う人形や楽器などに転生させてあげられるのだ。)
「なるほど。人間に転生したら、娘さんの『ママ』になることは、なかなか難しいですね。誰かの魂に運良く入れない限り。前例がほとんどないです。50京分の1くらい。だから仮に出会えるとしても娘さんより年下の誰かになりますが、そこは納得できてますか?」
「はい。もちろん親として出会いたいのが一番ですが、これに賭けられるなら…いや、でも確実にそばに居られる方を選ぼうか…」
「なるほど、そばに居られるかが一番気になっているのですね。ちょっとおはなし変わりますが、娘さんのこととか、思い出とか、そんなおはなし聞いてもいいですか?」