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クリップはどこへ消えた

作者: 山木 拓


 男は紙束を束ねようとしていた。そのために棚からクリップが大量に入っているであろう箱を取り出し、蓋を開ける。しかしそこにはもう殆どクリップが入っていなかった。数日前まではある程度入っていた気がするのだが、思ったよりも減りが早い。しかしそれは当然で、これだけの社員が書類を上司に提出する際に毎回使用していれば、すぐに無くなってしまう。いや、提出先は上司だけではないだろう、顧客に渡す資料や製品の発注先、社員どうしのやりとりでも毎回クリップで束ねている気がする。現に、昨日後輩から渡された書類にもクリップが使われていた。


 男はこれに奇妙な感覚を得ていた。クリップはどこか税金に似ている、と。例えば消費税はモノを買った時にもれなく払う必要があるのと同様に、クリップも書類を提出すると同時に渡す必要がある。さらにいえば、その払った税金は警官、消防、医療、公道、教育と様々な形に変えて我々のもとに戻り、それと同じく人に渡され戻ってくるクリップもある。このように男はクリップと金に、このような奇妙な共通点を感じていたのだ。




 そして男には同時に疑問が生まれた。なぜこの会社からクリップは消えてしまうのだろうか。渡す時も渡される時もクリップが使われているのであれば、我々の周りでこれが巡回しているだけで、絶対数は減らないはずだ。だというのにも関わらず、我々はクリップを買い足している。この事から考えられるのは、誰かがクリップを溜め込んでいる可能性。この循環を誰かが堰き止めてクリップを溜め込んでしまえば、我々の間では『クリップが不足している』と感じてしまう。もしかしたら上司が大量にクリップを溜め込んでいるのかもしれない。だとすればそれはとんでもなく横暴で独善的、自己中心的な下衆じみた資本家的発想であり、これにはクリップの再分配が必要だ。男は上司の机を覗いてみた。そこには特に溜め込まれたクリップはなかった。確かに現在進行形で使用されているクリップは多くあったが、それがこのクリップ不足になるような停滞具合とは思えない。ひとしきり足元や引き出しも見たが、どこにも隠しクリップは無かった。


 男はここである事に気づいた。それは、上司も我々と同じくクリップを消費する側の人間であるという可能性。いや、よくよく考えれば当たり前のことなのだが、上司も同じ労働者なのだ。社長のような立場であれば資産家のような側面が強まるのかもしれないが、この世の中は殆どの人は、働かなければお金を得られない。当然上司もクリップを消費する。こうなってくると、男にはさらに調べたい事が現れる。上司から先の、クリップの行方とは。男はそれを確かめるべく、出世を志た。一体この先のクリップはどのような道を辿るのか。




 それから7年が経った。男は働きを認められ、出世していた。社長に書類を直接提出する場面も多い立場まで来ていた。男はついに確かめられるのだ、巡らないクリップの謎を。男は社内の損益や経費等の非常に重要な内容が数多く記された書類を、種類や目的ごとにクリップで束ねていた。数多くのクリップを、この一度の書類提出のために使った。もちろんこれは新しく買い足したものではなく、部下から渡された分。クリップは流れていっている。今のところは、絶対数は変わっていない。


 男は社長に書類を渡した。そしてそこで、衝撃的な光景を目の当たりにする。


 社長は種類や目的ごとで丁寧に束ねていたクリップを、丁寧に取り外していた。丁寧に取り外したクリップを手のひらに集めて、ゴミ箱に捨てていた。これを見て、男はついにクリップが不足する理由を知った。




 それと同時に男は思った。


「やはり税金と似ているのかもしれない」

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