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善と悪の境界に  作者: 木ノ山武
鏢局
3/24

【一】

山海鎮(さんかいちん)。規模の小さい町ですが、他の町と比べても遜色ない盛んだ。ここは美食の町です。立地に恵まれた。海と割と近いので、魚を入手しやすい。他の町からも肉、野菜、香辛料等を取り寄せられる。そして、どんな時間でも営業している店がいる。高枕鏢局(こうちんひょうきょく)もこの町にいる。


無常(むじょう)劉隆(りゅうりゅう)が着いた時にはもうすっかり夜も深まった。その割には行き交う人々はまだ結構いる。


劉隆は周りを見ながら懐かしそうに言った。

「相変わらず生き生きしてた町だぜ。」


「先生、こんな時間に訪ねても失礼なんで先に腹ごしらえしようぜ。」


「ええ、異存はありませんよ。」


「ちなみに、苦手な物はある?」


「特にありません。」


劉隆は嬉しそうに言った。

「では、俺の行き着けの店へ案内しよう。」


ここは劉隆にとっての第二の故郷と言っても過言ではない。久しぶりに帰ってきた劉隆も終始上機嫌に色々を説明した。麺ならどの店が美味しいとか、茶や酒ならどの店の雰囲気がいいとか。無常は食に対して基本は無頓着なので、話の半分を聞き流した。


「着いたぞ。ここだ。」


店の外見は至って普通です。看板に書いた名前は可口楼(かこうろう)。ただ、店の外まで漂った濃い匂いはその店は何を提供するのか推測できます。


「羊肉ですか?」


「正解。匂いは大丈夫なのか?」


「嫌いではありません。」


「そうかそうか。では入りましょう。」


劉隆は率先して店の中に入った。


蔡老板(さいろうばん)(店主)!いる?」


店の席は半分埋まった。皆が目の前の食事に夢中しているのか、誰も劉隆に振り向かない。


一人年配の男が厨房から出た。

「誰だい?」


「俺だよ、俺。劉隆だ。」


蔡老板は目を凝らして劉隆の顔を見た。

「あらま、本当に劉坊ちゃんだ。いつ帰ってきたの?」


「つい先だ。真っ先にここに来たよ。全国を回ったけどやっぱりここの羊肉料理が一番だ。」


「嬉しい事を言うね。ほれ、適当に座って。」


「その前に、俺の連れを紹介する。こちらは医者の無常先生。先生、こちらは蔡老板だ。」


無常は一礼した。

「初めまして、無常と申します。」


蔡老板は頷いた。

「皆わしの事を蔡老板と呼んだ。先生もそう呼んでくれ。」


挨拶が一通り終わった後、劉隆は空いている席に座った。


「では、蔡老板、いつものを頼む。二人分な。」


「あいよ!」


蔡老板はまた厨房に入った。程なくして小二(給仕)がお茶を運んできた。


劉隆は杯を掲げた。

「では、まずは乾杯といこうか。」


無常も倣った。

「乾杯。」


二人共一気にお茶を飲み干した。


劉隆はしみじみと言った。

「いやあ、この一杯でやっとここに帰った実感が湧いてきた。」


無常はちょっと可笑しそうに言った。

「本当にここが好きですね。」


「まあな、で、先生、どうだ、山海鎮の第一印象は?」


「そうですね。ざっと見た感じ、五割は料理店ってのも凄いです。それと関係があるかどうか、人々の顔色がすこぶる良い。十分な栄養を摂取したのかも。」


「はは、やっぱ医者だな。そこを注目するのか?」


「私は無意識に病人を探しているだけかもしれないね。」


劉隆は言葉を選びながら言った。

「先生と知り合ったのは僅かな数時間。正直本当に医者なのかもう分からん。でも実力は本物だからもうそれでいいや。」


無常は肯定も否定もしなかった、ただお茶を注いでそれを飲んだ。そこで小二が鍋を運んできた。


「火鍋ですか?」


「そうだ。俺の奢りだ。足りなかったらどんどん注文していいんだぜ。」


無常は不思議そうに聞き返した。

「奢り?どうしてですか?」


「いや、だって、助けてもらったじゃないか。受けた恩は返さないとな。先生はいつまでもお代を要求しないから、俺が勝手にこれで返すつもりだ。別のものを要求しても構わないんだぜ。ただ、この奢りはもう確定事項だ。」


「そういうことか。お代ならもう頂いたんです。君の先の状況、そしてその解決方法。それら全部が資料としてまとめるのです。私にとってはそれで十分です。ですが、奢りたいのなら、遠慮なく頂こう。」


「はは、そういうところ、気に入った。ささ、召し上がれ!」


「では、頂きます。」


無常は箸で鍋から一切れの羊肉を掴んで口に運んだ。


無常は少し目を丸くした。

「これは美味しいですね。」


「だろう。はは、俺も頂きます!」


劉隆も箸を動かした。それから、特に会話もなく、二人は黙々と食事を進めました。


二人は同時に箸を置いた。

「「ご馳走様でした。」」


劉隆は腹を擦りながら言った。

「いやあ、満足満足!」


無常はまたお茶を飲んだ。

「ええ、本当に有り難うございます。」


「いいって、他にも美味しい店があるからな。滞在する間、色々を案内しよう。ところで、ここまで付き合わせて悪いが、先生は行きたい所ある?そっちを優先しよう。」


無常は少し考えたら言った。

「薬を補充したいです。薬材店があれば見たいですね。」


「了解。宿も探さないとな。俺が会計を済ませよう。」


劉隆は立ち上がって店主のところに行った。


「蔡老板、美味しかったよ。会計を頼む!」


「毎度あり!」


少し遅れて、無常も二人のところまで歩いた。


蔡老板は無常を見たら、何かを思い出したように言った。

「ところで、劉坊ちゃん、もしかして安老(あんろう)の状況を聞いたのかい?だから、医者を連れて来た。」


劉隆は眉を顰めた。

「いや、何も聞いていない。何があった?」


「わしも詳しくは知らんが、何かの病気でここ数日全然見かけないらしい。客の対応も娘が代理らしい。」


劉隆は心配そうに言った。

「え!?そんなことが?」


無常は口を挟んだ。

「心配なら、今すぐに見に行った方がいいですよ。」


劉隆も同意した。

「そうだな。知らせてくれて、ありがとうな、蔡老板。」


二人は急いで店から出た。


■■■■■■


先は東の入り口からこの山海鎮に入った。高枕鏢局は西の入り口の近くにある。二人はしばらく歩いたら、立派な建物が見えた。他の建物よりも二倍ほど大きい。立派な赤い門の両脇には石獅子が置かれた。そして、看板には高枕鏢局という名前が書かれた。


劉隆は暫く看板を見上げながら、呟いた。

「ここも変わらないな。裏口はこっちだ。」


裏口は店の後方にある。劉隆はその裏口の門を叩いた。程なくして門の向こうから掠れた男の声が聞こえた。


「はいはい、今は何時だと思っている、誰だ?」


(そん)さん、俺だ、劉隆だ、覚えているか?」


「劉隆?おお、覚えてる、覚えてるよ。何だ、早く言わんか?」


中から門が開錠された。


劉隆は無常に振り向いて苦笑した、小声に告げた。

「この家の使用人だ。」


孫は小柄な中年男だ。

「ささ、入って入って!」


劉隆は手短に無常の事を紹介した、そして目的も告げた。

「いきなりだけど、安老に面会したいので。その前に、清雅(せいが)さんいる?」


「お嬢様ならいるよ。すぐ呼ぶに行くから。」


「客室なら俺もまだ覚えている。先にそこで待っているから。」


孫は頷くとすぐ離れていく。


二人は客室の方へ歩いた。劉隆は少し緊張気味だ。

(さて、もう何年も会ってなかったから。どう接すべきか?)


客室には六個の椅子があって、向かい合うように配置された。各椅子の隣にも小さな卓が付属した。そこにはもうお茶が置かれた。微かな香りが心を落ち着かせた。五分程待ったら、外から軽快な足音が近づいてくる。


無常はこの足音を聞いて何かを察した。

(ふむ、武術を習っていないのか。)


客室の入り口から現れたのは若い女性。身長は平均くらい、笑顔が穏やかで見る人も自然にゆったりな気持ちになる。その女性が劉隆の姿を捉えた途端、笑みを更に深めて、目が三日月のように細めた。


劉隆は芝居がかった仕草で恭しく挨拶した。

「清雅さん、お久しぶりです。息災なようで安堵しました。」


安清雅は眉を寄せた。

「隆くん、何その他人行儀?敬語も違和感あるから、普通にしてください。」


劉隆はばつが悪そうに頭を掻いた。

「いやあ、本当に久しぶりだから、距離感を忘れた。」


「昔みたいに良いではないか。 隆くんは一人子の私にとって弟みたいだから、そう接してくれたら嬉しいわ。」


安清雅は二人の向かいに座った。無常の方に見ながら質問した。

「この方は?」


劉隆は簡単に無常の事を紹介した。安清雅は優しい笑顔で頷いた。

「旅の先生ですか?部屋はもう用意しましたから、今夜はゆっくり休んでいてください。」


「ありがとうございます。二人には積もる話もありますから、私は先に失礼いたします。」


安清雅の頬がほんの一瞬で赤くなったが、何もなかったのように言った。

「分かりました。外で使用人はもう待機しましたから。彼女は先生の部屋まで案内しますよ。それでは先生、おやすみなさい。」


無常は一礼してから、客室から出た。離れた際には軽く劉隆の肩を叩いた。劉隆も無言に頷いた。


無常は客室から出た後、安清雅は軽くため息をついた。劉隆は心配そうに声を掛けた。

「清雅姉さん、安老の状況はそんなに悪いか?」


安清雅は苦笑した。

「隆くんもやっぱり聞いてたんですね。ええ、お父さんは確かに具合が悪いのよ。でも、それだけではないの。何故かお父さんの噂がもう街中に広がっていた。まるで誰かの悪意が働いたようで、心配になるわ。私が考え過ぎただけならいいんですけど。」


「内部からの仕業を疑ってたのか?」


「疑いたくないけど、そうとしか考えられません。お父さんが体調を崩した次の日に、見舞いに来る隣人は何人もいました。聞けば、皆がお父さんの噂を聞いたから訪ねてきた。どうも、間が良すぎると思うわ。」


劉隆は少し考えて、すぐに諦めた。現状は憶測しか出来ないと判断したから、だから別の事を聞いてみた。

「所で、安老の状態はどうだった?」


安清雅は人差し指を顎に当てて知っていることを整理した。

「初めは体が熱いと言っていました。ただの体調不良と思って、お父さんは自分の内勁で体温を戻そうとした。しかし、どんどん悪化になって今は衰弱している。」


「町の医者に診てもらったのか?」


「ええ、しかし原因が分からないって。」


「そうか。明日は無常先生に診てもらうか。」


「隆くんはどこで知り合ったの?」


「いやあ、先知らない人に襲われて、その後先生に助けられた。」


「え!隆くんは大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫、別に傷を負っていない。」


「ふう、それは良かった。」


劉隆は話を戻した。

「無常先生は珍しく武術も習った医者だ。彼が我々武術家の状況に適切な診断を下すだろう。」


「そう…かも知れないわね。明日私からも直接お願いするわ。」


「ああ、今夜はもう休んで。」


■■■■■■


同じ頃、部屋に案内された無常は明日のために準備している。

(明日は多分ここの主人に会うだろう。師匠からは高枕鏢局の資料を貰っていないな。それもそうか。私は鏢局と関わるなんて誰も予想していないでしょうね。ただの成り行きです。)


前情報は無かったから、準備しようがなかった。無常は代わりに針を点検している。

(せめて道具の状態を万全にしないと。)


無常の針は医療用と戦闘用、両方にでも使える。針は手首に隠していた。だから、無常は常に袖の長い服を着ていた。

(全部問題なし。もう寝ようか。)

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