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善と悪の境界に  作者: 木ノ山武
剣客
2/24

【一】

祥林寺(しょうりんじ)韓世家(かんせいか)四象宮(ししょうぐう)


今の武林(ぶりん)(武術家の世界)にもっとも影響力のある三大派閥。


祥林寺。最強の武の象徴。一説によると、この世の全ての武術は祥林寺の武術から派生するもの。寺内の僧侶は何かしらの武術を修めている。しかし、俗世に余り関心を示していない。仏典の解読に重点を置いて、武術はあくまで健康のために修得した。非常事態が起きる時だけに、祥林寺が武林に干渉する。


韓世家。百年前の大将軍の末裔。槍術の名家だけでなく、商人の名家でもある。財力だけで言えば右に出る者はいない。良くも悪くも今の家主は大変な野心家で、勢力を伸ばす事に精を出す。その結果、味方が多かったが、同時に敵も多かった。


四象宮。二十年前から現れた新勢力。名前通り、四人の有能な幹部に支えられた。この四人も別々の流派からの出身で、頭領の目的に共感して協力した。方針は有能な人なら誰でも受け入れた。その厚い人材のお陰で三大派閥に発展した。しかし、敵対勢力に対しては無慈悲。その悪辣なやり方のせいで武林の人々に忌避された。


そしてもう一つ神秘な組織もある、太陰殿(たいおんでん)。構成員、人数、所在地、全てにおいては不明。ただ、不可解な暗殺事件が起きた時、それは太陰殿の仕業だと言われた。段々と人々も疑い始めた。これは誰かがでっち上げた架空の身代わりではないかって。


十年前、韓家の主と四象宮の頭領が穿雲峰(せんうんほう)に雌雄を決した。当時、両陣営の争いが膠着状態に入った。それを打開するため、両陣営の首領による一騎打ちが選択された。審判を務めたのは祥林寺の方丈(ほうじょう)(住職)。あの場にいたのはその三人だけで、だから勝負の結果はその三人しか知らなかった。ただ、あの勝負の後、両陣営の争いが止まった。


無常(むじょう)は先の村から出て、歩きながら色々と考えた。

(さてさて、師匠から教わった情報を一通り整理した。)


(そういえば、師匠はどこからこの情報を仕入れたのでしょう?もうほとんど旅に出なかったのに。昔の情報から最近の情報まで、お陰で初めて旅に出た私も困らないくらいです。)


(しかし、流石は連理剣(れんりけん)南宮(なんぐう)夫婦。近くに潜んだ時は全然気配を感じなかった。あの時、ふと誰かに見られたような気がして、そちらに集中したら、少し不自然な気配がしただけです。だから警戒した。でないと、二人が降りた時びっくりしただろうな。はは…)


自分がびっくりする姿を想像したら思わず笑ってしまった。


(確かにあの二人は双儀剣派(そうぎけんは)の同門でしたね。師匠によると…)


双儀剣派。名前通り剣を扱い一門です。しかし、今までの評価はいまいちでした。それは弱いからではなく、修得するための条件は厳しかった。まずは二人が一緒に修練すること、実力が拮抗すること、そして阿吽の呼吸が求められたこと。この三つを満たさないと連携の威力は十分に発揮できない。


無常はこの少ない情報で二人の実力を推測しようとする。

(南宮夫婦はこの三つを満たしたでしょう。軽功(けいこう)で降りた時、気配が一つだけでしたね。)


(まぁ、それを置いといて、先ずは次の目的地を決めないと。医者は知識だけでなく、実践経験を積む必要もありますから。特に私の場合、普通の病人より、負傷した武術家を診る事が目標だから。そのために怪我人が出る確率の高い出来事が望ましい。医者としては不謹慎な考えだけどね。そして、今年には丁度いい催事があります、拝火祭(はいかさい)。)


拝火祭。四年に一度の武術大会。優勝者は自分の希望の武器を作ってもらう権利を手に入れる。その武器を作るのは主催者でもある天兵府(てんぺいふ)


天兵府。”天下一の兵器庫”と呼ばれた程の鍛冶師一族。普段は各門派に量産の武器を提供している。しかし、それだけでは自分の技術力を示すことは出来なかった。だから、大会を開催して、その優勝者に特別の武器を作ってあげる。毎回、その優勝武器は皆が羨む逸品でした。


無常は手帳を確認した。

(この拝火祭なら、参加する武術家は多いですし、怪我人も出るだろう。私としては各流派を観察して、怪我人も治療して、有益な経験になりそうです、凄く期待している。開催日は…二か月後か。)


(今から向かえば着くのは一か月後か。丁度いいですね。と、その前に、日も暗くになりますし、早く次の町に着けないと。)


目下の目標も定まったし、無常は手帳をしまって、雑念も振り払って、歩く速度を上げた。


辺りはすっかり暗くになりました。無常は夜目もきくから別段困っていなかった。先の村から次の町に行く道も一本だけで、迷える心配はなかった。この道の左側は森、右側は川が流れている。ふと、川の音に紛れて武器がぶつかり合う音が聞こえた。


(これは?誰かが争っているのか?)


無常は集中して音の出所を探った。

(森の奥からか?行ってみよう。怪我人が出たら医者が必要でしょう。)


無常は背中の荷物を下ろした。気配も消して、音のした方向へ飛び出した。傍から見れば普通に歩いているように見えたけど、無常の一歩は常人の五歩に等しい。一瞬で森の奥へ消えた。


■■■■■■


武器のぶつかり合い音ははっきりと聞こえた。無常は一際大きい木の後ろに隠れて、音のした方に覗いた。森の開けた所に男女二人が戦っている。男は赤い服を着て剣を使っている。女は全身を覆う黒い服を着て短剣二つを使っている。


女は男の周りを縦横無尽に動いて右手の短剣で攻め立てます。左手の短剣は腰の後ろに隠れて機会を窺っている。対して男は女の猛攻を的確に捌いた。時に剣で受け流し、時に剣で弾く。しかし、女の左短剣を警戒しあんまり中々反撃に移せない。


無常はすっかり観客気分で戦いの推移を見守っている。

(ふむ…見たところ、男は受け流しと反撃が得意で、女は変幻自在な技が得意のようですね。しかし、反撃しないとじり貧になるだけです。さて、どうする?)


この時、女の動きが変わった。先までは色んな方向から攻めたけど、今は男の正面から攻めた。右手の短剣で横切って男の首を狙う。男は後退し、切っ先からぎりぎり躱した。女はすかさず短剣を逆手に持ち、男に距離を詰めて首へ突き刺す。男は半身になってこれを躱す。やっぱり反撃していない。


女は短剣を腰の辺りまで引いて、そして切り上げた。狙うのは男の胴体。男は体を動かさず、剣で短剣の刃を横に弾く。女は弾かれた勢いに身を任せて、その場に一回転して、回転力を利用して斬撃を放す。男は剣で受け止めた。


女は素早く短剣を引いて、順手に短剣を握り直して、またも右手で男の首を狙う。これは先の動きと全く同じだ。そう見えたが今度は左手の短剣も同時に突き出す。もし男が先と同じ動きで後退しようとするなら、左の短剣に刺されたでしょう。もし男が左の短剣に気を取られたら、右の短剣に切られたでしょう。女の一連の攻撃は全てこの局面のための布陣だった。


男が目を見開いた。対応出来なさそうに、どちらの短剣の餌食になるそうだ。しかし結果は違った。男は剣の柄で女の右短剣を受け止めて、剣の刃で女の左短剣を受け止めた。二方向からの攻撃が見事に止められた。これで逆に女の両手が一時的に封じられた。男が空いた左手を突き出して、女の手を掴もうとした。


女の反応も早かった。必殺の一手が失敗した時体を後ろにでんぐり返しをして距離を取った。男は追撃しなかった。


男が陽気に笑った。

「いやあ、凄えな、嬢ちゃん。最後の一手で捕まったと思ったんだけどな、俺は。」


女は答えなかった。男は構わず続けた。

「しかし、危なかったな。嬢ちゃんの左手を終始警戒しなければなんないし、わざと隙を見せても食いつかなかったし、俺が同じ動きで躱そうとするならやられたな、最後に。」


女はまだ答えなかった。男は続けた。

「なあ、嬢ちゃん、そろそろ教えてくんないか、何故俺を襲った?恨みを買った覚えがないんだけどな。」


女は目も離さずに男の一挙手一投足を観察し、次の機会を探す。男は諦めて身構えた。

「喋る気ないか。いいぜ、二回戦と行こうか!」


二人の間に緊張した空気が漂った。周りから聞こえたの葉擦れの音だけ。先に動くのは女の方だ。前傾姿勢で男に襲い掛かろうとするが唐突に止めた。無常と目が合ったから。


(あ!しまった!いつの間にか身を乗り出した!慣れない隠密行動をすべきではない。)


無常はそのまま動かなかった。女も暫く動かなかったが、何も言わずにそこから離脱した。男は警戒態勢を解かないままゆっくり振り向いた。無常は敵かどうかを見極めようとする。


(この場合、私が先に発言すべきだな。何せいきなり彼の後ろに立っただから。)


「私は旅の医者、無常と申します。戦いの音が聞こえたから、見に来ました。詳しい事情が分からないため身を隠して様子を見ました。申し訳ありません。」


男はようやく警戒態勢を解いて、剣を背中の鞘に納めた。


「いや、助かるぜ。そのまま続けたらじり貧だけだ。俺は劉隆(りゅうりゅう)、旅の剣客さ。よろしく!」


「ああ、今話題の若手剣客、”笑朗君(しょうろうくん)”の劉隆でしたか。剣を振るう姿があんまりにも楽しそうだからそう呼ばれたとか。」


劉隆は嬉しそうに頷く。何も言わないけど目が何かを期待してて輝いている。無常もそれを察して笑顔で続けた。


「確か、背城剣法(はいじょうけんぽう)の使い手ですね。戦った事のある人によると、まるで壁のような守りで、とても攻めづらい。先の剣筋を見ると納得しました。やっぱり守り上手ですね。」


劉隆は快活に笑った。

「いやあ、褒められるとやっぱ気分いいぜ。」


「所で、私の薬箱が森の外に置いていた。そこに歩きましょう。君の具合も診ないとね。」


「あれ、ばれたか?」


「いや、私もまだまだですね。先程君がじり貧になるっと言った、そして先の戦いも有利な状況なのに追撃しなかった。それらを踏まえて君の方が傷を負ったではないかと思うだけです。」


劉隆は少し考えした。

(この自称先生、先の嬢ちゃんの一味か?するとこれは罠か?しかしそんな回りくどい事をするか?いや、仮にこれも罠だとしても、今度こそ引っ掛からないぞ。)


「では行こうか、先生。」


劉隆はそのまま無常に付いて行った。


無常は荷物の薬箱の所まで歩いて、それを掴んで川辺まで歩いた。適当に座ったら、手前に座るように劉隆を指示した。


「ここなら見晴らしもいいし、奇襲される心配はないでしょう。」


無常は劉隆の警戒心を下げるためにこの位置を選んだ。


劉隆は頷いて、無常の前に座った。

「確かに。」


「では襲撃された状況を最初から教えてくれないか?どんな傷を負ったのかを判断するために。」


劉隆は咳払いして語り始めた。

「そうだな。俺は先、そこの歩道を歩いた。そしたら、川の方へふらふらと歩いた女性を見た。まあ、先の嬢ちゃんな。流石に不審と思ったがとりあえず声をかけてみた。何の反応もなかった。仕方なく俺が勝手に彼女を川辺まで引っ張り上げた。川から離れた途端、違和感を覚えた。彼女の方を見るとちょうど人差し指を突き出して、俺の腰の経穴を封じようとする。俺も慌てて彼女を突き飛ばした。彼女も巧妙に動きを変えて代わりに俺の足三里穴(あしのさんりけつ)を突いた。それから戦って、逃げて、あの森まで続いた。」


無常は首を傾げた。

「膝の下にある足三里穴が封じられたら少なくとも足が麻痺になる。しかし君は普通に歩く。」


劉隆は得意気に胸をそらして説明した。

「それはな、彼女の内勁(ないけい)が侵入した時俺も内勁を集めて足三里穴を守った。結局封じられなかった。」


無常は少し考えた。

「という事は、彼女の内勁は未だに君の体内にあって、互いの内勁は鬩ぎ合っている。だから先の戦いに内勁で足を強化して追撃出来なかったか。内勁は同時に二つの役割をこなせないからな、一部の達人を除いてね。」


劉隆は少し落ち込んでいた。

「そういう事だ。彼女は思ったより上手い。今の俺には二つの選択肢がある。一つは、一気に彼女の内勁を体外へ押し出す、しかし内勁の消耗が激しい。今回の拝火祭には内勁の回復が間に合うかどうか。二つは、ちまちまと押し出す。ただ、拝火祭までに全て押し出せるのか俺も自信がない。」


劉隆は突然自分の太ももを叩いた。

「ああ!そうか!もしかして俺が襲われたのは拝火祭が原因で?俺を出場させないために?くそう。どこの野郎だ?汚い手を使ってやがって!」


無常は疑問を投げかけた。

「彼女自身が君を狙っている可能性もあるのではないか?」


劉隆は自分の見解を述べた。

「うむ。。可能性は低いと思うぞ。今回の拝火祭には剣部門があって短剣部門がないんだ。だから彼女が参加出来ない。俺を排除しても彼女に益がない。この襲撃が誰かの差し金だと思う方がしっくりくる。別の原因は正直思いつかない、心当たりが全然ない。そもそも彼女とは初対面だ。」


「成程、一理あるですね。」


「まあ、考えても分からない。それよりも、俺の膝を何とかしないと。拝火祭の参加も危うい。」


「それについてなんですが、私から一つ提案があります。」


「どんな?」


無常は針を取り出して、それを劉隆に見せながら言った。

「これを使います。要はその内勁を体外へ押し出すための捌け口を作ります。」


「針?鍼灸(しんきゅう)か?」


「ええ、これを足三里穴に刺して、私は針を通して彼女の内勁を”引く”。私が引くと同時に君が押し出せるはずです。これで消耗も少なくて済みます。どうでしょうか?」


猜疑心も消えて、好奇心が勝った。

「面白い!鍼灸でそれが出来るんだ。ではお願いします!」


「それでは、横になってください。」


劉隆は言われた通りにした。無常はまず劉隆の膝の上に手を当てて、少数の内勁を送って、中の状況を調べた。足三里穴の辺りに確か二つの内勁が衝突し合った。無常は素早く足三里穴に針を刺した。


それから、掌を針の上に置いて、自分の内勁と劉隆の内勁を同調させた。同調した瞬間に自分の内勁を引いた。


「今です。押し出してください。」


劉隆は膝に集中して、引かれた内勁の流れに便乗して彼女の内勁を押し出した。その勢いが針と無常の手を弾いた。劉隆は申し訳なさそうに無常を見たが、無常は首を振って微笑んだ。


劉隆はそのまま飛び上がり、膝の具合を確かめた。足を動かして、辺りを一周した。その間に、無常は手帳を取り出して先の治療方法を記した。


「いやあ、ありがとうな、先生。これで万全な状態で拝火祭を挑戦出来る。」


「どういたしまして。こちらも有益な情報を手に入れて助かりました。」


「おう、それは良かった。どんな情報だ?」


「君の先の状況が特殊でね。その治療方法を記した。」


「へえ、生真面目だな。」


記し終わったら、無常は荷物を片付けた。劉隆も自分の荷物を回収した。先の奇襲のせいで川辺に置いたままだ。


「先生、次の目的地決まった?」


「私も拝火祭に行こうと思います。」


「おお、もしかして先生も参加するのか?」


「いや、そうではない。実は私、各地を巡って先みたいな特殊な状況や傷を負った武術家を治療したい。治療方法を見つけてそれを本に纏めたいです。それで、怪我人が沢山出るのは拝火祭だと思います。だから、そちらに向かいます。」


「へえ、なんと言うか、医者らしからぬ思考だな。自分から怪我人を探そうなんて。」


無常は同意も反論もしなかった、ただ微笑んだだけ。


「じゃ、暫くは同行だな、先生。よろしく!」


「よろしくお願いします。」


「ところで、ちょっと寄り道していいか?次の町に昔世話になった人に挨拶したいんだ。」


「まだ間に合うし、別に構わないよ。誰でしょうか?」


高枕鏢局(こうちんひょうきょく)安盤(あんばん)氏だ。聞いたことがあるか?業界では安老と呼ばれている。」


「いや、鏢局に頼んだ事は一度もなかった。」


「それもそうか。簡単に紹介すると、かなり評判のいい鏢局だ。主な仕事は商隊を守ることや商品を護送すること。俺も実家の縁で知り合った。」


「実家?もしかして実家は商人ですか?」


「ええ、まあ、家業を継ぎたくないから家出した。その時は高枕鏢局に世話になった。俺もその時師匠に出会った。」


「成程、恩人ですね。」


「ええ、もう何年も会ってなかった。楽しみだ。」


二人は会話しながら旅路に就く。

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