【一】
春。冬の寒さがまだ残っていても、人々はもう活動し始めた。森の近くにあるこの小さな村も例外ではない。村人は朝からもう畑や森へ仕事に出かけました。昼には家に戻って、休憩や飯を食べ終わったらまた仕事に出かける。そういう日常が見られると思うが今日は少し違うようだ。
村長の家の前に人だかりがしている。皆が前方の二人のやり取りを興味津々と見守っている。一人は村の者。もう一人は白装束の青年、袖は手首までに長い。
村の人は野太い声で聴く。
「兄ちゃん、そんな針で本当に効くのかい?」
青年は落ち着いた声で説明する。
「ええ、鍼灸って言うんですけどね。針で体の経穴を刺激して病を癒す。噂くらいは聞いた事があると思いますが。」
「確かに、聞いたよそんな噂。信じないけどな。」
「まぁ、物は試し。効かなかったら報酬は頂きませんよ。どうでしょうか?」
「行け大ちゃん!」
「我々の村は舐められてもいいのか?」
群衆から野次を飛ばす。皆も面白がっているだけで、本音ではないでしょう。大ちゃんと呼ばれている人も今は引き下がれない。
「よし、やってやろう。ほれ!」
言うなり右手を差し出す。そして、にやにやと意地悪そうに言った。
「病症は言わないけどな。」
「問題ありません。」
青年は微笑んで自信満々な動きで人差し指と中指を大ちゃんの手首に当てる。
(さて、診察開始です。)
吐息を吐くと、内勁を相手の体に送った。
内勁とは、武術家の必修科目の一つです。武術の修練は大きく二つの科目に分かれた、技を出す構えの練習、それと内なる勁力を練る練習です。この内勁は燃料の役割を担う。内勁の量が多いと、技を出す回数も、威力も増している。そして、医者には別の用途もある。
青年は内勁を相手の体に一周させて、体の状況を調べる。心拍数、血圧等の情報の元に相手の不調を特定する。
「便秘ですね」
ずばりと言う。大ちゃんは思わず固まった。
「体はいたって健康ですが下腹部の気の流れが滞ります。当たりますか?」
大ちゃんは恥ずかしそうに頷く。
「ところで、厠は近くにありますか?」
「すぐそこだよ、どうして?」
「便秘には臍の上の中脘穴を刺激すれば一瞬で解決しますよ。始めますか?」
「本当か?」
疑いつつも服をたくし上げた。
青年は少し手を振った後、銀の針は指に挟まれた、まるで空気から針を取り出すような。そして正確に中脘穴に突き刺す。刺した同時に内勁も送った、また直ぐに抜いた。一連の動作は三秒も掛からなかった。
「…」「…」
「何も起き…!?」
大ちゃんは突然尻を抑えて一目散に駆け出した。
「いってらっしゃい。」
青年も淡い笑みを浮かべて満足げに頷く。
周りも呆気にとられて反応出来なかったが次の瞬間爆笑しました。
「次の方、どうぞ。」
奇跡みたいな効果を見た後、村人達はもう疑わない。皆が我先に青年へと近づいていく。
「先日肩が脱臼した!すぐに治せますか?」
「食欲がない!これも病気ですか?」
「肌がかさかさ!美容に効く経穴ありますか?」
何だかんだ騒いだが、皆がちゃんと順番を守った。
■■■■■■
あれから数時間が過ぎました。最後の患者を触診しようとした時慌ただしい蹄の音を聞こえた。
(五騎?いや六騎か?何事でしょう?。)
そうこう考えているうちに蹄の音も段々と大きくなっている。村人達もその音に釣られて村の入り口を振り返った。
現れたのは六騎の馬、その鞍の上に座っているのは屈強な男達。手には既に剣や刀を握っている。息も上がってて、明らかに興奮状態でした。
(あの人達、背後を気にしている?誰かに追われるのか?)
先頭にいる大男が喚く。
「おら!全員一か所に集めろ!死にたくなければ大人しく従え!」
村人達も抵抗しなくて、言われた通りに集まった。青年もその中に紛れた。その中に、村長が震えた声で大男に話しかけた。
「お許しください。我々も収穫の時期ではなくて、備蓄もほとんど無い。」
手下の一人が怒鳴った。
「うるせえ!んなの聞いてねえ!大人しくしていろ!」
別の手下が指示を仰ぐ。
「親分、これからどうするんだい?」
親分と呼ばれた大男が焦った口調で答える。
「このままでは必ず追いつかれる。だったらこいつらを人質にして逃げた方がいい。」
不安そうに呟く手下の一人。
「本当に大丈夫かな?」
親分はちょっと鼻で笑った。
「ああ、こちらに人質がいる限りあの夫婦は絶対に手を出さない。なんだって名高い正義の夫婦だからな。」
青年は大男達の会話から事情を推測した。
(なるほど、事情は大体分かった。概ね、悪事を働いて、その結果誰かに追われた。見る限り”資料”になることは期待できないですね。しかし、”投げ”の練習もしないと。さて、どう行動しようか?)
怪しまれないように、眼だけを動かして周りを観察しました。村人達は大男達の前に集まった。端っこの所には植木鉢もある。大男達は緊張しているのか、油断しているのか、村人達の様子を気にしていなかった。
(とりあえず、全員を同じ方向に向いてもらうか。)
そう考えながら青年は袖の中の装備を確認する。確認したら足元の小石も拾った。そして、手首だけを動かして植木鉢を目掛けて小石を投げた。植木鉢が割れて大きい音を発した。
「何だ!?」
皆が一斉に音の方に向いている。
青年はすかさず両手を振った。袖から六本の銀の針が飛び出した。狙うのは揉み上げと耳の間にある耳門穴。音も立たずに六人の耳門穴に銀針が襲い掛かる。
ばたばたと五人が倒れた。親分だけが咄嗟に頭を傾けて針を避けた。
(避けられた?もしかして、彼の実力を見誤ったか?)
親分は慌てて周りを警戒している。
「おい!お前ら!くそ!誰だ!?出てこい!」
青年はすぐに決断した。
(実力を測るのは直接手合わせた方がいいですね。)
青年はゆっくりと親分の前に出てきて落ち着いた声で言った。
「私は旅の医者です。皆さんはお疲れのようですから、少し休憩をし…」
青年は言い終わる前に親分が踏み込んで剣を振り落とした。
「てめえの事はどうでもいいんだよ!死ね!」
しかし剣は青年の前の空気を切るだけで全然届いてなかった。いつの間にか青年が立ち位置をずらした。青年の表情も変わらず落ち着いたけど、口は素直に閉じた。
その態度がかえて親分の怒りを爆発させた。親分は躊躇わず剣を横切りに振って青年の首を捉える。青年はまたも絶妙な間合いでこれを躱す。親分は立て続けに剣を振り回すが全部青年に避けられた。
(やっぱり剣法を習得していないか。斬撃は全部腕力任せだけです。今までの戦いから培った勘で私の針を避けたのか。これ以上の情報はもう出ないでしょう、そろそろ反撃に移すか。)
親分は今度剣を頭の上に挙げた。縦切りが放たれる前に青年はまた奇妙な歩法で親分の横に移動した。
「雪原脱兎!」
青年は小声で技の名前を言いながら銀針を飛ばした。
雪原を走る兎の如く、銀針が袖から素早く飛び出した。今度は奇襲ではないので内勁を乗せて投擲した。親分が反応する前に銀針は耳門穴に突き刺さった。男は剣を手放してそのまま倒れた。
戦いが始まってから一歩も動かない村人達も、親分が倒れた後歓声を上げた。青年は歓声に何の反応も示さなかった。青年は倒れた男達へ歩いていた。注意深く六人の具合を確かめた後銀針を回収した。
(一時間くらい昏睡状態のままだろう。今のうちに全員を縛り上げよう。)
青年は倒れた男達に指をさしながら声を上げた。
「誰か縄とかを持ってきてください。縛り上げよう。」
その発言を受けて何人の村人が動き出した。その間に青年は村長に近づいた。
「村長、この人達の処置なんですけど。」
「はい、やっぱり官兵に引き渡すほかないだな。」
「そうか。そちらに行くのはどれくらい掛かるのですか?場合によってはこの人達の昏睡状態を長引かせる必要があるかもしれない。」
「引き渡すの事なら我々に任せてください。」
突然頭上から声がした。皆が仰ぐ前に二つの人影が降りてきた。
降りてくるのは二人の男女。男は威風堂々な初老の男性、顔に髭が生えてる。女は優しい笑みを湛える美しい婦人。正反対の印象の二人なのに、並んでいると絵になる。
男は自己紹介をした。
「俺は南宮翔と申します、こちらは家内です。」
村長は興奮気味に言う。
「おお、あの名高い”連理剣”の南宮夫婦か。」
「いえ、皆様が持ち上げているだけです。」
少し間を置いてから、倒れた男達を見ながら言った。
「この人達は近日幾つもの盗難事件を起こす盗賊団です。先日ようやく潜伏先を突き止めたが逃げられました。この村に迷惑をかけた事を本当に申し訳ないと思う。」
「いやいや、こちらの医者さんに助け貰ったので皆無事だ。」
青年は一歩踏み出して、一礼したら自己紹介を始めました。
「初めまして。私は無常と申します。医術の修行のため各地を巡ります。お二人に会い出来て嬉しく思います。」
南宮夫婦も挨拶を返した。南宮翔は首を傾げた。
「無?それは苗字ですか?」
「いや、孤児ゆえに苗字がありません。この名前も師匠が付けたものです。」
「なるほど。別に詮索つもりはありません。ただ珍しかったので思うわず疑問を口にした。」
「気にしないでください。それよりも、この盗賊団の処置の方が重要だと思います。」
「そうでしたね。先も言ったように、我々に任せて欲しい。官兵の中に信頼出来る知り合いがいるので、その人に引き渡せば事件解決です。」
「それは良かったです。お二人が見張ったらこの盗賊団も暴れないでしょう。私は異議ありません。村長は?」
「全部お任せします。連理剣の監視なら俺らも安心だ。」
「それでは私も失礼いたします。縁があったらまた会うでしょう。」
無常は村長と南宮夫婦に別れを告げて、自分の荷物の所に戻った。それから、診察が中断された最後の村人を探し出して、てきぱきと鍼灸を施した。全部を片付けたら悠々と村から出ていた。
今日の出来事がよっぽど印象深かったでしょう、村長は勝手に喋り出した。
「本当、今年は始まったばかりなのに、珍事の連続だな。今朝、あの医者の青年が村に現れて俺に道を尋ねた。教えたら、礼として皆の診察をするって。それから、あの盗賊団でしょう。やれやれだ。」
南宮翔が妻に振り返って質問した。
「凛、あの青年の事、君はどう思う?」
南宮凛は少し考えたら答えた。
「そうですね、実力は恐らくあの盗賊団を倒した時の動きより上だと思います。私達が降りた時も全然驚いていなかった。多分私達が近くに潜んでいた事を初めからばれていた。」
「同感です。それにあの歩法、祥林寺の軽功でしょうね。それを使えるのは一定の実力がないと無理でしょう。しかし…」
「あの飛針法ですね。祥林寺の暗器法とは微妙に違いました。」
南宮翔は弾んだ声で言った。
「確かに。しかし、俺は嬉しかったのだ。十年前から鳴りを潜めた四象宮がまた活発し始めた。あの悪辣な勢力と対抗できる若手が増えるのは喜ばしいことだ。」
南宮凛は同意を示さなかった。
「どうでしょうね。あくまで私の勘ですが、あの子は多分中立ですよ。それは凶と出るか吉と出るか。」