デイリー☆メイデン
1
俺は、自分が嫌いだ。
周りの奴らからは、何故か怯えた目で見られる。
態度が悪いから、いつもクラスでは抜け物にされる。
口よりも先に手が出るから、先生からも目を付けられる。
もちろん、俺は周りの奴らにガンを飛ばしてるわけでもないし、
クラスの奴らに何かをしたわけでもないし、
何の理由もなしに手を出したりはしない。
世の中、自分の思った通りにはいかないものなのだ。
俺は、ただ平凡に生活が送れれば良いのに……。
誰かが噂話をしていたり、ちょっかいを出してきたり、
癪に障るような事をあることないこと喋ってる。
話に尾ひれが付いて、俺の評判はますます悪くなっているようだった。
もう学校という所に、俺の居場所はないのかもしれない。
学校の帰り――
「……ちっ」
俺は思わず舌打ちをした。
いつもの事だが、何度も繰り返されると俺だって腹が立つ。
下駄箱の近くにある傘立て。
「っとに、めんどくせぇ」
見事に、俺の傘はなかった。
外を見れば、結構な量の雨が降っていて、視界が白く濁っていた。
職員室とかに行けば、傘の一本くらい貸してもらえるだろうと思った。
けれど、その行為自体面倒だ。
教師とも顔を合わせたくないしな。
俺は、右手に持っていた鞄を頭に乗せて深呼吸した。
「すー、はー。よしっ!」
俺は一気に外へ飛び出した。
全身を冷たい雨が突き刺さる。
傘を差して悠々と歩く奴らをすり抜けて、俺は一直線に走っていった。
どれだけ走っただろうか、もう疲れてしまった。
豪雨の中、速度を落とし、俺は歩くことに決めた。
これ以上雨に濡れたって、もう変わらないだろう。
家まであと数分かかるけど、ここは気合いで乗り切ろう。
「んっ?」
目の前に、いつも見かけるバス停があった。
屋根付きで、雨宿りには丁度良さそうだった。
しかし、既に俺はびしょ濡れだ。
雨宿りしても意味はないと思い、俺は通り過ぎようとした。
しかし、俺はそのバス停に一人誰かが佇んでいるのを見た。
彼女は、俺の学校の制服を着ていた。
というか、彼女には見覚えがある。
俺のクラスメイトだ。
一度も喋ったことはないけれど……。
雨の降り続ける空を、彼女は見上げていた。
壊れてしまったのか、右手には俺の持っていたのによく似た――
「って、おい!」
俺はマッハを越えたかもしれないスピードで彼女の目の前まで走った。
「それ、俺の傘じゃねーかっ!!」
「ほえっ!?」
ビクンッと肩を緊張させて、彼女が驚きの声を上げた。
傘を見て、俺を見て、また傘を見て、俺を見る。
「あー、傘の色が変わってる〜」
「おい」
ビシッと彼女の頭にチョップをかます。
「ひゃあうっ!」
俺は彼女から傘を取り上げて、柄の部分を見せる。
「ほら、ここに書いてあるだろ『A・SHINOMIYA』って。『四之宮葵』俺のこと、クラスで見たことあるだろ?」
「うーんと、えーっと…………………」
彼女は唇の近くに指を当てて、考えているようなポーズをとった。
「あーっ、四之宮さんだ!」
「だから、さっきから言ってるだろ!」
何だろう、妙に見た感じからぽやぽやとしたオーラが出ているような気がした。
「私『笹凪邑莉』だよっ。よろよろしくしく」
何故か、邑莉はビシッと敬礼ポーズをとっている。
「んなこと、わかってるっつーの」
俺は邑莉から傘を取り上げた。何故か柄が傘から外れていた。
「また挿せば直るか……よしっと」
俺は傘を広げる。俺が入ってもあと一人入れるくらい余裕がある。
「ほら、行くぞ」
「ほえ?それ、四之宮さんの傘だよ?」
「だから、入れてやるっつーの。早く来いよ」
邑莉は顔を右往左往させているばかりで、傘に入ってこようとしない。
「だだだ、だって私、家あっちだよ?」
邑莉が指す方向は、俺の家とは反対側だった。
「だから、そこまで行ってやるって。ほら」
「うわわっ!」
俺は強引に邑莉の手を引っ張ってやる。
俺よりも、華奢で細い腕だった。
「うゆっ!」
俺が強く引っ張りすぎたのか、邑莉は俺の胸に倒れ掛かってきた。
身長は、150前後だろうか……。
俺が170くらいだから、顔は俺の丁度胸の辺りになる。
「うにゅー、ふわふわ〜」
「おい、こら。バカッ!胸を揉むなー!!」
邑莉は顔を俺の胸に埋めて、両手は俺の胸を掴んではもぞもぞと動いていた。
「えへへ、不可抗力、不可抗力」
「バカ……ったく」
俺は邑莉の顔を胸から引き剥がして、ようやく歩き出した。
二人で下校するなんて、俺には初めての事だった。
一年の頃から、俺は一人で下校していた。
誰も声を掛けてくれないし、俺も声を掛ける事はしなかった。
そして、ここまで他の人と会話をするという事も久しぶりだった。
会話をすると言うよりは、邑莉が勝手に喋りだし、俺が受け答えする。
ただそれだけだったが、邑莉は笑顔だった。
「あーあぁ、葵ちゃんはいいなー」
いつの間にか、呼び方も『葵ちゃん』になっていた。
「ん?何が?」
「葵ちゃんは女の子だなーって思ったの」
「はぁ?冗談はよせよ。俺の何処が女の子なんだ」
邑莉は『わからないの?』という顔をして、人差し指を立てた。
「えーっとねぇ……綺麗だもん。顔も、その長い黒髪も」
考えておいて、それだけかい。
「あと、胸も」
「おっさんか、お前は」
邑莉はえへへと笑って、俺の方に身体を寄せた。
「俺は口悪いし、すぐ殴るし、全然そんなんじゃない」
「うーん……そうかなぁ」
「お前の方が、ずっと女の子だろ?」
「え〜、どこがぁ?」
「小さいし、華奢っぽいし、細いし、ドジっぽいし」
俺は指折り数えながら言ってみる。
「それに……可愛いし」
茶髪のセミロング、一番上からちょこんと飛び出すアホ毛。
くりくりした目が、俺を見つめ返す。
俺は、言っている傍から顔が赤くなっていた。
「葵ちゃん、顔真っ赤だぁ」
上目遣いで、邑莉に顔を覗かれる。
「う、うるさいな、近づくなよ!」
「えへへ、葵ちゃん可愛い」
「そ、それ以上言うと怒るぞ!」
――何だろう、この感覚は。
不思議だった。
俺は、人と話すことがいつの間にか嫌いになっていた。
口の悪い俺は、会話をすれば数分後には口ゲンカなんて、よくある事だった。
その所為で関係が崩れたり、友達と呼べる者は出来なかった。
けど、邑莉の笑顔、仕草を見ていると、
何故か、落ち着いた。
雨の中の帰り道、何気ない出会い、何気ない会話。
俺には、そんな当たり前の様な時間が、
楽しくて、仕方がなかった。
2
邑莉は、天然だった。
「葵ちゃーん、おはよ――うわわぁ!」
勢いよく派手に転んだ。
しかも、つまづく物が何もない所での大転倒だった。
「にゃは〜、しっぱいしっぱい」
舌をペロッと出したその顔が、とても可愛かった。
「っとに、トロい奴。ほら」
「うぅー、葵ちゃんその言い方ひどーい!」
「はいはい、いいから掴まれよ」
邑莉の手を引っ張る。
「よし、葵ちゃん、学校行こ?」
毎日、邑莉はこのセリフを言う。
朝の日差しに負けないくらいの笑顔で。
「あぁ」
邑莉を引っ張り上げた俺の手を握りながら、俺達は歩き出す。
邑莉の手は、柔らかくて小さくて、暖かかった。
だから、邑莉とこうして手を繋ぐのは嫌いじゃなかった。
あの雨の日から俺と邑莉は、バス停の前で待ち合わせして学校に行くようになっていた。
学校まで十分とかからない僅かな距離だが、その距離が今の俺にとっては大事なものだった。
それだけが、俺が邑莉と話すことが出来る唯一の時間だったからだ。
でも、教室に入る時、俺は邑莉の手を放して一歩早く教室に入る。
後ろから邑莉の声がするけれど、この時だけは無視だ。
俺の事を見ている生徒達を無視して椅子に座り、頬杖をつく。
数十秒後、足の遅い邑莉が教室に入ってくる。
こうすれば、邑莉と俺が一緒に登校しているとは思われずに済む。
邑莉は俺の行動に、頭の上で?マークを浮かべていたけれど、
これだけは、仕方のないことだった。
しかし――事態は俺の予想通りの方向に進んでしまっていた。
「ねぇねぇ、葵ちゃん葵ちゃん」
昼休み、ニコニコしながら邑莉が近づいてきた。
俺は、それを無視して教室から出て行った。
「あっ、葵ちゃん……」
寂しそうな声がした。
でも、今は振り返ってはいけない。
俺は毎日、こうして邑莉をやり過ごしていた。
学校内では、俺は邑莉と話してはいけないのだ。
そうしなければ、邑莉は俺の所為で友達がいなくなってしまう。
そうさ、元々住む世界が違う。
邑莉は、天然でドジだけど、その明るさでクラスの中でも人気者だ。
そんなのと俺が一緒にいたら、邑莉も俺の様に省かれる。
そんなのは嫌だから、俺は学校の中で邑莉と仲が良い様な素振りをしてはいけないんだ。
――次の日も、また次の日も。
学校での俺は、邑莉を無視し続けた。
そして、ある日――
「ねぇ、葵ちゃん」
「ん?」
帰り道、手を握りながらいつもの様に歩いていた。
邑莉は歩くのが遅い。
その所為か、端から見ると俺が邑莉を引っ張って歩かせているように見えるだろう。
「何で学校で私の事避けるの?私の事、嫌いなの?」
「……」
『違う』とすぐに否定出来たのに、俺は答えることが出来なかった。
「ねぇ、何で?どうして?」
「……」
まるで、母親に問い詰められる子供の気分だった。
何て言えば良いのかわからないから、ただ黙るしかなかった。
「……私は、葵ちゃんの事、好きだよ?口は悪いって言ってるけど、本当は優しいし、私なんかの為に、雨の日に傘の中に入れてくれたし」
邑莉の目が、潤んでいたのが見えた。
「一緒に学校行ってくれるし、一緒に帰ってくれるし、私……嬉しかったんだよ?初めて、友達が出来たと思ったんだ」
不意に、苛立ちが俺の中に沸々と湧き出してきた。
……何を言っているんだろう。
邑莉には、友達が沢山いるじゃないか。
俺なんかじゃなくて、クラスのみんなが邑莉を慕っているじゃないか。
なのに、何なんだよその言い方は。
自分の周りに友達がいないような事……。
まるで、俺と同じ側にいるような事言いやがって!
「友達?何言ってんだ、俺にはそんなの要らないし、これからも必要ない」
気が付けば、俺はそんな言葉をぶちまけていた。
「ちょっと一緒に登下校したからってさ、それで友達なんて、やめてくれよ。本当に、迷惑だ」
俺は邑莉と繋いでいた手を振り払った。
「もうやめようぜ?『友達ごっこ』疲れた」
心にもない言葉だった。
俺はどうして、邑莉の手を放したんだろう。
今の俺は、冷静さを失っていた。
こんな嘘な言葉を言いたいんじゃない。
「ウソ……ウソだよね?葵ちゃん……」
本当は、こんな事が言いたかったんじゃない。
泣きじゃくる邑莉を見ていると、胸が痛かった。
「うっ、ううぅ……ぐすっ」
本当は、邑莉を傷つけたくなんかない。
「葵ちゃん……葵ちゃん……」
本当は、俺だって――
なのに、何故……。
「じゃあな」
嫌な言葉しか、出てこないんだ!
邑莉を置いて、俺は一人で歩いていった。
心の中で、何度も邑莉に『ごめん』と呟いた。
3
次の日――
バス停の前に、邑莉はいなかった。
俺が突き放したんだ、いなくて当然だ。
……俺は、取り返しのつかないことをしてしまった。
でも、内心これで良かったんだと思う自分も居た。
ここ数週間の事、俺は楽しい日々を過ごせた。
もう、充分じゃないか。
邑莉には、俺なんかいなくても大丈夫だ。
あの笑顔や、いつもの天然、ドジっぷりで他の友達とやっていける。
俺なんかといても、嫌な思いをするだけだ。
邑莉が俺一人なんかの為に、一人になる必要はない。
これで、邑莉を巻き込まずに済むんだ。
ただ、元の生活に戻るだけ……ただそれだけの事だ。
教室に入れば、中はいつもの調子。
別に何も変わっちゃいない。
俺はいつも通りに頬杖つきながら、授業を聞く。
しかし、やはり物足りなさが心に残った。
毎日、毎日……。
空を見上げて過ごす日々。
心の奥に穴が開いた気分だった。
登下校が、いつも通り一人になっただけなのに。
どうして、こんなにも切なくなるんだ?
数週間だけの、ただ十分ほどの時間だったのに。
どうして、胸が痛いんだ……。
だったら、俺には何が出来たって言うんだ?
誰か、教えてくれよ……。
その時、自分が「四之宮葵」である事に嫌気がさした。
俺が「四之宮葵」でなかったなら、
邑莉と、楽しい日々を送れたのに……そう思ったから。
そんな、もどかしい日々ばかりが続いていた。
昼休みの屋上は、俺のお気に入りだった。
横になり、空を見上げる。
その無限のように広がる空。
流れる雲を見ながら眠るのは最高だ。
瞼が自然に閉じて、暗闇の中で感じるのは音だけだ。
風の音、グラウンドで聞こえる話し声。
何処までも音だけの世界で、俺は無意識に一つの音を探した。
――不意に、景色が歪んだ。
ここは、夢なのだろうか。
現実なんだろうか、よくわからない。
その中で、少女が笑いかけた。
邑莉だ……。
邑莉が、笑いかけてくれる。
邑莉が、懐いて来る。
邑莉が、傍にいてくれる。
こんな、俺の為に。
俺が手を伸ばし、消えかけそうな邑莉を追いかけた。
「あっ――」
そこに見えたのは、真っ青の空だった。
「……バカだな、俺」
未練タラタラじゃねぇか、俺。
不意に、頬に流れるモノに気付いた。
涙なんて、今までに流した事あったっけ?
誰かを思って、泣いた事なんてあったっけ?
「あはは、何なんだろうな、今の俺は」
苦笑した。俺は、自分の心が判らなかった。
でも、これだけはわかる。
邑莉……俺は――
「俺は、こんなんじゃダメなんだ」
放課後、トイレの鏡で、自分を見た。
我ながら、酷い顔だ。
一つの決意をして、俺は鏡の俺を見つめた。
とりあえず、邑莉と話そう。
そして、全てを曝け出そう。
こんなの、俺らしくない。
「よしっ、行こう」
と、心を決めた瞬間――
ギィィという音と共に、誰かがトイレに入ってきた。
俺は、咄嗟に個室に身を隠した。
昔、トイレで俺を見た奴が怯えて逃げたのを思い出したからだ。
「くそっ、何やってるんだ俺」
とりあえず、外の奴らが出て行くまで待っていよう。
「でさ――」
外の奴らの声が、嫌でも聞こえてきた。
「でもさ、あんな事していいわけ?」
「平気だよ、アイツいっつもニコニコして可愛がられようとしちゃって、ちょっとうざいんだよね。笹凪って」
……笹凪って、確か邑莉の事じゃないのか?
俺は耳を外の奴らの会話に集中させた。
「まぁ、確かにね。私も正直うざいと思ってたし」
「でしょ、それに最近四之宮が笹凪の事連れ回してるみたいじゃん?外で見かけた奴がいるらしいんだよね。四之宮もあたし嫌いだからさ、ちょうどいいじゃん」
「うん……というか、まだあいつやってるのかな?」
「みたいね、あたし達も早く屋上戻ろう」
「うん」
……話し声が遠のいた。
俺は、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
邑莉って、みんなから可愛がられていたんじゃなかったのか?
クラスで見た限り、あんな事を言われる奴じゃなかったはずだ。
『私……嬉しかったんだよ?初めて、友達が出来たと思ったんだ』
「っ――」
邑莉の言っていた言葉が、頭の中で繰り返された。
邑莉は知っていたんだ、クラスの奴らが上辺でいることを。
心から自分を友達だと思ってくれる人がいなかったんだ。
だから、あんなにも笑顔で頑張っていたんだ。
俺は……そんなあいつに酷い事を言ってしまったんだ……。
「バカだ、俺は……」
気付いたら俺は、個室を飛び出していた。
昼休みにも来た屋上は、景色が変わっていた。
あの時と同じくらいの大雨だった。
目の前に、傘が三つ見えた。
傘は真ん中を取り囲んでいるように見えた。
中心にいる少女は、更に小さく蹲っている。
それは、びしょ濡れの邑莉だった。
俺は一気にそこへと駆けていく。
「おい、やめろよ!」
俺は目の前を睨みつけながら言い放った。
女子三人組の奴らは、クラスメイトだった。
「言いたい事あるんなら、俺の前ではっきり言えよ」
「えっ……四之宮!?」
「何でアンタがここにいるのよ」
意外という顔で、三人組は俺を見た。
「どうだっていいだろ。お前ら、そいつに何したんだよ。場合によっては……覚悟しろよ?」
大げさに指の骨を鳴らしてみる。
そんなに喧嘩とかした事はないけれど、こんな奴らに負ける気はしない。
しかし、三人組は俺から目を背けて、
「な、何よ。ちょっとからかっただけじゃない」
「そうよ、何ムキになってるの?バカみたい」
口々にそう吐き捨て、奴らは屋上から出て行った。
「……どう、して?」
涙で顔の濡れた邑莉が、俺を見ていた。
俺は邑莉に駆け寄って、抱きしめた。
華奢で小さな身体は、俺の胸にすっぽりと収まった。
「ごめん。気付いてやれなくて……俺の所為で、こんな」
よくみると、邑莉は何かを抱えていた。
それは、お弁当箱だった。
しかし、さっきの三人にやられたのだろう、中身が地面に転がっていた。
「あはは……せっかく作ったのに、台無しだなぁ。また作り直さないと」
無理矢理に笑顔を作っている邑莉。
「こんなもの、放っておいて逃げればよかっただろ。どうして?」
「だって、これは……」
再び、邑莉の目からは涙が溢れ出していた。
「葵ちゃんの為に作ったんだもん」
「えっ――」
俺は言葉を失った。
あんなに酷い事を言って、突き放したのに……。
そんな俺の為に……どうして?
「あの雨の日のお礼がしたくて、毎日余分にお弁当作ってたんだけど。葵ちゃん、学校だと私の事、避けてたみたいだから渡せなくて……」
つまり、邑莉は今までずっと俺の為にお弁当を余分に作ってくれていたのか。
「でも、ごめんね。こんなになっちゃて、でもまた作れば――」
邑莉が言い終える前に、俺の手は動いていた。
まずは、地面に落ちていた玉子焼きを口に入れた。
その隣にあったウインナーも、散らばったご飯も全部かき集めた。
「ちょ、ちょっと葵ちゃん。汚いよ。そんなもの食べたらっ!」
そんな事、どうでもよかった。
砂が付いていようが何だろうが、俺にはこれを食べる義務がある。
一通り地面に落ちていたのを拾い、食べて見せた。
「ふぅ、ご馳走様」
「……葵ちゃん」
俺は邑莉の頭を撫でていた。
さらさらだったはずの髪が、雨で冷たくなっていた
「少し冷たくなってたけど、美味いぞ」
「……もう、葵ちゃんは……バカだよ……バカぁ!」
胸の中に邑莉が飛び込んできた。
「お前に、それを言われちゃおしまいだな」
確かに、俺はバカだ。
本当の事を言えなくて、邑莉を悲しませてしまった。
邑莉の心を気付いてやれなかった。
俺達は、大バカで似た者同士だったのかもしれない。
俺の心はもう、一つの答えで満たされていた。
傍にいて欲しいんだ。
笑っていて欲しいんだ。
俺は邑莉の事、好きなんだ――
4
雨は依然として強く降り注いでいた。
俺も邑莉もびしょ濡れだ、生憎今日は傘を持ってきていない。
「葵ちゃん……少し、休んでいかない?」
邑莉が指差した場所。
そこは、俺と邑莉が出会った場所。
誰もいないバス停だった。
二人でベンチに腰掛けた。
邑莉は身体を俺に預け、頭を肩に乗せた。
その少しの重みが、俺の心に安らぎをくれた。
ゼロ距離の間隔が、俺の心を満たしてくれた。
止まった時の中、邑莉が話し始める。
「私ね、ずっと前から葵ちゃんの事、知ってたよ?」
意外だ。俺の様な存在を知っていてくれたなんて。
「私、いつも無意識に、葵ちゃんを目で追ってたんだ。葵ちゃんは気付いてなかったかもしれないけど……」
「全然気付かなかった。全く」
「うぅ、そこまで言われると傷つくなー」
互いに笑いながら、邑莉の話は続く。
「葵ちゃんは、私に無いものを沢山持ってた。背が高くて、カッコよくて、誰とも一緒にいなかったけど、そういうクールな感じも好きで。憧れだったんだ」
「へぇ……」
まさか、邑莉にはそういう風に俺が見えていたんだな。
そういう風に俺を見てくれた奴がいたんだな。
雨の音だけが、この世界を彩っていた。
邑莉が話さなくても、傍にいるだけでこの瞬間は幸せに満ちていた。
「明日、またここで待ち合わせだからね?」
「あぁ」
「明日、またお弁当作ってくるからね?」
「あぁ」
「お弁当の中身、何がいい?」
「あぁ」
俺はただ、無意識に答えているだけだった。
「葵ちゃん!!」
「うわっ、な、何?」
邑莉の顔が目の前にあった。
「何、考えてるの?」
「いや、べ、別に何でもねぇよ!ただ……」
「……ただ?」
「お前に会えて、よかった。本当に」
「葵ちゃん……」
邑莉の目から涙がこぼれた。
「おい、泣くなよ。そんな事で」
俺は邑莉の頭を撫でた。
いつもさらさらの髪は、雨で濡れてぐしゃぐしゃだった。
でも、嫌な気持ちになんてならなかった。
「葵ちゃん……」
邑莉が潤んだ目で、俺を見る。
互いの瞳に、互いが映るほどの距離だった。
「好き……だよ」
「っ――!!」
この時の俺は、最高に顔が真っ赤になっていたに違いない。
「ば、ばば、バカっ!そ、そんな事いきなり言ってんじゃねーよ!は、恥ずかしいだろ」
邑莉が更に距離を縮めてきた。
身体全体がぴったりとくっついた。
「わわ、私だって恥ずかしいもん。は、初めて……なんだから」
確かに、邑莉も耳まで真っ赤にしていた。
「葵ちゃんも……同じ気持ち?」
「……し、知るかよ」
俺は恥ずかしさに耐えられなくて、そっぽを向いた。
「じゃあ、私の事……嫌い?」
邑莉の顔が、数センチ先まで迫ってきていた。
俺は、邑莉と顔を合わせた。
「……バカ」
明日はきっと、楽しい日になるだろう。
だって――
俺はもう、一人じゃない。
どうも、初投稿のアメリアです。至らない部分が沢山あると思いますが、最後まで読んでくださってありがとうございます!!
これからも、精進していくので応援よろしくお願いします




