育つ喜び
僕は一ヶ月の育休を取った。
本当はもっと長く取りたかったが、職場で反対された。
とはいえ、神谷さんの理解があって育休が取れた。
神谷さんがいなかったら、そもそも育休を取れていたかどうかも怪しい。
なっちゃんは一年の育休が取れた。
保育園には一歳から入れるつもりだ。
それまでの間は、家で成長を見守る。
慣れないことの連続で、疲れが溜まる。
だけど、優美のためを思えば、頑張れる。
そして、僕の育休期間が終わる。
これからは、なっちゃん一人で育児をしないといけない。
僕もできる限り、手伝うつもりだ。
そして、ある日。
「ただいま」
僕は仕事から帰って来た。
「お帰り~。ほら、優美。パパが帰ってきたよ~」
なっちゃんは優美に話しかける。
優美は新生児微笑と呼ばれる、笑顔を見せる。
この笑顔で、疲れは吹き飛ぶ。
一方、ママの顔を見る。
少し、目にクマができているような。
「ママ、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。お母さんなんだから、頑張らないとね」
気負いすぎてるのではないか、と心配になる。
ママは24時間、優美につきっきりだ。
優美は夜泣きも激しく、ママは仕事がある僕を気遣って、外に出てあやしているような状態だ。
さらに、沐浴を嫌がりよく泣いた。
「たまには、休みでも取って僕が一日面倒見ようか?」
その間に、なっちゃんには気分転換でもしてもらいたい。
「そんな、何でもない日に休みなんて取れないでしょ?大丈夫だよ、ちゃんとやれてるから。それに、パパは土日はいろいろやってくれるじゃん」
「でも……」
「私はお母さんなんだよ」
そう言われてしまうと、返せない。
ママの頑張りもあり、三ヶ月目にある三ヶ月検診は特に大きな問題はなかった。
そして、ある日。
「ねえ、パパ。優美も連れてお出かけしない?」
「うん、いいけど。どこへ?」
「絆の学園。智恵理先生にも会わせたいし」
「うん、そうだね」
次の休日はよく晴れていた。
今日が絆の学園に行く日だ。
元さんも来るそうだ。
優美をベビーカーに乗せて、施設へと向かう。
「そういえば、外に出るの久しぶりかも」
買い物は僕がしている。
やはり、ずっと家にこもりっきりでは、
気分も悪くなってしまうのではないかと思う。
「今日は気分転換だね」
「うん」
施設に着いた。
事前に連絡してあったので、智恵理先生も時間を作ってくれた。
「可愛いね。触っていい?」
智恵理先生はママに聞く。
「もちろん、どうぞ」
智恵理先生は優美のほっぺたを触る。
「柔らかい。ああ、可愛いなあ」
「自慢の子供ですから」
なっちゃんは胸を張る。
施設の子供たちは、突然現れた赤ちゃんに驚いているが、歓迎ムードだ。
智恵理先生は子供たちに話しかける。
「みんな、この二人はね絆の学園にいたんだよ。卒園した後、結婚してこの子ができたんだよ」
子供たちに幸せな将来をイメージさせてるんだろう。
「本当に可愛いなあ。さすが、二人の子供だ」
元さんもそう言いながら、抱っこする。
「次、私ね!」
由紀も嬉しそうに、優美を眺めている。
由紀は今年大学受験だ。
勉強は順調なようで、模試でも合格は射程圏にあるそうだ。
由紀に抱っこの順番が回って来る。
「重たいね。なっちゃん、腕とか痛くならない?」
「うん、なるよ。でも、お母さんだもん。頑張らないと」
頑張らないと。
お母さんだもん。
その二言が、どこかママを縛っているように感じた。
「ちょっと勇気君となっちゃん、私の3人で話をしない?」
智恵理先生がそう提案したので、別室に行く。
智恵理先生は穏やかな表情から、一転して真剣な表情を見せる。
「ねえ、なっちゃん。育児、辛くない?」
「え……」
ママは僕の隣で、小さく声を出した。
「無理、してない?」
智恵理先生の表情は全て受け入れ、受け止める表情だった。
「全部、話してごらん」
ママは涙を流し始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ママはひたすら、謝る。
「いいんだよ、なっちゃん」
「本当は大変で。辛くて。でも、赤ちゃんを育てるのは大切な仕事だし、そんな弱音、吐いてちゃいけないって……」
僕は間違っていた。
ママは無理していたのだ、
大丈夫なんかじゃ、なかった。
「育児は誰も採点とか評価してくれないし、どれが正解か全然わかんないし。それに、誰も頼れなくて」
ママの目からとめどなく、涙があふれてくる。
赤ちゃんは言葉が通じないし、何もできない。
そんな相手を、24時間世話するのが、どれほど大変か。
「いいんだよ。お母さんはね、強くなんかないんだよ。弱音を吐いていい。楽をしていい。誰かを頼っていい。親も子供も、一緒に成長していくものだから」
智恵理先生は優しい声でそう言った。
「勇気君も、なっちゃんと優美ちゃんを頼むね」
「はい……」
そして、智恵理先生との会話を終えた。
「今日は、来てよかったね」
帰り道、ママは笑顔と共に言った。
「うん、そうだね」
もっと、ママを助けないと。
そう心に刻み込んだ。
優美はすくすくと成長していった。
そして、寝返りをうてるようになった。
「そろそろ、優美が生まれて半年だね」
ママはしみじみと言った。
「あ、そうか。もうそんなに経つんだ」
一人で座れるようになり、ハイハイができるようになり、
つかまり立ちができるようになった。
「なんか、どんどん成長してくね」
僕はそう言いながら、優美を抱っこする。
体重も増えているのを、実感する。
そして、時は過ぎる。
今日はビデオを回している。
なぜなら、そろそろ優美が一人で立てそうだからだ。
「頑張れ! 優美! 立てるよ!」
僕とママは必死に応援する。
優美はよろよろと、危なっかしく地面から手を離す。
そして、ついに一人で立てるようになった。
「やったー! 立ったよ!」
二人で抱き合って喜んだ。
僕たちは優美を存分に褒めた。
そして、記念すべき日がやって来る。
「優美、一歳の誕生日おめでとう!」
今日は優美の一歳の誕生日だ。
声を揃えてお祝いする。
「いや~、一年長かったね」
「ママ、一年間ご苦労様でした。本当にありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。パパ」
「あっあ」
優美も言葉にならない、声を上げた。
赤ちゃん用のケーキをみんなで食べる。
小さくてかわいい歯が生え始めていた。
手づかみで食べる練習は既に始まっている。
そして、写真館に行き写真を撮った。
そして、保育園に初めて預ける日が来た。
ママの手から離れ、保育士さんに預けると優美は大泣きし始めた。
「すいません、泣いちゃって」
ママは謝る。
「いえいえ、よくあることですよ」
保育士さんはベテランなので、そう対応してくれた。
その日は仕事が手につかなかった。
優美は大丈夫だろうか。
そのことばかり、考えていた。
僕の方が仕事が終わる時間が早いので、優美を迎えに行くのは僕の役割だ。
「優美はどうでした?」
早速、保育士さんに聞く。
「お利口さんでしたよ。手がかからない子ですね」
そう言われた。
今までの積み重ねの成果だろうか。
保育園にも慣れ始めたある日。
「パパ、パパ、パパ」
僕は優美に話しかけていた。
「パパ、何してるの?」
なっちゃんに聞かれる。
「初めての言葉は、パパがいいからね。話しかけてるんだよ」
「やだ、ママがいい」
「いや、ここは譲れないね。パパ、パパ、パパ」
「ママ、ママ、ママ」
二人で競い合うように、話しかける。
「ま……」
優美が何か言おうとしている。
僕は急いでビデオカメラを準備し、回し始める。
「まんまぁ……」
優美が初めてしゃべった。
「やったー!ママだって」
ママは飛び上がって喜ぶ。
「いや、今のはご飯の意味の”まんま”だよ」
「パパ、往生際が悪いよ」
悔しい。
「そもそも、パパの方が発音しづらいから……」
言い訳をする。
「まんまぁ」
「はーい、ママですよー」
僕の言い訳は誰も聞いてない。
僕はパパと呼んでくれるまで、呼びかけ続けた。
優美はどんどん言葉を覚え始め、絵本に載ってるにゃーにゃーとかわんわんとかも言えるようになっていった。
その後も、僕たちの予想を超える速度で成長していった。




