誕生
結婚式から数日後の夜。
「勇気君。今日こそ最後までしよう」
なっちゃんから、求められた。
「なっちゃん、焦ってない?」
「だって、夫婦になったんだよ」
だからこそ、大切に関係を進めていきたい。
「もう、大丈夫だと思う」
今までカウンセリングなどを何度も重ねて来た。
何度も途中までした。
なっちゃんがそう言うなら、僕も努力する。
「なっちゃんを愛してる。なっちゃんを大切にしたい。だから、決して無理しないでね」
「うん、ありがとう」
その日は、最後までできた。
この結果は、今までの積み重ねによるものだと思う。
いたわり合うようなセックスだった。
僕の腕枕ですやすやと寝るなっちゃんは、穏やかな顔をしている。
一年、いやもっと掛かった。
ようやく、一つ乗り越えた。
肉体的に結ばれたことで、絆もより強まったように思う。
それからの日々も、愛情を積み重ねた。
なんとか休みを合わせ、新婚旅行に行くこともできた。
あまり遠くには行けなかったが、かけがえのない思い出になった。
約一年が経過する。
最近、なっちゃんがよくトイレに駆け込むようになっていた。
「最近体調悪そうだけど、大丈夫?」
「うん、明日休みだし病院行ってくるね」
何か病気じゃなければいいけど、心配だ。
翌日。
仕事から帰って来ると、なっちゃんは何か本を読んでいた。
「ただいま、どうだった?」
「お帰り、あのね」
なっちゃんが、深呼吸する。
「できたの」
できたの……。
思考が止まる。
数秒の後に、ようやく妊娠の二文字が浮かぶ。
「本当!? やったー!」
「うん!」
なっちゃんのお腹の中には、新しい命が宿っているのだ。
そう思うと、喜びで満ち溢れてくる。
「じゃあ、早速みんなに報告だね」
「うん!」
施設に行き、由紀や智恵理先生に報告した。
二人とも、大いに喜んでくれた。
元さんには電話で報告した。
そして、なっちゃんの体に様々な変化が訪れる。
熱っぽさやだるさ、眠気や吐き気など。
まだ産休期間ではないので働くそうだ
家事は僕が全て担当し、家ではゆっくりしてもらった。
色々、決めないといけないことがある。
名前なども当然そうだが、なっちゃんの今後だ。
「出産したら、仕事はどうする?」
やめるのか、やめないのか。
僕の給料は決して高くない。
生まれてくる子が大学まで進むのなら、当然学費がいる。
「やめないよ。子供のためにも働こうと思うの」
「うん、ありがとう」
やがて、なっちゃんのお腹はどんどん大きくなっていった。
産休に入ったなっちゃんは愛おしそうにお腹を撫でたり、声を掛けている。
僕もお腹を触らせてもらう。
「あ、動いた」
「勇気君も声を掛けてみてよ」
「元気に生まれて来てね」
また動いた。
「ふふ、勇気君の声に反応してるよ」
なっちゃんのその笑顔は、もう母親の顔つきだった。
臨月に入り、なっちゃんの食欲は増していた。
僕も必要な道具を揃えたりしていた。
「楽しみだね」
なっちゃんは穏やかな笑みを見せながら言った。
「うん」
もうすぐ、生まれてくるんだ。
僕は父親になるんだ。
予定日の一週間前。
職場から帰る途中携帯電話に病院から連絡が入った。
僕はタクシーで病院に向かった。
病院に着き、なっちゃんと対面する。
比較的早い段階で連絡を受けたので、まだ陣痛室にも入っていない。
「勇気君、私、怖いよ。出産、痛いんだよね?」
なっちゃんの表情は固く、恐れがあった。
これから始まる痛みは、個人差はあれど想像以上のものだろう。
「赤ちゃんのために、頑張ろう」
「うん」
陣痛の間隔が短くなる。陣痛室へと入った。
子宮口の開き具合を確認し、前後して浣腸と剃毛が行われる。
特徴的な呼吸法で陣痛に耐える。
僕はできることをする。
手を握ったりマッサージしたり、水分を補給させたりうちわで扇いだり。
思いつくことはなんでもやった。
マッサージをしていると、場所が違うとなっちゃんに怒られたりした。
なっちゃんも優しくしてる余裕はないのだろう。
陣痛が激しくなる。
「頑張れ!」
「頑張ってるよ! 頑張ってない風に見える!?」
怒鳴られた。
なっちゃんに怒鳴られるのは、初めてかもしれない。
そして、なかなか子宮口は開かず、15時間以上経過する。
日付も代わった。
なっちゃんは叫び声を上げ、痛みに耐えた。
このまま死んでしまうのではないかと、心配になる。
ついに、分娩室へ移動する。
立ち会い出産だ。
分娩台に固定される。いよいよ、生まれてくる。
なっちゃんは最後の力を振り絞った。
産声が聞こえた。
僕達の子供が産まれた。
少し待ち、胎盤が出てくる。
そして、対面する。
僕となっちゃんの子供……。
女の子だ。
抱かせてもらうと、赤ちゃんは泣き止んだ。
涙が出そうになる。
様々な感情が、洪水のように押し寄せてくる。
なっちゃんの顔を見る。
疲れ切っていた。
だけど、充実感、達成感、喜びなどのいろいろな感情が満ち溢れた素敵な笑顔を見せてくれた。
また、なっちゃんのことを好きになった。
部屋を移り、その後落ち着きなっちゃんも赤ちゃんを抱く。
「ねえ、どんな風に育つかな?」
なっちゃんが聞いてくる。
「きっと、なっちゃんに似て可愛い子に育つよ」
「きっと、勇気君に似て真面目で優しい子に育つよ」
二人で笑い合う。
「なっちゃん、本当にお疲れ様」
「勇気君もありがとう」
その後、産後指導や出生届を出したりと、忙しい日々が続く。
一週間が経ち、いよいよ退院の時。
「お世話になりました。ありがとうございました」
病院でお世話になった人たちに、お礼を言った。
そして、ついに病院から出る。
僕たちの育児が始まる。
家では赤ちゃんを迎える準備は万端。
真新しいベビーベッドに赤ちゃんを寝かせる。
慎重に、ゆっくりと。
「可愛い寝顔だね」
僕はなっちゃんに言った。
「うん」
ベビーベッドの近くの壁には、大きく赤ちゃんの名前を書いた紙が貼ってある。
優美。
それがこの子の名前。
優は勇気の勇を変えたもの。
美はそのまま、なっちゃんから。
意味も含め、いい名前だと思う。
いつの間にか、優美は目を覚ましていた。
なっちゃんは優美の手に指を添える。
すると、優美は小さな手で握る。
「すごいね。産まれたばかりの赤ちゃんなのに」
なっちゃんは驚く。
「僕もいいかな?」
「うん、もちろん」
同じように、優美の手に指を添える。
驚くほど小さく柔らかい手のひらに包まれる。
その力はびっくりするほど強い。
「なんか、感動するね」
僕はあふれ出る感情と共に言った。
「うん」
すると、突然優美が泣き出した。
「お腹空いてるのかな?」
なっちゃんはそう言って、おっぱいをあげようとする。
優美はなかなか乳首を探り当てられない。
やっとの思いで、乳首に吸い付き母乳を飲み始める。
「可愛いね」
なっちゃんは、優しい笑みを見せながら言った。
「うん、とっても」
母乳が出なくて悩む母親は少なくない。
これからも、順調に出続けるとは限らない。
粉ミルクは買ってあるため、必要に応じて使うつもりだ。
一時間後、再び優美は泣き出した。
「今度はウンチかな?」
なっちゃんはそう言って、おむつを脱がせる。
すると、おむつにゆるめの茶色い物体がこびりついていた。
「僕におむつ交換やらせてよ」
特に女の子場合、大腸菌が性器から膀胱に侵入し膀胱炎を起こす可能性がある。
僕は慎重に、そして丁寧に肌を拭く。
おむつを脱がせる際も、肌が汚れないよう注意する。
予習はしてあったが、実際にやるとなると大変だ。
「できた」
「勇気君、上手だね」
おむつのパッケージの説明通りにやったつもりだ。
こういう時、おじいちゃんやおばあちゃんがいると、正解がわかり、頼りになるのだけど。
僕たちの場合はしょうがない。
優美は泣き止んだ。
「ほっぺたぷにぷに~」
なっちゃんは、優美の頬を触っている。
「あ、僕も僕も」
僕も触る。
赤ちゃんはどこもかしこも、驚くほど柔らかい。
「ねえ、勇気君。お互いの呼び方変えない?」
「え、どういうこと?」
「私は勇気君をパパって呼ぶから、勇気君は私のことママって呼んでよ。その方が、優美のためになるよ」
「うん、そうだね」
なるほど、思いつかなかった。
そして、楽しい時間は過ぎていく。




