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幸せな日

 由紀と一緒にアパートを出る。

 両親は外に出て、僕たちを見送った。


「そんなに悪い人じゃなかったね」


 由紀は言った。


「うん。でも、子供を作る資格はなかった」


「子供を作る資格……。確かに、誰でも安易に子供を作るべきじゃないよね」


「うん、その通りだと思うよ」


「じゃあ、お兄ちゃんは私たちの両親は、どうすれば虐待せずに済んだと思う?」


 難しい質問だ。

 親としての自覚を持つ。

 いや、違うな。

 どうすれば、どうすれば。

 頭の中で考えがぐちゃぐちゃになる。


「私はね、もっといろんな人を頼るべきだったと思うよ」


 そうかもしれない。


「まあ、昔だったから、頼る方法とかもわからなかったのかもしれないけど」


 今はネットもあるし、福祉も昔より充実している。

 ただ、核家族化、孤立が進んでいて、祖父母や近所の人などを頼れず、密室の子育てと言われている。


「お兄ちゃんはちゃんと頼れる人が周りにいるからね。私とか智恵理先生とか」


「うん、ありがとう」


 僕達で虐待の連鎖を断ち切るんだ。

 そう、心に強く刻み込んだ。

 

 家に着いた。


「じゃあね、お兄ちゃん」


「うん、今日はありがとう」

 

 由紀が言いださなかったら、一生会わなかったかもしれない。

 会って良かった。

 そう思える。


 夜。

 なっちゃんが帰って来た。

 早速、手早く夕食を作り食べ始める。


「勇気君」


「何?」


「その……どうだった?」


「うん、会って良かったよ」


「詳しく聞いてもいい?」


「もちろん」


 僕はなっちゃんに、今日のことをすべて話した。

 両親に会って話したこと、思ったこと全て。

 なっちゃんは真剣に聞いてくれた。


「勇気君と由紀ちゃんはすごいね」


「そうかな」


「うん、私は……多分会えない」 


「無理することないよ」


 それぞれのペースや、やり方がある。

 両親に会うということが、僕や由紀にとって治療になった。

 だけど、なっちゃんにとっても、そうなるかはわからない。

 無理して会う必要もないだろう。


「私はね、お父さんのこと憎んでた。殺意にも近いと思う。だけど、憎しみの感情は少しずつ消えて行ってる気がするの。勇気君のおかげだよ」


 それは、良かったと思う。

 きっと、良い方向に向かっている。


「あのね、勇気君」


「何?」


「今日は、最後までしよう」


 なっちゃんの目には決意がこもっていた。

 きっと、僕達兄妹が過去を乗り越えたことに感化されたのだろう。

 

「なっちゃん、無理しないでよ。やめたくなったら、言ってよ」


「うん」


 その夜は結局、最後までできなかった。

 挿入する段階になって、なっちゃんが怖がってしまった。

 だけど、確実に前進している。

 なっちゃんも頑張っている。

 僕にももっと、できることがあるはずだ。


 季節は巡り、卒園から約一年になった。

 職場では新しい仕事も任されるようになった。

 僕はそろそろ、正式にプロポーズすることにした。


 近所に丘がある。

 そこは、夜になると夜景が綺麗に見える。

 そこでプロポーズしようと決めた。


 二人の休日が重なった日。

 昼はデパートでデートして、夜を待つ。

 

「なっちゃん、これから出かけない?」


「え? こんな時間に?」


 時刻は8時。

 怪しまれても仕方ない。

 半ば強引に連れ出す。


「ねえ、どこまで行くの?」


「付いて来て」


 そう言って、丘を登る。

 車があれば、楽なんだけど。

 まあ、ないものねだりしてもしょうがない。


 指輪は既に買ってある。

 なっちゃんが寝てるときに、こっそり指のサイズを測っておいた。

 奮発して高いものにした。


 頂上に着く頃には予想以上に、疲れてしまった。

 仕事で鍛えてるはずなのに。


 振り返り、後ろを付いて来たなっちゃんに向き合う。

 心臓が高鳴る。 

 断られることはない。

 これまで、どれほど愛情を重ねて来たかはお互いがよく知っている。

 大丈夫。


「なっちゃん」


 指輪を取り出す。


「あなたのことを、必ず幸せにします。結婚してください」

 

 なっちゃんは目を潤ませ。


「お断りします」


「え?」


「一緒に幸せになろう、ならいいよ。勇気君も幸せにならないと、だめだよ」


 びっくりした。

   

「さ、言い直して」


「うん」


 深呼吸する。


「一緒に幸せになろう、なっちゃん」 

     

「うん! よろしくお願いします」


 なっちゃんは泣きながら、満面の笑みで答えてくれた。


「えへへ、嬉しいよ。とっても嬉しいよ、勇気君」


 なっちゃんを笑顔にする。

 その約束を果たすことができた。

 この笑顔をずっと、守っていきたい。

 僕たちは幸せな気持ちに包まれながら、アパートに帰った。 


 そして、再び二人の休日が重なった日。

 僕たちは智恵理先生に結婚の報告をしに行く。

 僕たちにとって、親のような人。

 真っ先に、報告をしておきたい。

 施設に行くことになるので、由紀にも報告できる。


「じゃあ、行こうか」


 朝食後、なっちゃんに声を掛ける。


「うん、行こう」


 施設までの道のり、穏やかな日差しが降り注ぐ。

  

「私達、夫婦になるんだね」


「うん、そうだよ」


「ふふ」


 なっちゃんに笑顔が増えた。 

 それは、とても喜ばしいことだ。


 施設に着いた。

 早速、職員室へ向かう。


「智恵理先生」


 職員室に入り、二人で声を掛ける。


「今日は、どうしたの?」


 とても穏やかな声だった。

 もう、察しているのだろう。


「僕達、結婚します」


「今まで私達を支えてくれて、ありがとうございました。」

    

 智恵理先生は柔らかな笑みを見せてくれる。


「そっか。結婚するんだね。絶対幸せになるんだよ」


「はい!」


 智恵理先生の目は潤んでいた。

 他の職員さんにも、報告をする。

 みんな、喜んでくれた。


 由紀の部屋に行く。

 

「ふふ、今日は二人そろってどうしたの?」

 

 由紀は既に笑顔を見せている。

 もう、わかっているのだろう。


「僕達、結婚するよ」


「由紀ちゃん、今までありがとう。これからもよろしくね」


「やっとだね。一体いつになるんだろうって、ずっと思ってったよ。おめでとう」


 元さんは遠方にいるので、電話で連絡した。

 お互い職場の人にも伝えた。


 結婚式の準備が始まる。

 一生の思い出になるように、計画を練る。

 その日々は、忙しくも充実していた。

 




 式の当日が訪れる。

 なっちゃんが、初めてウエディングドレス姿を僕に見せる。


「えへへ、どうかな?」


 なっちゃんは嬉しそうに、恥ずかしそうに笑う。


「綺麗だよ、なっちゃん。誰よりも」 


「ありがとう、勇気君。こんな日が来るなんて……本当に幸せだよ」 


 この光景を、なっちゃんの笑顔を一生忘れないだろう。


 式が始まる。

 なっちゃんの両親は当然呼んでいないので、バージンロードのエスコートは智恵理先生に頼んだ。

 智恵理先生にはお世話になりっぱなしだ。

 式は失敗や混乱もなく、順調に進む。 


 披露宴になり、挨拶や祝辞が行われる。

 乾杯、ケーキ入刀と続く。

 そして、お色直しのために一旦退場。

 再び入場し、スピーチが始まる。


 スピーチしてくれるのは、神谷さんだ。


「ご結婚おめでとうございます。勇気さんの上司の神谷といいます。勇気さんは去年の4月に入社しました。勤務態度は非常に真面目です。周囲への気配りや気遣いもでき、私のような不真面目な人間からすると、眩しいくらいの良くできた部下です。これからの幸せを、同じ職場の仲間として祈っています」


 次に友人代表として元さんのスピーチが始まる。


「勇気さん、夏美さん、結婚おめでとうございます。友人の奥山です。二人とは10年以上の付き合いになります。二人とも、辛く苦しい過去を乗り越え、未来へと歩み始めました。そんな二人を尊敬しています。本当におめでとう!」


 元さんのスピーチが終わった。

 その後も何人かのスピーチが行われた。

 そして、余興が始まる。


 由紀はこの日のために、楽器を練習していたらしい。

 とても盛り上がった。

 後でしっかりお礼を言おうと思った。

 

 次に、新婦からの両親への感謝の手紙。

 これも、智恵理先生への手紙だ。

 なっちゃんは立ち上がり、手紙を読み始める。


「智恵理先生、今日は忙しい中来てくれてありがとうございます。

 智恵理先生と初めて出会ったのは、10年近く前ですね。

 私が初めて絆の学園に来たときは、何も信じられませんでした。

 

 この世の大人は、全員悪意に満ちていると信じていました。

 ですが、そんな私を優しさと温かさで包み込んでくれたのが、智恵理先生でしたね。

 施設に来た当初は、自傷や脱走、規則破りで迷惑をかけましたね。

 ですが、そんな私を見捨てることなく、最後まで付き合ってくれました。

 

 学校の三者面談などにも来てくれましたね。

 いろいろな相談に乗ってくれましたね。

 私のことを自分のことのように一緒に悲しみ、怒り、喜んでくれましたね。

 本当に嬉しかったです。

 智恵理先生は私にとって母親以上の存在です。

 

 これから、たくさんの困難が待ち受けているかもしれません。

 ですが、勇気君と一緒に乗り越えていきます。

 智恵理先生に教わったこと、一生忘れません。

 本当に、ありがとうございました」


 なっちゃんは頭を下げ、手紙を読み終えた。

 僕は智恵理先生へと目を向ける。

 その目からは、涙が流れていた。

 今までの感謝は、きっと届いた。


 式が終わり、一通りお礼の挨拶も終えた。

 なっちゃんと一緒に、式場を後にする。


「終わっちゃったね」


 なっちゃんがぽつりと呟いた。

 

「うん」


「あっという間だった。でも、すごく幸せだよ。ありがとう、勇気君」


「こちらこそ、ありがとう」


 この幸せは、きっといつまでも続くだろう。


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