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二人の問題

「お、岩佐じゃないか」


「こんにちは、神谷さん」


「今日は何の本を探してるんだ?」


「特にこれといって目的はありません。暇だったのでぶらぶらしてたところです」


「そうか、疲れて動けなくなってるかと思ってたけど、大丈夫そうだな」


 確かに、多少の疲れは残っている。

 しかし、疲れてるときほど、体を適度に動かしたほうが良いというのを聞いたことがある。


「俺はゲームの攻略本を買いに来たんだ。まあ、岩佐は興味ないか」


 由紀に付き合ってやったことがあるが、はまれなかった。

 この先もやることはないだろう。


「この後、どうする? 昼奢ってやろうか?」


「そんな、悪いですよ」


「いいから、奢らせてくれよ」


 半ば強引に、デパート内の中華料理店に連れて行かれた。


「何でも頼んでいいぞ」


 と言われたので、チャーハンを頼んだ。


「餃子も頼むか?」


「すいません、多分食べきれないので」


「岩佐は小食なのか? 痩せてるし」


「そうですね」


「そうか、まあ人それぞれだな」


 料理が運ばれてきて、一緒に食べる。

 何か話を振った方がいいか考えていると。


「実を言うとな、去年一ヶ月で辞めた新人がいたんだ」


「そうなんですか?」


「ああ、岩佐と同じ高卒でな。今にして思えば、もっとフォローしてやるべきだった」


 だから、こうして気に掛けてくれてるのか。


「岩佐は辞めないでくれよ」


「はい、辞めませんよ」


「そうか、頼むぞ」


 神谷さんは笑顔を見せる。

 良い人だと思う。

 それにしても、僕は周りの人に恵まれている。

 友達こそいないが、基本的に良い人たちに囲まれている。

 

「岩佐は施設の子供だったんだよな?」


「はい、そうです」


「正直な、施設の子供なんてどうせ不良みたいな奴だと思ってたんだ」


 そう思われても、仕方ないのかもしれない。

 施設で暮らすというということは、親に躾けてもらえないということだ。

 

「だけど、岩佐は真面目だしよくやってるよ」


 僕の頑張りで、児童養護施設というもののイメージが良い方向に変われば、とても嬉しい。

 

「施設ってどんなところなんだ?」


 そして、僕は今までの施設での生活を説明した。

 世間で思われるより悪い所ではないということ。

 様々な子供がいて、行事なんかもあるということ。

 そして、子供のために一生懸命になってくれる職員がいるということ。

 もちろん、絆の学園以外は知らないので、比較はできない。

 でも、虐待され続けるよりはずっとましだ。

 

「そうか、岩佐は環境が良かったんだな」


 そのことは、最近施設を離れてよく思う。

 僕は絆の学園なしでは、ここまで来れなかったと思う。

 

「それじゃあ、そろそろ行くか」


 食べ終わり、お店を出る。

 その後も、神谷さんとデパート内をぶらぶらして、時間を潰した。


「じゃあ、また職場でな」 


「はい、ありがとうございました」


 神谷さんと別れ、帰路に就く。

 ふと、考える。

 なっちゃんとは、いつ結婚しようか。

 仕事が落ち着くまで待つべきだ。

 それに、指輪や結婚式の資金もいる。

 少なくとも、一年くらいは待つべきだ。

 

 結婚式はどれくらいの規模でやるべきか。

 由紀はもちろん呼ぶとして、仕事の都合が合えば元さんや智恵理先生も呼びたい。

 仕事先の人も呼ばないと。

 

 電車内には子供連れの若い夫婦がいる。

 僕となっちゃんも、将来あんな感じになるのだろうか。

 子どもを育てるとして、一番怖いのは虐待の連鎖だ。

 虐待された人が、その子供にも虐待してしまうということ。


 不安だ。

 僕たちは二人とも、虐待を受けている。

 そんな二人に、健全な子育てができるのだろうか。

 愛とかそんな不確かなものだけで、乗り切れる問題ではない。

 子供ができるまでに、きちんと勉強しておこう。

 

 アパートの部屋に着き、夕飯の下ごしらえを終えたが、まだなっちゃんの帰宅時間ではない。


 結婚したら、なっちゃんは仕事を辞めるのだろうか。

 高卒の僕の給料で、子供をきちんと大卒まで育て上げられる自信はない。

 できれば、働き続けて欲しいと思う。

 そうなると、共働きで子供には寂しい思いをさせるかもしれない。

 この辺のことも、いずれなっちゃんと話し合わないといけない。


 夜になり、なっちゃんが帰って来た。


「お帰り、なっちゃん」


「ただいま。疲れたよ~」


 早速、夕飯を食べる。

 

「今日はデパートに行ったよ。そしたら、上司に会ったんだ。お昼を奢ってもらったよ」


「いいね、仲良さそうで」


「うん」


 なっちゃんはあまり職場の話はしない。

 辛いけど我慢している、とかじゃなければいいけど。

 そして、一日は終わった。

 お互いの裸を見せ合うというところから、あまり進歩はしていない。

 だけど、ゆっくり進んでいる。

 いつか、肉体的にも結ばれる日が来るのだろう。

 焦らず愛情を重ねていきたい。

 




 時は過ぎ、夏になった。

 由紀は夏休みになり、3日に1回くらいのペースで部屋を訪れるようになっていた。

 

「お兄ちゃん、たまには施設に来てよ」


 ある休日、そう言われた。

 休みの日は家でゴロゴロしてるか、デパートに出掛けることが多い。

 

「それじゃあ、今日行くよ」


「うん、来て来て」


 由紀と一緒に施設へ向かう。


「あっついね~」


「そうだね」


 施設までは歩かないといけない。

 夏の日差しが容赦なく照り付ける。


「それで、なっちゃんと上手くやってる?」


 今日はなっちゃんは仕事だ。


「まあ、うん」


「いつ結婚するの?」 


「来年かな」


「え~、そんなに先?」


「だって、式や指輪のお金とか要るし」


「ふーん、そっか。じゃあ、案外子供が先だったりしてね」


「いや、それはないんじゃないかな。だって、まだ一度も……」

 

 言いかけて、やめておいた。

 由紀に言う事ではない。


「えっと、まだしてないの?」


 だけど、由紀は突っ込んできた。


「うん」


 そう答えると、由紀は暗い表情を見せる。


「やっぱり、なっちゃんのトラウマのせい?」


「そうだね」


 由紀にまで心配を掛けたくない。

 だけど、誰かに頼りたい。


「お兄ちゃん。なっちゃんが前風邪ひいた時、お兄ちゃんに裸見られたよね?」


「うん、そうだったね」


「その時なっちゃん、見苦しいものをお見せしましたって言ってたよね」


「うん」


 思い出すと、そんなことを言ってたような気がする。


「私、あの言葉すごく印象的だったの。きっと、自分の体が性的虐待のせいで汚れて、傷ついて、醜いものになってると思ってるんだよ」

 

 そうなのだろうか。

 確かに、裸を見せ合う時嫌がっていた。

 

「なっちゃんもね、きっとお兄ちゃんと肉体的に結ばれたいと思ってるよ。だけど、できない自分がきっとたまらなく嫌なんだと思う」


 由紀はきっと、僕なんかよりなっちゃんの気持ちがわかっているのだと思う。

 同じ女性であるということを差し引いても。


「一瞬で変われる方法はないよ。だけど、お兄ちゃんならできるよ」


「うん、ありがとう」


 また、由紀に励まされた。

 由紀に何度助けられただろうか。


 話をしている内に、施設に着いた。

 まず、由紀と共に職員室へ向かう。

 

「智恵理先生、こんにちは」


「こんにちは、勇気君。仕事はどう?」


「順調です。上手くやれてますよ」


「それはよかった」


 智恵理先生を安心させることができて、嬉しい。


「なっちゃんとは、上手くやれてる?」


 仲が悪いわけではない。

 むしろ、良いほうだ。

 だけど、問題に直面している。


「お兄ちゃん」


 由紀に促される。


「実は……」


 僕はなっちゃんとのことを話した。

 智恵理先生は時折頷きながら、聞いてくれた。


「なっちゃんはカウンセリングとか、ちゃんと行ってる?」


「仕事が忙しくて、あまり行けてないですね」


「継続して行った方がいいよ」


 僕も一緒に行きたいが、なかなか休みが合わない。

 そして、料金が高い所が多く交通費も含めると、大体2~3万円くらいの出費になってしまう。

 僕たちは節約してる方だし、なっちゃんのためになるなら、多少の出費は構わない。

 しかし、将来のことも考えると、この出費は痛い。


「話を聞く限り、勇気君はよくやってる方だと思うよ。だけどね、勇気君だけじゃなっちゃんのトラウマを癒せない。もっと、いろんな人と関わった方がいいよ」


 自助グループ、カウンセリング、セラピーなど。

 傷を癒す方法は色々ある。


「まあ、焦らずやることだね」


 智恵理先生との会話を終えた。

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