夏美との夏祭り
「去年は……あんまり思い出したくないね」
なっちゃんは道すがら、そんなことを言った。
「うん。でも、今は幸せだよね」
「そうだね。隣に勇気君がいて、ちゃんと顔を上げて歩ける」
僕がなっちゃんの幸せの一因になれるなら、嬉しい。
夏祭り会場に着いた。
早い時間だが、既に人でごった返している。
「じゃあ、かき氷でも食べよっか」
なっちゃんはかき氷の屋台を指さす。
「うん」
屋台の前に移動するのも一苦労するほど人が多い。
「すいません、私レモン味を。勇気君は?」
「メロンください」
店主に注文し、お金を支払った。
近くのベンチに座って食べ始める。
「冷た!」
なっちゃんは勢いよく食べたせいか、頭を押さえている。
「ゆっくり食べないからだよ」
「だって、時間を大切にしたいし。せっかく久しぶりに勇気君と一緒にお出かけなんだし」
そういえば、なっちゃんが就職してから一緒に出掛けた記憶はあまりない。
それほどまでに、忙しかったのだ。
「今日は楽しもう」
「うん!」
ベンチを立つ。
「次何食べる?」
なっちゃんに聞く。
「じゃあ、焼きそば」
焼きそばの屋台の前に移動し、注文する。
「お、兄ちゃん達カップルかい?」
店主のおじさんは妙にノリがいい。
「ええ、まあ」
「じゃあ、サービスしてやらんとな」
値段は変わらないが、山盛りにされてしまった。
再び近くのベンチに座る。
「どうする? 勇気君」
「食べるしかないでしょ」
2人で一つの焼きそばを協力して食べる。
食べ終わる頃には、2人とも満腹になっていた。
「なっちゃん、次はどうする?」
「じゃあ、射的がいいな」
次は射的の屋台へ移動する。
一回200円なので、お金を支払う。
なっちゃんは構えて、撃つ。
10センチほどの猫の置物を狙ってるらしい。
パスっと軽い音がして当たったものの、倒れない。
2発目も当てたが、結局倒れなかった。
「全然倒れないよ」
「もっと、上の方狙った方がいいんじゃないかな?」
最終的に、5発当ててようやく倒れた。
「やったよ! 勇気君」
なっちゃんは飛び跳ねて喜ぶ。
「そんなにはしゃぐと、危ないよ」
「大丈夫。はい、次勇気君だよ」
「僕はいいよ」
景品を見渡しても、欲しいものはない。
「本当にいいの?」
「うん」
射的の屋台を離れる。
そろそろ、花火が始まる時間だ。
「花火、どこで見る?」
なっちゃんが聞いてくる。
「じゃあ、会場から少し離れて見ようよ」
「うん」
喧騒から遠ざかる。
そして、花火が打ちあがった。
真っ黒な夜空に、花が咲く。
「綺麗だね」
なっちゃんは空を見上げながら言った。
「うん」
綺麗さを感じるとともに、寂しさを感じる。
もうすぐ、楽しい時間は終わってしまう。
花火があっという間に消えてしまうのと同じように。
花火は次々打ちあがる。
そして、夜空を照らし消えていく。
僕たちは静かに花火を見届けた。
花火は終わった。
静寂に包まれる。
虫の音だけが聞こえる。
施設の門限があるので、帰らないといけない。
「帰ろっか」
僕は呟くように言った。
「……帰りたくない」
「え?」
「ずっと、勇気君と一緒に居たい」
僕だって、なっちゃんとずっと一緒に居たい。
だけど、それは叶わない願いだ。
僕たちが一緒に暮らすには、まだ時間が掛かる。
「なっちゃん、帰ろう」
「……うん。ごめんね困らせるようなこと言って」
なっちゃんはずっと、自分を抑え込むような生活をしてきた。
わがままなら、むしろどんどん言って欲しいくらいだ。
「なっちゃん、我慢しなくていいよ」
「うん。ねえ、勇気君」
「何?」
「手を握って」
まず、最初に思ったのは大丈夫なのか、ということ。
手袋越しにしか、握ったことはない。
身体的接触が、男性の手の感触がトラウマの再燃に関わるのではないか。
そう思ったものの、なっちゃんの目から感じる意志は強かった。
「無理、しないでよ」
「うん」
差し出された手を、握る。
その手は小さく、わずかに冷たい。
女の子の手だ。
「歩こう」
なっちゃんはぽつりと言った。
「うん」
手を握ったまま、一緒に歩く。
傍から見れば、仲の良い男女だろう。
だけど、違う。
なっちゃんはトラウマの治療に向かって挑戦しているのだ。
「どう?」
聞いてみる。
「うん、大丈夫そう」
「良かった」
「夢、だったんだ。こうやって歩くの」
僕もいつかなっちゃんと、手を握って一緒に歩きたいと思っていた。
だけど、なかなか言い出せなかった。
「ありがとう、勇気君」
「うん」
「ねえ、なっちゃん」
「何? 勇気君」
「一緒に家庭を作ろう。ちゃんと、温かい家庭を。虐待とか一切なくて幸せな家庭を一緒に作ろう」
今、言わないといけない気がした。
「うん、勇気君となら出来る気がするよ」
達成までに、どれほどの困難が待ち構えているのだろう。
だけど、二人なら乗り越えられる。
手を繋いでいる今なら、そう思える。
そして、施設まで一緒に歩いた。
施設の前で、手を離す。
「またね、なっちゃん」
「うん。今日はありがとう」
僕たちは別れた。
施設に入り入浴を終え、ベッドに入る。
まだ、夏祭りの熱が体に残っている。
心地よい疲労感に包まれながら、眠りに落ちた。
数日後の8月18日。
明日はなっちゃんの誕生日だ。
プレゼントは何がいいか、自分でも考えているが由紀にも相談することにした。
「去年は一人暮らしに役立つ物あげたよね。じゃあ、今年は貰って嬉しいものとかかなあ」
と言われた。
とりあえず、由紀と一緒にデパートへ行くことにした。
外出届に行き先を書き、施設を出た。
「暑いねえ」
由紀は汗をぬぐう。
「うん、でも夏は好きだよ」
「なっちゃんの季節だしね」
「うん、そうだね」
デパートに着いた。
「デパート来るの、久しぶりだなあ」
「私は友達とよく来てるよ」
由紀は夏休み中も、頻繁に友達と遊んでいる、
進学校なので勉強は大変だが、時間を見つけて楽しんでいるようだ。
「夏休みの宿題、ちゃんとやってる?」
聞いてみた。
「今年は大丈夫だよ。大変だったけど、もう終わってるよ」
成長したものだ。
さて、なっちゃんへのプレゼントを選ばないと。
「由紀、どの店に行く?」
「私は帽子をプレゼントしたいから、あの店」
由紀は店を指さす。
僕はどうしようか。
なっちゃんが貰って嬉しいもの。
「お兄ちゃん、花とかどうかな? なっちゃんの部屋は花がないよ」
由紀はそう提案した。
花、確かにいいかもしれない。
「そうだね、花にしよう」
「じゃあ、ひまわりにしようよ」
「夏だから?」
「なっちゃんはひまわりっぽくない?」
よくわからないけど、由紀がそう言うならそうなんだろう。
僕は花屋でプレゼント用にひまわりを買い、由紀は帽子を買った。
そのままデパートで昼食を取ることにした。
「由紀、何食べたい?」
「じゃあ、スパゲッティがいいな」
「うん、そうしよう」
デパート内のパスタ屋に入る。
昼食時なので混んでおり、30分以上待った。
「やっと座れたね」
「由紀は何食べる?」
「私、ナポリタンがいい」
僕はカルボナーラを、由紀はナポリタンを注文する。
「由紀、期末テストどうだった?」
「うぅ、聞かないで」
やはり、勉強で苦労しているのだろうか。
聞かれたくなさそうなので、話題を変える。
「由紀は進学するの?」
「うん、そのつもり」
「何を勉強したいの?」
「児童虐待について、かな」
衝撃的だった。
僕にその考えはまるでなかった。
無意識に、虐待から逃げていたのだ。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「いや……」
虐待と向き合ってるつもりだった。
だけど、違うのかもしれない。
以前、智恵理先生が言っていた。
同じような境遇の人と一緒になることで、不幸な過去からの逃避。
由紀の方が、よっぽど前を見ている。
僕はいつの日か、親になろうと思っている。
だけど、虐待から逃げている。
そんな自分に、子育てができるのだろうか。
運ばれてきたパスタの味は、まるでわからなかった。




