職場見学
7月。
期末テストがあり、就職活動が本格的にスタートする。
7月1日には求人票が見られるようになる。
期末テストを頑張りつつ、就活も頑張る。
両立は大変だが、自分の将来に直結することだ。
中途半端にはできない。
期末テストの結果はいつも通り。
学年で全体でも上位だ。
僕は放課後、進路指導室に寄る。
先生と一緒に、求人票を見る。
求人票には多くの情報が載っている。
必要に応じてメモを取った。
僕は元さんの経験を聞いて、工場で働きたいと思うようになった。
何かを作ることに興味があるのだ。
それに、コツコツとした作業は僕に向いていると思う。
夏休みになった。
7月中旬から、会社訪問が始まる。
僕の第一志望の企業は8月上旬に会社訪問が行われる。
それまでに質問を考えたり、訪問におけるマナーなどを学校や施設で学んだ。
僕が志望している企業は、車の部品を作る工場だ。
具体的に言うとシール部品、ガスケットだ。
これらのシール部品は車の部品と部品の間の気密性、液密性を保つために使われる。
要は漏れを防ぐための部品だ。
調べるまでは車のことは、全く知らなかった。
しかし、調べていくうちにどんどん知らないことがわかるようになり、楽しくなっていった。
そして、会社訪問の日が来た。
朝、職員や子供たちに見送られて会社へと向かう。
天気は快晴で風もない。
暑さと緊張で汗がにじむ。
工場までは駅から会社所有の送迎バスが出ているのでそれに乗る。
就職した場合も、同じ方法で出勤するつもりだ。
バス停の付近には、社員の人と同じく会社訪問の生徒が3人ほどいる。
バスが来て、乗り込む。
バスの中は作業着の人が大半を占めており、僕達学生は浮いている。
「見学か?」
唐突に、隣の席のおじさんに話しかけられた。
年は50代くらいで、頭髪は白髪交じりで量は少ない。
「はい、そうです」
「そういや、高校生はそんな時期か。頑張れよ」
「ありがとうございます」
「働いて、両親に恩返しだな!」
返答が遅れる。
正直に、両親と暮らしてないことを伝えるべきか。
嘘はつけない。
「僕、施設で暮らしてるんです。両親とは暮らしてません。両親に虐待されたんです」
虐待まで言う必要はなかったかもしれない。
おじさんは息を飲む。
その目から感情は読み取れない。
「そうか、大変だな。じゃあ、施設の人に恩返しだな」
「はい、そうですね」
僕は施設のおかげで、今日ここにいる。
ちゃんと就職して、恩返しするんだ。
バスは工場に着いた。
社員の人たちはぞろぞろと、目的地へ向かう。
「これから、どうすんの?」
生徒の一人が声を上げた。
この生徒たちは、将来一緒に働く仲間かもしれないし、選考で蹴落とさないといけないライバルかもしれない。
僕以外の3人を観察する。
服装も髪型も、整っており問題はない。
となれば、後は言動や学校での成績などで選考される。
学校や施設で、会社訪問も合否は出ないものの選考の内と口酸っぱく言われている。
手を抜くつもりや油断するつもりはない。
僕はいち早く、行動した。
受付ヘ向かう。
丁寧に挨拶をして、担当の人を呼んでもらった。
20代か30代くらいの若い男性の社員の方が来た。
「暑かったでしょ? 早速中に入って」
割とフレンドリーに感じた。
高校生相手だからだろう。
工場内に入る。
案内されたのは応接室だ。
「それじゃあ、座って。今から企業の紹介の映像を見せるから」
「失礼します」
と言って、僕たちは座る。
映像が始まる。
15分ほどの映像では、会社の製品の説明や社会への貢献が紹介されていた。
僕はメモを取りながら映像を見た。
知らないこともあり、興味深い。
頭の中で質問事項を考える。
「じゃあ、次は実際に作業してる現場を見るから、これを着て」
応接室の隅にある、作業着と帽子を渡される。
社員の方々が着ているのと同じものではなく、学生服の上から着られる簡易的なものだ。
それを着て、先導する社員の方に付いて行く。
工場内をぐるぐると周り、説明を受けた。
作業は単調に思えたが、社員の方々は真剣に取り組んでおり仕事というものを肌で感じた。
応接室に戻る。
作業着と帽子を返却した。
「それじゃあ、最後に質問あるかな?」
頭の中に幾つか質問はある。
どれにすべきか、選定していると一人の生徒が質問した。
「この会社の部品は、どんな役割を果たしているんですか?」
それは、さっきの映像で見たはずだ。
それに、事前に調べればわかるはずだ。
だけど、社員の方は嫌な顔一つせず、答えていた。
僕は質問する。
「仕事でのやりがいや、この会社を選んで良かったと思えることを教えてください」
事前に智恵理先生や学校の先生と話し合って、この質問を用意しておいた。
「やっぱり、自分の作った部品が使われてる車が道を走ってるのを見た時かな。社会の役に立ってるなあって。あと、仕事ぶりを褒められた時かな」
「ありがとうございました」
僕の番は終わった。
とりあえず、一安心。
もう一人の生徒が質問をする。
「サービス残業はありますか?」
それは、あまりいい質問ではない。
むしろ、悪い質問だ。
「……たまにあるよ」
「ありがとうございました」
そして、質問の時間は終わり、会社訪問は終わった。
案内してくれた社員の方にお礼の挨拶をして、会社を出た。
帰りのバスに乗り込む。
一気に疲れが押し寄せてくる。
とにかく、これで終わった。
大きな失敗はなかったと思う。
駅に着き、報告のため学校に寄る。
職員室に入る。
「岩佐、どうだった? 緊張したか?」
「はい、緊張しました」
「そうかそうか」
「特に大きな失敗はありませんでしたので、大丈夫だと思います」
「うん、まあ、岩佐なら大丈夫だろ」
先生の表情は穏やかだ。
僕のことを信じてくれている。
それがわかる表情だ。
「それじゃあ今度は、書類の準備や試験の準備だな。頑張れよ」
「はい!」
職員室を出て、施設に帰る。
もう、お昼の時間だが、食事より前に智恵理先生に報告だ。
施設の職員室へ入る。
「勇気君、お疲れ様」
「はい、大きな失敗はありませんでした」
「うん、良かった。勇気君なら大丈夫だと思ってたよ」
学校の先生と似たようなことを言われる。
僕は信頼されている。
就職もきっと大丈夫だ。
その日はバイトもなく、夜までのんびり過ごした。
そして、なっちゃんが仕事から帰ってくる頃を見計らって電話する。
「もしもし、なっちゃん?」
「勇気君、どうだった?」
「うん、大丈夫そう」
「良かったあ。心配してたよ。信じてもいたけど」
そう言ってもらえると、嬉しい。
「ありがとう」
「仕事の最中もずっと、勇気君のこと考えてたんだ。今度は書類と試験だね」
「うん、そうだね。あと、なっちゃん」
「何?」
「今度の夏祭り、一緒に行こうよ」
「うん、行こう行こう。浴衣着てくね」
「浴衣持ってるの?」
「智恵理先生にもらったの」
「そっか。じゃあ、楽しみにしてるよ」
「うん」
もっと話していたかったけど、なっちゃんは明日も仕事なので電話を切った。
今日は疲れた。
ゆっくり眠りたい。
ベッドに横になると、すぐに眠りに落ちた。
夏祭りの日がやって来た。
夕方になり、由紀は浴衣に着替えた。
「どう? お兄ちゃん」
由紀は毎年着ている浴衣を披露する。
「うん、可愛いよ」
「えへへ、ありがとう」
そういえば、去年は由紀となっちゃんと3人で回ったんだっけ。
元さんは学校の友達と一緒に遊んでいたような記憶がある。
あの頃はなっちゃんもまだ暗くて、虐待の後遺症を引きずっていた。
でも、今はもう違う。
まだ、完全にトラウマを克服したわけではない。
でも、確実に前に進んでいる。
「じゃあ、お兄ちゃん。私は友達と遊んでくるね」
「うん」
由紀は先に会場ヘ向かう。
由紀も成長している。
もう、友達のいなかった頃の由紀はいない。
なっちゃんとの待ち合わせ場所に着くと、浴衣を着たなっちゃんがいた。
「どうかな?」
「……綺麗だよ」
いつもと髪型も違い、印象も変わる。
思わず、息を飲むほどに美人だ。
「ありがとう」
そして、夏祭り会場へと向かう。




