進む道
結局、結論は出ず、教室を出た。
「とりあえず、帰って話し合おう。勇気君の将来について」
「はい」
このまま就職してなっちゃんと一緒になる、ではいけないのだろうか。
智恵理先生の車に乗り込む。
車が動き出す。
「何でなっちゃんに言ってないの? 進路のこと」
「それは……」
反対されそうだから。
そもそも、進学したいという望みがないから。
進学して卒業すること自体、施設の子供には難しいから。
そんな理由が浮かぶ。
「勇気君、なっちゃんと話し合って」
「はい」
その後は会話はなく、施設に着いた。
そのまま、職員室に入る。
「勇気君は就職してなっちゃんと結婚するつもりなんだよね?」
「はい、そうです」
「子供は欲しい?」
「そうですね、必ず」
僕の中で、未来は決まっている。
高校を卒業し、就職し、結婚し、子供を作る。
「大学に本当に行かなくていいんだね?」
「はい」
智恵理先生がわからない。
行って欲しいのか、行って欲しくないのか。
さっき、学校の先生と面談した時は、どちらかというと反対だったような気がする。
「智恵理先生は僕に、どうして欲しいんですか?」
「もっと、視野を広げて欲しい。いや、真剣に将来について考えて欲しい」
「真剣に考えてますよ」
「じゃあ、どんな仕事に就くつもりなの?」
「それは……」
あれから、何度か進路指導室に通っているが、これといって就きたい仕事は見つかっていない。
僕には強い希望がないのだ。
強いて言えば、料理が好きだが仕事にしたいとは思わない。
「ちゃんと続く仕事じゃないと、だめだよ」
僕は甘く考えていた。
これからは、今まで通りという訳にはいかないのだ。
今までは与えられた課題をこなすだけで良かった。
しかし、これからは自分で考えて行動しないといけない。
つくづく、僕は施設や周りの人の守られてきたのだと、実感する。
「さっきは言わなかったけど、施設出身で進学する人向けの貸付制度があるの」
どうしたらいいんだろう。
僕は大学へ行くべきなのだろうか。
「とりあえず、なっちゃんと話しなよ。なっちゃんは社会人の先輩だから。それから考えること。そしたら、また話そう」
そして、職員室を出た。
自室のベッドに入っても、なかなか眠れなかった。
僕の将来は、どうなるんだろう。
今日ほど、誰かに導いて欲しいと思ったことはない。
次のなっちゃんの休日。
僕はバイト帰りに、なっちゃんの部屋に寄った。
「それで、話って何?」
事前に、相談があると伝えておいた。
「僕の進路なんだけど」
「うん、どうするの?」
「僕は進学すべくなのか、就職すべきなのか、どうしたらいいんだろう?」
「それを、私に聞くの?」
確かに、なっちゃんに決めてもらう事ではない。
誰かに決めてもらう事ではない。
自分で決めないといけない。
「勇気君はどうしたいの?」
「僕は就職したいよ。なっちゃんと早く一緒に暮らしたい」
「私も早く一緒に暮らしたいよ。でもね、勇気君が進学を諦めてまで私を選ぶんだったら嫌だな」
「諦めるわけじゃないよ。元々進学したかったわけじゃないし」
僕に進学の希望はない。
以前、バイト帰りに元さんに相談した時は進学を勧められた。
その時、進学を少し考えた。
だけど、その時はなっちゃんと一緒に暮らしたいという気持ちはなかった。
「勉強したいこととかないの?」
「特に、ないかな」
勉強が嫌いなわけではない。
むしろ、好きな方だ。
だけど、やはり大学に行きたいとは思わない。
「それなら、強い希望がある方に進むべきなんじゃないかな?」
なっちゃんの言う通りだ。
「僕は就職するよ」
「じゃあ、まずは智恵理先生を説得しないとね。親みたいなもんだし。頑張って、勇気君」
「うん。そういえば、どうしてなっちゃんは進学しなかったの?」
「私はね、ちゃんと大学生活送れそうにないからっていうのが理由。高校生活でさえ、失敗したからね」
いじめを思い出し、少し悲しくなる。
「まあ、就職してからも失敗続きだけど」
「なっちゃんは頑張ってるよ」
「うん、ありがとう」
二人で智恵理先生への報告をまとめる。
結局、勉強したいという強い希望がなければ、きっと大学生活は破綻してしまう。
それが、施設出身というハンデを背負ってるなら、なおさらだ。
それならば、就職した方がいいのではないか。
施設に帰ると、久しぶりに元さんがいた。
食堂で智恵理先生と話していた。
「お久しぶりです」
「おう、勇気が進路で悩んでるっていうから来たぞ」
僕のことを気にかけてくれていて、嬉しい。
「なっちゃんと話し合ってきた?」
智恵理先生に聞かれる。
「はい、僕は就職します」
「お前と夏美のことは大体把握してるが、進学しなくて本当にいいのか?」
「僕にはこれを勉強したいという、強い希望がありません。それなのに、高い学費を払ったりリスクを背負って進学する意味はありません。勉強への意欲がなければ、大学生活も破綻してしまいます」
元さんと智恵理先生は顔を見合わせる。
「勇気、学歴はいらないのか? 大卒の収入はいらないのか? 就職してからやっぱり大学に行きたいってのは、難しいぞ」
「いらないわけではありません。でも、なっちゃんや僕の夢の方が大切ですし、大学卒業までちゃんと生活できる自信がありません」
「俺はな、大学進学という選択肢がある勇気が羨ましいんだ。俺は大学に行きたかった」
元さんにはきっと、勉強したいことがあるんだ。
だけど、家族のために諦めざるを得ない。
僕は恵まれているんだ。
「勇気、後悔はしないようにな」
「はい」
僕ははっきりと返事をした。
「勇気君、本当にいいんだね? 決めたら戻れないよ?」
「はい、僕は就職します」
現状や社会を見ての、現実的な判断だ。
決して、逃避ではない。
智恵理先生は息を吐く。
それは、諦めのため息ではない。
「勇気君も大人になったね」
「そうですね、施設に来たばっかりの頃はとても弱々しかったですね」
智恵理先生と元さんがしみじみする。
あの日、救ってもらった恩を僕は忘れない。
自分の大切さを教えてもらったことを、忘れない。
「さて、それじゃあ就職に向かって動いて行こう。元も色々教えてあげてね」
「はい、智恵理先生」
その後、元さんに色々なことを教えてもらった。
仕事のこと、お金のこと、家族のこと。
どれも大切なことばかりだ。
そして、別れ際に。
「勇気、誕生日おめでとう」
そう、言ってくれた。
時は流れ、6月19日。
明後日は由紀の誕生日だ。
当日は友達に誕生日会を開いてもらうそうだ。
僕はプレゼントが決まらず悩んでいた。
そこで、なっちゃんに相談することにした。
バイト帰りに、なっちゃんの部屋に寄る。
「由紀ちゃんへのプレゼント?」
「そう、どうしようかと思って」
なっちゃんは少し考える。
「手作りがいいんじゃないかな?」
手作りか。
でも、僕が作れるものといっても。
そうだ。
「お菓子とかどうかな?」
僕は提案する。
「うん! いいんじゃない。お菓子の手作り」
頭の中で計画が膨らむ。
あれを作るべきか、これを作るべきか。
「なっちゃんはプレゼントどうするの?」
「私はね……うーん、どうしよう」
「なっちゃん、当日施設に来られる?」
「明後日でしょ? うん、大丈夫」
なっちゃんが来るなら、由紀も喜ぶだろう。
なっちゃんと由紀は、しばらく会っていない。
「とりあえず、由紀ちゃんへのプレゼント、ちゃんと考えておくよ」
「うん」
そして、その日は施設に帰った。
21日。
食堂にはおなじみのケーキがある。
みんなで由紀の誕生日を祝う。
その中には、もちろんなっちゃんもいる。
「みんな、ありがとう!」
由紀は満面の笑みで答える。
そして、由紀にプレゼントを渡す。
昨日から準備して作ったお菓子だ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
次はなっちゃんの番だ。
なっちゃんは紙袋を渡す。
何が入っているんだろう。
「ありがとう、なっちゃん」
そして、誕生日は過ぎて行った。
解散した後、由紀に話しかける。
「由紀、なっちゃんに何貰ったの?」
「下着だよ」
「し、下着!?」
由紀は紙袋から取り出す。
結構、大人っぽいというか、刺激的だ。
「由紀には早いんじゃないかな?」
「早くないよ! この前体育の着替えの時、子供っぽいって馬鹿にされちゃったもん。だから、なっちゃんに下着が欲しいって電話したの」
「勇気君は相変わらず、過保護だねえ」
なっちゃんも会話に入って来る。
「由紀ちゃんも、下着を見せられる彼氏が現れるといいね」
「彼氏!?」
僕は驚いて、声を上げる。
「彼氏かあ。友達に彼氏持ちいるんだよね。ちょっと羨ましいかも」
由紀はふふっと笑う。
「だめだめ! 彼氏なんて」
「勇気君はお父さんみたいだね」
言ってて、自分でもそう思える。
「お兄ちゃんは私に彼氏できたら嫌?」
「う……」
うん、とは言えない。
「私ね、なっちゃんに嫉妬してたの。お兄ちゃん取られちゃって。でもね、今はそんなことないよ。二人とも、幸せになってね」
そんな言葉を贈られた。
「いいね、兄妹仲良くて。羨ましいよ」
由紀は今日で16歳。
僕達兄妹はあの日、児童相談所の人に助けてもらえなかったら死んでいたかもしれない。
だから、ちゃんと誕生日を迎えられるのが嬉しい。
来年、僕はこの施設にいない。
だけど、由紀の誕生日はちゃんと祝おう。
そう、思った。




