新しい季節
新しい春がやって来る。
僕は学年が一つ上がり、由紀は高校生になった。
由紀は無事、第一志望の高校に合格した。
いつも4人で通っていた通学路を2人で通学する。
新しく班員が増えることはなく、1班は2人きりだ。
「やっぱり、寂しいね」
由紀がぽつりと呟いた。
花々が綺麗に咲いているのと、対照的なトーンだった。
「うん、そうだね」
「なっちゃんと元、どうしてるかな?」
「きっと、元気にやってるよ」
元さんは遠方に行ってしまったのですぐに会えないが、なっちゃんは割と近くに住んでいるので、会おうと思えばすぐに会える。
今日のバイト帰りにでも、寄ってみよう。
「由紀は高校生活どう?」
「うん、楽しいよ」
「部活はどうする?」
「バイトするし、いいかな。友達には誘われてるけど」
施設の子供は部活にあまり参加しない。
部費や道具代、遠征費などのお金の問題もあるし、バイトもしないといけないからだ。
「お兄ちゃんは就職するんだよね?」
「うん」
「なっちゃんのため?」
「うん、そうだよ」
決めたんだ。
なっちゃんを支えると。
「じゃあ、一緒に住むんだね?」
「そう、なるのかな」
「結婚式の余興、考えておかないといけないね」
「気が早いよ」
僕となっちゃんは結婚するんだろうか。
今のところ、なっちゃん以外の女性はイメージできない。
「子供の名前、考えてあげようか?」
「だから、気が早いって」
二人でふざけ合いながら、通学路を歩く。
まるで、欠けたものを埋めるかのように。
その日、進路希望調査表が配られた。
もちろん、就職と書いて出した。
先生にはあまりいい顔をされなかった。
以前から、進学を勧められていたいたのだ。
放課後、進路指導室に寄った。
ここには、進学や就職の資料が揃っており、いつでも閲覧することができる。
面接練習などもここで行われる。
就職が決まるまで、お世話になる場所だ。
早速、地元企業のパンフレットを開いた。
お金に余裕がないので、車を買ったり免許を取るのは厳しい。
なので、その二つが必要なさそうな企業だ。
何社か企業を絞り、その日は学校を出た。
バイトの帰り道、なっちゃんが住むアパートの部屋に寄ることにした。
もう遅い時間なので、長居はできないがそれでも会いたい。
なっちゃんの住むアパートは、家賃45000円の1K。
この辺の賃貸としては、平均だ。
部屋の前に着き、インターホンを鳴らした。
「勇気君?」
「はい、そうです」
ドアが開いた。
カレーの匂いがしてくる。
「いらっしゃい、入って」
「お邪魔します」
初めて部屋に入る。
中は物が少なく、女性の部屋とも男性の部屋ともわからない感じだ。
唯一、女性らしいのはピンクのベッドだ。
「綺麗にしてますね」
「うん、勇気君が来そうだと思ったからね」
テーブルには食べかけのカレーがあった。
「食事中でしたか? すいません」
「ううん、全然いいよ。さ、座って」
テーブルを挟んで座る。
「仕事はどうですか?」
「まだ始まったばっかりだから、慣れないよ。先輩に付いて回ってるよ」
なっちゃんは近くのビジネスホテルで働いている。
「でも、部屋に帰って来てからも辛いんだ」
「え?」
「だって、一人だもん」
なっちゃんの顔に、寂しさが滲み出ていた。
「一人で食べるのって、こんなに寂しいんだね」
なっちゃんは呟くように言う。
大丈夫だと思っていた。
なっちゃんは明るくなった。
だから、多少一人でも大丈夫だと……。
「一人で食べて、一人で寝て、一人で起きて、一人で過ごして、時々何のために生きてるかわかんなくなっちゃうよ」
なっちゃんの目が潤んでいた。
もう、決壊寸前だ。
それほどまでに、こらえていた。
「なっちゃん、待っててください。必ず迎えに行きます」
「うん、ありがとう」
次の休みの日、由紀と一緒にここに来よう。
そう決めた。
そして、その日は部屋を後にした。
次の休日。
なっちゃんから連絡が入った。
風邪を引いたそうだ。
智恵理先生は忙しくて行けないので、僕と由紀で行く。
「なっちゃん、無理してたのかな?」
由紀が道の途中で、心配そうに言った。
「そうかもしれない」
僕たちは途中で看病に必要な物を買った。
そして、なっちゃんの部屋の前に到着。
インターホンを鳴らすと、なっちゃんが出て来た。
「なっちゃん、久しぶり!」
由紀が嬉しそうに言う。
「由紀ちゃん、それに勇気君もありがとう」
部屋に上げてもらった。
「綺麗な部屋だね」
由紀が呟く。
「なっちゃん、熱は何度ですか?」
「39度」
「結構ありますね」
病院には既に行ったと、事前に聞いた。
「なっちゃん、新しいパジャマ買ってきたよ。今着てるの汗で濡れてるでしょ?」
「ありがとう、由紀ちゃん。幾らしたの?」
なっちゃんがよろよろ立ち上がり財布を取りだそうとするので、由紀が慌てて止める。
「お金はいいよ。お兄ちゃん、おかゆ作って」
「うん、わかった」
僕は台所に立つ。
お米はあるし、炊いてあるのでおかゆ程度なら簡単に作れる。
しかし、調味料が見当たらない。
「なっちゃん、塩どこですか?」
「ごめん、ないの」
「……普段、何食べてるんですか?」
この前来たときは、カレーを食べてたが。
「レトルトのカレーかな、後はコンビニ弁当とか」
「毎日ですか?」
「うん」
体調を崩した原因は、疲労もあるが食事が主ではないだろうか。
一応、以前誕生日にあげた炊飯器は使ってくれてるようだ。
しかし、これでは味なしのおかゆになってしまう。
それでも食べられないことはないが、あまり進まないだろう。
「ちょっと塩買ってくるよ、由紀」
「うん、わかった」
歩いて10分ほどのコンビニで、塩を買った。
そして、部屋に戻ためドアを開ける。
「わあ! 入っちゃダメー!」
由紀が叫んだ。
ちょうど、由紀がなっちゃんの服を脱がせ、汗を拭いているところだった。
「ごめん!」
慌てて部屋を出る。
2、3分ほどして、由紀が出て来た。
「入っていいよ」
部屋に入る。
なっちゃんは恥ずかしそうにしていて、目を合わせない。
気まずい。
「お兄ちゃん、おかゆの続き」
由紀に言われ、再び台所に立つ。
おかゆはすぐにできた。
なっちゃんの前の机に、おかゆを置く。
「その……見苦しいものをお見せしました」
なっちゃんが、恥ずかしそうに言う。
顔が赤いのは熱のせいだけではないだろう。
「いえ、そんなことないですよ! 綺麗でした!」
勢いでそう言った瞬間、さっきの光景が思い出される。
僕の顔も熱くなる。
「お兄ちゃん何言ってるの?」
由紀が引いている。
それが、一番ショックだった。
「なっちゃん、食べてください」
気まずさを打ち消すため、おかゆを勧めた。
「いただきます」
なっちゃんはおかゆを食べる。
お腹が空いていたのか、勢いがいい。
あっという間に食べ終えてしまった。
「なっちゃん、食後のお薬だよ」
由紀が水と薬を持ってくる。
「ありがとう、由紀ちゃん」
食事も薬も終わったし、後は安静にしていればいいだろう。
その後、僕たちは溜まっている家事を片付けた。
「それじゃあ、帰ります」
なっちゃんにそう言うと、なっちゃんは起き上がった。
「……寂しい」
その表情は、悲しみの底にいるようだった。
「お兄ちゃん、せめて寝るまで一緒にいてあげようよ」
由紀が受験の時も、そんなことをした記憶がある。
「うん、そうだね」
風邪がうつるかもしれない。
それでも、構わない。
なっちゃんに、あんな表情をさせたくない。
僕たちはなっちゃんが寝るまで、この部屋で過ごすことにした。
「そういえば、この部屋テレビないね」
由紀が部屋を見回して言った。
「うん、高いからね。それに、いらないよ」
なっちゃんはそう言うものの、あれば寂しさも紛れるかもしれない。
とはいえ、簡単に買える物でもない。
貯金を崩せば、可能だが。
由紀と一緒に半分ずつお金を出そうかと、考える。
「由紀ちゃんは高校どう?」
「やっぱり、勉強難しいよ。でも、みんな助けてくれるし大丈夫」
「良かった。勇気君は新しいクラスどう?」
「特に、変わりないですね」
「うん、良かった」
そして、なっちゃんは目を閉じる。
その顔はこの部屋に来た時より、幾分か明るくなっていた。
その内、すやすやと寝息が聞こえて来た。
「帰ろう、由紀」
「うん」
僕たちはそっと部屋を出ようとして、一つ気が付いた。
外からだと入口のドアの鍵が掛けられない。
いくら部屋の中に住民がいるとはいえ、女の子の一人部屋で鍵を開けっぱなしにするのは不用心だ。
こういう時、オートロックなら助かるのに。
結局、なっちゃんを起こした。
「ごめんね、気付かず寝ちゃって」
謝られたが、こちらが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そして、部屋を出る。




