別れの季節
由紀の受験の日がやってきた。
荷物確認もさせた後の、朝食の時間。
由紀は朝食に手を伸ばしつつ、英単語帳をめくっていた。
「由紀、食べながら勉強しなくても……」
「そうだぞ、悪あがきはやめるんだ」
元さんが、味噌汁をすすりつつ言った。
「悪あがきじゃないよ! 馬鹿!」
由紀がたまらず、反論した。
「元さん、あんまり由紀を刺激しないでくださいよ」
「いや、これは緊張をほぐそうとだな」
「元君は黙ってて」
元さんはなっちゃんに制される。
「夏美も俺に厳しくなったなあ」
元さんはしみじみする。
なっちゃんと元さんは、以前はあまり会話しなかったがここのところ、会話するようになった。
「由紀ちゃん、ちゃんと食べないとだめだよ」
由紀は智恵理先生に注意された。
見ると、あまり食が進んでないようだ。
無理もないか。
そして、朝食の時間は終わった。
いざ、見送るという段階で。
「あ~! 手袋に穴開いてる! 縁起悪い!」
由紀はそう叫んだ。
確かに、人差し指の先端部分が開いている。
「それくらい、どうってことないだろ?」
元さんはそう言った。
「じゃあ、由紀ちゃん。手袋貸してあげるよ。勇気君、いいよね?」
わざわざ僕に許可を求めたのは、僕のあげた手袋を貸すからだ。
「はい、もちろん」
「わーい! ありがとう、なっちゃん。大好き!」
そして、由紀は姿勢を正す。
「じゃあ、行ってきます!」
「頑張ってよ、由紀」
僕はそう、声を掛けた。
他の支えて来たみんなも、口々に応援の言葉を掛けた。
由紀は踏み出していく、受験会場へと向かって。
「それじゃあ、俺達も学校行くか」
元さんの言葉で、僕たちも学校へ向かった。
「あ~、期末テストだるい」
通学路の途中で元さんは空を仰いで、そう言った。
僕たちもテストが残っている。
「もう就職決まったんだから、テストなんてどうでもいいよなあ?」
「だめですよ、テストはちゃんと受けないと」
「へいへい」
ふと、この二人と登校するのもあと数えるほどしかないと、気付く。
「どうした? 勇気」
「どうしたの?」
二人に心配される。
「いえ、何でもないです」
学校に着いてから、ずっと由紀のことを考えていた。
今頃何の教科の試験だとか、今頃お昼ご飯を食べてるだろうとか。
僕って、妹思いの度が過ぎてるかもしれない。
しょうがない、たった一人の家族なんだから。
期末テスト期間なので、バイトはなく真っ直ぐ施設に帰る。
そして、自室で勉強しているとドアがノックされた。
「お兄ちゃん」
由紀だ。
鍵は掛けてないので、ドアが開いた。
「由紀……」
少し、疲れた顔をしていた。
人生を決める試験をしていたのだから、不思議ではない。
「お疲れ様。頑張ったね」
「うん」
頭を撫でてやる。
「えへへ」
由紀は笑う。
結果はどうであれ、由紀は全力で頑張った。
そのことが、今後の人生を豊にしていくだろう。
そして、翌日。
今日は面接試験だ。
昨日と同じく、由紀を見送った。
面接の練習も何度もした。
きっと、大丈夫だ。
一日の授業が終わり、施設に帰る。
帰り道を歩いていると、声を掛けられた。
「勇気君」
なっちゃんだ。
「なっちゃん、テストどうでした?」
「まあ、普通かな。それより、由紀ちゃん受かってるといいね」
「はい、そうですね。きっと、大丈夫ですよ」
「うん、みんな信じてるもんね」
そう、みんな信じている、願っている。
きっと、合格する。
「由紀、言ってました。なっちゃんや元さんと別れるのが寂しいって」
「そうなんだ、本当にいい子だね」
「はい、自慢の妹です」
この言葉に、嘘偽りはなく気恥ずかしさもない。
「私も由紀ちゃんや勇気君と別れるの、寂しいな」
その言葉を聞いて、すぐに抱き締めてあげたい気持ちになった。
もちろん、なっちゃんにはあの過去があるので、そんなことはしないが。
「時々、会いに行きます。なっちゃんも、施設に来てください」
代わりに、言葉を贈った。
「うん、ありがとう」
なっちゃんの目は潤んでいた。
施設に着き、しばらくすると由紀が帰って来た。
「お帰り」
僕は玄関で迎えた。
寒さは気にならない。
「ただいま、お兄ちゃん」
由紀は笑顔を見せた。
由紀の戦いは全て、終わったのだ。
「お別れ会のプレゼント、いつ買いに行く?」
「ごめんね、お兄ちゃん。今日は友達と遊ぶの。明日行こう」
「あんまり、遅くならないようにね」
「うん!」
由紀は私服に着替え、外出届を書き出て行った。
その背中を静かに見送った。
翌日。
今日は約束通り、プレゼントを買いに行くため由紀とデパートに来ている。
「由紀、何がいいと思う?」
「役立つものは誕生日の時にあげたし、思い出に残る物とか?」
「うーん……」
なかなか、難しい。
誕生日以上の特別な物をプレゼントする必要がある。
そう考えると、なかなか出てこない。
「決めた。私は服にする」
身に着ける物という着眼点は、いいかもしれない。
由紀と一緒に、服屋に入る。
由紀はセンスがあるので、オシャレな服を選んでいた。
だが、肝心のサイズがわからない。
悩んだ挙句、勘で選んだ。
「お兄ちゃんはどうする?」
思い出……。
閃いた。
「なるほどね」
由紀も納得したようだ。
僕が選んだのは、日記帳。
これから、二人が苦楽を共にしていく存在だ。
「きっと、喜ぶね」
由紀は笑顔を見せ、そう言った。
「うん」
僕は力強く返事した。
ついに、卒園式の日がやって来た。
食堂にみんなが集まる。
式の司会は職員が行い、滞りなく進んでいった。
そして、卒園児童から感謝の言葉が贈られる。
まず、元さん。
「俺は家が貧乏で、この絆の学園に来ました。
弟達や母と離れるのは最初は辛かったです。
ですが、職員やみんなと一緒に過ごせて本当に良かったです。
ここは、俺にとって第2の家です。本当にありがとうございました」
元さんは話し終え、頭を下げる。
拍手が沸き起こった。
間に何人か挟み、最後になっちゃんだ。
「私は親の虐待が原因で、ここに来ました。
ここに来た当初は何もかもが信じられなくて、周りの人は全員敵だと思っていました。
そんな私を、優しさで包み込んでくれたのが智恵理先生でした。
自傷や脱走、その他様々なことで迷惑を掛けました。
本当にごめんなさい。
そして、ありがとうございました。
ここでのことを、絶対に忘れません」
なっちゃんが涙をこらえつつ話し終え、頭を下げる。
大きな拍手が沸き起こった。
そして、卒園児童一同から壁掛け時計が施設に贈られる。
その後、僕達から卒園児童にプレゼントが贈られた。
最後に、智恵理先生に閉式の言葉。
既に涙を流していた。
だが、しっかりと話し出す。
これで、最後なのだから。
「毎年この時期になると、嬉しさと寂しさで胸がいっぱいになります。……皆さん、卒園おめでとう。皆さんがこれから体験する社会は、はっきり言って厳しいです。ですが、ここで暮らしたことを思い出して頑張ってください」
そして、間を置く。
「本当に……おめでとう!」
式は終わった。
これで、お別れだ。
卒園児童は旅立つ時。
全員、玄関に出る。
子供たちの進路は様々で、地元企業に就職する者もいれば、進学したり自衛隊に行く子供もいる。
何にせよ、もうここにはいられない。
「じゃあな、勇気、由紀ちゃん」
元さんは手を振る。
「お世話になりました、元さん」
僕はお礼を言った。
「じゃあね、由紀ちゃん、勇気君」
なっちゃんも、最後の言葉を告げる。
「なっちゃん!」
由紀が叫ぶ。
そして、抱き着く。
「行かないで……」
由紀は泣きながら、そう言った。
「由紀ちゃん、ありがとう。何度も由紀ちゃんに救われたよ」
なっちゃんは優しく由紀をほどく。
「そして、勇気君」
なっちゃんが、こちらを真っ直ぐ見る。
「好きだよ」
そんな言葉を贈られた。
「僕もです」
そして、子供たちは巣立った。




