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クリスマスと由紀の受験前夜

 着いた場所は、ケーキバイキングのお店だった。


「一度来てみたかったんだ」


 なっちゃんは早速ケーキを選び始めている。

 周りは女性か、カップルしかいない。

 僕が踏み入れていい場所なのだろうか。

 いや、いいはずだ。

 なぜなら、僕達だって付き合ってるのだから。


 なっちゃんは早速ケーキを山盛りにしている。


「そんなに食べられるんですか?」


「それは後で考えればいいよ」


 楽しそうにケーキを選んでいるなっちゃんを見ると、なんだか嬉しくなる。

 明るくなったという一言だけでは表現できない。

 まるで、生まれ変わったかのようだ。

 自分の辛い体験を話すのも、トラウマ治療のひとつと本に書いてあった。

 僕が治療の助けになれるのなら、それは嬉しい。


 僕もケーキを選び、席に着いた。

 そして、食べ始める。

 甘い、重い。

 これはもう、昼食はいらないかもしれない。


「何でいるの?」


 急に、その声がした。

 声の主は見たことのない女子。

 僕たちの席の近くに立ち、真っ直ぐなっちゃんを見ていた。

 

「あ……」


 なっちゃんが小さく、声を上げた。

 もしかして、なっちゃんのクラスメイトだろうか。


「しかも、彼氏なんか連れてるし」


 その女子はそう続けた。


「こ、これは……」


 なっちゃんはうろたえる。


「あんたがいると、暗くなるんだよね。視界から消えてよ。マジでウザいんだけど」 


 女子は吐き捨てるように言った。


「なっちゃん、行きましょう」


 この女子を追い払ったところで、いい雰囲気で食事できるとは思えない。

 それに、僕は暴力衝動を抑えていた。

 この女子を殺したいとさえ、思っている。


「うん」


 僕となっちゃんは席を立ち、料金を支払った。

 まだ、ほとんど手を付けていなかったけどしょうがない。


 デパートを出る。

 厚い雲が空を覆っている。

 風は容赦なく、冷たい。

 雰囲気は最悪だ。

 なんとかしないと。


「そうだ、手袋付けてみてくださいよ」


「え、うん」


 なっちゃんは手袋を袋から取り出し、手に付ける。


「あったかい」


 心なしか、夏美さんの表情が明るくなった。


「良かったです」


「ありがとう、色々と」


「いえ……」


 その時、ちょうど雪が降って来た。


「あ、雪」


 なっちゃんは呟いた。

 この辺は、あまり雪が降らない。

 今頃、施設の子供たちが大喜びで雪遊びしてるだろう。


「由紀ちゃんは、雪の季節に生まれから由紀ちゃんなのかな?」


 残念ながら、外れだ。


「6月ですよ。多分、僕の名前に似せたんでしょう」


「そっか。でも、二人ともいい名前だよね」


 僕自身と由紀両方褒められて、嬉しい気持ちもある。 

 だけど、心がちくりと痛む。

 なぜなら、名付けたのはあの両親だ。

 素直に喜べなかった。

 名前は親からの最初のプレゼント。

 もしかしたら、名付けた当初は愛していたのかもしれない。


「どうしたの?」


 夏美さんが僕の顔をのぞき込む。

 きっと、深刻な顔をしていたのだろう。


「何でもないです」


「もしかして、自分の名前嫌い?」


 どうなんだろう。

 嫌いではないと思う。

 勇気はいい意味の言葉だ。

 だけど、どうしても名付けた人間がちらつく。

 言葉や名前に罪はない。

 そのことはわかっている。


「いつか、好きになりたいです」


 そんな答えになってしまった。

 自分の名前を好きになるということは、部分的に親を許すということではないだろうか。


「うん、そうだね。私も」


 僕もいつか子供に名前を付ける時が来ると思う。

 その時は子供自身が好きなれる名前をつけてあげよう。

 そう、心に決めた。


「ねえ、手つなごう」


「……大丈夫ですか?」


 異性との身体的接触が、過去のトラウマを思い出す引き金になるかもしれない。

 心配だ。


「トラウマのこと? 大丈夫。勇気君がくれた手袋があるから」


 なっちゃんは手を差し出す。

 僕はゆっくりと、握る。


「男の子の手を握るなんて、幼稚園以来かも」


「無理、しないでくださいね」


「うん」


 意外と平気そうだった。

 好きな人と結ばれている。

 そのことが、暖かい気持ちにさせる。

 なっちゃんも、同じだと嬉しい。


「勇気君、指細いね。もっと食べないとだめだよ」


「由紀にもよく言われます」


「そっか。兄妹っていいね」


「由紀はなっちゃんのこと、姉のように思ってるんでしょうか?」


「そんなことないよ。由紀ちゃん大人びてるから」


 そんな風に感じたことはない。

 由紀にも僕に見せない一面があるのだろう。


「私が頼りないからね。それに暗いし、いろいろ気を遣わせちゃってるかも」


「そんなことないですよ。最近、明るくなったじゃないですか」


「うん……」


 暗いというワードが、先ほどのケーキバイキングでの一件を思い起こさせる。


「由紀ちゃんには、恩返ししないとね。色々応援してもらったし」


「そうですね」


 由紀が後押ししてくれなかったら、僕たちの今の関係はなかったかもしれない。

 僕が感じている以上に。助けられている。

 恩返しするなら、まずは高校入試の手伝いだ。


 そして、施設に着いた。

 智恵理先生は手を繋いでいる僕たちを見て、穏やかな表情をしていた。





 時は流れ、由紀の受験が間近に迫って来た。

 由紀が目指しているのは、進学校だ。

 由紀の友達グループは全員頭がいいらしい。

 あまりレベルの高すぎるところを選んでも、授業について行けるか心配だと伝えたが、由紀は譲らなかった。


 由紀は僕が思ってる以上に、友達と濃い時間を過ごしてきたらしい。

 その時間が原動力となって、由紀を勉強机へと向かわせていた。

 あれほど勉強から逃げていた由紀が、目覚ましい変化を遂げていた。


 そして、3月。

 高校入試の学力検査が行われる前日。

 その日は、僕はバイトで帰りが遅かった。

 入浴を終えると、9時過ぎになる。


 それから、10時まで学校の宿題をやった。

 ふと、廊下に出る。

 女子の部屋がある廊下を通る。

 由紀の部屋の電気は、まだ点いていた。


 他にも高校受験する子はいるが、由紀の部屋のみ電気が点いていた。

 あまり遅くなっても、当日寝不足になってしまう。

 そう思い、由紀の部屋のドアをノックする。


「僕だけど」


 鍵が開く音がした。

 そして、ドアが開く。


「お兄ちゃん」


 由紀の不安そうな顔があった。

 部屋の中には、教科書や単語帳などが散らばっていた。


「そろそろ寝なよ」


「お兄ちゃん、不安なの。私がもし落ちたら、みんなと一緒の高校いけないよ。そしたら、また0から友達作らないといけないよね」


 なんと言葉を掛けたらいいのだろう。

 僕は友達がいないし、高校入試は苦労しなかった。

 由紀の感じている不安を味わったことはない。


「あれだけ勉強したんだから、大丈夫だよ」


「うん……」


 由紀にとって、かけがえのない人間関係ができているのだ。

 それは、僕にはわからないもの。


「由紀は本当によく頑張ったよ。だから、今は寝て明日に備えることに集中するんだ」


「お兄ちゃん、私が寝るまで傍にいて」


「ええ!?」


 そんな、小さな子供じゃあるまいし。

 いや、由紀が望むならしよう。

 たった一人の家族の、大切な時なんだから。


「わかったよ。寝たら部屋を出て行くからね」


「うん」


 由紀の部屋に入る。

 一緒に勉強の片づけをした。


 由紀はベッドに入る。

 

 懐かしい。

 由紀は昔、虐待の後遺症で夜眠ることができなかった。

 そんな時、職員や僕が傍にいてあげた。

  

「お兄ちゃん」


「何?」


「受験もあるけど、なっちゃんや元ともうすぐお別れだね」


 二人の就職は無事に決まっている。

 だから、二人は施設を出るのだ。

 約10年、一緒の班だった二人と別れる。

 その事実が、のしかかって来る。


「由紀、受験が終わったら、お別れ会のプレゼントを買いに行こう」


「うん、そうだね」


 施設では卒園する子供たちを送る、卒園式がある。

 お別れ会とも呼ぶが、その時プレゼントを渡すのが恒例だ。

 卒園式の日はまだ合格発表されてないが、由紀を連れて行こう。


「寂しいよ、お兄ちゃん」


 由紀の目から、涙が一筋こぼれた。


「大丈夫、また会えるから。それじゃあ、おやすみ、由紀」


「おやすみ、お兄ちゃん」

 

 そして、由紀は静かに眠りに落ちた。


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