第八話 運命のカウントダウン
――ダァン!! ダァン!!!
と、何かが爆発する音が城にある魔法訓練場に響き渡る。
音の発生源は優音の持つ大型の二丁の赤い銃。普通の少女が持つにはあまりにも不釣合いな物である。
優音はアレンに向かって発砲したが、すでにそこにアレンの姿はない。慌てて辺りを見回すが、突然こつんと後頭部を小突かれた。
「うなっ!?」
「これで五回目です。戦場だったらとっくに死んでますよ?」
「う〜、アレンが速すぎるんだって」
「そうですよ、兄さん。大人気ないです」
離れて様子を見ていたベルブランカも優音と一緒になってアレンを非難する。
アレンはちっちっ、と人差し指を左右に振った。
「僕がいちいち手取り足取り教えていたら伸びるものも伸びなくなります。こういうのは実践で学び取ってもらわないといけません。それに、ユウネ様は口で説明するより、体を動かして教えた方が早いと思いまして」
「う……、会って間もないのに随分おわかりで……」
とてもわかりやすい説明をされて言葉に詰まる優音。全くもってアレンの言う通りである。
「ですが、わざわざユウネ様が魔法を学ばなくても私達がユウネ様の事はお守りしますのに……」
ベルブランカが不服そうにそう告げる。
優音が王に魔法を学びたいと言ったのは一昨日の事。王と王妃は多少渋っていたが、アレンとベルブランカが付きっ切りという事で納得した。そして今日からアレンとベルブランカによる魔法の訓練が始まった。
「ううん、最低限自分の身は自分で守りたいし、また前みたいな事もあると魔法が使えないとかえって危険だしね」
「あの時の事みたいにはもうさせません」
例の強盗事件でベルブランカは深く反省したようだ。国の姫たる優音を殺される一歩手前までにさせてしまった。あれから、ベルブランカは優音の傍をひと時も離れようとしない。
「それにしても、昨日は随分すんなり私が姫になるって事が通ったね。もう少し騒ぎになると思ってたんだけど」
昨日は優音が王と王妃の隠し子だと公表する日だったのだが、いざそうなると、予想していた非難や暴動などはほとんど起きなかった。
それどころか意外と国民の受けが良かったほどだ。
「まぁ、ユウネ様が姫になると聞いた時から僕や他の人達も動いてましたし、今言った強盗事件の解決にユウネ様が関わっていたという噂が立っていたのも利点でしたしね」
「ふ〜ん、じゃあこれからもっと国の人達の為に働けばいいのかな?」
「……私は、あまり表立って行動するべきではないと思います」
ベルブランカは無表情は変わらないものの、若干視線を落として不安そうに呟いた。
「昨日の公表で、戦争賛成派はユウネ様を危険視した可能性があります。最悪の場合命の危険があるかもしれませんし……」
「だ〜いじょうぶだって!!」
優音は心配なし、とベルブランカの背中をバシバシと叩いた。意外と痛かったのかベルブランカは顔をしかめた。
「そんな事のないように魔法の練習してるんだし、アレンもベルもついていてくれるんだから!! ね?」
「はい」
優音の言葉に、アレンも心配なしと笑顔を見せる。ベルブランカは一度大きく深呼吸をして顔を上げた。
「申し訳ありません。弱音を吐きました。忘れてください」
「うん、それでこそベルだね! いいよその女の子らしくない無表情。最高だね」
「ユウネ様……、それは全くほめていませんね……」
ベルブランカは少し目を細めてジト目で優音を睨んだ。
相変わらずほぼ無表情。だが、少しだけベルブランカの表情の変化がわかってきた。
ちょっとだけベルと仲良くなれたかな? と思う優音だった。
「なんだとっ!!!」
王の間でライル王の怒号が響いた。いつもの穏やかな表情とは打って変わって今は怒りを露にしている。
王の視線の先には頭を垂れる数人の貴族達。誰もが名のある家の者ばかりである。
その中の一人が顔を上げて今言った通りの言葉をもう一度繰り返す。
「ですから、敵国リーゼリスの姫君、リーレイス・グレス・リーゼリス姫の誘拐に失敗致しました。実行したこちらの手の者は全て回収しましたが、近々リーゼリスの使者が来る可能性がございます。最悪、そのまま宣戦布告される可能性も……」
「そんな事を聞いているのではない!!! 何故わしに黙って誘拐など企てた!!!」
「お言葉ですがライル王」
さらにもう一人、顔を上げた。
「今の状態では他の国との貿易もままなりません。選択肢は勝ってリーゼリスを服従させるか、負けてリングサークが滅びるか、二つに一つです。今更偽りの姫を立たせたところで、何の役にも立ちません」
今思えば奇妙だった。優音がこの国の姫君になるという知らせを戦争賛成派も受けたはずなのに、全く反論がなかった。
考え直したのか、と思うのは楽観視しすぎだが、優音が姫になって戦争反対を訴えていけばそれなりに全面戦争の抑止力となると思っていた。
だが、真実はそうではなかった。関係なかったのだ。優音が姫になろうがなるまいが。全面戦争のきっかけはすでに作られていたのだから。
ぎり、と王は奥歯をかみ締めた。王であるのに国を動かせない。ただの人形でしかない名ばかりの王。
「……もう、後戻りは出来ないのか……?」
「王、ご決断を」
王の目の前がだんだんと真っ暗になっていく。
リングサークとリーゼリスの全面戦争が、始まる。
その頃、優音達三人は今日は体を動かす特訓はこれまでにして、次は魔法の知識を頭に入れる勉強を開始した。
この世界の歴史、魔法とは何か、そして魔導具。ちなみに優音が先ほど使っていた二丁の銃は優音の魔導具である。
アレンとベルブランカの懇切丁寧な説明にも関わらず、終わった頃には歴史の部分が頭から消えていた。
「――最後に魔導具の力である導力ですが、ユウネ様の属性は『紅風』、導力は『熱導』ですから、まずはこれを使いこなす事からですね」
「そのこうふう、とかねつどうってどういう力なの?」
「属性については他の属性との相性などに関係して、導力については魔法を使うための土台というところでしょうか」
アレンいわく、優音の導力は熱を移動させる事が出来るらしい。全く意味がわからない。
「そうですねぇ、例えばユウネ様の場合ですと周りの熱を弾に蓄積させて、熱弾として使用するとかですかねぇ」
「その熱弾を受けた部分は血液が膨張して破裂します」
無表情でベルブランカがそう言うものだから、ゾッとしてしまった。
こ、怖すぎる……。熱導……。
「ベル、ユウネ様が怖がってるよ。大丈夫です、上手く制御出来れば導力の使用不使用は自由になりますよ」
「そ、そうなんだ……」
むやみやたらに銃をぶっ放すのはやめよう、と深く心に刻む優音だった。
と、そんな時、魔法練習場の扉が開かれた。
目を向けると、何やら神妙な面持ちの王と王妃がこっちに向かってきている。
「お、王!? 王妃様も、いったいどうされたのですか!? わざわざこんな場所に足をお運びにならずとも……」
アレンは突然の来訪者に驚くも、すぐに二人の元へと駆け寄り膝をついた。優音とベルブランカも三人の元へ急ぐ。
「よい。たまには体を動かさなければなまってしまう。そんな事よりもユウネ。そなたに謝らなければならない事がある」
「何ですか?」
王と王妃が自ら出向くとはよっぽどの事なのだろうか。
だが、優音はその内容よりも二人の表情が暗いところが気になった。
「以前、わしはそなたに戦争の抑止力になって欲しいと頼んだが……すまぬ。もうそれも意味を成さなくなった」
「え……? どういう、事ですか……?」
「戦争賛成派の人間が秘密理にリーザリスの姫君を誘拐しようとしたらしい。どうやら失敗したようだが。それがきっかけで、近いうちに全面戦争が起こるかもしれん」
王は自嘲気味に笑った。家臣の勝手な動きを止められなかった自分を滑稽に思っているのだろうか。
「ユウネがこの国の姫になった事で、もしかしたら危険が及ぶかもしれない。……すまない、こんな事なら姫になどしなければ……」
「そんな事言っちゃ嫌です!」
優音は悲痛な声をあげて王に詰め寄った。
「私は二人の子供になれて本当によかった。新しくお父さんとお母さんができて嬉しかった。私には小さい時からお父さんとお母さんの思い出がないから、これからたくさん作っていこうって思ってたんだよ?
だから、娘にしなきゃよかったなんて悲しい事、言わないでください……」
「ユウネ……」
スッと、優音は後ろから王妃に抱きすくめられた。耳元で王妃のすすり泣く声が聞こえてきた。
「……ごめんなさいね、ユウネ。あなたの言う通り……。私達もユウネとの思い出、たくさん作っていきたいわ……」
「お母様……」
優音は王妃の手に自分の手を重ねて、嬉しそうにコクリと頷いた。
話の区切りがついたところで、アレンは再び膝をついた。
「ライル王、こうなってしまっては致し方ありません。我々は全力を以て戦争に勝つしかありません。」
「……そうだな。ここまで来たらわしも覚悟を決めよう。だが――」
王は体を絡めながらきゃっきゃっやっている王妃と優音を見た。
「クレアとユウネは戦争が終わるまで身を潜めていて欲しい。二人には危険を被って欲しくない」
王は心配してそう言ったようだが、王妃と優音は不服だったのかジト目で王を睨んだ。
「ライル様、それは了承致しかねます。私はこの国の王妃となった日からあなたと一心同体。あなたを残して逃げるなんてできません」
「私も逃げません。例え戦争が始まっても諦めずに停戦を訴えていきたいです。それに自分の身ぐらい守れるようになるために魔法を学んでいるんです。心配には及びません」
普通の十七の少女なら怖がってすぐに逃げ出してしまうだろう。 だが、何故か優音の中では逃げるという選択肢は浮かばなかった。
王は二人の意志が簡単には折れないと気づいたのか、諦めのようなため息をついた。
「はぁ、わかったわかった。二人の意志を尊重しよう。だが、危険と感じたらすぐにでも逃げてもらう」
王は意外とすぐに折れてくれたが、優音は危険を感じても逃げる事はしないだろうと思った。
最後の最後まで諦めないつもりだ。
「それじゃあ、アレン、ベル。魔法練習しよっ!」
「ええ」
「はい」
優音は気合十分といった感じでまたアレンとベルの二人と修行を開始した。
王と王妃はそれを見て満足げに頷くと、全面戦争の準備を進めるべく、王の間へと戻っていった。
こうしてリーザリスとリングサーク、そして優真と優音の運命の変わり目は刻一刻と迫ってくる。
――全面戦争開始まで、残り三週間。
優音編は無事終了。次回からは、言わずもがな、三人目ですたい!