第六話 姫になった日
少々更新が遅れてきてしまったのは容赦してください。さて、視点が変わりますぞ。
リーザリスから遥か東に進んだ場所にリングサーク神王国があった。
神王の座に就く者は代々神と敬れる実力を持った者が王になる。遥か昔から王族の血を引く者は協力な魔力を持っている。
現神王、ライル・ナレ・リングサークもその一人である。
リングサーク城の王の間にいるのは初老の男性。長い金髪と髭は自分的には気に入っているのだが、王妃のクレアには微妙です、と言われた。
現在はリーザリスとの戦争の状況に頭を悩まされているのだが、もう一つだけ王の悩みがある。
それは王妃の事である。いや、王妃自身ではなくある少女の事なのだが。
王妃いわく、自室にいたら突然上から落ちてきたのだという。
密室でそれはありえないだろうし、もしかしたら賊の類いかもしれないのでただちに追放を命じた。
だが、言葉も通じず、ただ震える少女を見て同情したのか王妃はそれはあんまりだと王に反発。
今その少女は王妃と女同士で話をする為、裸の付き合いで城にある温泉に入っている。
「全く、本当に刺客だったらどうするのだか……」
王はため息混じりにそう呟いた。近くにいた側近が苦笑している。
一応監視の目は光らせているから大丈夫だとは思うが……。
王は少々王妃の勝手を許しすぎたか、と今までの甘い行いを反省したがもうどうしようもない。
王はまた深く深くため息をついた。
風呂から上がった王妃と少女は、王妃の自室で休んでいた。
王妃は風呂に入る前に少女に意志疎通の魔法を掛けて話せるようにしたが、少女の方は何が起こったのか分からない様子だった。
じっくりと少女と話をしていると、どうやら魔法を知らなかったらしい。
詳しく話を聞いてみると、チキュウという所から来たらしく、この国の名前も知らなかった。
信じがたいが、恐らくこの少女は異世界から来たのではないだろうか。
少女の名はユウネ。書店で本を開いたら光が発し突然ここに飛ばされたらしい。
「多分それは召喚術の類いではないかしら?」
「召喚術?」
「ええ、魔法の一種なの。普通はこの世界のどこかしらに生きている者を召喚するのだけど、ユウネの場合は術式が特殊だったのかもしれないわね」
王妃は濡れているユウネの髪をすきながら魔法について説明した。
それはこの世界の成り立ちから始まり、今の現状。そして魔法を使うには魔導具が必要なのだという事も話した。
ユウネは魔法にとても興味があるのか、しきりにふんふん頷いていた。
「それでユウネはこれからどうするの?」
ずっとこのままというわけにもいかないし、ましてや追い出すのも可哀想だ。
ユウネは少し考えてそうですねぇ……、と呟いた。
「私の兄と姉もこっちに来ているかもしれないので、二人を探しに行けたらと思ってます」
「お兄様とお姉様も? そうねぇ、確かにすぐ探さなければいけないかもしれないかも……。全員同じ場所に召喚されたわけではないから危険な場所にいるかもしれないわね……」
王妃が少し声色を暗くすると、ユウネはバッと立ち上がった。
「私、今から探しに行ってきます!」
「無理よユウネ。女の子の一人旅は危険だし、それにもう日が暮れるわ」
巨体な窓から差し込む日の光は、鮮やかな赤い色に染まっていた。
この地域一帯は夜になると魔物が出没する。ユウネが一歩外に出ただけで一瞬でオダブツである。
それを聞いたユウネはガックリと項垂れた。後先の事は考えない、猪突猛進な少女だ。
王妃はなんだかユウネを放っては置けなくなってしまった。
「ねぇ、ユウネ。あなたさえよければなのだけど、この城に住んでみない? お兄様とお姉様も私の方で探させるわ」
「え?」
ポカンと口を開けて呆けているユウネに、王妃は苦笑した。
「なんだかあなたを見てると放って置けなくなっちゃったの。……娘が出来たみたいで………」
「で、でも、クレアさん王妃様なんですよね? それなら王様にも言わなきゃ……。それに迷惑だし……」
ユウネのそんな言葉に王妃は強く首を横に振った。
「迷惑だなんて事はないわ! それにあの人だって私には逆らえないもの。大丈夫よ」
「……でも……いいんですか……?」
王妃はユウネの頭を優しく撫でてドンと来なさい、と王妃にあるまじき言葉遣いで答えた。
ボスッとユウネは王妃の胸の中に飛び込んだ。
「わたし……すっごく不安で……お兄ちゃんもお姉ちゃんもそばにいなくて………寂しかったぁ……」
「うん……」
王妃はユウネの背をさすりさすり、嗚咽を漏らすユウネをなだめる。
「わたしが……ちっちゃい頃お母さんも死んじゃって……なんだかクレアさんがお母さんみたいで………すごく嬉しいです……」
王妃はその言葉に強く胸を打たれ、ユウネをギュッと抱き締めた。
「……じゃあこれからは私がユウネのお母さんかしら……?」
「……うん……お母さん……お母さん………」
ユウネは嬉しそうに何度もそう呟いていた。
まるで本当の親子のように抱き合う二人の姿は一枚の絵画のように美しかった。
次の日、優音は巨体ふかふかベッドの上で目が覚めた。
「ん……ううん………あれ? ここどこ……?」
いつもの大量のぬいぐるみ達がどこにもない。
辺りを見回してみると巨体なベッドと巨体な机、巨体な……etc。
「あぁ、そっか。なんだかよく分からない内にファンタジーな世界に紛れ込んじゃったんだっけ」
昨日の出来事を思い出す。兄の優真が本を開けたら光が飛び出し、次の瞬間にはどこかの部屋のベッドの上に落ちたのだ。
「まさかそれがこの国の王妃様だったとは……」
ベッドの上で混乱しているとすぐに城の騎士が現れてどこかに連れていかれそうになった。
だが、王妃自信がそれを止め、話をしている内に何故か王妃と仲良くなってしまった。
「でも、お母さんか……」
王妃は優音にとても優しかった。優音にとっての理想の母親像だった。
「はぁ……これからどうしよう……」
優真と愛華の捜索も王妃がやってくれる事になった。
その間自分は何をしてようか……。
「せっかくだから魔法少女、マジカルユーネにでもなってみようかな」
面白半分で魔法を使ってみたいと思いながら、着替えようと部屋の衣装ダンスを開けて――固まった。
「嘘でしょ……」
優音は衣装ダンスにあった一番着やすい服を選んで、若干迷いながら王の間の扉を開けた。
今日は王様にも客人として謁見するように、と昨日王妃に言われたからだ。
「し、失礼します」
恐る恐る王の間へと入っていくと、玉座には厳格そうな王が、その隣には王妃がにこやかに座っている。
王妃は優音の姿を見るなり立ち上がって――
「まあユウネ! すごく可愛いわ!!」
今の優音はスカートにフリフリが着いた真っ赤なワンピース型のドレスを着込んでいた。
他のは妙に露出が多かったり、無茶苦茶ゴスロリっぽかったりして着たくはなかった。
「お、王妃様ぁ……もっと落ち着いた格好の服はないんですか?」
「ないわ」
優音の願いは二秒でバッサリ切られた。
隣で王は呆れたため息をついている。
「さて、ユウネと言ったな。そなたは異世界の者と聞いたが、真か?」
「あーはい。そうみたいですね」
自分でもいまだによく分かっていない。夢なら覚めて欲しいと切実に願う。
「そなたは、これから先もこの国で過ごすつもりなのか?」
「それは……分かりません。ひとまず兄と姉を見つけてからじゃないと」
「む、そうか……。ではそなたの兄と姉を見つけるまで……あー、わしらの……その、む――」
「あなた、じれったいですよ」
王は王妃の威嚇するような視線で縮こまってしまった。
力関係逆じゃないのかな……?
「つまり、ユウネ。あなた、私達の娘になりなさい」
王妃の爆弾発言投下でフリーズする優音。
もう一度、整理してみよう。王様と王妃様の娘になる。この二人は一国の主。という事は私が二人の子供になると――
「私がお姫様!!?」
「まぁそうなるかしら」
そんな簡単に決めていいのか。どこの誰とも分からない少女を王族の養子にするなど……。
「ユウネ。養子じゃないわ。隠し子よ。そういう設定で通すから」
予想の斜め上を行く王妃の発言に優音はめまいがした。
「や、でも私、普通の女の子だし、お姫様なんて……」
優音が渋っていると、王はすまなそうな顔をした。
まだ何かあるのだろうか?
「違うのだ。そなたを利用するようで悪いのだが、わしらには子供がいない。いや、三人いたのだが二人は死に、一人は行方不明なのだ。それ故にわしの代は呪われているとも言われている。
世論が悪評のままでは政権交代も時間の問題だ。だからそなたを我が子にし、この国に貢献してくれればこの国は変わっていかなくて済む」
王いわく、リングサーク神王国の貴族達は戦争賛成派と反対派に二分されている。
今行っているリーザリスとの戦争は、両者に戦争を決意させる理由が出来てしまい、王自身騎士団を動かさないわけにはいかなくなった。
王は何度か和平の使者をリーザリスに送ろうとしたのだが、門前払い、もしくは武力で追い返されるような事態を引き起こし、それによって戦争賛成派を益々刺激する事になってしまった。
今は王が抑止力になってはいるが、このまま放っておけば王は変えられ、やがて戦争賛成派により全面戦争が引き起こされるという。
そうなる前に優音には国民の戦争意識を、和平が成立するまで和らげて欲しいと王は言った。
「無理にとは言わないが、受けてくれるのであれば反賛成派の家臣達もとやかく言わないだろう。だがそういった理由がなければそなたを我が子として迎える事は難しい」
簡単に言えば戦争を止める手伝いをすれば衣食住は保証するという事らしい。
やっぱり世の中ギブアンドテイクなんだ、と優音は思った。
「分かりました。そんな大役私に勤まるか分かりませんが、精一杯頑張ります! 王様! 王妃様!」
「違うわユウネ。私達の娘になるんだったらお父様とお母様でしょ? ねえ、ライル様?」
「う、うむ……」
「あらライル様。娘が出来たのは初めてだから照れているのですか?」
ニヤリとほくそ笑みながら王妃は王をいじり始めた。
これは面白そう、と優音も戦線に加わった。
「え、そうなんですか? うわぁ可愛い♪ お父様」
「うぐ……まるでクレアが二人に増えたようだ……」
王はもはや王妃には逆らおうとはせず、ガックリとうなだれるだけだった。 王の威厳、まるでなし。
顔に似合わず、王はどうやら恐妻家のようだった。
「もう、別に大丈夫だって言ったのに」
「そういうわけにはいきません。ユウネ様に何かあったら困ります」
優音を戒めるように長い緑の髪を一つに結んでいる少女が言った。
正式な発表は明日から、という事でその前に町を出歩いてみる事にした優音。ちなみにドレスではなく元々着ていた制服を着ている。
王女にはまだなっていないが、王が念のためという事で優音にこの少女――ベルブランカを付き人兼護衛に付けた。
ベルブランカ・レヴィ。いつもは城のメイドをしているが、実は影から王や王妃を外敵から守る『影からの守人』の名を冠する魔導士。
『影からの守人』はその存在自体を外部に知られてはならない。 敵に気付かれる前に殲滅する。ベルブランカはそういった役割を担っている。
だが優音が初めてベルブランカに会った時の第一印象はちっちゃ! だった。
ベルブランカの身長はそれほど高くない優音よりも低く、大きな目も相まってかなり幼く見える。
だがベルブランカ。こう見えても十八歳。超童顔である。
ここまで可愛らしい容姿だと守る、というより守られる方だろうと優音は思った。
「う〜ん……」
「どうかしましたか?」
「ベルさぁ、もっとにこやかに出来ないの?」
その可愛らしい容姿に似合わずベルブランカはニコリともしない。
性格も真面目、冷ややか、愛想なし、カタブツのカルテット。
これはどうにかならんものか、と優音は考えたわけだが――
「私の仕事は優音様をお守りする事です。仕事ににこやかさは必要ありません」
「うわぁかったいねぇ〜。こんなに可愛いのに」
ツンツングリグリ〜、と指でベルブランカの頬をいじくる優音。ベルブランカは払いもせずされるがままになっている。
そんなリアクションをされて、優音はムッとなった。さすがの優音でもノーリアクションなベルブランカに絡む気は起きない。
「……もういいや。さて、何しようかな」
「……ユウネ様はこの国で何をなさるおつもりなのですか?」
上京してきたおのぼりさんのように、あっちを見たりこっちを見たりしている優音に、ベルブランカは相変わらずの無表情で言った。
「んー、そーだなー、私が突然お姫様になって戦争はいけませんって言っても、この国の人達はきっと受け入れてくれないと思うのね。だからまずは人の役に立とうと思ってるの」
一応色々と考えてはいるのだが、こうパッとした案が思い付かない。
とにかくこの国の人達を反戦争意識へと導かなければいけない。ではどうすればいいのか。
とりあえず地道にボランティア活動的な事をして戦争反対を呼び掛けていこうかと優音は思っている。
優音の考えを聞いてベルブランカはちょっと目を見開いた。
「ちゃんと考えているのですね」
「うわ何その反応! 超失礼! 私だって今できる精一杯の事をしようと思ってるんだから」
優音はジト目になって唇を尖らせる。
ふと、少し先の建物に人だかりができている。
「ねぇベル。あれ何かな?」
「さあ何でしょう……。確かあそこは――ってユウネ様!」
優音はベルブランカの話を聞かずに走り出していた。昔から気になったら即行動な優音だった。
人だかりを掻き分けて前に出ると、鎧で武装した人達が建物を取り囲んでいる。
「これは銀行強盗ですね」
いつの間にか優音の隣にベルブランカが来ていた。
確かに鎧の人達をよく見ていると何やらピリピリした雰囲気である。
「恐らく人質がいるのでしょう。魔法警備隊の方々も迂濶に動けないようです」
「えっ!? 人質!? じゃあ助けなきゃ!」
急いで銀行に向かって駆け出そうとする優音の肩をベルブランカはガシッとつかんで止めた。
「危険です。ここは魔法警備隊に任せる方が得策です」
「でもそんな事言ってる間に人質になってる人に何かあったら――」
優音がそう言いながらベルブランカの拘束を解こうとしたその時――
――バリィン!!! と銀行の窓が粉々に割れ、周りが喧騒に包まれる。
ベルブランカの意識が一瞬だけそちらに向いた隙に優音はベルブランカの手を振り払い、銀行の正面ではなく裏道に向かって走り出した。
「ユウネ様! くっ、こんなに言う事を聞かない主は初めてです!」
ベルブランカは悪態をつきながら優音の後を追いかけた。
スタッと優音は窓から誰もいない通路へ飛び降りた。
さすがに正面突破は無謀なので裏から銀行に入れないかと考え、案の定裏道には窓があり、鍵も開いていたのですんなり銀行に侵入出来た。
まず考えるべきはどうやって人質を助けるか。だが人質が何人いるのかも分かっていない。
「人質の数くらいは知っておくべきだったかな」
とりあえず奥へ進んでみる。するとロビーのような部屋が見えてきて、動き回っている犯人らしき男二人と縛られている人達が五人いた。
男二人は見たところ手ぶら。これなら何とかなるかもしれない。
どうやって男一人にするか考えていると、イラついた男の声が聞こえてきた。
「ちっ、馬の用意はまだ出来ねえのかよ!」
「落ち着け。約束の時間にはまだ早い」
どうやら片方は短気で、もう片方はなだめ役のようだ。典型的な凸凹コンビである。
ふと、人質の中で震えている五歳くらいの少女と目が合った。
しぃー、と指を口に当ててしゃべらないでサインをする。少女はコクコクと怖がりながらも頷いてくれた。
人質の数は見たところ五人。短気な男は窓の外を見ていて人質から離れているが、もう一人が見張っている。
「さて、どうしよう……」
よくよく考えたら何の策もなしに飛び込んだのは無謀だったかもしれない。だが、どうしてもそのまま放っておく事が出来なかった。
ふと、ここにはいない兄の優真と(正確には違うが)姉の愛華の事を思った。
(お兄ちゃんとお姉ちゃんだったらどうするかな……)
優真と愛華がもし自分の立場だったら……。優真だったら犯人達をまず捕まえる事を考えるだろうし、愛華だったら性格から言ってベルブランカの言うとおり警備隊の人達に任せるだろう。
なら自分は……?
「おい、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
優音は内心来た、と思った。これから優音が取る行動は、やはり兄妹だからだろうか犯人の殲滅だった。
どうにか隙ができるまで優音は体を潜めて様子を窺っていたのだ。
(え〜っと、武器になるもの……)
キョロキョロ周りを見回して見ると、掃除用具入れがあった。中を見てみると、手ごろな長さのモップがあった。
チラリと人質の方を見てみると、寡黙な男は外をずっと見ている。
(よし!)
優音はダッと駆け出した。足音で男が振り返った瞬間には、もう既に優音はモップを振りかざしていた。
「でえええええい!!!」
ブオン!!! とモップを振り下ろした次の瞬間――
「え?」
気が付いたら優音は床に組み伏されていた。