第五話 隠密部隊結成
シンと静まり返っている王座の間。王座にはいくつもの死線を潜り抜けた屈強な身体を持つ初老の男が、重々しい顔つきで座っている。
その隣に座っているのは長い銀髪でいくつものカールを作り、一目にはもう四十近くなるとは思えないほどの美貌を持っている女性が、物憂げな表情をしていた。
そんな重苦しい雰囲気の中、一人の女性が呼び出された。
女性は赤く染まった髪を一つに結い上げ、切れ長の目は理知的な雰囲気を醸し出していた。
「エアよ。わしは今とても嘆いている。旧知の友を討たなければならない事に」
「心中、お察し申し上げます」
「わしは、もうこの悲しき戦争を終わりにしようと思う」
「と、申しますと……?」
赤髪の女性――エアは伏せていた頭を上げ、王を見据える。
王はもはや旧友を討つ事に躊躇いを感じていない、とエアの目には映った。
「リーザリス魔法騎士隊隊長エア・ローゼンクロイツに命じる。二週間以内に隠密部隊を結成し、敵国リングサークの王を討て。選出方法は任せる」
「ハッ!」
エアはすぐさま立ち上がり、王座の間から出ようと歩き出した。
「エア」
それまで沈黙していた王妃がエアを呼び止めた。
「必ず、生きて戻るのです。誰も死なせてはなりません」
戦争でだれも死なせないなどとエアは、もちろん王妃も出来ない事だと理解しているようだったが――
「――はい、必ず」
確固たる意思を持ってそう答えた。殺す覚悟は出来ないが、死なせない覚悟なら既に出来ている。
甘い考えだ、とエアは自覚しているがそれでも貫くと決意した。それは自分の息子にも言い聞かせている。
「さて、二週間かぁ……」
部屋から出た途端砕けた口調になったエア。こちらが素なのだ。今までのは形式ばっていて肩が凝る。
「とりあえず家帰ろ」
家にいるだろうバカ息子とそのお隣のいじると可愛い幼なじみを思い浮かべながらエアは帰路に着いた。
優真がこの世界に来て数日が経った。日に日に魔力を制御出来るようになり、長時間魔導具を出現させられるようになったが、二つ目の魔導具はいまだに成功しない。
さらには国家間の緊張状態も高くなり、気軽に他の国なんかに行けるわけがない。
「はぁ……愛華も優音も無事だといいけど」
優真は大通りの真ん中で空を仰ぎながら呟いた。
只今優真、食材の買い物中。既に日課になりつつある。
料理作んねえならせめて買いに行け、と不満も募るのだが、何してるか知らんがジュードはちょくちょく出掛けるし、レンは余計な物まで買ってきてしまう。よく今まで生活出来たな、とまで思った。
「ちょっと、そこの君」
「んが?」
唐突に全身鎧の騎士な感じの男に話しかけられた。なんだか妙な威圧感がある。
「この辺りで銀髪銀眼の少女を見掛けなかったか?」
「銀髪銀眼? さあ、見てないッスけど、なんかあったんスか?」
なにやら事件の匂いがプンプンしている。優真は野次馬根性丸出しで騎士に聞いてみたが――
「いや、見ていないならいい。すまなかった」
騎士は質問には答えず、すぐに立ち去ってしまった。……面白くない。
「はて? そういえば最近どっかで銀髪銀眼を見た気が……」
「ユウマ様!」
どこだったか、と思い出そうとしている最中、また突然声をかけられた。
振り向くとそこには頭の先から足先まで全身真っ黒なローブを着込んだ人物がいた。
え、誰ー? とか不審に思っていると――
「私です。ユウマ様」
フードを少し上げて顔を出すと、数日前に悪漢達から助けた銀髪美少女のリルだった。
「あ、リルだったのか。一瞬誰かと思った。前も思ったけどなんでそんな格好してるんだ?」
優真がそう聞いてみると、一身上の都合で、と何やら複雑な表情をしていた。
ん? 銀髪銀眼……。さっき騎士がそんな女の子を探してるって言ってたな……。
いやでもまさか、こんな礼儀正しくて育ちの良さそうな娘が犯罪なんて……。
「な、なあリル。さっき騎士に話しかけられて、銀髪銀眼の女の子探してるって言ってたんだけど……リルの事じゃないよな?」
リルは目をパチパチさせて小首を傾げた。
「さぁ、どうでしょう……。でも銀髪銀眼の女の子は他にもたくさんいますから人違いではないでしょうか?」
「そ、そうなのか……? まぁ確かにそうかもしれないけど」
あまりこの国の事を知らない優真はそれで納得してしまった。
まぁいいか、と深く考えないのは昔からの事だ。
「でも今戦争中だろ? こんなのんきに町出歩いていていいのかな?」
今は戦争中だと忘れてしまうほどこの町は平和だ。だが、時折外へ出ていってしまう騎士団を見掛けると、どうしても今は戦争中なのだと思い出してしまう。
「大丈夫ですよ。国民の皆さんに出来る事はいつも通りの生活を送る事です。そしてその生活を守る為に騎士の人達も頑張っています」
リルは町の外に向かって歩いていく騎士団の人達を見つめていた。その目は悲痛の色に染まっている。
「誰か知ってる人でもいるのか?」
「あ、いえ、そういうわけではないのですけど……」
そう言うものの、リルは浮かない顔のままだ。
優真は何とか出来ないものか、と辺りを見回して――魔法屋を見つけた。
「あ、リル。今時間あるか?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ、そこ入ってみよう」
優真は魔法屋を指差した。あそこは確か喫茶店もやってたはず。幸いにもレンから小遣いももらっている。(優真はいらないと言ったのだが、持ってた方がいいとの事)
リルは少々迷っていたようだが、わかりましたと頷いてくれた。 カランコロン、という魔法屋独特のドアベルを鳴らしながら、いらっしゃいませーと微妙にやる気のない声が掛けられた。
戦争中だからか客が少ない。そのせいでソフィアも仕事に身が入らないのだろう。
だが、知り合いである優真が入ってくると、いい暇潰しが来たって感じの満面の笑みで近づいてきた。
――近づいてきたというより飛び付いてきた。
「ユ・ウ・マ・く〜ん!!」
「ぐえっ!?」
ソフィアのタックルが優真の鳩尾にヒット。なんだか最近タックルされる事が多い気がする。
ぐぉぉ、と苦しんでいる優真に気づかず、ソフィアは痛む腹に頬擦りしてきた。
「ユウマ君〜、会いたかった〜、寂しかった〜」
「そ、そそ、ソフィアさん!? 何してんですかあんた!!?」
しまった! 入るとこ間違えた! ソフィアさんがいじりキャラなのすっかり忘れてた!!
ソフィアは確実に優真がパニクるのを楽しんでいる。そして何故か隣のリルの視線がだんだん険しく――
「ユウマ様。その美しい方が恋人だったのですね。昼間からそんな激しい抱擁されると目のやり場に困ります」
「違う! それは誤解だリル!! これは罠だ!!」
「そうなの。もう会ったその日からユウマ君から激しく求められて……」
ソフィアは頬に手を当てながら悩ましげに、そして艶っぽくに頬を朱に染めている。
「そんな……ユウマ様不潔です!!」
「違うんだああああ!!!」
優真の悲痛な叫びが魔法屋にこだました。
「でも本当にユウマ君が来てくれてよかったわ〜」
「……俺は全くよくありません」
優真を思う存分いじり倒して満足したのか、ソフィアは陽気に笑っている。 リルの誤解もなんとか解けたようだが、まだ微妙に疑いの目を向けられている。
「本当にソフィア様はユウマ様の恋人ではないのですか?」
「違う違う。この人は俺の魔導具精製の儀をしてくれた人で、魔法学園の教師」
これこれー、とソフィアは免許証っぽい物をヒラヒラさせている。
よく見たらリーザリス魔法学園教員ソフィア・グレイスと書かれている。身分証明書のようだ。
「……わかりました」
リルはなんだかホッと安心したような顔をしていた。
だが、優真は気づかず、ソフィアはジュードのような不敵な笑みを浮かべている。
「てか、いい加減席に案内して欲しいんですけど」
「あらあら、ごめんなさい。お好きな席にどうぞ」
ソフィアはそう言ってカウンターの方に引っ込んでしまった。案内すらしないとは……。
ソフィアの適当さに呆れながら優真とリルは奥の席に着いた。
「はぁ、単なる気晴らしになるかと思って入ってみたのに、余計疲れただけな気がする」
リルはそんな事ありません、と苦笑している。いや、疲れた原因の六割はあなたの勘違いなんですけど。
「そういえば、ユウマ様はどうして町に?」
「ん、夕飯の材料調達」
優真がそう言うと、何故か目をパチパチさせて驚かれた。
「……ユウマ様が、お料理をなさっているのですか?」
「いやー、話せば長くなるんだけど――」
「ユウマ君のお料理、私食べてみたいわ〜」
水を持ってやって来たソフィアが話に割り込んできた。
「ソフィアさん……仕事しなくていいんですか?」
「あら、してるわよ。お客様の話に加わるのも立派なお仕事」
得意気に言うソフィアに、それは絶対違うと優真は思った。
ソフィアは今度はリルに視線を移すと、あれ? と首をかしげた。
「ねえ、あなた……リルちゃんだっけ。どこかで会った事なかったかしら?」
「え!?」
ドキリ、と擬音語が出そうなくらいリルは驚いたようだ。
「あれ? 知り合いだったん?
でもさっきリルは知らなかったみたいだけど……」
「はい。さっきも言いましたように、他人の空似はよくある事です」
リルは何故かこういう場合になると、刺々しい口調になる。何かあったんだろうか。
「う〜ん、そうかしら……。あ、はいは〜い!」
ソフィアは若干疑問に思っていたようだが、他の客に呼ばれて優真達の席から離れていった。
「話を戻しますと、ユウマ様は何故お料理を? ご両親はどうしたのですか?」
無理矢理話を逸らした感があるが、触れられたくない話題なら無理にする必要もない。
さて、どうやって説明しようか。とりあえず俺が異世界から来たって事は言わないでおこう。
そう決定付けて、優真は話を始めた。
優真が他の国から来て、ジャングルで魔物に襲われてジュードに助けられた事。
離ればなれになってしまった幼なじみと妹を探している事。
その為に今魔法を学んで、その代償として三食作っている事。
戦争が終わり次第すぐ旅に出るつもりだという事。
リルはずっと感心したようにふんふん頷いていた。だが、戦争の単語が出てくると顔つきが真剣なものに変わっていった。
「そう、だったのですか……幼なじみの方と妹さんを……」
「まぁ戦争が終わらなきゃどうにもなんねえんだけど――」
「――いいえ」
リルは刺すような鋭い声で優真の言葉を否定した。優真は驚いて目の前の銀髪の少女を見る。
そこにいたのは、今まで優真が見ていた普通の少女ではなく、凛々しく力強い、畏怖すらも感じてしまうほどの雰囲気を持った少女だった。
「戦争は、必ず止めてみせます。これ以上悲しむ人を私は見たくありません」
「リル……」
リルはいったい何者なんだろうか。単なるいいとこのお嬢様ってだけじゃなさそうだ。
と、そんな時カランコロンと店の扉が開かれる音がした。
「いらっしゃいま、あらジュード君」
「ソフィア先生、久しぶりッス。相変わらずお綺麗で」
どうやらジュードが来たらしい。入り口の方に目を向けると、ちょうど目があった。
「なんだよユウマ。どこで油売ってんのかと思ったら女の子とデートですか。とても羨ましいですね」
「いや、まぁ、すまん……」
実際買い物サボってリルと喫茶店入ったのは事実なので素直に謝る優真。
ジュードはリルに目を向けると少しばかり驚いたようだった。
「ユウマと茶してたのリールンだったのか。また妙な格好してるなぁ」
「リールン?」
なんだそれは、と優真は疑問の視線を投げ掛ける。
「あだ名だ」
「変なあだ名だな、おい」
優真はそう感じたがリルはそうでもなかったようで、リールンリールンと嬉しそうに何度も呟いていた。
「それよりもジュード。何しに来たんだ?」
「おお、そうだった。ユウマ、すぐ家に帰ってきてくれ」
「は? なんでだ?」
とにかくさっさと来い、とジュードは優真を無理矢理連れ出そうとする。
「おい、ちょっと! 分かった! 分かったから! じゃあリル、また今度な」
「はい。また会える事を楽しみにしています」
リルは優雅にとても魅力的な笑顔で優真を見送ってくれた。
結局リルが何者なのか聞けなかった。まぁリルが何者だろうが別に関係ないが……。
優真はジュードに首根っこを捕まれながら、魔法屋を後にした。
優真とジュードは魔法屋から全力ダッシュしてきた為、家まで一分程度で着けた。
「はぁ、はぁ……、別に、走る必要、なかったんじゃないか……?」
「んー、確かに」
優真は滅茶苦茶息切れしているのに、ジュードは全く息を乱していない。
どんだけ体力バカなんだこいつは……。
「で、結局何があるんだ?」
「あー、実は俺の母上が来てる」
「ジュードの?」
そう話ながら居間に入ると、楽しそうに話をしているレンとジュードと同じような赤い髪を持つ女性がいた。
「あ、ユウマさん。お帰りなさい」
「ああ、ただいま。えっとこの人がジュードの?」
「母です」
赤い髪の女性がそう答えると、ゆっくりと立ち上がった。
「初めまして。ジュードの母のエア・ローゼンクロイツです。よろしくね、ユウマ君」
その若々しい容姿も相まってなんだか姉御肌的な人である。
優真は親しみやすくて優しい人、という印象を持った。
だが、やはりこの人もジュードの母であるという事を、この後すぐに思い知らされる事になる。
「なになにユウマ君。こっちに来て数日で銀髪美少女落としちゃったんだって? やるじゃない、このプレイボーイ」
「んなっ!? おいジュード……」
優真はギロリと恨みがましい視線をジュードに向けると、ジュードはふふんと鼻を鳴らした。この野郎……。
「エアさん、ユウマさんにも話があるんでしたよね?」
優真とジュードの間でバチバチと火花が散っているのに焦ったのか、レンが慌ててエアに話を振った。
「そうそう、でもその前にユウマ君の魔導具見せてくれない?」
「俺の? まぁいいですけど……」
優真は言われた通りに、右手に意識を集中させ魔導具を出現させた。
「ふ〜ん、ホントに『白光』なんだ。混じりっけなしの属性、導力『封印』か……」
ふむふむと優真の刀型の魔導具を観察しながらよく分からない単語が出てきている。
いったい何が知りたいのだろうか。
「ねえユウマ君。君は幼なじみと妹を探してるんだよね。私に協力してくれたら手伝ってあげてもいいよ?」
「協力?」
エアはニヤリと、やはりジュードの親だと感じる笑みを浮かべている。
後ろでレンのやっぱり……、という呟きが聞こえた。
「戦争終結の為の隠密部隊のメンバーになって欲しいの」
………は?
「な、何故に? ていうかエアさんは何者?」
「ユウマさん。エアさんは『八賢者』と呼ばれる人達の中の一人なんですよ」
混乱する優真に、レンは一つずつ丁寧に説明してくれた。
八賢者とは、今からおよそ二十年前。ゼノン帝国と呼ばれる国を筆頭にした同盟国と、当時は国家間の仲も良好だったリーザリスとリングサーク神王国を含めた連合国との世界を二分にするほどの戦争が起こった。
事の発端はゼノン帝国の突然の侵略行為。
その不意討ちとも言える敵の攻撃もあるが、圧倒的な戦力と国土力を誇る同盟国側が終盤まで有利に事を進めた。
だが、連合国側が後はもう降伏か死のどちらかしかないというところで最後の切り札である『八賢者』と呼ばれる八人の魔導士を戦場に投入した。
そして、わずか一ヶ月後。戦争は終結した。連合国側の勝利という結末で。
レンは教科書を読み終えるとサッと背に隠した。とても無駄な行為だ。
「ま、うちの母上はそういう経歴があるから今は城で騎士隊長やってるんだわ。で、王様に隠密部隊作れって言われたからメンバー集めてんだってさ。俺もさっき聞いた」
「なるほど。だけど、俺魔法学び始めたばっかだし、そんな大役勤まるとは思えねえんだけど……」
優真は自信なさげに眉を潜めるが、エアはそんな事ないと首を振った。
「光、それも原初の色の『白光』は私も八賢者の一人だけしか見た事ない。問答無用で魔法を打ち消されるのは敵にとってはかなりの脅威になるのよ」
「………」
優真は迷っていた。愛華と優音を探すにはなりふり構っていられないが、戦争に行くという事は人を殺すかもしれないという事。
人を殺す覚悟など、優真は持ち合わせていなかった。
「ユウマ。何も人を殺せって言われてるわけじゃないんだ。隠密部隊だから敵のお偉いさんを拘束なり何なりすりゃいいだけだ。特にユウマはその魔導具があれば簡単だ」
優真が黙って考えたままでいると、ジュードがポンッと優真の肩を叩いてそう言った。
そうか。確かにそうだな。ジュードもたまにはいい事を言う。
「わかりました、エアさん。俺、行きます」
「そっか、よかった。出発は二週間後だから、それまでにユウマ君は『黒闇』の魔導具を手に入れる事」
「うっ……」
そこまで知ってるのか。ジュードはいったいどこまで喋ったのか……。
ふと気づいた。そういえば俺以外のメンバーは?
優真がエアにそう聞いてみると――
「隠密部隊は全部で三人。最後の一人がユウマ君なんだ」
「俺で最後? じゃあ残りの二人は……」
優真の背後でわざとらしく咳払いが聞こえた。
ゆっくり振り返ると、見慣れた二人が――
「俺とれっちゃんに決まってるだろうが」
「後二週間、一緒に頑張りましょうね!」
ジュードは得意気に、レンは気持ちのいい笑みを浮かべていた。
ちわっす!順調に更新できてますかね?ハピマは消そうかと思ったのですが、元ネタは置いといた方がいいと思いあのまま放置する事にしました。駄文ですが、ハピマに出てくるキャラがマジハに結構出てくるので読んでみるとおっ、と思うかもしれません。