第四話 導力
自分の攻撃を打ち消された事で、男も臨戦態勢に入った。
他の黒ローブ集団も各々の魔導具を出現させてくる。槍であったり、斧であったり、弓であったり。
対する優真は剣先から柄に至るまで真っ白な刀一本。さっきの鎌鼬を打ち消したのも実際どうやったのか自分でも分かっていなかった。
ただ分かるのは、大ピンチのままだという事。いやむしろ悪化させている。
優真は刀を黒ローブ集団に向けて不敵に笑いながら牽制しているが、内心ヒヤヒヤものだった。
「我々を敵に回した事を後悔するがいい」
優真の動きを制限する為か、集団の中の一人が炎の玉を放ってきた。
優真は咄嗟に魔導具を振るうと、炎の玉は切り裂かれ消えていった。
「魔法は使うな! 接近戦で息の根を止めるぞ!」
男達は優真と少女を取り囲み、その中の剣型の魔導具を持った男が斬りかかってきた。
「うわっ!?」
その斬撃を受け止めようと、優真は魔導具を構えた。剣と刀が激突しようとするその瞬間――
「なっ!?」
優真の魔導具に触れただけで男の魔導具が消え去ってしまった。
その光景を見た黒ローブ集団は優真との距離を取った。
あの魔導具は何だ!? 奴の属性は!? と、ずいぶんと動揺を与えたようだ。
やれる。これなら戦える。これなら、勝てる!
「さあ! 今度はこっちからいく――ぞ?」
魔導具を構え、反撃開始とばかりに走り出そうとした矢先、突然魔導具が光となって消えていってしまった。
「な、なんで……?」
「今だ! 全員攻撃を開始しろ!!」
魔導具が消えたショックで優真が呆けている間に、黒ローブ集団は一斉に攻撃を仕掛けてきた。
炎の玉、風の刃、氷の槍といった様々な魔法が優真に襲いかかる。
「危ないっ!?」
背に隠した少女の叫びが聞こえたが、避けるような事はせず優真はこれまでかと目を閉じた。
「まぁ、第一段階は合格だわな」
そんな声の後にズガアアアン!!! という何かを破壊したような音が響き渡った。
ゆっくりと目を開いていくと、目の前に一本の槍が電撃を纏いながら突き刺さっていた。
「ふふん、お助けマンとーじょー」
「ジュード!?」
屋根の上からジュードがニヤニヤ顔で優真と少女を見下ろしている。
どっこいしょ、とおっさん臭い声を上げながら降り立った。
ジュードは地面に突き刺さっている魔導具を抜きながら黒ローブ集団を見据える。
「おーおー、まだいたんだ。大の大人が寄ってたかって女の子いじめるなんてダッセエ」
「き、貴様は何者だ! 我々の邪魔をするなら容赦は――」
バタッと話途中で男が倒れた。何が起きたのか全く分からない。
ただジュードの手から何かが一瞬で飛び出し男に命中したのは見えた。
「下らねぇ前口上は聞きたくないな」
そう言っている間に次々と倒れていく男達。五、六人いた黒ローブ集団は瞬く間に全滅した。
一仕事終えたぜえ、と晴れやかな笑顔を浮かべながらジュードが振り向いた。
ビクッと優真の後ろに隠れていた少女が怯えていた。なんだかジュードがショックを受けていた。
「大丈夫。こいつはバカだけど安全だから」
「は、はい」
「くっそー、いいないいな! 優真ばっかり!! 俺もこういうイベントやりたい!!」
今までのシリアスはどこへやら、既にジュードはいつものおバカに戻っていた。
そんな事より今はこの少女を安全な場所へ連れていかなければ。
優真は悔しがりながらあーだこーだ言っているジュードを尻目に少女を路地裏から連れ出した。
「助けていただき、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
路地裏から出ると、少女の第一声はそんな感謝だった。
「いや、結局役に立たなかったし、そんな気にしなくても」
「いいえ! そんな事ありません! あの、それでお名前を伺いたいのですが……」
そういえばお互い名乗っていなかった。逃げるのに必死でそこまで考え付かなかったようだ。
「俺は霧谷優真。優真と呼んでくれればいいよ」
「はい、ユウマ様ですね。承知致しました」
「いやいやいや様はいいよ、様は」
どこの貴族だ俺は、とか思いながら呼び捨てでいいからと言ったが――
「いいえ! 命の恩人を呼び捨てにするなど私には出来ません!」
「そ、そうなんだ……。まぁいいけど……」
少女の気迫に若干気圧されてそのまま納得してしまう優真。
とりあえず今度は少女の名前を聞いてみると、少女は少し咳払いをしてフードを取った。
思わず見とれてしまった。その髪と眼に。
長い銀髪を三つ編みにし、瞳の色も髪と同じ。
雰囲気は可憐で凛々しく、とても整った容姿をしていた。
「私の事は、リルとお呼びください。ユウマ様、もしよければ、仲良くしていただけますか?」
「あ、ああ。もちろん」
リル、ねぇ……、と後ろでジュードの呆れのような呟きが聞こえたが、優真はそれ所ではなかった。
銀髪の少女――リルの笑顔は花が咲くように美しかった。
それでまた見とれてしまう優真。リルは優真の後ろにいるジュードにも、名前を聞いていた。
「あー、俺はジュード・ローゼンクロイツって名前」
「ローゼンクロイツ……? という事は八賢者の?」
「あー、まぁそーかねー」
なんとも歯切れの悪い言い方である。というか、ジュードはこんな綺麗な女の子見たらテンション上がると思っていたのだが。
そう優真が考えていると、通りの向こうからおよそ十人はいる騎士を連れながら、豪華な馬車が現れた。
「あ、どうやら迎えが来たようです。ではユウマ様、ジュード様、ごきげんよう」
「あ、うん。ごきげんよう……」
リルはまっすぐ馬車の方に向かい、騎士と何言か話した後馬車に乗り込んだ。
なんというVIP待遇。やはりリルはいいとこのお嬢様なのだろうか。
「はー、すっげえなぁ。この世界の貴族っていうのはみんなああなのか?」
「いや、まぁあの人だからだろ。みんながみんなじゃねえ」
なんだかリルを知っているかのような言葉に優真は眉を潜めるが、ジュードはさて、と言うと話を切り替えた。
「んじゃあ、さっさと帰って飯食って、ユウマがさっき使った力について説明してやるよ」
「そう! そうだよ! 肝心な事忘れてた! 魔導具出せたのにすぐ消えたのはなんでなんだよ!?」
後でじっくり説明してやるから、と適当に手を振るジュード。
不服そうにしながらも優真は食材を買いに肉屋へ――
「あ、そうだ。俺文字読めねえんだ。ジュードも一緒に来い」
――ジュードと共に走った。
優真の作った夕食に舌鼓を打ったジュードは、早速先ほどの優真の使った力についての説明しに、中庭に出た。
「さて、ユウマ。その前にまずさっきの魔導具出せるか?」
「あ、ああ、一応」
先ほどと同じように意識を集中。イメージするのは真っ白な刀。刀身も白く輝きを放つ――
「――出来た」
優真の手の中に光が生まれ、それがだんだん刀の形に変わっていき、イメージ通りの光輝く刀が出現していた。
「よし、ちょっと俺の攻撃受けてみろ」
そう言ってジュードは突然魔導具を出現させ、まっすぐ突いてきた。
「わ、ちょっ、まっ!?」
唐突な攻撃を優真は咄嗟に受け止めた。すると、黒ローブの男と同じようにジュードの魔導具も消え去った。
「ふむ」
ジュードが再び手に意識を集中させると、何の問題もなく魔導具を出現させられた。
「『白光』の属性。話には聞いた事があったが魔導具まで打ち消せるのか」
「おい、コラ。やるんなら前もって言え!」
こいつの行動は突拍子が無さすぎる! と、優真は憤慨した。
だが、魔法も魔導具も打ち消せるのならこれほど心強いものはない。
「うーん、ユウマ。ちょっと刺してみ」
と、ジュードは手のひらを広げて魔導具で刺してみろと言ってきた。何を考えているのか、この男。
「ちょっとジュン君! 何を危ない事しようとしてるの!?」
そこで、今まで夕食の皿洗いをしていたレンが、中庭に出てきた。だが、ジュードは相変わらずのヘラヘラ顔だ。
「だ〜いじょうぶだって。ホレホレ、一思いに」
「……怪我しても知らんぞ」
優真はジュードの手のひらに向かって思い切り突きを放った。レンの小さな悲鳴が聞こえた。
すると、そこには手が血まみれのジュード――ではなく、全く無傷のジュードだった。
魔導具はちゃんと刺さっている。いや、すり抜けている。
「ど、どういう事……?」
「ま、つまり、その魔導具は人体とか物理的な物は斬れないが、魔法とかの特殊なエネルギー体しか斬れないって事だな」
「それって、すごいのか……?」
ジュードは何やら腕組みして唸り始めた。どうやら微妙らしい。
「うーん、奇襲には使えるか……後は対魔法使いでは有効そうだ」
別に殺し合いをしたいわけじゃない。愛華と優音を探しに行けるだけの力がほしいだけ。だが、この能力の魔導具じゃ……。
「でも、ユウマさん後一つ属性持ってますよね」
「おお、そうか! ユウマ、ちょいとやってみ」
簡単に言ってくれるがこれがかなり難しい。一つの属性を維持したまま、もう一つの属性の感覚をつかむのは並大抵の事じゃない。
まるで、右目と左目を別々に動かす努力をしているかのようだ。
必死にもう一つの魔導具を出そうと、左手に意識を集中してみると――
「――無理」
やはり出来なかった。とりあえず白い魔導具を消して集中してみても同じだった。
もう一つの属性の存在は感じているのだが、上手く感覚がつかめない。
「やっぱりまだユウマさんには無理だよ。それでなくても、こんな短期間で魔導具出せるのってすごい事だよ?」
レンの話によると、大抵魔導具精製の儀を行ってから魔法学校に入り、何ヵ月も費やして習得するらしい。
それに対して優真は、きっかけがあったとは言え、一日やそこらで魔導具を出現させたのだから才能があると言える。
「やっぱ一から説明するかね」
ジュードには珍しくやれやれと両手を上げてため息をついた。
魔導具とは自分の中の魔力と世界に流れるマナを繋ぐパイプの役割を担っている。
その形状は武器であったり、防具であったり、中には日常にあるような物まで様々である。
しかし、魔導具はただの道具として使うだけではない。
自分の属性によってある能力が付与される。
俗にそれは属性の力、魔導具の特性などと言われている。
主にこの能力は戦闘用に特化しているものが多く、基本的に争いに使われるのが日常になっている。
「最近ではこの能力を『導力』とか呼ばれてるらしい」
「この導力を使いこなした次の段階が魔法というわけなんです」
ジュードとレンによる魔導具説明のオンパレード。ジュードは大雑把な説明、レンは丁寧だが教科書棒読み。この二人、教師には向いていない。
「じゃあ、俺のもう一つの『黒闇』の導力ってなんたんだ?」
「それは分からん。そもそも、光と闇の属性は数が少ないのだ。その分強力といえば強力なんだが、魔力の消費がべらぼーに激しい。さっきのユウマの魔導具が途中で消えたのはそのせいだ」
確かにそんな燃費が悪い魔導具では魔法初心者の優真では使いこなせないだろう。
なんとかならんものか、と優真は悩み始めた。
「それよりもジュン君。よくユウマさん見つけられたね。路地裏にいたんでしょ?」
「そうだな。つーかジュード、なんで外に出てきてたんだ?」
ふふん、とジュードはいつもの小賢しい笑みを浮かべている。
「ユウマがあんまり遅いもんだから探しに出たんだが、途中であの怪しい奴等見つけて見張ってたらユウマも尾行してるじゃん? 面白そうだからユウマの後つけてた」
なるほど。事情は分かった。だが――
「ならお前最初からみてたんじゃねえかー!! さっさと助けやがれ!!」
「いやー、あのまま見てればユウマの魔導具拝めるかなと。それにあのタイミングで出ればカッコいいじゃねーか!」
それが本音か! こいつはホントにどうしようもねえ。
優真とレンは盛大なため息をつきながら、ガハハと笑っているジュードをジト目で眺めていた。
いやー一気に四話はさすがに疲れますね。でもやっぱりファンタジーは書いてて楽しいッス!次回をお楽しみに!