第三話 優真VSクレハ
一対一のトーナメントと言っても、あくまで授業であるから強力な魔法や導力は使うものではない。それこそジュードが本気でやれば被害は尋常ではない。ある程度は自分の力を制御するものである。
優真もその一人。優真の『黒闇』の導力――『侵食』は地上に存在する全ての物理を切り裂くという半ば反則的な力は、下手をすれば人の首や腕は簡単に吹っ飛ぶ。
という事なので優真が戦う術は『白光』――導力『封印』の魔導具だけとなる。この導力も意外と厄介で、上手く加減をしなければ相手の魔力をどれほどの期間封じているのかわからなくなる。最小限に抑えて一日、最大は試してはいないが恐らく数ヶ月から数年くらいはいくんじゃないか、というのはジュードの見解。
だが、もしかしたら加減は出来ないかもしれない。そう思わせるほどの強敵。クレハ・メイザース。彼女は優真と対峙してから好戦的な笑みを零していた。
「ふふ、楽しみだよユウマ君。君の剣技がどれほどの物か見せてくれ」
「お手柔らかに」
とは言っても優真の『白光』の魔導具に触れた魔導具及び魔法は、優真の魔力の絶対値を越える魔力が込められた魔法以外は容赦なく消え去る。
クレハは剣技を見たいと言った。ならばきっと魔導具と魔導具の戦いを望んでいるはず。魔法は使ってこないだろう。だがクレハも優真の導力を知っているはず。どんな戦法で来るかわからない。まずは様子見からか。
優真は白い刀を正面に構え、試合開始の合図を待った。試合の審判は早々に二回戦目を終えたジュードが勤める。
「そんじゃあ、始め」
そんな試合開始の合図と共に先に動いたのはやはりクレハ。特に魔法を使う動作はない。その手には剣――太刀のようだが反りはなく、およそ三尺はある片刃の剣が握られていた。
「たああああ!!!」
腰を落とし、下段からの逆袈裟切り。だがそれほど速くはなく、目で動きを追う事は容易だった。
俺の見込み違いか? と優真は思う。強いと感じたのは気のせいだったかもしれない。優真はその斬撃を白い刀で受け、魔導具を掻き消した隙を突いて反撃をしようとした。だが――
「――えっ?」
戦闘中に優真から間の抜けた声が飛び出た。クレハの魔導具が、消えない。
クレハはそんな優真の反応を楽しげに一瞥し、一度離れてから今度は上段から振り下ろしの一閃。優真は素早くこれに反応し、もう一度、更に魔力を込めてクレハの一撃を迎え撃った。
――キィィン、と刃と刃がお互いを斬り合う音が鳴り響いた。
「またかよっ!」
「ふふ、混乱しているようだね。その様子だとジュードから私の導力の事は何も聞いていないのかな?」
クレハは優真と鍔迫り合いを演じながら、それでも優雅な物言いは崩さない。クレハは力強く剣を振るい優真はその勢いに負けて後ろによろめいた。
「私の属性は『紅光』、導力は『無効』。私に導力による干渉は出来ない」
「『無効』……なら魔導具はただの武器に成り下がるって事か……」
『紅光』――それは唯一『封印』の干渉を受けない導力。それだけでなく『白土』や『纏水』などの様々な導力は無に帰す事になる。
クレハは横に剣を構え駆け出す。その動きは先ほどとは比べ物にならないくらい速い。優真がクレハの間合いに入った瞬間、体を真っ二つにされるかと感じるほどの鋭い横薙ぎ。
「ぬぐおっ!」
優真は白い刀でなんとか防ぐものの、その衝撃は凄まじく踏ん張らなければ魔導具が吹き飛ばされる。
明らかに今の攻撃をまともに受けていれば致命傷だ。防ぐと確信しての一撃だろうか。ジュードもソフィアも止めなかった事からそうなのかもしれない。
優真の額から汗が一滴滴り落ちる。一瞬でも気を抜けば大怪我に繋がるかもしれない。優真は白い刀の絵を強く握り締めた。
優真は正面に、クレハは横に、それぞれ魔導具を構え、次の一手へのタイミングを計る。そして、同時に動き出す。
クレハの音速の薙払い。その速さは初撃とは雲泥の差がある。様子を見られていたのはこちらのようだ。
まともに受け止めれば反撃に移行しづらい。優真は体を即座に低くし、クレハの薙払いを辛うじて躱す。そして一歩を強く踏み出し渾身の突きを繰り出した。
「ふっ!」
すかさずクレハは片手を魔導具から離し、体を横にして優真の突きを躱す。さらに躱した勢いに乗じてそのまま回転。裏拳を優真の横っ面に放った。
だが優真。躱されたと感じた瞬間には体を前に投げ出していた。後頭部が削られたかと思うほどの裏拳が通過していった。そして直ぐ様立ち上がり魔導具を構える。
「やはり私の思った通りだ。反射神経も危機回避能力も優れている。君は強い。だが、まだ本気を出していない。ジュードから聞いたが君はもう一つ属性を持っているのだろう?」
「…………」
優真は無言でジュードを睨む。ジュードは白々しくも目を背けて舌をんべっ、と出していた。
正直『黒闇』の属性は使いたくない。もしクレハの体に触れればそのまま切断してしまう恐れがあるし、死を招く危険もある。優真は困ったように苦笑いを浮かべていた。
「うーん、本気を出したいのは山々なんだが……」
「――ユウマ君、君と私がそれぞれ武器を持って相対している時点で君と私は敵同士だ。その敵を傷つける事を恐れているのでは守りたいものも守れない」
「クレハ……」
「ま、いいんちょがそう言ってんだからやっちまえば? 本気でヤバイと判断したら俺が力ずくで止めてやるよ」
お前がバラさなきゃ使わなくてもよかったんだぞ的な視線をジュードに向けるがニヤリと笑うだけだった。優真はため息をつき、白い刀を左手に持つ。
「もうどうなっても知らねえからな!」
黒き闇が優真の右手に纏わりつき、闇は次第に形を為していく。それは一本の刀。優真の右手には漆黒に染まる刀が握られていた。黒い刀が闇色の輝きを放つ。それに伴い白い刀も純白の光を放ち始めた。
「美しいな……。これほどまで美しい闇もあったのだな……」
クレハの瞳が一瞬だけ深い悲しみの色に染まったのを優真は見た。だが次の瞬間には剣を大きく振るい迎え撃つ態勢を取っていた。
優真は気を取り直し、光と闇の輝きを抑え、黒い刀を背に、白い刀を腰の鞘に納めるように構え駆け出した。
白い刀の下段からの逆袈裟切り。続いて上段からの黒い刀の振り下ろし。ただし使うのは刃の部分ではなく柄。
だがクレハは片手で剣を操り白い刀の斬撃を阻止。左手で優真の右手首を掴み、そのまま引っ張るように優真の攻撃を受け流した。
「のわっ!?」
優真は転がる様にして受け身を取りすぐに二本の刀を構える。だがすぐそこに居たはずのクレハの姿がない。
どこに、と視線だけを辺りに彷徨わせるがどこにも見つからない。だが突然、優真に影が差し込んできた。優真は考えるよりも先に頭の上で二本の刀を交差させた。
――ギィィン、という刃同士が切り結び合った音が鳴り響く。それと同時に優真は蹴りを放つがクレハが素早くバックステップした事で空振りに終わった。 授業とはいえ、ここまで防戦一方になるとさすがにイライラが蓄まってくる。もう止めだ、と優真は思った。全力で敵を討つ事だけを考えよう。いざとなったらジュードが止めてくれる。
優真は黒い刀を背に隠すように引き、そのまま地面に突き刺し一気に振り抜いた。
『漆黒なる闇の調べ:這咎』
地を這う『侵食』の斬撃がクレハを襲う。クレハは避けようともせず、ただ剣を腰の鞘に納めるようにし構えを取った。そして――抜剣。
優真にはその太刀筋が全く見えなかった。クレハの腕が動いた次の瞬間には剣は振り抜かれた後であり、いつのまにか地を這う斬撃も消されていた。
「くそっ、これならどうだ!!」
優真は白い刀を天へと突き掲げた。白い刀は輝きを放ちクレハの上空全方位から、クレハを狙う槍のような光が現れた。
『煌めく封印の光:消閃』
ふむ、とクレハは呑気にその光の閃を眺めている。そしておもむろに剣を地に刺した。その行動に何の意味があるのか知らないが、全方位からの攻撃ならば防ぎきれまい、と優真は思う。
だが、一抹の不安は拭えない。王手のはずなのに勝てる気が全くしない。そんな思いを打ち消すように優真は白い刀を振り下ろした。それと同時に次々とクレハに降り注ぐ白き閃光。辺りは光に包まれクレハの姿が視認出来なくなる。この中一つでも当たればクレハの魔力を封印出来る。
やがて収まる光の洪水。徐々に現われてくるクレハの姿。その姿は優真の攻撃を受ける前と何一つ変わっていない。――手に握っている魔導具さえも。
『フォース・リベレーション:インテルード』
それは魔導具の更なる進化。クレハの周囲には円形の紅い結界が張られていた。優音のそれとは違う力。
優真は驚愕した。導力無効の導力。それは『侵食』も一撃の下に伏せられ、『封印』の全方位攻撃も無効化されてしまった。クレハの『無効』の導力さえも厄介なのに、『フォース・リベレーション』までも使えるという事実の前に優真の心は挫かけていた。
「私にここまでさせたのは君が初めてだよ」
「……それは光栄な事で」
最早優真はそう皮肉る事しか出来なかった。正直、打つ手がない。剣技も体術もクレハの方が一枚上手だ。
そもそも優真の剣の腕はそれほど良くはない。幼い頃、まだ祖父が存命だった時に一通り習っていただけである。祖父が亡くなってからは中学、高校で剣道部に入る余裕はなかった。それでも素振りや基本的な動きは毎朝の日課として行っていたから素人よりは腕が立つ。
だが所詮はその程度。恐らくだが優真以上にクレハは鍛練を積んでいるのであろう。そんなクレハに剣技だけで勝つなんて事は不可能に近い。
「だけど、やるしかねえよな」
今のままでは愛華の事を守るなんて出来やしない。この学園に入学したのは愛華を守る為だけではない。自身が強くなる為でもある。どんなに強い導力を持っていたとしても、それを扱えるほどの技術が必要だ。それはリングサークとの戦争でよくわかった。
守る為には力が必要なのだ。想いだけでは大切な人は守れない。だが、例えクレハとの力の差が大きくとも心までは諦めない。
「良い目をしているな。ならば私も全力で君と戦おう」
クレハは好戦的な笑みを浮かべ『フォース・リベレーション』を解く。そして剣を持つ手を後ろに流しながら優真へと走りだした。
優真は迎え撃つ為に『浄飛』と『這咎』を同時に放つ。導力が効かないのであればそれはただの飛ぶ斬撃と地を這う斬撃でしかない。だが、それだけでも牽制にはなる。
「ハッ!!」
クレハは音速の二連撃で『浄飛』と『這咎』を打ち落とす。だが足は止まった。そうなる事を予想していた優真は既に飛び出していた。
二つの刀による二つ同時の振り下ろし。だがそこはクレハ。多少無理矢理にでも剣を頭の上に構えさせ、優真の剣撃を受け止めた。
せめて一撃。そう考えていた優真はクレハが斬撃を受け止めた瞬間に両手を刀から離し、クレハの懐に入り込んだ。
意表を突かれたクレハはすぐに離れようとするが時既に遅し。優真の嘗底がクレハの胸に突き刺さった。
「ぐっ……」
クレハは地を足で削り倒れはしなかったものの、胸を押さえて蹲った。ぐっと優真は小さくガッツポーズ。ようやくあのクレハに一撃入れる事が出来た。
「いやーん、ユウマ君がいいんちょの胸触って喜んでるー」
「なっ、あっ、わ、悪いクレハ!」
ジュードの茶々にツッコむより先に詫びを入れる優真。一撃入れるのに必死でそこまで気が回らなかった。今思えば確かに嘗底を放った瞬間、ふにっと柔らかい感触が。優真は今更思い出し赤面。だが背後の方からなんだか殺気がひしひし伝わってきた。
「……優君セクハラ………」
振り向けば愛華が冷たい視線を放っていた。レンはそそくさと逃亡を計っていた。優真の額には後の事を考えて冷や汗が流れていた。
「気にするなユウマ君。戦場では男も女も関係ない」
そう言いながらもクレハの顔は赤い。優真は地に刺さった二本の刀を引き抜きながら罪悪感に苛まされた。
「では、仕切りなおしといこうか」
「ああ!」
「あの〜、盛り上がってるとこ悪いんだけど……」
そう控えめに言いながら横から出てきたのはソフィア。なんだか本当に気まずそうにしている。ジュードは周りを見回し何かに納得すると優真とクレハの間辺りに進み出てきた。
「はい、終わり終わり〜」
「は? 終わり?」
「な、何故だジュード! 私もユウマ君もまだ戦えるぞ!」
「ごめんねぇ、くーちゃん。もう時間なのよー。水を差すようで悪いんだけど授業だからねぇ」
周りを見てみると他の生徒は既に試合を終えて優真とクレハを眺めている。言葉に出さずとも雰囲気でわかる。お前ら長えよ、と。
そんな空気を感じ取ったのかクレハは一瞬たじろいだが咳払いを一つ。そして魔導具を消しソフィアに頭を下げた。
「すみません、少し取り乱してしまいました」
「いいのよ、トーナメントなんて一時間程度の授業で全部出来るなんて初めから思ってなかったしね」
ソフィアいわく、トーナメント自体現時点でのクラスの実力を見る為らしく、決勝まで行うつもりはなかったらしい。なら最初から言えよ、と優真は思ったがその不満を口に出しはしなかった。
クレハは次の授業の準備があるのか早々に踵を返す――前に優真に視線を投げ掛けた。クレハは何も言葉を発する事はなかったがその目は語っている。また戦おう、と。
その視線を受けた優真はゆっくりと頷き次こそは決着を、という意を込めて視線を投げ返すとクレハは校舎へと歩いていった。
「……強かったな」
「そりゃ強えよ。いいんちょの親は結構由緒正しき貴族だったらしいからな。小さい頃から英才教育受けてたらしいし。本来なら聖テレイアに通うはずだったみたいだし」
「それが何でここに?」
「さあ? 色々噂が流れてるらしいが俺は興味なかったから知らね。そういうのはれっちゃんが詳しいから後で聞いてみな」
ジュードの言い様は淡白だった。本当に興味がないらしい。ジュードは自分の興味がある事についてはとことん首を突っ込みたがるが他の事に関しては無関心を貫いている。
あの時、森で優真が魔物に襲われていた時にジュードが関心を寄せていなかったら自分はここにはいなかったのではないだろうか。そう思うと今更ながらに少し怖い。
それはともかく。
クレハがこの学園を何故選んだのかは知りたかった。将来何がしたいかにも寄るが、選択肢は聖テレイアの方が多いと聞くし、他の貴族とのコネクションも得られるかもしれない。なのにここに来た理由とは……。
優真は小さくなっていくクレハの背を眺めながらそんな事を考えていた。
余談だが、その後愛華に女の子との接し方について厳しく、昼休みを丸々使って説教を受けたのは言うまでもない。