第二話 初授業
魔法学園での授業は新入生に合わせて行われるものではない。入学時期が遅ければ遅いほど、予備知識が無ければ無いほど授業にはついて行きづらくなってくる。
ならば何故このような形を取っているのか。それはこの国が魔法大国と呼ばれる事にも関係している。
リーザリスは学園が創られる遥か前より魔法分野が突出していた。魔法に秀でた者が多く存在していたからである。その魔導士達の子どもは個々の家庭で幼い頃からある程度の魔法の知識は備えている。
そういった理由から、魔法学園での授業は基礎をすっ飛ばしている面がある。やらないわけではないのだが、どちらかというと応用に力が入っている。
そしてこの学園は実技を重んじている。そんなわけで優真達の記念すべき最初の授業は――
「一対一のトーナメント……」
優真は学園の物理障壁魔法の掛けられた魔法訓練所で呆然としていた。
魔法学園というのだからもちろん魔法の理論や技術を学ぶのだろうと考えていたのだが、ものの見事にその考えは打ち砕かれた。
そんな優真にジュードはいつものごとくへらへら顔で近づいてきた。
「いやー、学園再開最初の授業が戦闘訓練でよかったわー。どうしたユウマ? 変な顔して」
「なあ魔法の勉強は?」
「やるぞ。今から」
何を言ってるんだ、とでも言いそうな顔でジュードは眉をひそめる。だが優真の考えていた事にたどり着いたようで、ああ! と納得していた。
「もしかして先生の話をただ聞くだけの授業だと思ってたのか? 確かに大半はそんな感じの授業だけど、ここは週に二、三回。多くて毎日こうやって戦闘訓練の授業だぞ」
ジュードいわく、ここに入学してくる生徒は、魔法の理論や技術体系は実戦可能レベルにまで届いているらしい。それが魔法大国と呼ばれる由縁でもあるという事なのだが……。
だが優真と愛華の事情は特殊だ。実戦は経験しているから多少の魔法と導力は扱えるが、それはあくまでも身を守る為の中途半端な力でしかない。理論や技術等という上にあるものではなく、それぞれの師――優真はジュードから、愛華はリースから教えられてただなんとなく使えているだけである。
とかそんな事を考えていると顔に出ていたのかジュード軽く肩を叩いた。
「心配いらねーって。お前は並みの魔導士より強い。……お前はこの国を救った影の功労者なんだからよ」
最後の言葉をジュードは声を潜めてそう言った。
優真、ジュード、レンが隠密部隊だった事は公にはされていない。学生という身分が関係しているのもあるが、愛華の『氷姫』の力に関する情報がどこから漏れるかわからないから、というレータ王の配慮である。
結局戦争の裏側は優真達には聞かされていない。始めにエアから聞いた、戦争は何者かに仕組まれていたという事だけ。
ラークイスは戦争勃発の一旦を担っていたようだが、それはその何者かに利用されていただけという事だった。
利用していたのは誰だったのか、優真達の知らない所で何が起きていたのか、レータ王もエアも教えてはくれなかった。
「愛華と優音が見つかったのはラッキーだったけど、また新しい問題が出てきたのはなぁ……」
「ま、いいじゃねえか。命の危険があるわけじゃなし、学生生活楽しみゃよ」
ジュードはそう言って少年のような笑みを優真に向けた。時々、ジュードの明るさが羨ましく思う時があり、またその明るさに救われた時もあった。
ジュードを見ていると悩んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。優真はクスッ、と笑ってジュードの胸を拳で叩いた。
――ふと、激しい怒気、いや殺気とも呼ぶべき気配がこちらに向けられている事に優真は気付いた。
金髪碧眼、優真と同じくらいの年齢だと思われる少年が優真とジュードを睨んでいた。体の線は細く、中性的な顔立ち。だが、長い前髪に見え隠れしている目はどす黒い炎を灯しているような印象を受けた。
そんな少年がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。ジュードはいつの間にか無表情になりその殺気を受け流すでもなく、やり返すでもなく、ただ黙って受け止めていた。
「ジュード・ローゼンクロイツ……」
「ラルフェか……、何か用か?」
「何か用か、だと……! お前の母親のせいで、俺の父さんは……!」
ラルフェと呼ばれた少年は目を見開き歯を噛み締め、今にもジュードに襲い掛かりそうである。一方は全身で怒りを表し、一方は無表情。優真が口を挟める雰囲気ではなかった。
交錯する視線。数秒か数分か、どれくらい時間が経ったかわからないが、優真には永遠にも思えるほど長いものだった。
「三人とも何をしている。そろそろ試合が始まるぞ」
そんな息苦しい空気の中から優真を救ってくれたのは委員長のクレハだった。クレハは異様な雰囲気を感じ、何があったのかと言葉にする前に、ラルフェが舌打ちをしてこの場を離れた。
それと同時に周りの空気が弛緩していく。優真はため息をつき、ジュードは頭をポリポリと掻いていた。
「いやはや、夜道には気を付けねえとな」
「ジュード。冗談を言っている場合ではない。……気持ちはわかるが、あまり波風立てないほうがいい」
「へいへい、ご忠告ありがとさん」
ジュードの適当な物言いにクレハは嗜めようと腰に手を当てたが、すぐに思い直し視線を彷徨わせ、何も言わずにその場を去った。
ジュードとラルフェと呼ばれた少年との間に何があったのか、それを聞いていいものかどうか優真は迷う。だが優真が何も言わずともジュードは口を開いた。
「……ラルフェの親父はな、城の騎士隊に所属してたんだ。あの戦争で軍隊、騎士隊を合わせた半数近くが戦死した。その中にラルフェの親父も入ってたんだよ」
「……」
「あの戦争でリーザリスの楽勝は明白だった。だが何故か部隊は半壊。全部隊を指揮していたのはうちの母だ。そんな結果になったのは指揮していた者に問題があったのではないか、っつうのが国民の間で噂になってる。ラルフェもそれを信じてるんだろ」
優真は何も言えなかった。優真にも両親はおらず、父親を亡くしたラルフェの気持ちもわからなくもない。怒りの矛先が直接的には関係のないエアやジュードに向けられるのもまた。
きっと、ラルフェも頭では理解しているのだろう。だが憎むべき対象がいなければ心が壊れてしまう。だからこそジュードも何も言わず、ただ受け止めている事しか出来なかった。
「ま、お前が気にする事じゃない。こればっかりは時間が解決するのを待つしかない。ほれ、いいんちょがご立腹だ」
ジュードは自虐的な雰囲気から一転していつものへらへらした顔に戻っていた。ジュードの視線の先にはこちらを睨み付けているクレハの姿。
ただ優真の心には一抹の不安が残っていた。ラルフェのあの殺気。尋常ではなかった。ジュードの言うように時間が解決するのだろうか。優真はなんだか嫌な予感をひしひしと感じていた。
「じゃあ一回戦。みんなそれぞれの相手と戦ってね。それじゃあ始めちゃって」
ソフィアのそんな言葉からトーナメントは始まった。優真の一回戦の相手は眼鏡を掛けた夕暮れ色の髪のごくごく普通の少年。名前は確か、トルア・レッティー。トルアはよろしく、と言いながら突撃槍型の魔導具を出現させた。
ルールは至ってシンプル。各々の魔導具を使って相手を降参させるか、もしくは魔導具を維持出来なくさせた時点で勝利となる。
だがあくまで授業なので死に至らしめる魔法は禁止。使おうとした瞬間ソフィアが強制的に止めるらしい。どういう風に止めるかは意味深に笑うだけで教えてくれなかった。
優真の『黒闇』の導力は危険過ぎる力である為、必然的に『白光』の魔導具のみで戦う事になる。
「ウオオオオオオ!!!」
優真が『白光』の魔導具を出現させたと同時にトルアが雄叫びを上げながら突進してきた。速く、鋭く、迷いのない突き。きっとこの世界に来る前の優真だったら意表を突かれてこの一撃で終わっていただろう。
――だが、未熟ながらも命懸けの戦いを経験した優真に、あまりにもその攻撃は取るに足らないものだった。
優真は白い刀だけを中段に構えたまま体を横に滑らせる。するりと、流れるように槍の一撃を躱した優真は魔導具ごとトルアの体を切った。
白い刀に触れた魔導具は『封印』の導力でその形を失う。一時的に魔力を封じられたトルアは魔導具を出せない事がわかると両手を上げた。それは降参の合図。
「あれ?」
なんだか勝手に体が動いたと思ったらいつの間にか勝っていた。手慣れた仕事を片手間でやってしまった、そんな感じだ。
魔導具を消して振り向いた先には愛華、ジュード、レンが優真を待っていた。
「優君、やったね!」
「流石ですユウマさん。レッティー君はクラスでも強い部類に入るんですよ」
「だから言ったろうよ。並みの魔導士じゃユウマには適わないって」
三者三様に優真を称賛してくる三人。だが優真はなんだか勝った気がしなくて全く喜んでいなかった。
それもそのはず。優真が初めて戦った相手はジュードであり、修行とはいえ死ぬほど鍛えられた。その後は優音との激闘、ラークイスとの死闘。優真にとって対魔導士戦は常に危険と隣り合わせだった。
それに比べて先の試合は所詮は授業。殺気も出さず、実力も学生レベルならばまず優真に勝つ事など出来ない。
「強いのだな、ユウマ君は」
生意気よっ! とかオネエ言葉で気持ち悪くほざいているジュードの相手をしていた優真に、クレハが優しく微笑みながら近づいてきた。
「そうでもないさ。この導力が反則なだけ」
「確かにその導力は強力だが、あの足捌き。ユウマ君は何か武道の心得でもあるのか?」
確かに優真はこの世界に来る前は祖父の刀集めの影響で剣道や剣術を学んでいた時期があり、高校でも剣道部に所属していた。だがあの一瞬の間にそれがわかるとは、やはり優真の思った通りクレハは只者ではないらしい。
「まぁ、嗜む程度に。そう言うクレハだって相当強そうに見えるぞ」
「ふふっ、そんな事はないよ。次の試合、楽しみにしているよ」
次の試合? と、優真が聞き返す前にクレハは背を向けた。くいくいっと愛華に制服の袖を引っ張られて、愛華が指を差している方向を見ると、そこにはホワイトボードがあり次の対戦相手の名前があった。
「なるほど。次の試合、ね」
「気を付けろよ、ユウマ。なにせあいつはれっちゃんとタメ張れるくらいだからな」
レンと同等。それだけで実力の高さが窺える。久々に気持ちが高ぶってきた。
『クレハ・メイザース』
深紅の髪を持つ少女の名。それは優真の次の対戦相手の名前だった。