第二十七話 魔法をありがとう
ここまで読んでくださった方々。ありがとうございます。この話で第一部完でございます。楽しく読んでいただければ幸いです。
リーザリス城内に設置されている教会がある。十数人は座れる長椅子が三十以上はあり、正面には巨大な銀の十字架があり、その周りには人の頭くらいの大きさの玉が八つ散りばめられている。
十字架は人を表し、八つの玉は魔法の属性を表している。この十字架は古来よりの信仰対象として祭られていた。
その十字架を見上げながら一人の少女が祈りを捧げている。この国の王女、リーレイス姫である。
リーレイス姫が優真の為に出来る事、それは祈りを捧げる事だった。
「神よ、精霊よ、どうか私の願いをお聞きください」
リーレイス姫は両手を胸の前で組み、跪いている。耳に痛いくらいの静寂の中、リーレイス姫はもう二時間以上祈り続けこの言葉を繰り返している。
「私の初めてできた友人を、ユウマ様を、どうかお守りください」
その言葉はとても重い。その言葉の中にリーレイス姫の全てが詰まっているようで。
想いは力、願いは魔法を創りだす。故に、それぞれの属性を司る玉の中で白と黒、光と闇の玉が、リーレイス姫の真摯な想いに答えるように輝いたのもまた魔法と言える。
その輝きは光となり、次の瞬間には消え去ってしまっていた。
「今の光は……」
突然の出来事にしばし放心したリーレイス姫だったが、すぐに精霊が自分の願いを聞いてくれたのだと気付いた。
きっと大丈夫。皆無事に帰ってくる。自然とそう思えた。
「頑張ってください」
リーレイス姫は少しの安心と共にまた祈りを再開する。三人が帰ってくるまで祈り続ける。それしか自分には出来ないのだから。
エアの落雷の魔法が降り注ぐ。周りにいた死兵達は一度は倒れて息絶えたかのように見えたが、再び何事もなかったように立ち上がりエアに襲い掛かってきた。
「っく! これじゃキリがない!」
何度倒しても向かってくる相手にどうやって戦えばいいのか、エアはわからなかった。相手は既に死んでいるが、それでも全力は出したくない。
ふと、不覚にも背後に気配がした。エアは振り向きざまに剣を振るうが――
「た……すけ…て……。隊……長……」
「――っ!?」
エアの剣撃が止まる。その隙をつかれ槍の一閃がエアに放たれた。
なんとかその一撃を剣で防ぐが、勢いを殺し切れず足が地面を削った。
「駄目……殺せない……!」
エアの膝が折れ、魔導具も消え去った。そんなエアを取り囲むように死兵達は見下ろし、その中からガルヴァスが不適な笑みを見せながら歩み出てきた。
「八賢者の一人、『神速の紫電姫』と呼ばれたエア・ローゼンクロイツも人の子。例え死んでいても、部下には刃を向けられないという事か」
「こんなの……卑怯よ!」
「卑怯? 何が卑怯なものか。それよりも感謝してほしいものだな。死んだ者に再び会わせ、そしてその者の手で死ねる事を」
ガルヴァスはスッと腕を上げる。死んでもなお意識はあるのか、部下達は涙を流しながらガルヴァスのそれに伴い各々の魔導具を振り上げた。
逃げようにも囲まれて動けないし、既に終わりのない戦いの連続で体力も相当削られている。
「でも、だからって……」
このままむざむざ死ねはしない。一度死んだ部下をもう一度自分の手で殺す事なんて出来ればしたくない。
迷っている間にもどんどん死兵は増えていく。そして、死兵となった者は涙を流し助けを求めている。
そんな時、エアの最も近くにいる死兵は言った。
「……隊……長。お願い……しま……殺して………くだ……い……」
それはエアの部隊の一人だった。その者は助け、ではなく死を望んでいた。
エアの迷いは、その一言で断ち切られた。
――負けられない。ここで死んだら、今まで散っていった仲間達があまりにも報われない。
そして――
「――ゴメン」
剣の一閃。だが実際には神速の五連閃。一瞬にして部下の死兵は首と両手両足が胴から離れる事となった。
「ふん、さすが八賢者。躊躇いも容赦もない」
「………許さない」
エアの体から微弱な電気が迸る。それは次第に数を増し、大きくなり、強大な雷撃となって死兵をいくらか焦がした。
「あんた絶対許さない!!!!!」
――『神速の紫電姫』が動き出した。
声が、聞こえた。暖かく、優しい声。その声に力をもらったように、優真の体に魔力が満ち満ちていた。
優真の両手には二本の刀型魔導具が握られている。右手に『黒闇』、左手に『白光』。八属性中最も形成維持が難しいと言われている光と闇の属性を、優真は同時に出現させていた。
「精製の難しい光と闇を同時に出現させたのは見事だが、それだけでは私には通用しない」
確かに優真の力は強力だが、当たらなければ意味はない。今は魔導具の安定化ではなく、優音のように力の昇華が必要だ。
だが何故だか負ける気はしない。リルから力をもらった。一人ではない。
優真の頭の中である理論と構造が浮かび上がってきた。それは優真の初めての魔法。優真の諦めない心が魔法を生み出した。
『漆黒なる闇の調べ:這咎』
優真は『黒闇』の魔導具を逆手に持ちかえ、勢い良く振り抜き地を切り裂いた。すると黒い斬撃自体が地を這い、ラークイスに向かって走り出した。
「ほう」
ラークイスは感心したように呟き、余裕を持って空中へ飛んだ。
地を這う斬撃は目標を失い、後ろにあった柱の残骸を真っ二つに切り裂いた。
優真は空中にいるラークイスに向かって今度は『白光』の魔導具を振り上げた。
『煌めく封印の光:浄飛』
全ての魔を打ち消す白い斬撃が、優真の振り下ろした魔導具から放たれた。
即座にラークイスは同じように風の斬撃を放つが、優真の白い斬撃に触れた瞬間打ち消された。
「――くっ!?」
白い斬撃はそのままラークイスを襲うが、紙一重で躱された。だが全ては避けきれず、ラークイスの魔導具が白い斬撃に触れた。その瞬間魔導具はその姿を消してしまった。
「くっそ、惜しいな」
「……何故、諦めない」
倒しても倒しても立ち上がってくる優真を、ラークイスは嫌悪の眼差しで問うた。優真は言う。
「そんなの、愛華や優音を、仲間達を助ける為に決まってるだろうが」
「解せん。確かに貴様等をここへ導いたのは私だ。だが、何故他人の為に命を張れる。そうまでしてこの娘が大切か?」
ラークイスはゆっくりと降下し、気絶している愛華の隣に降り立った。
優真にとって愛華は大切だ。命をかけられるくらいに。それは優音にも言える事だった。
愛華は助けてくれた。優真と優音を。この世に二人だけとなった兄妹を、家族のように接してくれた。愛華を危険な目に遭わせる奴を許しはしない。
「大切だ。俺と優音にとってかけがえのない存在なんだ。だから返してもらうぞ。どんな手を使っても」
優真の更なる強い思いに同調し、二つの魔導具の輝きが一層強くなる。
黒い輝きと白い輝きは朝日を浴びて、ただただ美しかった。
「……いいだろう。貴様の思いに敬意を払い、全力で迎え撃ってやろう」
ラークイスの体からどす黒い魔力が一気に噴出し、圧倒的な存在感がこの場を支配した。
それでも優真は負けない。負けられない。自分達の居場所を作ってくれた愛華を、絶対に助けだす。
『煌めく封印の光:浄飛』
『白光』の魔導具から放たれる白き斬撃。まずはラークイスを愛華から引き離さなければならない。
ラークイスは飛翔しこれを回避。更に自らの周りに拳ほどの大きさの風を六つ渦巻かせた。
『六連風槍』
風は六つの槍となり、優真を串刺しにしようと襲い掛かった。 一つ一つ打ち消すのは流石に困難。そう感じた優真は『白光』の魔導具を地面に突き刺した。
『煌めく封印の光:無全』
優真の周囲全体に半円形の白いドームが出現。風の槍はそのドームに触れた瞬間跡形もなく消え去った。
優真の魔法、『煌めく封印の光』は導力の力が及ぶ範囲の改変。これによりイメージ次第ではいくつもの効果を得る事が出来る。そして、もう一つの魔法。『漆黒なる闇の調べ』も同様である。
常に『無全』を発動していれば魔法も魔導具も通さないのだが、それが出来ない決定的な欠点がある。それは――
「はぁはぁ……、きっつ……」
「やはり光は魔力の消費が激しいようだな。もう何度もそれを使う事は出来まい」
それはジュードにも指摘された点。光と闇は、その強大な力を得る代わりに莫大な魔力を使う。導力維持を考えると光と闇の魔法、それぞれあと一度が限界だろう。優真は片膝をつき、悔しげにラークイスを睨み付ける。
「っ!? 助けなきゃ!」
下手に手を出したら優真の邪魔になる。そう感じていた優音だったが、もう我慢出来なくなり勢い良く立ち上がった。
「待ちなさい! アナタまだ回復してないでしょ。そんな状態で行ったって何も変わらないわよ!」
「でも! このままじゃお兄ちゃんが……」
そう優音とリースが口論している間にもラークイスは魔導具を出現させていた。
「次で終わりだな。貴様等にはなかなか楽しませてもらった。黄泉の国で我が覇道をとくと眺めるがいい。心配せずとも『氷姫の涙』を取り出した後はこの娘も送ってやろう」
「くっそ……」
ラークイスは突剣をヒュッと振り上げ、再び拳ほどの大きさの風を六つ、優真の周囲に出現させた。そしてそれは槍の形を取り、全方位から優真に狙いを定めた。
「お兄ちゃ――」
「さらばだ。異界の者よ」
優音は咄嗟に魔導具を出そうとするが間に合わない。ラークイスは躊躇いなく突剣を振り下ろした。
その姿はまるで修羅の如く。
一足で死兵の前に行き、一撃で敵の四肢を奪う。華麗に、踊るように無駄な動きなく、だが容赦はしない。
次々に襲い来る死兵に的を絞らせない。死兵が魔導具を振り上げた瞬間には既にそこにエアの姿はなく、その死兵は崩れ落ちる事になる。
まさに『神速の紫電姫』の名にふさわしい強さ。その圧倒的速さで、気づけば死兵の数は七割減る事になっていた。
それでもガルヴァスの余裕は崩れない。まだ何か奥の手でもあるのだろうか。
「やるな。まがりなりにも八賢……」
突然、ガルヴァスの様子が変わった。少し考えるように顔を伏せ、そして舌打ちをした。
「ラークイスめ。早々に始末すればいいものを。これだから人間は……」
エアはその名を聞いて眉をひそめた。ラークイスとは行方不明となったリングサークの王子の名だったはず。
この戦争、やはり裏で何か動いている。戦争に関係ないリースや行方不明だったはずのラークイス、そして目の前の魔物の存在。こんな状況になってしまっては最早戦争どころではない。いったいリングサークで何が起きているのか、それを早く確認しなければならない。
「少し、やる事ができた。悪いが早めに終わらせるぞ」
「奇遇ね。私も急がなきゃならないみたい」
エアがそう言い終えた瞬間その姿が掻き消え、気づけば剣の一撃が脳天に迫っていた。
ガルヴァスはこれを短杖で防ぎ弾き返す。そして残り少なくなった死兵がエアを追撃。その隙にガルヴァスは詠唱を開始した。
『集え、我が魔力を糧とする死霊共よ』
そな声に応じエアにバラバラにされた死兵の体から煙のようなものが立ち上ぼってきた。それは死兵の魂。リーザリス、リングサーク、両兵士の魂がガルヴァスの元に集まり始めた。
――オオォォオォォオオォ。
身の毛もよだつような魂達の慟哭。最早救いを求めても、憎悪も感じられない。あるのは悲しみと苦しみだけ。
「何するかしらないけど、やらせない!!!」
エアは襲い来る死兵を一撃で細切れにし、死兵が崩れ落ちていく時にはもうガルヴァスの背後で剣を振り上げていた。
『哀れなる死霊共よ。死の恐怖を思い出せ。集いて集いてその恨み、我が敵に向けよ』
ガルヴァスは詠唱を続けながらヒラリとエアの剣撃を躱し魔法を完成させた。 死兵の全ての魂が結合し現われたのは巨大な人の形をしたもの。だが全身の皮膚は剥がれ落ち、首から上は存在しておらず、とても元が人間だったとは理解しづらい。
「……あんた、どこまで人を弄べば気が済むのよ」
ガルヴァスはくだらないと言わんばかりに鼻で笑いその巨人の肩に乗った。エアの怒りが魔力と直結し、バリッと音を立てて電気がエアの体を走る。
許せなかった。人間の魂を無理矢理集め、醜い姿に変容させた。人を人と思わぬ所業。人としても、八賢者としても許せるものではない。
「せめて一撃で。私の全力を以てあなた達の魂を天に還してあげる」
「無駄だ。これの力は両兵士の全ての魔力そのものだ。例え八賢者といえど、この巨大な力の前では耐え切れまい」
ゆっくりと剣を振り上げるエアに対し、ガルヴァスも巨人に腕を上げさせた。
両者共感じている。これが最後の一撃となる事を。
「命を弄ぶあんたなんかに私は絶対に負けない!」
エアは最高の一撃を放つ為に魔力を溜め始める。許容範囲ギリギリの魔力を刃に集中。刃は電気を帯び、地を焦がした。
「これで最後だ! エア・ローゼンクロイツ!!!」
巨人が天に上げていた拳が、速く、巨大な打撃としてエアに向かって落とされる。
対するエアも巨人の打撃に合わせるように剣を振り下ろした。
ぶつかり合う剣と拳。その際に生じた衝撃で砂ぼこりが舞い上がった。両者の力は拮抗している。だがわずかに巨人の方が上なのか、徐々に押し返され始めていた。
確かに全兵士の魔力が一つにされた巨人の力は凄まじい。八賢者である自分が苦戦するとは夢にも思わなかった。
「――私が」
だからと言って負けてやる気はさらさらない。
押し返されていた動きが止まった。エアの剣から紫の輝きが強くなり、電気がより激しく暴れている。
「なっ!?」
「――八賢者が八賢者である理由をあんたに教えてあげる!」
エアは剣を振り抜いた。巨人の拳は二つに裂け、振り抜き放たれた雷刃が巨人とガルヴァスの体を切り裂いた。
「絶対に負けないから八賢者なのよ」
「あ…りえ……ん……」
巨人がゆっくりと膝を付き倒れこみ、そして煙となって天に昇っていった。体を斜めに切り裂かれたガルヴァスも、エアの前に放り出された。
エアはしばし冷たくガルヴァスを見つめ、やがて魔導具を消した。エアの目はもう次に向けられている。
「ぐっ……ふふふ……」
放っておけばその内消滅するだろう。そう考えてその場を後にしようとしたが、突然笑いだしたガルヴァスに再び視線を向けた。
「……時代は、動き始めた。……『氷の精霊神』の魂を宿した娘が現れた事により……他の『龍鬼』……そしていずれは『死神』も動く……」
「『氷の精霊神』の魂を宿した娘? あんた何を知ってるの?」
エアの問いにガルヴァスは答えない。凶悪な笑みを見せ、息を荒々しく吐いた。
「……魔族の時代が、暗黒の時代がやってくる……。せいぜい怯えて過ごすのだな……」
その言葉を最後に、ガルヴァスの体は霧状に変化し、やがて消えていった。
「……」
今は考える時ではない。一刻も早くリングサークに向かわなければ。
エアはくるりと踵を返してリングサークへと駆けていった。
いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。優真は恐る恐る見回すと、六本の風の槍は突き刺す寸前で止まっていた。
「ぐ……あぁ……がっ……!!」
何やらラークイスの様子がおかしい。胸を押さえてよろよろと後退していく。六本の風の槍も維持できなくなり消えていった。
「なんだ……?」
「はぁ……はぁ……くっ、まさかガルヴァスが死ぬとは……」
ラークイスの魔力が激しく乱れている。どす黒い魔力が先ほどとは比べ物にならないくらい弱くなっていた。
「ま、まだだ……私にはまだ『氷姫の涙』が……」
ラークイスは苦しげに愛華の元へ向かおうとするが、その前に優真が立ちふさがった。
ラークイスの身に何が起きていようとも愛華を危険には晒さない。
ラークイスは今までの余裕を失い、激しい怒りを顕にした。
「邪魔だ!」
急激に失われた魔力で風の刃を放つも、優真は簡単にこれを打ち消した。
いける。最早力の差などない。これならみんなを助けられる。
だがそれでも優真の魔力は限界に近い。後は最後まで気力の保った方が勝利する。
「なめるなあ!!」
ラークイスは突剣を構え駆け出した。優真もそれに応じ、二つの刀を構えて迎え撃つ。
ラークイスの突剣による突き。これを優真はギリギリて躱し、白い刀を逆袈裟に振るうがバックステップで避けられ、刀は空を切る事になった。
だが優真は空振りの勢いのまま体を回転。一歩を踏み出すと同時に再び逆袈裟に白い刀の斬撃を見舞う。
「甘いっ!」
優真の斬撃よりも速くラークイスの手の平が優真の肩を掴んだ。
掴まれた左肩に風を感じる。ヤバイ、と思った時には激痛と共に吹き飛ばされていた。
「ぐっ、あああああ!!!」
激痛のあまり優真は蹲り恐る恐る左肩に手を這わす。穴が開いていた。
「くっ、ふっ……」
「はぁはぁ、『氷姫』の……力を……」
既にラークイスの目は優真に向いていない。ゆっくりと愛華に歩み寄っている。
まずい。このままでは愛華が……。走り出そうにも痛みで上手く立ち上がれない。
「く……そ……。て、めえ!! 愛華に指一本でも触ってみやがれ! ぜってえ許さねえぞ!!」
ラークイスがそんな制止を聞くはずもなく震える手が愛華に伸ばされた。
――が、突然、その手が姿を消した。
「アイカには触れさせない」
青い剣を振り下ろしたリースの姿がそこにはあった。
「ぎ、があああああ!!!」
「あら意外。魔族に魂を売り渡した者でも血は赤いのね」
腕が切断された箇所から血がとめどなく溢れ出てきている。ラークイスは血走った目でギロリとリースを睨んだ。
『荒れ狂う風神の舞』
ラークイスは素早く左手で魔方陣を描き、無差別に周りを切り裂く風の塊を放った。
リースはすぐさま詠唱を開始。その瞳に愛華を守るという決意を宿して。
『偉大なる海の守り神よ。広大なる青海より引き連れし大水で敵を飲み込め』
地面から大量の水が発生。それは壁となり風の塊を包み込むが、それでも勢いは殺せず押し留める事しか出来なかった。
「ユウネ! お願い!」
「了解!」
リースの隣で優音が長銃を構え、空気中のマナを魔導具に吸収。そして放った。
放たれた灼熱の風弾がラークイスの風の塊を水ごと貫いた瞬間爆発。リースと優音の力を以てしても相殺が限界だった。だが優真にとってはありがたい援護。
「リース、優音」
「最後はアナタがやるのよ、ユウマ」
「お兄ちゃん、ファイト!」
「貴様等……!」
何度も邪魔をされてはらわたが煮えくり返りそうになっているラークイス。だが愛華に触れようものなら何度だって阻止しよう。優真は痛む肩を歯をくいしばって我慢し、右手に黒い刀を構えた。
「……貴様等がそこまでその娘と一緒にいたいと言うならいいだろう。最早『氷姫の涙』などいらぬ!全員仲良く黄泉の国へと送ってやる!!」
いよいよラークイスの堪忍袋の緒が切れた。残された魔力を全て使いきるつもりだろう。ラークイスは左手で魔方陣を描きながらその上に詠唱を重ねる。
『風よ。大気よ。我が下に集いて嵐となれ。それは竜巻。黒き風は全てを切り刻む刃となり、黒き大気の中で渦を巻け。漆黒なる竜巻よ。個も全も切り刻み吹き飛ばせ』
ラークイスのかざした手の先で黒い小さな風が渦を巻き始める。それは次第に大きくなり、地を削り、雲を散らす巨大な竜巻となった。ラークイスの全てを注ぎ込んだ最後の魔法。これを打ち破らなければ優真の勝利はない。 優真は激痛の走る左腕を上げ白い刀を地に突き刺し、右手に持つ黒い刀を天にかざした。
優真の背には愛華や優音。これまで一緒に戦ってくれた仲間達がいる。負けるわけにはいかない。全力を以て打ち勝つ!
『煌めく封印の光:封監』
白い刀がまばゆい光を発し、ゆっくりと向かってくる竜巻の下から円柱状の光の空間が天に昇った。
光の空間に飲み込まれた魔法は消滅するはずだった。だが、竜巻は勢いを失わず動きを止めただけ。
「くっそ……魔力が足りねえ……」
優音と戦った時と同じ現象が起きていた。魔力の量が少なすぎてラークイスの魔法を打ち消しきれない。
さらには左肩の傷のせいで上手く魔導具に魔力が伝達出来ない。そしてピキッ、と光の空間に亀裂が走った。
「この、ままじゃ……」
左腕は震え、血を流しすぎて感覚すらなくなってきていた。また光の空間に亀裂が走り、最早限界に近い。
もう駄目だ、そう思い始めたそんな時優真の背に声が掛けられた。
「――今さら諦めんな。ここで負ける事は許されねえぞ」
「大丈夫ですよユウマさん。私達の魔力、ユウマさんにあげます」
その声は振り向かなくてもわかる。バカだが自分を導いてくれた声と、優しく励ましてくれた声。優真の中に力が沸き上がってくる。そして光の空間の亀裂がなくなっていった。
「君なら勝てるよ。思いを強くするんだ。魔法は思いの強さに比例するんだから」
「ユウマ様。ユウネ様を守ってください」
キザで女たらしだが頼りになる声、そして口数は少なく冷たいようにも取れるが、本当は慈愛に満ちた声。また魔力が上がり、二つの魔導具の輝きが増す。
「これが最後よ。男を見せなさい。ユウマ」
「お兄ちゃん、あんな奴に絶対負けないでね。三人でちゃんと帰るんだから」
最後まで助け、支えてくれた声とどこか能天気に声援を送ってくれる声。
まばゆい白い光の輝きと黒い闇の輝きが辺りを照らしていく。漆黒の竜巻は光の空間と共に光となって散っていった。
「優君……頑張って……」
そして、絶対に守ると誓った声。
『漆黒なる闇の調べ:斬罪』
黒い刀の刀身が消失。代わりに闇の刃が出現し、天を貫くほどに巨大化し、雲を切り裂いた。
優真の渾身の剣撃。闇の刃はきらきらと輝く光の粒子ごと空間をも切り裂き、ラークイスの体を両断した。
「――がっ、ぐっ、ガアアァアアァァアアァアアアア!!!!!」
ラークイス体は肩から斜めに斬られ、ずるりと上半身が地に落ちた。光の粒子と闇の粒子の中で崩れ落ちるその姿はどこか幻想的でもあった。
「――はぁはぁ……、終わった……」
もう限界とばかりに二つの魔導具を消し、体を地面に投げ出した。
暗かった空が、もう青い。不自然に雲が二つに分かれていたが、今はもう何も見たくない。優真はすっと目を閉じるが、そんな事はさせないと言わんばかりにジュードが優真の腕を掴んで無理矢理立たせた。
「よくやったぜユウマ!!! お前すげーよ!!」
「ち、ちょっとジュン君! ユウマさんがなんか死にそうになってるよ!」
優真の肩を抱いてくるくる回るジュード。それを懸命に止めさせようとするレン。そんなやり取りも何故だか懐かしく感じる。
「べぇるぅ!! 私強くなったよー! 褒めて褒めてー!!」
「それはいいですけどユウネ様。また無茶したのではないですか? 今や一国の王女なのですから危険な事はお止めください。兄さんも何か言ってください」
「いやいや、もうそういうのは後でいいじゃないか。みんな疲れてるんだから」
ベルブランカの小言をアレンが宥め、ため息を口から逃がしてそれもそうですね、と珍しくアレンと意見が合ったベルブランカ。
それぞれの様子を見ながら愛華は立ち尽くしていた。この数日で優真と優音は居場所を作っている。そんな所に自分が入っていってもいいのだろうか。
そんな事を考えていた愛華の尻をパンとリースは叩いた。
「きゃっ!」
「何悩んでんのよ。さっさと行ってきなさい。他の奴等はあたしが引っ張ってってあげるから」
「……うん。ありがとう、リースちゃん」
リースは宣言通り優真と優音以外を二人と引き離した。何やら最後まで戦えなかった件について反省会をやらされている模様。
優真と優音は満面の笑みで駆け寄ってくる。愛華は嬉しさのあまり二人に飛び付こうとした。
――そんな愛華の背後からラークイスが飛び出してきた。
優真は目を疑った。倒したはずのラークイスが愛華を襲おうとしている。
一体何故。そう考える前には二つの魔導具を出現させていた。優音も同じようで既に二丁拳銃を構えている。
しかし遅い。その時にはもうラークイスの手が愛華に伸びていた。全てがスローモーションに見える。愛華がゆっくりと振り返り、ラークイスの手が愛華に触れ――なかった。
「グゲルガルゲオオオオ!!!」
ラークイスの手は凍りついていた。その氷は手から腕へと、腕から全身へと広がっていく。
『ふん。魂が肉体から離れ、それでも現世に留まるか。アイカに触れる事、それは畏れ多くも私に触れる事と同義だ。卑しき者よ』
「愛華……?」
姿や声は愛華だが、決定的に雰囲気が違う。愛華は腕を水平に薙ぐ。するとラークイスの体は氷に包まれ、そして砕け散った。
振り向いた愛華はまるで別人のようだった。妖美に微笑み、髪を掻き上げる仕草からしてまず愛華ではない。
「お前は誰だ! 愛華はどうした!?」
『そんなに警戒せずともよい。アイカも無事だ。私は……そうだな。そなた達の言う氷姫と呼ばれる存在だろうか』
一連の騒動を見ていたジュード達は急いで駆け寄り、その名を聞いて驚愕する事になった。
「『氷姫』ってもしかして『氷の精霊神』の『セラシス』!? うっそ、お伽話かと思ってたのに実在したの?」
「ああ……、この子の中にある力を指していたのかと思ったけど、違ったのか……」
目を見開いて驚くリースにジュードも同じように相槌を打つ。『氷姫』は優真と優音に向き直った。
『私がアイカの中に入ったのはアイカが赤子の頃でな。それ故にユウマの事も、ユウネの事もよく知っている』
「そんな事はどうでもいい。だが、あんたが愛華の中にいる事で愛華に悪影響はあるのか?」
精霊の神である『氷姫』をあんた呼ばわりした事に優真と優音以外は驚いていたが、『氷姫』は特に気にしていないようだった。
それどころか『氷姫』は優真に対して申し訳なさそうに顔を伏せた。
『ない、という事はないだろう。精霊の始祖の力というのは世界を変えられるほどに強大だ。今回のようにその力を狙う輩がまた出てくるかもしれん』
「あなたの力だけを愛華お姉ちゃんの中から出して、また宝石に戻るというのは出来ないのですか」
優音の問いに『氷姫』は無理だ、と首を振った。
『この世界からユウマ達の世界に渡る時に魔石は砕け、力も変質しアイカと同化してしまっている。力だけを取り出すというのは現状不可能だ』
その言葉を最後に辺りは沈黙に支配された。問題は山積みなのにまた厄介な問題が上乗せされた。これ以上どうしろというのか。
そんな重苦しい雰囲気を変えるように、ジュードは手を叩いた。
「はいはいはいはい。そんな後向きに考えんなよ。今はさ、みんな無事に生きてられる事を喜ぶとこだろ?」
「そ、そうだね! ジュン君たまにはいい事言うね!」
「ふふん、俺様はいつもいい事しか言わん! はははは! ははは、はは……は……」
ジュードが無理矢理雰囲気を変えようと頑張るが、優真と優音だけがずーんという空気を背負っている。
ジュードはガシガシと頭を掻き、ポンポンと優真と優音の肩を叩いた。
「心配すんなよ。お前等のバックには俺様達がいるんだぜ。そうでなくともユウマはこの子を守るって誓ったんだろうが」
「…………ああ、そうだな」
ジュードに言われて思い出した。絶対に愛華を守ると。一番不安なのは愛華だ。それを安心させるのも優真の務め。
「よっし! 元の世界に帰る方法も、力を取り出す方法も、全部調べてやる! それで愛華も守る!」
優真の言葉でようやく皆に笑顔が戻る。それを見た『氷姫』も笑みを見せながら目を閉じた。すると雰囲気がいつもの愛華に戻り、柔らかい笑顔を見せていた。
やる事は山積みだが、今は皆で笑いあえる事を喜ぼう。
とにもかくにも――
「んじゃま、リーザリスに帰るとしますか」
早く帰ってリルに無事を伝えたい。あと魔法をありがとうも。
優真は空を見上げてそう思った。
第一部 『完』
……書いた。書きましたよ第一部!疲れたー。一気に常時の三話分。いやーこの話全部携帯で書いたんですけど流石に指が痛い痛い。第二部は学園編です。こっちの方が自分としては書きやすいかな。では、また第二部でお会いしましょう。