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Magic Heart  作者: JUN
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第二十六話 諦めない


 優真は驚愕に目を見開き、優音の持つ魔導具に身を向けた。優音は二丁の紅い短銃ではなく、スナイパーライフルのような紅い長銃を手にしていた。

 一瞬前までラークイスの放った黒き風が、優音に襲い掛かっていた。だが突然優音の持つ魔導具に変化が起こり、長銃の形を取っていた。

 その魔導具を構え、トリガーを引いた瞬間、今までとは比べ物にならないほどの烈風が放たれ、その余波に優真は吹き飛ばされそうになっていた。


『フォース・リベレーション:メタモルフォーゼ』


 優音の呟いたその言葉に、ジュードはやはりな、と不敵な笑みを見せた。


「フォース・リベレーション? ……あれは、魔導具なのか?」

「ああ。あれは魔導具の進化形態だ。暴走時の魔力は普段ね十倍以上に膨れ上がる。一般的にはその魔力に体がついていけず自壊する。が、稀にその魔力を自分の意志で操れる者がいる。爆発的に膨れ上がった魔力は魔導具を更なる進化へと導く。それが『フォース・リベレーション』」


 優音の強さは常軌を逸していた。ジュード、レン、アレン、ベルブランカの四人が束になっても適わなかったラークイス相手に、まともにやり合っている。

 ラークイスの目的は愛華の中にあるという『氷姫の涙』の奪還のはずだが、今は優音との戦いを楽しんでいる。


「いいぞ。その調子だ。もっと私を楽しませろ!」


 ラークイスは狂ったように笑うと黒き風の斬撃を飛ばしてきた。

 優音はその斬撃を走りながら避け、その合間を縫って長銃型魔導具で灼熱の風弾を放った。だが、灼熱の風弾は簡単に斬られて消滅してしまう。

 そんな二人の戦いを見て優真は自分の力のなさを歯痒く感じていた。

 優音が必死に戦っているのに俺は一体何をしているのか。ただぼーっと眺めているだけより、優音に加勢したい。例え力にならなくても盾くらいにはなってやれる。

 よしっ、と優真は強く自分の両頬を叩いた。そして多少回復した魔力で『白光』の魔導具を出現させる。

 しかし、やる気になった優真の肩をジュードは待て待て、と掴んで止めた。


「んだよジュード! 早く優音を助けなきゃやられちまうぞ!」

「もう少しだけ待て。お前はこっちの切り札だ。まだ魔力を温存しとけ。それに、今のままじゃ奴の魔力は尽きる事はない。だからもう少しだけ待てばきっと……」


 そんな事を話しているうちに次第に優音が劣勢に陥ってきた。灼熱の風弾の威力は低下し、優音の表情も苦痛に歪み始めた。


「くぅ……くあぁ……い、痛い……頭が……うぅ……」


 優音の魔導具が消え去り、優音は頭を抱えて膝を突いてしまった。そんな優音を、ラークイスは興が削がれたというように見下している。


「ユウネ様!」

「行きます兄さん! 援護を!」


 優音を助ける為にアレンとベルブランカは再び魔導具を出現させる。ベルブランカは駆け出し、アレンは弓を引き絞り狙いを定めた。

 それを見たジュードはちっ、と忌々しそうに舌打ちをすると両手に魔導具を出した。


「間に合わないか……。リース、お前はあの子を。れっちゃんはアレンと援護を」

「了解っ!」

「うん!」

「おいジュード!」

「ユウマ! 俺達がなんとか隙を作る! いいか? お前は切り札なんだ。無茶はするなよ」

 ジュードは炎をたぎらせ、雷を迸らせる。リースもジュードに続き双剣の魔導具を作り出した。


「隙を作るって言ったって……」


 戦況はやはり芳しくない。ジュードとベルブランカは共に連携しながら接近戦に持ち込んでいるが、軽くいなされている。アレンとレンも弓と魔法で援護はしているが、ラークイスの張る風の結界の前に大して役に立ってはいない。

 その圧倒的不利な状況の中、隙などは存在しない。どうすれば……、と優真は考えを巡らせているとリースが優音を担いで優真の傍に座らせた。


「優音! 大丈夫か!?」

「うっ、くっ……あんまり、大きい声出さないで……」

「大丈夫。すぐ楽になるわ」


 リースは優音の頭に手を乗せると、その手が青く輝きだした。すると、優音の苦悶に満ちた表情がだんだんと穏やかなものに変わっていく。


「ユウマ」


 唐突に、リースは優真の名前を呼んだ。 


「アイカね。あたしと旅してる間、よくあなた達の話をしてたわ。『私がいないと、あの二人は駄目なんだ』って。アイカにとってあなた達がとても大事なんだって事はすごく伝わってきたの。あなた達にとってもそうなんでしょ? だから、ね――」


 リースはそこで言葉を区切るとすっ、と顔を伏せた。そして数秒後顔を上げると、血が滲みそうなほど歯を食い縛っていた。

 ――悔しい。助けたい。言葉にせずとも痛いほどにそんな思いが伝わってきた。


「あたしにとって生まれて初めてできた友達なの。お願い……アイカを助けて……。あたし達じゃあいつに歯が立たない。もうユウマの『白光』しか手はないの」


 リースの心からの願い。会って間もないが、なんとなくリースの人となりがわかった気がする。

 ここまで愛華を連れてきてくれたのもリースなのだろう。ならば離ればなれになった愛華とまた会えたのもリースのお陰。男としては、ここは引き下がるわけにはいかない。


「ああ、任せてくれ」


 隙を作るとジュードは言っていたが、それさえも望めそうにない。何か策があったようだが、気にしても仕方がない。

 とにかく一太刀。『白光』の導力でラークイスの魔力を断ち切る事だけを考えよう。優真は右手に『白光』の魔導具を出現させ、優音とリースに背を向けた。

 既にジュード達は満身創痍。最早魔導具を維持させる事だけに精一杯のようだ。


「お兄ちゃん……頑張って……」

「おうよ」


 優真は優音の言葉を背に、ジュード達の元へ駆け出した。
















 ザシュッ、とエアはまた召喚された土くれの鎧を切り伏せた。残り二体。大した脅威ではない。

 エアは鎧の剣撃をバックステップで躱すと、片手で素早く魔方陣を描いた。


『猛る双頭の雷竜』


 エアが手を翳して展開された魔方陣から雷撃が二つ迸った。それはまるで竜のように空に昇り雲に隠れ、より巨大により激しく、土くれの鎧に降り貫いた。

 二体の鎧は一瞬で灰と化し、優しく吹いた風に吹き飛ばされていった。


「あらら、土の召喚魔法もこの程度? がっかりさせないでよ」

「ふむ、やはり八賢者か。ベルティオーの娘は歯が立たなかったというのに」

「ベルティオー? ああ、あのじゃじゃ馬の娘さんのミリミリちゃん」


 ミリミリちゃんというのはリースの事である。リースミリスだからミリミリちゃん。ジュードの変なあだなをつける癖はエアの遺伝かもしれない。

 それはともかく――


「なんであんたがミリミリちゃん知ってんのよ? まさか……」


 リースがリングサーク側についているとしたら。リースの実力は八賢者に最も近いと言われている。少なくとも隠密部隊は全滅だろう。

 だが腑に落ちない。ならば何故リースと目の前の魔導士が戦ったのか。どちらもリングサーク側なら争う必要はなかったはず……。

「あ゛あ゛〜〜〜! ……めんどくさい」


 元々考える作業は向いていないエア。わからない事を考えても、わからない事はわからないのだ。ならば目の前の魔導士をぶちのめして聞き出せばいい。

 仮にリースがリングサーク側だったとしても、ジュード達が殺される事はないだろう。昔何度か会っただけだがそういう子だった気がする。


「というわけで、あんたをボコボコにして聞き出すという結論に至ったから覚悟して」

「ふっ、果たしてそう簡単にいくかな……」

「?」


 魔導士が不敵に笑い、短杖を天に翳した。その短杖から漆黒の光を放つ魔方陣が展開。魔方陣は空に昇り、ギアナ荒野を覆い尽くすほどに巨大な形に変化した。


『刮目せよ、邪鬼の力。恐れひれ伏せ、死霊の悪夢で。目覚めよ、死の淵から蘇りし戦士達よ』


 魔方陣からいくつもの光の筋が伸び始めた。それらは既に死兵と化している兵士の体に纏わりついた。

 その光の筋に引かれるようにゆっくりと立ち上がり、各々の魔導具を取った。だが、その目には生気が宿っておらず、動きもぎこちないものだった。

 戦いを繰り広げている両軍の兵士は事の異常さに気付き、戦いの手を止める。

 ――そして殺戮が始まった。

 操られた死兵は生きている者を無差別に殺し始め、新たに殺された者も魔方陣から伸びる筋によってまた新たな操られし死兵が生まれる。

 死から逃れる為に反撃する者、逃げ出す者が多くいるが、死兵は倒しても倒しても起き上がり、また数が多すぎる為に逃げる事も不可能だった。

 その阿鼻叫喚の地獄絵図にエアは驚愕に目を見開き、その後キッと魔導士を睨んだ。



「……まさか死霊魔術(ネクロマンシー)? この魔法……あんた、魔族ね」

「その通りだ」


 スッ、と魔導士はフードを取る。その眼は赤く、牙と耳は鋭く尖っている。肌は黒く毛に覆われていて、その姿は悪魔を連想させる。


「我が名はガルヴァス。『龍鬼』のガルヴァスだ。我が使命の為にその命、貰い受ける」

「『龍鬼』か……、上等。掛かってきなよ!」


 ――ォォォォオオオオオ!!!!

 エアのその言葉を皮きりに、数百の操られた死兵が一斉に襲い掛かる。

 ぐっと魔導具を握り締め、より一層紫に美しく輝かせ、エアは飛び出した。















 ラークイスはベルブランカの爪撃を軽く躱し、その腕を取ってジュードに投げつけた。


「どわっ!?」

「っ!?」


 ジュードはなんとか受け止めるも、勢い余って地面に背中を打ち付けた。体勢を崩した二人にラークイスが迫るが、アレンの矢とレンの魔法でその足を止める。


「でやあああああ!!!」


 その隙をついて優真が『白光』の魔導具による剣撃を繰り出していく。それすらもラークイスは難なく躱すが、ベルブランカの時ほど余裕がない。やはり『封印』の導力を警戒しているからか。

 剣撃の隙間を縫って突剣の鋭い突きが優真の顔面めがけて襲い掛かるが、修行で鍛えられた反射神経のお陰で恐々としながらもなんとか避けられた。


「ジュン君! 今の内に体勢を整え……て……」


 レンの言葉はそこで途切れた。レンの視線の先、そこにはジュードとベルブランカが二人。ベルブランカが背中を預け、ジュードは抱き抱えるような体勢になっている。

 問題なのはジュードの両手。その手はベルブランカの、ほとんど凹凸のない胸とも言えなくもないような場所に触れていた。


「……ジュード兄さん。言い残した事はないですか?」

「……ええっ!? これ胸!? 昔と全く変わってないじゃん!!」

「っ!!? ……そうですか。それが最後の言葉ですか」


 ドスの効いた声色にジュードは焦って弁解しようとしたが遅かった。


「ふんっ」

「ぐほっ!?」



 ドゴッ、と腹に肘打ち。ジュードの体がくの字に曲がった刹那、ヒュン、と今までジュードの首があった場所に風の刃が通過した。


「……れっちゃん? それは流石に洒落になってないんじゃないかな〜、と」

「……」


 レンは何も言わず、くるっとジュードに背を向けた。ジュードは後々訪れるであろう惨劇に恐怖した。


 そんな場違いのやり取りを聞きながら、優真は人知れずため息をついた。


「仲間割れか? 随分と余裕なのだな」

「うるせえ。場を和ませる為の漫才だ」

「そんなものではありません」


 横から鉄爪による袈裟切りが放たれたが、風の結界によりその軌道が大きくずれる。ベルブランカは小さく舌打ちすると、両手で素早く魔方陣を描き、両手を地に着けた。


『尊大なる地帝の決起』


 ラークイスの足元から先が鋭利な岩が次々に隆起する。ラークイスは大きくバックステップしながらその岩を躱していく。


「ユウネ様のお兄様」

「優真でいい」

「ではユウマ様。私がラークイス様……、の動きを死んでも止めます。その隙をついてください」


 優真はベルブランカに一瞬迷いが生じたのが気になった。


「今更だが、いいのか? 元、王子だったんだろ?」

「……構いません。この国に反旗を翻したのですから、最早王子でもなんでもありません。それに私は今はユウネ様に仕える身。ユウネ様に危害を加える者は絶対に許しません」


 もちろん兄さんも、とベルブランカは付け加える。それが命じられたからなのか、それとも自分の意志なのか。どちらにせよ優音を大切に思ってくれている事が嬉しかった。


「――いい心掛けだ。だが、戦闘中の無駄話は死に直結するぞ」

「え?」


 突然、キィンという刃と刃が攻めぎあう音がした後、優真の目の前からベルブランカが掻き消えた。

 代わりに優真の目に入ったのは突剣を振り抜いたラークイスだった。


「ベル!?」


 十メートルほど離れた場所の瓦礫の中にベルブランカは埋もれていた。咄嗟に防いだお陰か致命傷にはなっていないようだが、気絶しているのかピクリとも動かない。


「くっ! よくもベルをっ!!」


 ベルブランカがやられた事に激昂したアレンは風の矢を乱射しながら飛び出した。アレンは既に冷静さを欠いている。多数の矢は避ける迄もなく、ラークイスには当たらなかった。


「アレン止まれ!! 突っ込むな!!!」


 ジュードの叫びはアレンに届かなかった。ラークイスは身を深く沈めアレンの懐に入る。そして逆袈裟に突剣を切り上げアレンの弓を弾き飛ばし、スッとアレンの腹に掌を手を伸ばした。


『冷酷なる死の凶風』


 ゼロ距離で放たれる方陣魔法にアレンは為す術もなく吹き飛ばされた。


「くっ――ぐあああああ!!!!!」


 黒い突風は瓦礫に激突するまでアレンの腹に留まり続けた。風の刃でアレンの体はズタズタに切られ、血を吐き、アレンは意識を失った。


「ったく、バカアレン!! リース! 行けそうか?」

「ごめん。まだ回復してない」

「ちっ、仕方ないか。れっちゃん! 俺と『重複魔法』やるぞ!!」

「うん!」


 仲間達二人がやられ、いよいよ焦ってきたジュードは、レンと共に詠唱を始める。


『風は天空へと昇り、全てを焦がす雷を招き入れる。風よ、雷よ、我等が元へ集え。風は我等が敵を切り裂く剣となり、雷は我等が敵を焦がし貫く槍となる。疾風迅雷よ、万象の一切を焦がし切り裂け』


 二人が同時に翳した掌の先に風が吹き荒れ、雷の槍が形成された。雷槍に風が纏わり、地面を抉りながら魔法は放たれた。

 紛れもなく二人の最高の魔法。優真はこれに答えてやらなければならない。優真は魔導具を握り締め、駆け出すタイミングを図る。

 しかし――


「甘いな」


 ラークイスは腰を深く落とし、突剣を引き寄せ『重複魔法』が直前にまで迫った時一気に突き出した。


『風突』


 突剣に溜めていた漆黒の風が全て放出され、漆黒の風の突きとして放たれた。突きは『重複魔法』を中心から裂き、威力は全く衰えずにジュードとレンに襲い掛かった。


「ぐっ、ガアアアアア!!!」

「きゃあああああ!!!」


 黒い風の突きは襲い掛かる寸前で拡散。全方位から風の突きが二人を切り刻み、全身から血を流して倒れた。

 一瞬の内に実力者四人が地に伏せられた。起き上がる気配は――ない。


「こ、こんな事って……」


 素人目に見てもわかる。明らかに先程よりも強くなっている。今までラークイスの漆黒の魔力の気配は衰える事はなかったが、その魔力が更に膨れ上がっている。戦場で何かがあった、と考えるべきであろう。

 それはつまり、優真達が勝てる可能性はほぼ皆無だという事と同義である。


「残るは貴様一人だ。異界の者よ」

「くっ……」


 優真は全身に絶望が満ちていくのを感じた。優真がうなだれ、諦めかけたその時、リースが叫んだ。


「諦めるんじゃないわよ! 今アナタが諦めたらアイカとユウネはどうなるのよ!?」


 優真は優音を見、そして愛華を見た。優音はリースの隣で不安そうに優真を見つめていて、愛華はラークイスの後ろに横たえていた。

 優真はぐっと魔導具を握り締め、思う。こんなわけのわからない世界に来させられて巻き込まれて、挙げ句こんな状況。冗談じゃない。

 出来る事なら逃げ出したい。ずっと戦いが怖くて怖くて仕方なかった。だけどそれも――


 ――愛華と優音を助ける為。


 なんだかここまで周りに言われるがまま流されて流されて辿り着いてしまった気がする。だがここからは自分自身で決めて歩いていく。


「……そうだな。もう流される状況じゃねえし、決めなきゃいけないんだよな」


 考えるまでもない。答えは始めから決まっていた。そして、優真の意志に呼応するかのように左手に持つ魔導具も白く輝き、右手には黒い輝きが溢れだした。

 次の瞬間には優真の手には二つの刀型魔導具が握られていた。右手に『黒闇』、左手には『白光』。


「愛華も優音も仲間達も、みんなまとめて助ける!!!」


 力が溢れていた。体に魔力が満ち満ちてくる。そして声が聞こえた。

 ――頑張ってください、と。




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