第二十五話 魔導具の次なる進化
「ぐっ――」
優真はゆっくりと目を覚ました。目の前には一面に薄暗い青空。俺はいったい……、と考えた後全てを思い出し、ばっ、と勢いよく起き上がった。
「なんだ……これ……?」
辺りは切り刻まれた柱や壁の瓦礫。既に天井は存在していなかった。そして、近くには倒れている仲間達。
「おい、起きろ優音!」
「う、ううん……」
見たところ大きな傷もない。優真はほっと安堵した。優音は目を開くと、目を擦りながら起き上がる。
「んあー……お兄ちゃん、おはよー……」
「ばっか、寝惚けてる場合じゃねえぞ。現状を理解しやがれ」
んー、と優音は辺りを見回す。右に瓦礫、左に瓦礫。時々アレン。
「って、アレン!?」
倒れているアレンを見つけてようやく現状把握したようだ。優音はアレンを抱き起こした。
「アレン! アレンってば! 起きてよ!」
「ん……」
優音に呼び掛けられてようやくアレンは目を覚ました。だが、寝惚けているのかとんでもない事を言い放った。
「あぁ……ミリー、昨日は随分と激しかったね」
「はあっ?」
優音が眉をひそめて軽蔑するかのような視線でアレンを睨んだ。だが、それ以上にその言葉に反応した人物が一人、優真の背後で殺気を放っている。
突然現れた巨大な、そして恐怖を感じる気配に優真はビクッ、となってしまった。
「ア〜レ〜ン〜?」
「………………」
アレンは優真の背後を見、そして優音の顔を見上げた。優音は目を逸らした。一瞬で自分が危険な状態である事を理解した。
そこから導き出される答えは……?
「……これは死ぬかな……?」
「自業自得でしょ」
そう死刑を宣告したのは優音、死刑執行人は――リース。
「ユウマ、ジュード達お願い。アレン、覚悟はいいわね?」
リースは優真の隣へジュードを足で転がし、まるでゴミのように扱われるジュードをクッション代わりに、両脇に抱えていたレンとベルブランカをその上に置いた。
その衝撃でぐえ、と蛙が潰れたような声を上げていたが、それが女の子二人だからかスケベな笑みを浮かべていた。
よく見たらそーっとジュードの手がレンとベルブランカに向かっている。どうやら起きているようだ。
だが、そんなスケベな気配に気付いたのかレンとベルブランカは同時に起き上がり、半ば条件反射の如くジュードを足蹴にしていた。
その向こうではリースがアレンを往復ビンタを浴びせていた。
「ぎゃあ! ごめんなさい! うごっ! ほ、ほんの出来心ぬがっ! だったんでぶほっ!」
「ぶぶぶぶぶ!! ち、違うんだリース! は、話をぐほっ! 聞いてくぜへっ!!?」
いつの間にか優音が隣でそんな光景を呆れたように眺めている。容赦なく制裁を下されているバカとアホ(ジュードとアレン)。なんというか、救いようがない。
「っと、こんな事やってる場合じゃない。愛華! どこだ!」
意識が飛ぶ前はラークイスに捕まっていたはずだ。ラークイスは愛華の中にあるという魔石が目的だから、危険な目には遭っていないとは思うが……。
「やはり、全員生きていたか」
頭上からの声。見上げれば小脇に気絶した愛華を抱え、両隣には風で浮かせたリングサーク王と王妃が同じように気絶していた。
そして、ラークイスは風を解いて二人を落とす。自分の両親とは思えないような酷い扱い方だ。
「お父様! お母様!」
「ふん、感謝するんだな。母上が咄嗟に張った防御壁のお陰で貴様等の命が少しばかり伸びた」
ラークイスはゆっくりと降下し、不敵な笑みを見せた。その笑みは狂気に歪んでいて最早人間のものではない。
「……許せない」
優音はポツリと呟く。両手に魔導具を出現させ、顔を俯かせたままゆっくりと立ち上がった。
「自分の親を……こんな風にするなんて……」
優音は許せなかった。幼い頃に両親を亡くし、周りから同情や憐れみの視線で見られて過ごしてきた。
その分優真や愛華に甘えたり、頼りっきりになっていたけど、それでも親が欲しかった。
優音にとって親とは、無償の愛をくれる絶対の存在。そんな親を傷付けるラークイスはどうしても許せない。
「もう泣いたって許さない!! 『紅蓮風雅』!!!」
優音の魔導具を中心に紅い風が巻き起こり始めた。その風は魔導具の先に収縮されていき、紅い風の球体を形成、そしてそれを放った。
だがラークイスはそんな優音を一笑に伏し、軽く突剣を一振り。『紅蓮風雅』はいともたやすく切り裂かれ、打ち消された。
「あああああああああああああああっっっ!!!!!」
それでも優音は諦めない。まるで狂人と化したように叫び、ラークイスに突っ込んでいく。
優音の周りには灼熱の風が吹き荒れ、空気を焼き尽くしていく。その中から優音は魔導具を構え、風弾を乱発していた。
「まずいっ! ユウネ様の魔力が暴走しかけてる! 止めないとっ! ベル!!」
「わかっています!!」
優音を止める為にベルブランカは魔導具を出現させるが、ジュードが待て、と手で制した。
「何故ですかジュード兄さん!? このままではユウネ様がご自身の魔力で取り返しのつかない事に――」
「よく見てみろ。暴走しかけちゃいるが、あの子は自分の魔力をちゃんと掌握している」
ジュードの言葉は優音の魔導具の発砲音に遮られた。優音の放つ灼熱の風弾はラークイスの風と対等に渡り合っている。
「どうして優音にこんな力が……? 俺と戦ってる時はこんなに強くなかったのに」
「お前、修行してる時に俺が言ったろ? 魔法は思いの強さに比例する。今、ユウマの妹は王と王妃を傷付けられた事に対しての怒りだけで戦ってる。その強さはハンパねえんだろうよ」
だが、その状態は不安定なものである。怒りは思考を停止させる。せっかく少しばかり回復した魔力も、風弾の乱発でかなり消耗しているようだった。
「ふん、暴走状態でもその程度か。つまらぬ。つまらぬな、異界の者よ」
優音が互角の力を見せてもラークイスは全く動揺しない。そして突剣を優音に向けると、荒れ狂う漆黒の風の刃が優音に襲い掛かった。
優音は『紅蓮風雅』を放ち、漆黒の風の刃にぶつける。漆黒の風と紅蓮の風はその場に留まり、お互いを喰い合っている。だが、徐々に『紅蓮風雅』は激しさを削られ亀裂が走る。
「全く、お前ら兄妹には驚かされる。暴走状態の魔力を掌握するなんて、並みの才能の魔導士ならそのまま自爆する。暴走時の魔力は常時の二倍にも三倍にも膨れ上がる。それを扱える事が意味する事は――」
ジュードの口の端がニヤリと釣り上がった時、『紅蓮風雅』の全体に亀裂が走り砕け散った。それと同時に優音は魔導具を黒き風の刃に向けるが、その魔導具が突然ぐにゃりと歪む。
「――魔導具の次なる進化だ」
リングサーク神王国より遥か東。ギアナ荒野と呼ばれる山々に囲まれた一面の更地にリーザリス軍とリングサーク軍は戦闘を行っていた。ギアナ荒野の広大な大地は今や両軍の兵士や死体で埋め尽くされている。だが、圧倒的な兵数を持つリングサーク軍は、それよりも兵数が少ないはずのリーザリス軍に苦戦を強いられていた。
その中でも最も戦果を上げているのは八賢者の一人であるエア・ローゼンクロイツ。エアは右手に細身で両刃の剣型魔導具、左手で方陣魔法を描きながら戦っていた。
だが、エアはまだ一人も殺していない。戦闘では魔導具の腹で敵を叩くようにし、魔法は気絶する程度の魔力しか込めていない。それが可能なのもエアの抜きん出た実力のお陰である。全面戦争の最中、加減して戦うなど八賢者か、それ相応の実力を持った者か、それともただの無謀な馬鹿でしかありえないだろう。
(さっさとこの戦争終わらせて、バカ息子達を助けに行かないと)
エアはそんな事を考えながらまた一人、魔導具の柄で敵の腹を突き気絶させた。流石にエアが八賢者である事は知られているのか、エアを囲むようにリングサーク兵は警戒している。
それはエアにとって不都合。さっさと襲い掛かってきてくれた方が手早く済む。来ないのならば、とエアは自分から敵陣に突っ込んでいく。
魔導具を叩きつけるように振るい、ジュードと同じ属性『紫雷』の魔法で敵をなぎ倒していく。
だが、倒しても倒しても敵は減らない。前も後ろも、右も左も、時々上からも敵が来たりする。むしろさっきよりも増えているような気さえしてきた。
「あ〜めんどくさい〜でも本気出せない〜」
殺しはしない。そう誓ったからこそ本気ではできない。エアが本気でやればそれこそ皆殺しになってしまう。そしてまた目の前の敵一団を魔法で弾き飛ばす。
しかしながらエアは知らない。この戦いが長引けば長引くほど、それによって生まれる負の感情がラークイスへの魔力となっている事に。
そして、そんなエアと戦闘自体を岩山の影から眺めている影が一つ。長身で全身は黒いローブ姿。目深に被っているフードの下から垣間見える口元は、悪魔のような笑みで歪んでいていた。
「いいぞ……もっと殺し合え、もっと憎み合え。さすれば我が望みが叶うのも早まるというもの。しかし……」
黒いローブの人物はエアに目を向ける。今まさにリングサークの兵士達を魔法で十人ほど倒しているところだった。
「奴は、少々目障りだな……」
戦いを長引かせる為にはお互いの戦力を同等にしなければならない。エアの存在は両軍のバランスを大きく崩していた。
「我自ら出向くとしよう」
ローブの人物はぶつぶつと言葉を呟き始め、指も同時に動かしている。詠唱魔法と方陣魔法の『複合術式』である。『『複合術式』が完成した瞬間、フードの人物の姿が掻き消えた。
そんな時、敵をバッタバッタと薙ぎ倒していたエアの前に突然空間が歪み、魔導士のような人物がその中から現れた。
突然現れた魔導士を訝しげに眺めるが、エアはリングサークの魔導士だと断定。他の敵と同じように軽くあしらってやろうと、魔導具を叩きつけるが――
「おっ?」
エアの鋭い一撃は魔導士がいつの間にか出していた短杖に阻まれた。それを見たエアは楽しげに頬を緩ませ一度距離を取る。
魔導士なのに接近戦を苦にしないあの動き。エアの一撃を片手で軽々と防ぐあの力。久々にやりがいのある敵が出てきた、とエアは当初の目的を忘れて舌なめずりした。