第二十四話 魔族と契約した者
やっぱり、とリースは心の中で呟いた。愛華が以前見せた異常な魔力は、『氷姫の涙』によるものだった。
そんなリースと、半ば予想していたジュード以外の面々は驚愕の表情を浮かべていた。
「そんな……嘘だろ……。愛華は普通の女の子だろ!」
「そうだよ! 小さい頃から一緒に過ごしてきたけどそんな力持ってないもん!」
愛華の事は誰よりも知っている優真と優音がラークイスの言葉を否定するために叫んだ。だが、当の愛華は思い当たる節があるのか俯いたまま何も言わない。
ラークイスは見下すかのように二人を見据え、闇が空間を塗りつぶすかのように、右手に細身の突剣型の魔導具を出現させた。
「……少々、話が過ぎたようだ。私の目的は『氷姫の涙』の奪還。本当はそこの娘だけをこの世界に召喚するはずだった。だが、やはり別世界からの召喚は相当に難しいのでな。個人を特定する事はせず、とにかくこちらの世界に召喚する事だけに絞り、魔法を行使させてもらった」
つまりは優魔と優音は巻き込まれただけだったと言う事か。だが、それでも愛華を一人この世界に来させるなんて事、二人にはできない。
さて、とラークイスは魔導具をゆっくりと突き出すように構えを取った。それを見てリースは愛華を背に隠し、治療を終えた王と王妃を入り口にまで下がらせた。
「そろそろ戦場の方もピークを迎える事だろう。私の魔力もいい具合に上がってきている」
「!? そうか、そういう事だったのか!」
ばっ、とジュードは顔を上げしまった、という表情をした。
「お前、その禍々しい魔力。魔族と契約しやがったな?」
魔族。それは魔力を持った人に仇なす存在。古来より人と相容れず争い合ってきた。
この世界の三分の一は魔族の領域となっている。昔、魔族を排斥しようとする国や組織が存在していたが、魔族の中には人間と同等以上の武力や知力を持っているのもいる。そんな魔族に阻まれて、今では魔族には無関心、無干渉が世界各国で暗黙のルールとなっている。
だが、その禁忌を破る人間も存在する。得てしてその人間は人生に絶望し、世界を呪い、力を望む。魔族はそういった悪意、絶望、憎悪、苦しみ等といった負の感情から生まれる魔力を好む。
精霊魔法を使用する際、精霊に与える魔力を正の魔力とするならば、魔族に与える魔力は負の魔力といったところだろうか。
魔族に負の魔力を与える事により、与えた人間は強大な力を得る。その力は黒き闇に属する。だが、優真の持つような『黒闇』ではなく、黒よりも黒く、闇よりも邪悪。
元々持つ魔力はその属性と交じり合い、導力すら失う事になる。
そして、契約した人間の負の感情だけではなく、周りの負の感情をも取り込んで力に変える。近くで戦争が起きているこの地では魔力が尽きる事はない。
つまり――
「この戦争も、俺達がこの世界に召喚されたのも、全ては『氷姫の涙』を手に入れる為だった……」
優真の絶望した呟きに、ラークイスはニヤリと悪魔のような笑みを見せた。
「そんな……魔族の手に堕ちてしまったというのですか、ラークイス様!?」
「アレンよ、私は魔族に服従しているわけではない」「はっ、よく言うぜ。一度魔族と契約してしまえばもう普通の人間には戻れねえってのに」
ジュードはアレンに優しく諭すラークイスの言葉を鼻で笑った。
人間が魔族と契約してしまえば強大な力を得る事ができる代わりに、人間は魔族に隷属しなければならない。
人間は自らの意志では逆らえず、契約した魔族の命令は絶対服従。最早自分の生を全うする事はできない。
「ふっ、世界を我が物にできるのであれば私の一生を賭けるくらい安いものだ」
その言葉を境にラークイスを取り巻く邪の魔力の流れが激しくなる。
ラークイスの元々の属性は風。その属性は邪の魔力により、『邪風』と呼ばれる。その悪しき風は暴風となり、部屋全体を駆け抜けた。
来る! と優真が思った瞬間、ラークイスは動いた。いや、動いたと考えた時にはラークイスは優真の隣で、口元を耳に寄せてきた。
「――故に、あの娘を貰い受ける」
「なっ!?」
速すぎる。ジュードやアレン、ベルブランカが意識を張り巡らせている中、誰もが動けず簡単に愛華に接近を許してしまった。
だが、リースだけはラークイスの速さに反応し、青い美麗な剣型魔導具を出現させ、ラークイスの突剣を受け止めていた。そしてジュード達に向け怒号。
「この、役立たずども!! 昔っから弱いままなんだから!! それでも八賢者の子供!?」
「面目ねえ。アレン、やるぞ! ユウマ! 隙を突いて『白光』で封印するか、『黒闇』で一思いに殺せ!!!」
「なっ!? おいジュード!!」
ジュードは優真の制止の声も聞かず、両手に大剣と槍の魔導具を出現させる。アレンもそれに続き召喚したペガサスに跨り、弓型の魔導具を構え飛んだ。
優真は悩んだ。『白光』で魔力を封印するのはともかく、『黒闇』で殺すのは躊躇われる。だが、やらなければ愛華が――
「がっ!!?」
「うぐっ……」
優真が悩んでいる間にジュードとアレンが吹き飛ばされた。リースはラークイスの風を上手くいなし、魔導具を剣、槍、矛、色々な形に変化させ、互角に渡り合っていた。ギロリ、とリースは横目で役立たず男二人を睨んだ。
「アナタ、確かユウマって言ったわね!?」
リースは魔導具を弓型に変え、矢でラークイスを牽制しつつそう言った。
「あ、ああ」
「アイカを……守って!」
たったそれだけの言葉にリースの思いが全て詰まっているように感じた。ならば、優真もわかった、と頷く事しかできない。
「愛華、こっちだ!」
「優君……、私の、私のせいで……」
愛華は目に涙を溜めて優真を見上げた。ラークイスから真実を聞かされ、召喚された原因が自分が原因だと知ったからだろう。愛華は自分を責めていた。
「ばか、お前のせいなんかじゃねえよ。俺も、優音もそんな事思ってない」
「そうだよ、愛華お姉ちゃん。むしろ良かったよ。愛華お姉ちゃんを一人にしないで」
「優君……、優音ちゃん……」
いつもはしっかりしているのに、時々こういう泣き虫が出てくる。優真はよしよし、と頭を撫でた。
だが、三人はリースの叫び声によって現実に引き戻された。
「きゃあああああ!!!」
「リースちゃん!?」
吹き飛ばされたリースは壁に激突。その衝撃で少し吐血するが魔導具を杖代わりにして今にも倒れそうになりながらも立ち上がった。まだ、その目は戦意を失っていない。
リースが善戦したにも関わらず、ラークイスには傷一つ付いていない。まっすぐ、ゆっくりと愛華に向かって歩いてきている。
――突然、その足元から地面が隆起し、ラークイスを包み込んだ。そしてその上から緑の風が刃となってその塊ごと切り刻む。
「兄さん、何を寝ているのですか? 情けない」
「ジュン君も、そんなんだとまたエアさんになじられるよ?」
冷たい声と呆れた声を出したのはベルブランカとレンだった。二人は休まず土と風の魔法をラークイスに浴びせ続けている。ジュードとアレンは気まずそうに立ち上がった。
「あぁ、れっちゃん。気が付いたのか……。くっそ、男なのに情けねえ。れっちゃん達にいい格好させちまうとは……」
「全くだね。このままでは男の沽券に関わるよ」
くだらなすぎ……、という声がリースからしたが二人は無視した。そしてそのまま切り刻まれた岩の残骸に向かって、ジュードは魔法陣を展開、アレンは詠唱を始めた。
『怒れる雷帝の槍』
『流麗なる黒き風よ。集いて集いて敵を切り刻め』
ジュードの魔法陣からは雷を纏った槍、アレンの周りには黒い風が巻き起こり始めた。
「ベルさん! 『重複魔法』使った事ありますか?」
「あ、はい。経験はありますが、兄さんとしか合わせた事がありませんけど……」
「大丈夫です。私の導力は『風読』ですから!」
それを聞いたベルブランカはなるほど、と頷き詠唱を開始する。それに合わせてレンも詠唱を始めた。
『重複魔法』とは属性の違う魔法同士を組み合わせてより強力にし放つ魔法である。基本的に二人で息を合わせ、共に詠唱の言葉を一字一句間違わずに発しないと発動できない。それほどまでに高度な魔法だ。
だが、レンの導力『風読』は、言わば『重複魔法』の為の導力だ。その効果は自分と対象の息を合わせ、互いの考えがわかるという力を持つ。故に、この導力を持つ者は誰であろうと『重複魔法』を使用できる。
『大地を駆け抜ける烈風よ。我等の下へ集え。全てを切り裂く烈風は大地を砕き、合わさり、我等が敵を圧死させる竜巻となる』
ジュードとアレンの魔法に合わせ、ベルブランカとレンも『重複魔法』を放った。
ラークイスが埋もれているであろう残骸の周りに、『重複魔法』による巨大な岩が包み込むように四つ隆起し、その岩を後から発生した竜巻が切り刻み、岩のつぶてが風に乗った。
竜巻による風の刄と、岩のつぶてによる攻撃が残骸ごとラークイスを襲う。
さらにジュードの雷の槍とアレンの黒き風のかまいたちもそこに加わった。
激しい爆発音と風の轟音が王の間を駆け抜けた。ラークイスの生死は土煙により確認できない。
「やったか……?」
優真の呟きには、ジュード達は首を縦には振らなかった。
正直、これほでの魔法を受ければ生きてはいないだろう。実力者四人による一斉攻撃。その余波で壁は崩れ、外の景色が見えるほど。
徐々に晴れていく土煙。そしてそこには魔法による大穴だけが存在しているだけだった。
「勝った……?」
「っ!? 違う! アイカ、逃げ――」
「ぐあっ!?」
「きゃあっ!?」
リースがそう叫んで愛華に駆け寄ろうとしたが遅かった。
愛華の近くにいた優真と優音は突然の衝撃に不意を突かれふっ飛ばされた。
「ユウマさん!」
「ユウネ様!」
一番近くにいたレンとベルブランカが二人を助け起こす。
少し背中が痛むが動けない事はない。優真は顔を上げるとそこには全くの無傷のラークイスと、ラークイスに捕まっている愛華がいた。
「や、嫌! 離して!!」
「愛華!! この野郎!!!」
優真は怒りを顕にして走りだす。だが、ラークイスが手をかざしただけで風が巻き起こり、優真は再び吹き飛ばされた。
「お兄ちゃん!?」
「だ、大丈夫」
転んだ時に口の中を切ったのか少し血の味がする。ぺっ、と唾を吐くとそれは赤く染まっていた。
「今度はこちらの番だな」
そしてラークイスの詠唱が始まる。
『我が身に巣くう魔の者よ。汝の吐息で我等が敵を切り刻み――』
その響きは華麗にして流麗。その力は残酷にして残虐。
『――この地を紅く染め上げよ』
それはレンの魔法とは全く違う竜巻の魔法。風の色はどす黒く、無差別に辺りを破壊し尽くす。
そして、優真達はその無慈悲な力の奔流にただ巻き込まれていくだけだった。