第二十三話 発端
リングサーク第三王子、ラークイス・ナレ・リングサークは焦っていた。
リングサークの第一、第二王子が亡くなった事で、国中から王家は呪われている、国も滅びる運命等と噂されているからだ。
国民の王家への信頼は地に落ち、このままでは本当に国が滅んでしまう。
今こそ国民に王家の威厳を示す時であるとラークイスは考えた。
国民の信頼を取り戻し、国を存続させる為には――
「――他国を侵略するしかない」
ラークイスは国の為、国民の為に他国を侵略するしかないという旨をリングサーク王に進言しようと王の間へと向かっていた。
もしこの計画に反対されたとしたら仕方がない。自分が王位を継いだ時、この計画を再び推し進める事にしよう。
兄二人が亡くなった今、ラークイスが王位を継ぐのはそう遠くはないはず。
ラークイスはそんな事を考えながら王の間の扉に手を掛けた。
その時――
「ラークイスの思想は危険だ。王位を継がせるわけにはいかない」
それは紛れもなくリングサーク王の声。ラークイスの手は止まり、聞き耳を立てた。
「この国をラークイスに任せてしまえばやがて滅亡へと向かう」
「しかし陛下。そうすると王位はどうするのですか? いつまでも先伸ばしにするわけにもいかないでしょう」
流麗な女性の声が耳に届いた。リングサーク王国騎士団団長、シェリア・レビィである。
シェリアの進言にリングサーク王は心配ないというように首を振った。
「それはいずれ何とかしよう。今、この国に必要なのは民の信頼を取り戻す事にある」
ラークイスはそっと扉から手を離し、静かにその場から去った。
『この国をラークイスに任せてしまえばやがて滅亡へと向かう』
王の言葉が耳から離れない。王は最初から自分に国を任せる気などなかったのだ。
「ふ……」
喉の奥から笑いが込み上げてきた。国民の事を第一に考えてきた結果がこの様か。
バタン、と扉を後ろ手に閉めた。いつの間にか自分の部屋に戻ってきたようだ。
部屋の中は暗い。まるで自分の心を映しているかのように。
「ふふふ……ふはははははは!!!」
滑稽だった。悲しくなるほどに。
「……力が、あれば」
誰もが恐怖し、跪くしかできない。圧倒的な力。それさえあるならば、こんなに憂い、悲しむ事もない。
ラークイスの心は怒りと憎しみに満ちていた。
――そして、聞こえた。
『力が……欲しいか……?』
突然に頭に響く声。それは現実に聞こえたのか、自分自身の妄想なのかは今のラークイスには判断できなかった。
だからこそ、心のままに答えた。
「……欲しい。誰にも負けず、誰にも屈せず、国を……いや、世界を掌握する力を!」
『ならば、与えてやろう』
――次の瞬間、ラークイスの魔力が闇に塗り潰されていくのを感じた。そして、ラークイスの意識が暗転した。
神聖なる王城。
その巨大な城の複数ある内の一つの地下に続く螺旋階段を下ると、重厚な扉に守られた宝物庫がある。
本来ならばその扉を守護しているはずの魔導士三人がいるはずなのだが、今はどこにも見受けられず、その扉も開いている。
宝物庫の中でゆらゆらと複数あるろうそくの光を受けるのは、四人。
その内の三人は漆黒のローブを身に纏い、それぞれの武器を残る一人に向けている。
銀髪の青年は身の丈ほどの槍を、金髪の女性は青く透き通った剣を、その二人の後方には、黒髪の女性が漆黒の弓で禍々しい光を放つ矢を構えている。
三人に囲まれている形で武器を突きつけられている人物は、何年も使い込まれているようなボロボロのローブを着込み、フードも目深に被っているので性別は特定できない。だが、背格好からして男であろう。
その男は大事そうに抱えている古い箱を、誰にも渡すまいと強く胸に抱いた。
「貴様、それを渡せ。それは貴様のような賊が手に入れていいものではない」
銀髪の青年が鋭い眼光で目の前の人物に言い放った。だが、男は何も答えずただじっとしている。
「………」
銀髪の青年は訝しげに思いながらも、見下すかのような目で男を見据えた。
「それはこの世に出してはならない物だ。世界の秩序を守る為にそれはこの国が永遠に守らなければならない」
「そうです。今ならまだ命は助けてあげられます。ですから大人しくその宝をこちらに渡してください」
慈悲を与えるかのように優しげな声でそう言ったのは黒髪の女性。元々、争い事を好まない性格なのかその瞳は悲しみに染まっている。
だが、男から返ってきたのは無言だけだった。
「あー、はいはい。ここまで来たんだからそう言われて大人しくそれを渡すような輩じゃないわよね。
それじゃあ、痛い目見る覚悟も出来てるんでしょうね?」
ニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべるのは金髪の女性。
それを見た黒髪の女性が待って、と声をかけて金髪の女性を制した。
「偶然だとしても、私達を正面から出し抜いたんだよ? 油断はしないで」
そう。この男は恐らく盗人などではない。相当な力を持った魔導士であろう。
この世界には、最強と謳われる八人の魔導士集団が存在していた。
八賢者――彼等はそう呼ばれている。
そしてこの場にいる三人――銀髪の青年と金髪の女性、黒髪の女性がその十賢者と呼ばれる魔導士であった。
そんな三人の魔導士を出し抜き、宝物庫の宝を奪っただけでも高位の魔導士である事が窺える。
「わかってるわよ。それじゃ、お休みなさい」
金髪の女性がそう言い終った瞬間には既に男の目の前に移動し、剣を振り上げていた。
剣を袈裟に切り下ろす。初撃で戦闘不能にさせるつもりだった。
しかし――
「――えっ?」
金髪の女性の青い剣が振り下ろされようとした瞬間、突然剣の動きが止まった。
何か硬い壁に阻まれているようにその先へと進められない。
見たところ男は何も――いや、口が密かに動き、指先も何かを描くように動いている。
「まずい! 『複合術式』だ! 離れろ!」
銀髪の青年が焦ったように叫んだ。
だが、遅かった。
男の指先は動きを止め、男の足元に黒い魔方陣が現れた。
男は口元をにやりと歪ませ笑みを見せる。
――刹那、宝物庫は巨大な光に飲み込まれた。
「これが、始まりだ」
ラークイスは図々しくも玉座に座りながら話をしていた。だが、その話もまだ核心に触れていない。
「この国に伝わる詠唱魔法と方陣魔法による『転移魔法』の複合術式で、私は八賢者から逃れた」
だが、とそれまで余裕を見せていたラークイスが、悔しげに唇を噛んだ。
「『氷姫の涙』が私の魔力に干渉し、暴走してしまったのだ」
「暴走……?」
魔法の不発はまだ害はないが、魔法の暴走は下手をしたら使用者の死を招く。その魔法に消費する魔力が強ければ強いほどに致死率は上がる。
さらにラークイスは続ける。
「『転移魔法』は自らをAの地点で分解し、Bの地点で再構成する魔法だ。私自身は再構成に成功したが、『氷姫の涙』は分解されたまま別の地点に転移されてしまった」
「!? 待て! って事はユウマ達がこの世界に召喚されたのは……」
「……まさか」
はっ、と一つの答えにたどり着いたジュードの言葉を聞き、リースはそう呟いて愛華を横目で見据えた。
リースの中で繋がってしまった。愛華と『氷姫の涙』が。数日前に見せた愛華の異常な魔力。あれは――
「そうだ。その場所を見つけるのに数年掛かってしまった。『氷姫の涙』は再構成されず分解されたままある一人の人間に吸収された。それがお前だ」
ラークイスはゆっくりと手を上げていき、指を差した。
――その指先は愛華を指していた。