第二十一話 朱に染まる書状
突然、優真達の頭上の天井がガラガラと音を立てて崩れ落ちてきた。
「愛華!」
「ユウネ様!」
咄嗟に行動できたのは奇跡としか言い様がない。優真は愛華を、ベルブランカは優音を抱き抱えて横に飛んだ。
瓦礫は優真達が今までいた場所に積み重なっている。そして、いきなり天井が崩れ落ちてきた原因が土埃が晴れるにつれて見えてきた。
「はぁー、はぁー……」
「ぐっ……」
それは二人の人影。赤髪の少年と緑髪の少年である。赤髪の少年は両手に大剣と槍の魔導具を持ち、緑髪の少年は翼が生えた白馬に跨り、黒い弓の魔導具を構えている。
だが、魔導具も白馬も既に消えかけており、二人とも全身傷だらけで満身創痍である。
「ジュード!」
「アレン!」
赤髪の少年――ジュードと緑髪の少年――アレンは横目でちらりと優真と優音を見た。
「……ユウマか……。じゃあ下は王の間だったのか……」
「……申し訳ありません、ユウネ様。この男を黙らせるのに少女騒がしくなるかもしれません」
「抜かせ。俺はまだまだやれるぜ」
その言葉を証明するかのようにジュードの魔導具が強く輝きを放ち、蒼い炎が燃え盛り、紫の雷がほとばしる。
アレンの魔導具も黒い輝きが増し、白馬は翼をはためかし、その翼から自身の色とは対照的に黒い風が巻き起こった。
「お、おい! 今はそんな事やってる場合じゃねえんだよ!」
「そうだよアレン! 止めようよ!」
優真と優音がそう叫んでも二人は全く聞く耳持たず。というか、極度の疲労と興奮状態で届いていない。
「ずりゃあああああ!!!」
「うおおおおおおお!!!」
二人は互いに向かって魔導具を構えた。それだけの事なのに叩きつけられる魔力の余波は凄まじい。
だが、愛華は周りの心配をよそにジュードとアレンの頭上に空いた穴に視線を向けていた。
愛華は感じていた。上から強い怒気を含んだ巨大なプレッシャーが近づいてきているのを。
そして――
「やめなさい!!! バカどもおおおおおおおお!!!!!」
ジュードとアレンの脳天に巨大なハンマーが落ちてきた。それを操っているのは金髪の少女。
後にジュードとアレンは語る。なんだか妙な川を二人で競って泳いでいた、と。
金髪の少女がハンマーを持ち上げると、ジュードとアレンの無残な姿が残されていた。時々ピクッと痙攣している。
「リースちゃん!」
「アイカ! よかった! 上手くいったみたいね!」
金髪の少女――リースはガバッと愛華に抱きついてきた。
『……』
一度に色々な事が起きたのでその二人以外は全く展開についていけていない。
その均衡を破ったのは、困惑したままの優真だった。
「えーっと、愛華。その人は……?」
「あ、ごめんね。この人は――」
「リースミリス・ベルティオー。リースって呼んでね。そこに転がってるバカ二人とベルの幼なじみ。色々あってアイカとリングサークに来たのよ」
愛華の言葉を遮って勝手に自己紹介を始めるリース。さらには優真を見つけるとニヤリと笑みをこぼした。
「ねえねえ、あの人がアイカの言ってたユウ君? ちゃんと再会のキッスはした〜?」
「はあ!?」
「ええ!?」
優真は一瞬で理解した。この女、ジュードやエアと同じ性質だ、と。
優真はため息をつき、愛華は手をブンブン振ってリースの言葉は否定している。
そんな時、優音が何か思い出したように手をポンと叩いた。
「あ、そっか。ベルが言ってた許婚ってリースさんの事だったんだ」
「あ」
と、漏らしたのはベルブランカ。見ると、言っちまったよこの人的な表情をしている。
そんなベルブランカの視線の先には頬を真っ赤に染めたリースが――
「や、やだもう! アレンったらそんな事まで話したの? もう恥ずかしいなあ!」
バキッ! ドコッ! ガスッ!
王の間に痛々しい音が響き渡る。リースが足で踏みつけている音だ。その足元には痛みで目を覚ましたアレン。だが、今度はその痛みで半ば気絶している。
「がっ!? ぐっ!? ぎゃあ!? ぁ……」
アレン、再び気絶。
「そういえば……」
以前、アレンが許婚の事を言っていたのを優音は思い出した。
『その性格が問題なんです! 口よりまず先に手が出る、足が出る! ほめれば照れ隠しに殴られる、けなせばもっと激しく殴られる! あんなバイオレンスな嫁は願い下げです』
なんだか凄く納得してしまった。優音、優真、愛華、ベルブランカは集って遠巻きにリースとアレンを眺めていた。
「ツンデレなんだ〜」
と、優音。
「ツンデレです」
と、ベルブランカ。
「ツンデレだね」
と、愛華。
「ツンデレだな」
と、優真。
「……そ、そんな言葉で……か、片付けないで……くださ……」
アレンはそれだけ言い返すと三度バタッと倒れた。そして四人でアレンに向かって合掌。
アレンが目を覚ましたのはそれから五分後の事だった。
リングサークで優真、優音、愛華が再会を果たした時、すでに朝日が昇る時間帯になろうとしていた。
それは同時に、リーザリス、リングサーク、両国の全面戦争が開始される合図でもある。
リーザリス軍の先頭には八賢者の一人、エア・ローゼンクロイツが普段の陽気な雰囲気とは対照的に、口をつぐみ、射ぬくような視線でリングサーク軍を眺めている。
そして本来ならリングサーク軍を率いているのは八賢者の一人であるシェリア・レビィのはずであった。それで対等。確実とはいかないまでも、エアの抑止力として重要な役割を担っていた。
だが、シェリアは現在別任務に就いており行方不明。リングサーク騎士団は王を守る最後の砦であるため、アレン含め最前線には出てこない。
よって、今のリングサークの戦力では万に一つも勝てる可能性はない。
「……不毛ね。出来る事なら戦いたくはないのだけど」
エアは誰に言うまでもなくそう呟いた。近くにいた部下が反応したがなんでもない、と手で制する。
「それにしても……」
何か、嫌な予感がする。漠然とした不安。それは、八賢者として戦ってきた魔導士としての直感。
この戦争の裏には何かある。だがそれが何かはわからない。
「……さて、行きましょうか」
そしてエアは歩きだした。そろそろ太陽が昇る時間である。
今は、この戦争に勝つしかない。
「にゃるほどにゃるほど、俺達が寝てる間にそんな事が」
「まさかユウネ様達だけではなく、僕達まで再会するとは……」
ジュードとアレンが目覚めた後、優真達は今までの経路を話し合った。
アレンはリースを見るなり逃げ出そうと試みたが、がっちり腕を組まれて半ば魂が抜けている。
「俺達がまた会えたのはいいけどさ、そしたら今後はどうするんだ?」
優真が優音と愛華と再会できた時点で、もはやリーザリスの王に従わなくてもいいような気はしている。
だが一度引き受けた事だし、それに何より――
(リルのあんな顔見ちまったしな……)
リーザリスの兵士が出撃する時、リルは悲しそうに見送っていた。そして戦争を止めたいと願う思い。叶えてやりたい。優真はそう思っている。
「俺達のやるべき事は最初から決まっている」
ジュードは優真の問いに答えるようにリングサーク王を前に見据えた。
という事は、やはりそういう事なのだろう。アレンも臨戦態勢を取っている。
――しかし、ジュードは頭を下げて床に膝をついた。
「戦争は、どうしても止めなきゃならない。だから兵を引き上げさせてくれ」
「ジュード……」
今まで決して話し合いでは解決しようとしなかったジュードが頭を下げている。
そんなジュードを見てアレンもベルブランカもリースも驚いたような表情をしていた。だが、レンだけは笑顔でジュードを眺めている。
「陛下も争いは望んでいない。リングサークとは友好関係を築きたいと陛下はお考えだ」
「俺達リーザリスの王女とも友達ですから、リルにも口添えしてもらえばきっと大丈夫です」
ジュードを援護するかのように優真もリングサーク王を説得にかかる。優真の言う通り、リルに話を通せばきっと協力してくれるだろう。
アレンとベルブランカはもう何も言わずにリングサーク王の言葉を待っている。優音も事の成り行きを見守っていた。
「わしは……今まで散っていた命ために負けるわけにはいかない……」
「お父様!?」
「ライル王!」
リングサーク王の先ほどと変わらない言葉に優音とアレンも異義を唱えようとした。
だが、王の表情を見て二人は言葉を飲み込む。次の瞬間にはリングサーク王の顔は憑き物が落ちたように晴れ渡っていた。
「頼みがある。わしはどうなっても構わない。だから国民には今まで通りの暮らしを送らせてやって欲しい。それと、今まで散っていた命のために墓標を建ててやってくれ」
「そのように、陛下には伝えておこう」
「そうか……なら、もうわしには争う理由はない……」
それはつまり、戦争終結を意味している言葉だった。
全てが終わったわけではないが、優真の中では大きな使命を成し遂げた事で、どっと出た達成感で力が抜けていった。
そんな優真の背中をポン、とレンが叩いた。
「やりましたね、ユウマさん。きっとリーレイス様もお喜びになりますよ」
「ああ、そうだな」
「そなた、ユウマと言ったな」
突然、リングサーク王が優真に話し掛けてきた。
「あ、はい。優音の兄です。なんだか優音が世話になったみたいで」
「いや、そんな事はない。ユウネはリングサークの王女として立派に働いてくれた」
「ええ、ユウネのおかげで私も毎日が楽しかったわ」
いつもだらしない優音を見ている優真としては、王女として働いている優音を全く想像できない。むしろ問題起こしてたんじゃないかと心配になる。
「わしが就けてしまった肩書きのせいでしばらく不自由になるかもしれないが、我慢して欲しい」
「俺は優音が危険な目に遭わなければ構いません」
「ライル王、そろそろ……」
アレンがリングサーク王にそう促し、リングサーク王はそうだな、と呟いた。
「紙とペンを持ってきてくれ。リーザリスに書状を書こう」
「はい、ただいま」
アレンがそう答え、懐から紙とペンを出した。
リングサーク王の書状をリーザリスに持っていけば、晴れて優真達の任務は終了となる。
「これでようやく元の世界に戻る方法を探せるな」
ここまで来るのに随分と回り道してしまった気がする。優真はしみじみそう思った。
そんな事を考えている内に、リングサーク王は書状を書き終えていた。
「できたぞ、ユウマ。持っていくがいい」
「はい」
優真がリングサーク王の書状を受け取ろうとした。
そして、その声は唐突に優真の耳に届いた。
「――悪いけど、そんな事はさせません」
――ズッ、という音と共にリングサーク王の胸を剣先が貫き、その書状は朱に染まった。