第二十話 再会
優音の最後の攻撃を打ち消した優真。その手にはまだ白光の魔導具が存在している。
「はぁ……はぁ……」
だがもはや魔力はほとんどない。今の攻撃で魔導具の維持さえも難しくなっている。
まだ魔力は少しだけ残っている。これで次に『封印』で優音を斬れば……。
「これで――終わりだ!!!」
床に座りこんでいり優音に向かって優真は魔導具を振り下ろす。視界の隅でリングサーク王が立ち上がるのが見えたがもう遅い。既に間に合わない。
――だが、その時だった。
「やめなさあああああああい!!!!!」
突然、優真の頭上から滝のような豪水が落ちてきた。当然その被害は優音にも降り掛かる。
優真の魔導具は今の衝撃で消え去った。リングサーク王と王妃も何が起きたのかさっぱり理解できていない。
「優君!! 優音ちゃん!!」
その声は二人を叱りつけるような厳しい声色だった。そして二人にとっては懐かしく、捜し求めていた声。
二人が振り向いたその先には、この世界で見た事がなかった黒髪の少女。
「愛華!!!」
「愛華お姉ちゃん!!!」
蒼い魔導具を持った少女――愛華は、再び優真と優音に会えた喜びの表情ではなく、鬼のような形相でゆっくりと歩いてきている。
だが、そんな事には気づかないまま水浸しの優真と優音は、今の状況を忘れて愛華に駆け寄った。
「愛華! 無事だったのか。どうやってここに?」
「お姉ちゃんもこっちに来てたんだ。それって魔導具だよね。お姉ちゃんも作ったんだね」
「……そんな事より……二人とも……」
流石にそんな愛華の様子で、優真と優音は気付いた。愛華が怒っているという事に。
昔から二人の兄妹喧嘩を止めたり制裁を下していたのは愛華だった。故に本能が危険を感じている。
「お、おい、愛華……?」
「お、お姉ちゃん! お、落ち着いて!」
「……二人とも……昔から喧嘩はダメって言ってたよね……」
怒りに打ち震える愛華。うっすらと愛華の体から蒼い魔力が漏れだしていくのが見える。
既に優真と優音は地べたに正座して愛華を見上げている。
「ち、違うんだ愛華! これは何というか意見の食い違いというか……」
「そ、そうだよお姉ちゃん! これは成り行きというか不運な偶然というか……」
流石兄妹、苦し紛れな言い訳も同じようなものになっている。だが、それは昔からなので愛華に通用するわけがない。
むしろ愛華の怒りのボルテージがどんどん上がっていき――
「口答えしない!!!」
「「はいっ!!!」」
愛華の一喝で二人の背筋がピーンと伸びた。
「昔からあれほど仲良くしなさいって言ってるでしょう! もう二人とも子供じゃないんだからわかるでしょう! だいたい優君も優音ちゃんも――」
それから愛華のお説教は優真と優音が音を上げて土下座するまで十分間続いた。
「えーっと、まあとにかくだ」
一通り愛華に絞られた優真はコホンと咳払いをして、愛華と優音の頭に手を置いた。
「二人とも、無事でよかった……」
優真は心の底からそう言った。三人ともまともな再会ではなかったが、今は落ち着いて再会できた喜びを分かち合う。
「うん、ホントに。私はお母様達に会えたから運がよかったよ」
「そうね。外に召喚されてたらかなり危険だものね」
優音の言葉に王妃が同意する。今はとにかく優真も愛華も交えて一時休戦としている。というよりも、もはや優真には戦えるだけの体力も魔力もない。
「でも、これからどうなるんだろうな。愛華と優音にも会えたし、リーザリスに従う必要はなくなったんだが、世話になった恩は返したい。要は戦争を止めりゃいいんだが、どうすりゃいいんだろ……」
「止める必要はもうないだろう」
玉座で疲れ切ったようにリングサーク王は言い放った。
「今や城がこのような状態になってしまい、我が軍の士気は相当に落ちてしまっているだろう。まだ開戦はしていないとはいえ、もはや雌雄は決している。そもそも勝ち目は薄かった。あちらには八賢者の一人、エア・ローゼンクロイツがいる。こちらには八賢者の子が二人いるとはいえ、まだまだ未熟。我が国には戦争を行うだけの戦力が足らな過ぎる」
王の話によると、全面戦争のきっかけを作ったのはリングサークの戦争賛成派勢力だという。その勢力がリーザリスの王女であるリルを狙ってきたのが発端らしい。
「なるほど。あの時リルを襲ってきた奴らはリングサークの兵士だったってわけか。それがきっかけで……」
「じゃあ、リングサークには戦う意志がないってリーザリスの王様に言ってみたらどう?」
愛華がそう優真に提案を出してきた。どうやら両国の橋渡し役をしろとの事らしい。 確かに上手くして優真やジュードがリーザリス王に口添えすれば、例えリングサークが敗戦したとしても不当な扱いなどはされないかもしれない。
「まぁ元からそうするつもりだったし、さっき優音にも言った通りこっちの王様も悪い人じゃない。すぐにとはいかないかもしれないけど、また元に戻ると思うぞ」
「でも……それってどうなんだろう……?」
「ん? どうしたの愛華お姉ちゃん?」
今までの話を聞いていて、愛華が疑問の声を上げた。
「元々勝ち目が薄いのに戦争をけしかけるような事するかなあ……?」
「いや、勝ち目がないからリル――こっちの王女を誘拐しようとしたんだろ?」
「でも……なんか出来すぎてるというか……引っ掛かるような気がして……」
愛華はこの戦争の裏の部分が気になっているようだ。だが、今はそこを考えていても仕方がない。
とにかく今はジュードとアレンの戦いを止めて、今後の事を話し合わなければならない。
「よし、少し回復した。ジュードとレンを連れてくる。優音もついてきてくれ」
「うん。あ、でもベルって下にいるのかな?」
「え、下には誰も――」
「私ならここにいます」
愛華の言葉を遮って入り口の方から声が聞こえてきた。
そこには緑の髪の少女とその少女に青の髪の少女が気を失いながら肩で担がれている。
「レン!!」
「ベル!!」
優真と優音はその二人にすぐさま駆け寄った。緑の髪の少女――ベルは優真に青の髪の少女――レンを渡し、ベル自身もふらついている。
「おい、レン! 大丈夫か!?」
「心配ありません。気を失っているだけですし、怪我もありません」
とりあえずレンを壁に寄り掛からせ座らせ、顔色を見てみる。少しだけ疲れが見て取れるくらいであとは問題ない。
「よかった〜……」
「優君、その子は?」
優真の後ろから愛華が顔をのぞかせた。
「ああ、レンっていうんだ。俺がこっちの世界に来て世話になった人だよ。きっと愛華と優音も仲良くなれると思うぞ」
「うん、そうだといいな……」
そう言う愛華はなんだか複雑そうな表情をしている。期待と嫉妬が五分五分といった心境だろうか。
そんな事には気づかず優真はレンの頭に手を置き、労るようにゆっくりと撫でた。
「頑張ったんだな、レン。今はゆっくり休んでくれ」
一方、そのやり取りを見ていたベルブランカも疲労はあるようで壁にもたれ掛かっていた。それを心配そうに優音は声をかけた。
「大丈夫、ベル?」
「……はい。流石、ジュード兄さんのお気に入りなだけあります。力はほぼ互角。最後は気力で勝ったようなものです。その後、あの方を医務室まで連れていき、ここまで参りました。そんな事よりもユウネ様。お怪我はありませんか?」
「うん、私は大丈夫だよ。魔力はほとんどないけど」
「くっ……、申し訳ございませんユウネ様。私が迅速に勝利していればユウネ様を危険な目には遭わせませんでしたのに……」
ベルブランカは悔しそうに目を固く閉じ、顔をうつむかせる。
「だ、大丈夫だよ! 相手はお兄ちゃんだったし、そんなに危険な目には……ちょっとは遭ったかもしれないけど、私もお兄ちゃんも怪我とかは全然ないから!」
兄、という単語を聞いたベルブランカは視線を地面から優真の方へと向けた。
「……あの方が離ればなれになっていた御兄妹の方ですか。あの方の隣にいる女性は?」
「あの人は愛華お姉ちゃん。私とお兄ちゃんが戦ってる時に急に現われたの。そういえばどうやってここに来たのか聞いてなかったなぁ」
「……ユウネ様の探し人が同じ場所で同じ時に現われた……? それも二人も……」
異世界から来たにも関わらず今日という日に同時に現れた。それは果たして偶然か、それとも……。
ベルブランカは疲れた頭で考えるも、今は上手く回らない。だが、優真が優音に声をかけた事でベルブランカの思考は中断した。
「よし、じゃあ優音。行こう。色々と積もる話はあるかもしれないが、今は他にやるべき事がある」
「うん」
優真の所へ行った優音と入れ違いに、今度は愛華がベルブランカの元に来た。
「……何か、御用ですか?」
優音の姉のような存在、と聞かされていてもどうしても警戒心を強めて対応してしまうベルブランカ。
だが、愛華はそんな事を気にしたようではなかった。
「あなたが、リースちゃんの言ってた幼なじみさんだね。確か名前は、ベルブランカさん?」
「リース……? まさかリース姉さん!? リース姉さんもここへ来ているのですか!?」
「うん、それも含めて――優君! 優音ちゃん! ちょっと待って!」
愛華は王の間を出ようとしていた二人を呼び戻した。優真と優音は怪訝そうな表情をして戻ってきた。
「どうした愛華? けっこうこっちは急いでるんだが……」
「えっと、今戦ってる人達は多分優君達がいかなくても――」
――と、その時。突然優真達の頭上の天井がガラガラと音を立てて崩れ落ちてきた。