第十八話 もう一つの属性
愛華とリースを乗せた馬は猛然と走る。
時刻は既に日を跨いだ深夜。急がなければならない。
何故か、リングサークが近づくにつれて愛華の中で嫌な予感が膨れ上がっていった。
まるで心を侵食するかのような、そんな不安を感じていた。
リースも何か感じるところがあるらしく、口数はめっきり減り、今は二人とも無言だ。
「見えてきた。もう少しよ」
その言葉でリースの肩越しに前を見た。確かに城のようなものが愛華の目にも見える。
だが――
「――っ!? 燃えてる!!?」
城が、リングサーク城が暗やみの中で赤く、燃え上がっていた。
「何が……どうなって……」
いつも気丈なリースでさえもショックを受けている。
嫌な予感はこれを意味していたのだろうか。だが、とにかく今しなければならないのはリースの幼なじみの安否確認。
「アイカ、急ぐわよ。しっかり捕まってて」
「うん」
リースは瞬時に頭を切り替えて馬を走らせた。
リングサークとの距離が縮まるにつれ、煙の臭いが風に乗って鼻に付く。
やがて町の入り口にまで辿り着いたが、門は開いたままだった。こんな状況だからだろうか。
民家や店を次々に通り過ぎていく。町の人々も異常事態に気付いたのか、真夜中だというのに外に出てきていた。
そんな人々をリースは巧みな馬術で避けながら城へと急ぐ。リングサーク城は時間と共に刻一刻と悪い方へ向かっていた。
「ひどい……」
無意識にそんな言葉が愛華の口から漏れていた。
いたる場所から火災が発生し、外壁も崩れていってしまう。もはやそれは城だったものでしかない。
「この魔力の残り香……あいつね……」
「あいつ?」
「ジュードよ、ジュード。あたしの幼なじみの。中で暴れてるみたい」
「え!?」
それはリースの危惧していた事が現実となってしまったという事なのだろうか。ならば尚更急いで止めなければならない。
「アイカ……出来るならここで待ってて欲しい――」
「やだ」
「――んだけど、ってまだ最後まで言ってないし」
即答する愛華にリースは苦笑した。普段はぽけっとしているのにこういう時だけ頑固である。
ここまで来たのに今さら待っているなんて選択肢は愛華の中にはなかった。
「私も手伝うって言ったでしょ?」
「ま、言うと思ったけどね。でも、城はもしかしたらもう何時間も持たないかもしれないから、危なくなったらすぐ逃げるわよ。いい?」
「うん、リースちゃんも一緒にね」
そこだけは譲れない。それにリースだけではなく、リースの幼なじみも一緒に。
「それに……」
「ん?」
「あ、ううん。なんでもない。行こ」
リースを促し、愛華は城に向かって走りだした。
あの夢で会った、もう一人の愛華の言葉。
『そなたの探し人はそなたの向かう先にいる』
いる気がするのだ。この城に。優真と優音が。
それを確かめる為に、愛華は城の扉を開け放った。
扉を開け放ったその先に、二人がいた。この作戦の目的となる『王、もしくはそれに関係する重要人物の拘束と連行』の為、優真が捕まえなければならないリングサーク王と王妃。
その二人が、玉座に座って驚愕の表情を浮かべている。その視線の先は王妃の玉座の後ろ。そこには枯葉色の髪を片方に結った一人の少女がいる。
「……なんで……お前がここにいる……?」
本来そこにいるはずのない人物。一瞬、優真は今の場所も使命も何もかも忘れた。
「優音……」
霧谷優音。優真の妹。あの時、優真と共にこの世界に飛ばされた中の一人。
「な、なんでお兄ちゃんが……?」
「それはこっちのセリフだ! やっぱお前もこっちに来てたんだな。よかったーお前が無事で――」
「――それ以上近づくな」
優真が優音に駆け寄ろうとした瞬間、リングサーク王がそう言い放った。
「お前がユウネの探していた兄だとしても、敵である事には変わらない」
「そんな……お父様!」
お父様? と優真は眉をひそめたが今は考えるのをやめる。
「お前はユウネがここにいると知っても、やるべき事は変わらんのだろう」
確かに、今優真がしなければいけないのは――
「あんたを連れていく」
「お兄ちゃん!?」
優真が白光の魔導具を出現させると、優音は悲痛な声で叫んだ。
それが戦争。もう止まる事はできないのだ。
優真は魔導具を深く構え走り出す。距離は五メートルほど。一瞬で詰められる。
白光の導力『封印』発動。魔導具に触れた魔法を全て打ち消す。
(こいつでリングサーク王を斬れば……!)
『封印』で相手の魔力を封じ込める。この攻撃を受けた者はしばらくの間魔法の使用が不可能になる。
リングサーク王が魔導具らしき杖を構えるのが見えた。
「魔法ごと打ち抜く!」
優真は深く構えた魔導具をリングサーク王に向かって思い切り突き出――
「――やめて!! お兄ちゃん!!!」
その言葉と同時に優音は優真とリングサーク王の間に割り込み、赤い装飾が施された銃を優真に向けてきた。
「くっ――」
咄嗟に腕を引き、後ろに跳ねて優音と距離を取った。
優音の顔は悲しみに歪み、今にも涙しそうなほどだ。
「そこをどけ優音。戦争をおわらせる為にはその人を連れてかなきゃならねえんだ」
「ユウネ。ここは危険だ。下がっていなさい」
前と後ろ、両方にそう言われても優音は強く首を振るだけ。両手を上げて引こうとしない。
「なんで……お父様とお兄ちゃんが戦わなきゃならないの? ……そんなの……やだよぅ……」
優音の目から涙がこぼれ落ちる。だが、それでも優音の目は真っすぐ優真を見据えている。
「……」
思えば昔から優音の涙には弱かった。小さい頃に両親を亡くし、それでも優音の笑顔を無くしまいと頑張ってきた。
甘えん坊、泣き虫、わがまま。それでもたった一人の大切な妹。こんなアクシデントで泣き虫に拍車がかかってしまったようだが。
だが、それでも。捜し求めていた妹が立ち塞がっても、果たさなければならない使命がある。
今も戦っている仲間の為にも、心配しているであろうお姫様の為にも。
「そこをどけ優音。その人を連れていって、お前もこっちに来い。一緒に愛華を探そう」
「やだよ! お兄ちゃんのバカ! わからず屋!」
わからず屋なのはどっちだ、と言い返しそうになったがそこは我慢。このまま言い争いになっても不毛なだけだ。
ならばどうするべきか。それはもう優真の中では決まっている。
「無理矢理にでも連れていく!」
優真が再び魔導具を深く構えるのを見ると、優音も銃型の魔導具を優真に向ける。
出来る事なら優音と戦いたくはない。だが、言葉だけでは何も解決しないのはアレンとリングサーク王の時でもう理解している。
ならば戦うしかない。結果的に優音を取り戻せるならそれも仕方ない。
優真は魔導具を握り締めて一歩を踏み出す。
「ユウネ……」
「お母様、お父様も手を出さないでください。お兄ちゃんは私が止めます」
優音の目にはもう涙はない。代わりに強い光が灯っている。
優真も優音も、互いに引けない。譲れないものがあるから。
今ここに、史上最大の兄妹喧嘩が始まった。
愛華とリースがエントランスホールに入ると、そこには酷い光景が広がっていた。
壁や天井は崩れ、そこら中に切り裂いたかのような傷があった。
そして床には倒れて怪我をしている兵士達がひれ伏している。
愛華は慌ててその中の一人に駆け寄ろうとしたが、リースに手で制された。
「大丈夫よ。みんな怪我してるけど、致命傷じゃなさそう。気が付けば自分で歩けるわ。それよりも……」
リースはもう一度この惨状を見回す。そしてやっぱり、と呟いた。
「やっぱり?」
「ここでジュードとベルがやり合ったみたい。もうここにいないところを見ると、みんな先に行ったみたいね」
やはり遅かった。その二人がぶつかればどちらかはただではすまないだろう。だが、ここにいないという事は怪我はしていないのか、それとも無理をして跡を追ったのか。
「……違うわね。ベルの魔力の残り香の方が強い。それと知らない魔力の残り香。じゃあジュードとベルが戦ったわけじゃないのかしら?
確証はないけど、ジュードは仲間をこの場に任せて先に進んだってとこかしらね」
すらすらと魔力の残り香というものだけで予想をたてていくリース。だが、それはあくまでも推論の域を出ない。確固たる証拠が必要だ。
「先を急ぎましょ。手遅れになる前に」
その手遅れになった状態を愛華は考えたくなかった。 そんな考えを頭から追い出すかのように愛華は先を急いだ。
優真は銃の照準が合わないように素早く動き、柱の影に身を隠した。
その後を追うようにして発砲音、数瞬後には壁や床に弾が弾かれる音が聞こえた。
「おまっ! 止めるとか言っといて殺す気か!?」
「大丈夫。私の力じゃ人を殺す事は出来ないから。その分むっちゃ痛いけど」
その背に重大な責任を背負っているというのに、二人は気負ってはいない。むしろ楽しげに遊んでいるようにも見て取れる。
だが、リングサーク王と王妃はそんな風には捉えられなかったらしい。優真が優音の兄である事も含めて何とも複雑な表情で見つめている。
そんな時、優真が隠れている柱へ放たれていた銃弾の嵐が収まった。
(チャンス!)
優真は魔導具を構えて飛び出した。
優音の銃弾の嵐が収まった要因として考えられるのは三つ。魔力が切れたか、温存か、それとも接近戦に持ち込むか。
一つ目はさすがに優音でもバカではないからないだろう。三つ目のは銃に詳しい優音ならば恐らく選ばない。となると残るのは、魔力の温存。
横目で優音を見てみると、魔導具を構えていた。だが、狙いは大きくずれていた。
――ズドン、という爆発音。着弾点はさっきまで優真が隠れていた柱。
その隙に優真は優音へと迫る。
「どこ狙ってんだよ」
「ふふん、お兄ちゃん。そんなに油断してると怪我しちゃうよ」
そんな優音を訝しげに思うが、優真は構わず接近する。
次の瞬間、優真の背後から地響きのような音が迫ってきていた。優真は危険を感じて咄嗟に横に体を投げ出す。
そして、今まで優真がいた場所に柱が倒れ、優真の心臓が止まりそうになった。
「あぶな!! お前やっぱ俺殺す気だろっ!!!」
「大丈夫だって。お兄ちゃんなら避けるって信じてたし、怪我しても治してくれる人いるから」
「そういう問題じゃねえ!!!」
倒れてきた柱の根元を見てみると赤く発熱して溶けている。
単なる銃弾で柱が溶ける話なんて聞いた事がない。ならばこの現象は優音の導力であるという事か。
「私の属性は『紅風』、導力は『熱導』。ま、簡単に言えば熱を操る力ってとこかな」
使いようによっては危険な力だ。死にはしないだろうが、痛みと火傷は確実。
だが優音は本気だ。死ぬような事はないからこそ、優音は積極的に使ってくる。 それに優音は銃を使った訓練を祖父から叩き込まれている。今思えば、祖父は法律をぶっちぎりで破っていたように思える。
「ったく、じいちゃんもなんで優音に銃の扱い方なんて教えるかな」
それにハマっていた優音も優音だが。当時はもっと女の子らしい趣味を見つければいいのに、とか思ったりもした。
それがこんや厄介な事になるなんて思いもしなかったが。
「おかげで俺も本気でやんなきゃなくなったじゃん」
たからこそ手加減はできない。極力優音を傷付ける事はない『白光』の魔導具で戦いたかったが仕方ない。
優真は『白光』の魔導具を消し、自分の中にあるもう一つの属性の感覚をつかみ取った。
「気を付けろよ。こいつはマジで危険だからな」
優真の右手が黒い闇に覆われた。その闇は形を変えていき、やがて刀の形態を取った。
現れたのは漆黒の刀。刃先から柄に至るまで、『白光』の魔導具とは全てが逆の黒い刀。
もう一つの属性に、優音達も驚きを隠せないでいる。
優真は魔導具を一振りさせる。たったそれだけの動作で空気が切り裂かれた。
「俺のもう一つの魔導具。属性『黒闇』。導力は――『侵食』」