第十七話 それぞれの戦う理由
ジュードは縦横無尽に駆ける。地を、壁を、まるで重力を感じさせない動きで。
ジュードが駆け抜けた後にはアレンの風の矢の跡があった。
アレンの矢の連射でジュードは一向に近づけない。だが、その代わり矢はジュードを捉えきれていない。このままでは埒が空かない。
そんな状況を先に崩したのはジュードだった。
「うらあっ!!」
ジュードは壁を蹴り、空中で回転しながら紫雷の魔導具を投げつけた。
「『我が長矢に、黒き風を。撃ち抜け黒風矢』!!!」
ジュードの雷槍とアレンの風矢がぶつかり合う。雷は地を焦がし、風は壁を切り裂く。
「おぐっ!?」
「くっ!?」
その凄まじい技と技のぶつかり合いは、二人にも被害を及ぼした。
激しい雷と風に二人とも吹き飛ばされるが、着地すると同時にお互い駆け出す。
「行くぞ。『雷走』」
ジュードは一瞬で魔方陣を描き、魔法を発動させると足に雷が纏わり始めた。すると、ジュードの姿が消えた。
「ぐっ!?」
突如としてアレンの目の前にジュードが現れ、魔導具を振り抜いた。
すんでのところでアレンは魔導具でこの一撃を防ぐが、あまりの衝撃に吹き飛ばされてしまった。
だが、アレンは空中で体勢を立て直し、詠唱を始める。
「『大気に流れる激しき突風よ。我が敵を吹き飛ばせ』!!」
発動されたのは敵を吹き飛ばす魔法。ジュードは避けきれず、真後ろに吹き飛ばされてしまった。
ジュードは戦いの中で崩れた瓦礫の山に突っ込み、アレンも同様に勢いを殺しきれず瓦礫の山に突っ込んだ。
「いってて……このやろ……」
「痛う……」
二人とも多少の傷はあるものの、致命傷には至っていない。
「あー、ずいぶん腕上げたなアレン。カウンターで魔法使ってくるとは思ってなかった」
「ジュードこそ、雷走は格段に速くなっているし、魔導具の衝撃もハンパじゃなかったよ」
こんな状況でも笑い合える二人。まるで戦いを楽しんでいるかのように。
うしっ、とジュードは勢いをつけて立ち上がり、アレンもゆっくりと立ち上がった。
「だけどまだまだ本気じゃないよな。アレン、詠唱魔法より召喚魔法の方が得意じゃねえか」
「ジュードだって、まだ魔導具一つしか使ってないじゃないか。お互い様だよ」
「そうだな。んじゃま、そろそろ本気で行くかね。『来たれ』」
ジュードは紫雷の魔導具とは別にもう一つの蒼炎の魔導具を出現させた。
右手に槍を、左手に大剣を。これがジュードの最強の戦闘スタイルである。
「『刮目せよ。天空に舞うその姿を。暴風のように激しきその力を。彼の者が過ぎ去りし道には優しき風が吹く。姿を見せよ、ペガサス』!!!」
その詠唱が終わると、アレンの隣の空間が歪み出し、その歪みから美しい白馬が姿を現した。
だが、ただの白馬ではない。羽――その白馬には天使を思わせるかのような白い羽が生えていた。
「ジュード、準備と覚悟はいいかい?」
「ふん、準備は万端。覚悟は当の昔に出来ている」
ジュードは周囲に雷と炎を走らせ、アレンはペガサスに跨がった。
「さあ、第二ラウンドの始まりだ!!!」
城の各地から聞こえる爆発音や地震に、優音は不安を隠せないでいた。
王は玉座に目を瞑り静かに座っていて、王妃はその隣で胸の前で手を組み祈り続けている。
「はぁ……アレンもベルも大丈夫かな……」
優音がため息混じりにそう呟くと、王はゆっくりと目を開いた。
「……来たか」
「え?」
何が、と優音は聞き返そうとしたが、王の間の扉がギィッと開き出した。
「ユウネ、こちらに。玉座の裏に隠れていなさい」
王妃は少々焦ったように優音を呼ぶ。そんな王妃の様子に、敵が来たんだ、と優音は理解した。
優音が玉座の裏に隠れたと同時に、敵が王の間に入ってきた。
こちらからは姿は見えない。だが、足音から敵は一人のようだ。
「……貴様一人か。確か情報だと三人だと聞いたはずだが」
王の聞いた事のない低く恐ろしい声。そんな王の後ろ姿を、優音は玉座越しにじっと見つめていた。
「俺の仲間は今、戦っています。俺は、あなたにお願いがあって来ました」
「え……この声……」
この声、優音には聞き覚えがあった。それは唯一の肉親である兄の声に似ていた。
そっと玉座の裏から覗き込んで見るが、相手は黒いローブにフードを目深に被っていて顔がわからない。
「大人しく投降して欲しいんです。早く戦争を終わりにしたいんです」
「愚問だな。今まで散っていった兵士達のためにも投降など出来るはずがない」
王の言葉に、フードの男はやっぱりか……、と呟き顔を上げた。その拍子にフードも脱げた。
「だったら俺は無理矢理にでも連れて――」
男は王を見て驚いたように言葉を止めた。正確には王の後ろを見て。
「――お兄、ちゃん……?」
男の顔を見た優音は、呆然としながら立ち上がっていた。
「はぁ、はぁ……」
自分が覚えている中でも上位の魔法を放ったレンは、膝に手をついて息を整えていた。
「……ふぅ。全力でやっちゃったけど無事かなぁ……」
ジュードからは全力でやらないと勝てないとまで言われたからしてみたものの、こう煙が巻き上がっていると相手が無事かどうかもわからない。
そして、だんだんと煙が晴れていきそこには――
「――うそ……」
岩のドームのような壁がベルブランカを守るように現れていた。そして、その壁にだんだんとヒビが入っていき、一瞬にして崩れていった。
「私の『絶対なる石王の盾』が一撃で破られるとは……。どうやらあなたの力を見誤っていたようです」
「そんな……ジュン君の魔力を詰めた媒介魔法が効かないなんて……」
ベルブランカはこめかみに指を当てて憂鬱そうにしている。
「昔、ジュード兄さんに実験と称して色々されたんです。皮肉にもその経験で耐性ができて、ギリギリ抜け出し魔法を使えました」
今の魔法で仕留められなかったのは痛手だった。レンには、もはやこの状況を打開する手立てがない。
万事休す。まさにその通りだった。
「さて、急がなければユウネ様の身が危ないかもしれませんし、本気で行かせてもらいます」
「ユウネ、様……?」
どこかでその名を聞いた事があるような気がする。だが、ベルブランカはそんな小さな疑問を考えている暇を与えさせてくれなかった。
「『大地の精霊よ。その地を踏み荒らし、揺れ動かせ』」
城のエントランスホール全体が横に激しく揺れた。
その詠唱魔法は地属性の魔法としては下級に当たる。だが、ベルブランカの魔力、今のレンの体力ではレンを跪かせるには十分だった。
「――覚悟してください」
立てなくなっているレンに向かって地を滑るようにベルブランカが接近してくる。
鉄爪型の魔導具を下段に構え、レンを切り裂くべく振り上げられた。
「くっ――きゃあああああ!!?」
咄嗟に魔導具を前に出してその爪撃を受け止めるも、勢いを受け止めきれずに転がってしまった。
「うぅ……」
いつの間にか揺れは収まっている。だが、転がった時に頭をぶつけたのか目の焦点が合わない。
ゆっくりと、ベルブランカの歩み寄る足音が聞こえてくる。
「大人しくしてください。狙いがずれると痛いかもしれません」
「……出来ません。私は……あなたを行かせるわけには……いかない……」
レンはふらふらになりながらも立ち上がり、焦点の合っていない目でベルブランカを睨みつけた。
「……あなたは、なぜそこまで頑張るのですか? まだ20にも満たない歳なのでしょう?」
「それは、ベルさんも同じだと思います」
「私は生まれた時から八賢者の子として育てられてきました。戦う事しか知りません。
ですが、あなたは普通の家庭に生まれ、普通に生活してきたのでしょう。こんな命のやり取りが行われる戦地で戦うべきではないと思います」
レンは深く深呼吸し、一度頭の中をスッキリさせた。そして真っ直ぐベルブランカを見据える。
「私には人生の目標というものがありませんでした。お父さん達は私が小さい頃から医者として活躍してて、私もそんな誰かを救う医者になりたいと思っていました」
でも、とレンは付け加えた。その表情は暗く、憂いでいる。レンにとってその頃の記憶はあまり思い出したくないのだ。
「色々あって、私は挫折して……。そんな時、ジュン君に出会ったんです」
憂い顔から、今度は優しく柔和な笑みを浮かべた。コロコロとよく表情が変わる人だとベルブランカは思った。
「最初は自由奔放に、勝手気儘に生きてるジュン君が嫌いだったんです。多分眩しくて、羨ましかったんだと思います。でも、ある時聞いたんです。あなたは、夢はあるのですか、って」
ジュードの尊大な性格からして、世界征服とかいうふざけたような答えが返ってくるものだとレンは思っていた。
たが、その答えは案外まともになって返ってきた。
『俺の夢? そうだなぁ……、俺にとって大切な人と一緒にいつまでも面白おかしく過ごしていけたらいいかな』
それは、夢とも夢じゃないとも取れる小さな目標。だが、夢を諦めたレンにとっては衝撃だった。そんな夢の形もあるのかと。
『れっちゃんもさ。夢諦めんのはまだ早かったんじゃねえか? もしその夢をもう追えないって言うなら、夢を見つけるのが夢っていうのもいいと思うぞ』
それからレンは変わった。いや、レンの見ている世界が変わった。それまでの色褪せた現実が一気に明るく華やかになった。
レンは気づいたのだ。世界にはこんなにも夢が溢れているという事に。
「そんな素晴らしい事に気づかせてくれたジュン君の為に、そして私の夢を見つける為に、私はここで立ち止まるわけにはいかない!!!」
それがレンの戦う理由。ジュードの役に立つ為、自分の夢を見つける為、レンは戦う。
再びレンは魔導具を構える。体の内にある魔力を次に放つ魔法にありったけ注ぎ込む。これが最後の魔法。
「……あなたの決意はよくわかりました。私もその決意に応えて、全力で迎え撃ちます」
ベルブランカは右手の鉄爪型魔導具を背に隠すように振り上げる。その魔導具に白い魔力が溢れていく。
ベルブランカ自身、実戦でここまで追い詰められるのは初めてだった。それも一般人相手に。 それだけレンが自分達の力と匹敵するほどに強いという事だ。
だからといって負ける気はない。守るべき人がいるから、優音を守ると決めたから。
そうして二人は全ての魔力を練り出し、魔法を発現させる為に詠唱を開始する。レンは夢を見出だす為に、ベルブランカは主を守る為に。
「『風よ。嵐よ。敵を切り裂く刃となって吹き荒れよ』」
「『土よ。大地よ。敵を圧死させる衝撃となりて我が手に集え』」
レンの長杖型魔導具の先を中心として台風のような激しい風が発生し、服をはためかせている。レンはその中でも動じる事なく、目を閉じ集中している。
対して、ベルブランカの後ろ手に構えた鉄爪型魔導具は白く輝いている。その高密度の魔力の力場の影響で、ベルブランカの足元の床はひび割れ、壁や天井にも亀裂が走った。
「『吹き抜けろ、疾風の覇者』!!」
「『駆け抜けろ、大地の嘆き』!!」
レンは凝縮させた魔力を一気に解放し、ベルブランカは魔力を溜めた魔導具を振り抜いた。
大嵐と地を駆ける衝撃。
巨大な風と土の力が衝突した。