第十六話 レンvsベルブランカ
ベルブランカ・レビィ。八賢者の子で、ジュードの昔の幼なじみ。
容姿はとても可愛らしいが、それよりも優真の印象に残ったのは殺気が宿ったその目。それだけが外見と不釣り合いだった。
そんな相手にもジュードは気安く声をかけた。
「よっ、ベル。久しぶりだな。ずいぶん可愛くなったな」
可愛くなった、の部分でレンの目がピクッと動いたのを優真は見た。だが、指摘などはしない。怖いから。
「五年ぶりくらいでしょうか。ジュード兄さんもお久しぶりです。ジュード兄さんは……あまり変わっていないようですが」
「ふふん、俺は永遠に少年のままだからな」
端から見ると世間話をしているようにしか見えないが、二人の間の空気はどこか冷めている。
「物は相談なんだが、そこを通してくれないか?」
「駄目ですね。私は未熟ながらも王族を守りし『影からの守人』。この国に害をもたらす人物をおいそれと通すわけにはいきません」
「そっか……残念だ」
その呟きを合図に、ジュードの手にある魔導具が、ボウッと蒼く燃え盛り始めた。
「……『来たれ』」
それを見たベルブランカも、両手に白い鉄の爪のような魔導具を出現させた。
昔の幼なじみと戦い合う事になってしまった今、二人は何を思うのだろうか。
ジュードはすっと目を閉じ、息を大きく吐いた。
そして何かを覚悟したようにカッと目を見開き、素早く魔方陣を描いていった。
「燃え散れ。『炎蛇の牙』」
魔方陣から蒼い炎に包まれた大蛇が現れ、真っ直ぐベルブランカに向かって牙を向いた。
ベルブランカも応戦して呪文を唱え始める。
「『大地の精霊よ。強固なその力を以て我を守れ』!!」
炎の大蛇が襲い掛かる瞬間、ベルブランカの目の前の足場から土の壁が盛り上がり、大蛇の攻撃から身を守った。
「『爆ぜよ』!!」
炎の大蛇の牙が土の壁に阻まれた瞬間大蛇が爆発を起こし、辺りは爆煙に包まれた。
「うわっ! げほっげほっ――って、おわっ!?」
優真が煙を思いきり吸い込んでしまい咳き込んでいると、突然誰かに腕を引かれた。
「今のうちに行くぞ」
ジュードは優真を煙の中から連れだし、一階の通路の奥へと走る。
だが、そこにいるのは優真とジュードだけ。レンの姿はなかった。
「おいちょっと待て! レンがまだ来てねえぞ!!」
「言ったろ。ベルの相手はれっちゃんがやるって。何も言わなくてもれっちゃんには伝わってるぞ」
「だけどそのベルってやつ強いんだろ? だったらレンを一人にはさせられないだろ!」
優真はジュードの手を振りほどいて来た道を引き返そうとした。
「待て」
「ぐえっ」
だが、ジュードは優真の首根っこをつかんでストップをかける。
「げほっげほっ――何しやがる!」
「お前が行ったところで何ができる。あの場はれっちゃんに任せるのが最良なんだよ」
それでも全然納得できない。そもそもレンの性格でこんな危険な事に参加していたのが釈然としない。付き合いは短いがレンが争いが嫌いだという事は理解しているつもりだ。
「心配するな。れっちゃんはつええよ。お前はお前ができる事をすればいい」
ジュードは、レンは大丈夫だと確信しているようだった。それだけレンの事を信頼しているという事なのだろうか。
「……ああ、わかったよ」
ジュードの言葉に渋々頷く優真。今しなきゃいけないのは戦争を止める事だ。
「レン……無事でいろよ……」
優真は一度だけ後ろを振り返り、ジュードと共に奥へと走っていった。
「……小癪です。――ケホッ」
大量の煙が徐々に晴れていくと、そこには不機嫌なベルブランカと申し訳なさそうなレンがいた。
「いつもいつもいつもいつも!! 昔からあの人は人の神経逆撫でするような事ばかり――」
「あはは……それがジュン君の趣味みたいなものですから……」
まるでもう一人の自分をみているかのようで、なんだか同情しているレン。
「あなたは……レンさんですね。ジュード兄さんの手紙に書いてありました。とても可愛らしい方だと」
「え、か、可愛いだなんて……ジュン君ったら」
照れてはいるが満更でもなさそうなレン。だがジュードがタダでそんな事を書くわけがない。
「あと、イジると面白くて、本人も素でボケる事もあって、見ていてとても飽きないとも」
「……」
人をいい気分にさせておいて一気に突き落とす。ジュードの常套手段である。
レンは額に青筋を浮かべ、帰ったらお仕置きだね……、と呟いていた。
「積もる話はたくさんありますが、この状況ではそんな事出来ません。私の前に立つ以上、あなたは敵です。
このまま帰るのなら私は追いません。出来る事なら、あなたとは戦いたくないです。……どうか、帰ってはもらえませんか?」
それはベルブランカの偽りない本心。戦わずして大切な人を守れるのならこれ以上の事はない。
だが、レンは首を横に振って魔導具をギュッと握りしめた。
「戦いたくないのは私も同じです。昔のジュン君の事とか聞いてみたいし、ベルさんとは友達になりたい。でも、私も退けない理由があるんです。戦う理由があるんです。
だから、今私がしなきゃいけないのは――」
レンはビッとベルブランカに魔導具を向けた。そのレンの意思に呼応するかのように魔導具は緑に輝き、風が吹き始める。
「――あなたを倒す事!」
そしてレンは歌うように詠唱を始めた。いつも以上に思いを込めて。
「『世にたゆたう優しき風よ。我が敵を切り刻む激しき刃となれ』!!」
突如としてレンの周りに激しい風が吹き荒れ、それらの風は刃となり壁や床を切りつけながらベルブランカに襲いかかった。
ベルブランカは二階から飛び降りる事で風をかわし、着地と同時にレンに向かって走り出した。その両手に輝くのは鋭い鉤爪。
「っ!? 『全てを吹きとばすは竜巻。それから生まれた小さき子は無邪気に遊ぶ』」
今度は無数の小さな竜巻がレンの周りから現れた。それらの小さな竜巻はレンの合図でベルブランカを襲う。
「――ふっ!!」
ベルブランカは時には止まり、時には戻り、まるで踊るように竜巻をいなしていく。
遂には全ての竜巻が消え、ベルブランカの行く手を阻むものはもはやない。
レンは焦りながらも、もう一度詠唱を始めようと魔導具を構えた。
「た、『大気に流れる――」
「無駄です」
ベルブランカは一気にレンとの間合いを詰め、魔導具を横に薙いだ。
「ひゃっ!?」
幸か不幸か、レンはベルブランカから離れようとした瞬間足が滑り、ベルブランカの攻撃は髪の毛数本を掠めるだけだった。
だが掠めた髪の毛は一瞬で石と化し、カラアンと音を立てて床に落ちた。
「くっ……」
慌ててレンは立ち上がろうとするが、ヒュッと魔導具を首元に突きつけられた。
「詰みです。以外とあっけなかったですね。ジュード兄さんの認めた人だからどんな人だと思ったのですが……」
ベルブランカは無表情にそう言い放った。
この強さは流石としか言いようがない。遠距離で攻撃するレンを相手に体術のみで戦い、無駄な動きなく接近する。やはり八賢者の子だからか。
「事が終わるまで石像になっていただきます。命に別状はないので安心してください」
ためらいなく魔導具を振り上げるベルブランカ。レンはそれを見て、少し口元を吊り上げた。
「――私だって、タダじゃ負けないもん。『発動』」
降り下ろされた魔導具がピタッと止まった。ベルブランカの顔が驚きに染まる。
「いったい……何を……」
レンはパンパンと埃を叩きながら立ち上がり、ベルブランカの足元を覗きこんだ。
ベルブランカの足元にはレンの魔法でついた傷。その中に手のひらサイズの箱が埋まっていた。
「これですよ」
レンはその箱を手に取り、ベルブランカに見せる。その箱はバチバチと電気を発していた。
「媒介……魔法……ですか……」
媒介魔法とは、四つの魔法技術のどれにも属さない、新たな魔法技術として研究されているものである。
物に魔力を込め、発動者のタイミングで魔法が発動する。発動させるキーさえ知っていれば、基本的には誰でも発動出来る。それが媒介魔法。
レンが持っている箱にはジュードの魔力が込められている。効果は一定の時間、範囲内にいる人物を麻痺させる。
「油断……しました……。……いったい……いつ、仕掛けて……」
「魔法ですよ」
レンはベルブランカに背を向け、歩き出した。
「まず最初の魔法で床に傷をつけて、次の竜巻の魔法を目眩ましと媒介の設置に使いました」
クルッとレンは振り返り、魔導具を再びベルブランカに向ける。
「これで最後です。『気まぐれなる風の女神の吐息は一切の事象をも吹き飛ばす。一吹き目は優しき風。二吹き目は励ます風。三吹き目は激しき風。それらの風は止まる事を知らない』」
魔導具の前に、風が渦巻く圧縮された空間が現れた。それは次第に大きくなり、レンの身長の倍ほどにも膨れ上がった。
「『大気よ、風を閉じ込めよ。風よ、大気を撃ち破れ。相反する二つの力を以て我が敵を穿て』!!!」
圧縮された空間が一瞬で小さくなり消え去った。だが次の瞬間、その空間から閉じ込められた風が暴れだした。
風は一直線にベルブランカに向かい、壁を破壊し地をえぐり、凄まじい力の固まりがベルブランカに襲いかかる。
「くっ――」
風は容赦なくベルブランカを飲み込んだ。
ドゴオン!!! という轟音が耳に届き、優真とジュードは足を止めた。
「この音って……もしかしてレンか?」
「そうみたいだな。頑張ってんな、れっちゃんも」
成長した妹を嬉しく思う兄のように笑みを浮かべるジュード。
そんなジュードとは逆に、優真は心配でならなかった。
「……早く行こう」
こんな事、さっさと終わりにしたい。そんな思いで優真は先に進もうとした。
「待て」
そんな優真をジュードは手で制した。そしてその手に『紫雷』の魔導具を出現させる。
「おい、どうした?」
「おいでなすったぞ」
廊下の先には暗闇が広がっている。その中からコツコツ、という足音が聞こえてきた。
「久しぶりだな。アレン」
ジュードは暗闇に向かってそう言った。暗闇の中から現れたのは緑髪の青年。先程の妹とは対象的に、この青年は柔和な笑みを浮かべている。
「久しぶりだね。ジュード。元気だったかい?」
「ああ。健康そのものだ。……お前がそこにいるって事は王の間はすぐそこか」
喋りながらジュードは後ろ手で、優真にだけ見えるように手招きした。
「隠しても無駄だね。そうだ。王の間はここを真っ直ぐ行けばある。だけど君達はそこまでたどり着く事は出来ない」
優真はアレンに気づかれないように自然に少しだけ体を寄せた。
「……俺が攻撃したら走れ。後は頼む」
「……わかった」
ジュードは左手を前に構えた。アレンはそんなジュードを見るなりため息をついた。
「……やはり戦わなければいけないのかな?」
「それが戦争だ。ここで勝つか、負けるかで国の将来が決まる」
「そう……だね……。こうして親友と刃を交えるのは本当に心が痛むよ」
アレンは憂いを帯びた顔で言った。そう言って油断させるという魂胆はなさそうだ。
「アレン。悪いが時間があんまないんでね。さっさと始めさせてもらうぞ」
「ああ、わかった。彼はどうするんだ?」
アレンが初めて優真に視線を投げた。 戦意はやはり感じられない。この青年ならば話し合いで解決出来るのではないだろうか。
「アレン、聞いてくれ。俺達は出来る事ならあんたと戦いたくない。どうにかして血が流れない方法で戦争を止められないのか?」
「君は、理想論者だな。僕だってそうしたいのは山々だ。だけど、もう戦争は目前まで迫っている。両者どちらかの王が倒れる以外に戦争を止める方法は――ない」
アレンは優真を鋭く睨む。ゾクッと戦慄が走った。震え上がるような殺気が優真を包み込む。
「『来たれ』」
アレンの手に黒い風を纏った弓が現れた。アレンは弓を引き絞り、二人に向かって放った。
矢はない。だが、ヒュンといた音のみが優真の耳元を掠めていった。
「んにゃろ! 『荒ぶる雷神の槌』!!」
見えない矢に合わせて、ジュードは魔方陣を描き、アレンの頭上に手をかざした。
すると雷の球体が現れ、ジュードがその手を振り下ろすと同時に球体も落下した。
凄まじい衝撃に床は沈み、土煙が中に舞い、辺りは見えなくなった。
「今だ! 行け、ユウマ!!」
「おう!」
土煙に紛れ、優真は全速力で真っ直ぐ走り出した。どこからアレンの攻撃が来るかわからない。かといって足を止めるわけにもいかなかった。
土煙の中から出ると、辺りにアレンの姿はない。王の間はもう目と鼻の先だ。
「あれか!」
少しだけ走った先には重厚な扉が一つ。明らかに他のそれとは違う。
優真はそんな重厚な扉に手を掛けた。
「――行こう」
優真は自分自身にそう言い、気を引き締め扉を開け放った。
いやー、申し訳ないッス。少々遅くなってしまいました。次は出来るだけ早くするよう善処します。