第十五話 敵としての再会
時刻は昼前。リングサークの宿屋で、優真は体を休めていた。
城に侵入するのは今夜。リーザリス軍を迎え撃つために、リングサーク軍が出払っている今がチャンスらしい。
鋭気を養うための宿屋。ジュードはリラックスしているようだが、レンは落ち着きなくうろうろし、優真も少し緊張していた。
「……ちょっと外の空気吸ってくる」
何だか落ち着かなくなってきて、ガタッと優真は席を立った。 部屋を出て、受付のカウンターを横切り外に出る。やはりリングサークもリーザリスと同じように閑散としている。
「はぁ、戦争か……」
戦争なんて自分には関係ないものだと思っていた。まさか異世界に飛ばされて巻き込まれるなんて誰が想像できようか。
「俺……生きて帰れるかな……」
「大丈夫ですよ」
「のわあっ!?」
突然隣から声が聞こえてきて、驚いてのけぞってしまった。
いつの間にかレンが笑顔で隣に立っていた。
「……レン。心臓に悪すぎるぞ」
「えへ、ごめんなさい」
レンは笑いながらペロッと舌を出した。そんな笑顔を見たら、どんないたずらでも許してしまえそうだ。
「ユウマさんは、絶対に帰れます。心配しなくても大丈夫ですよ」
「……そう、だな。うん。まずは目の前の事を片付けないとな」
レンに言われると、なんだか本当に大丈夫な気がしてきた。 まずは戦争を終わらせ、愛華と優音を見つける。色々考えるのはその後だ。
気が軽くなった優真は、レンと一緒にリングサークの街を見てまわった。
その頃、リングサークを真っ直ぐ目指していた愛華とリースは、盗賊の一団と対峙していた。
「へっへっへ、嬢ちゃん達、ちょっと俺らと遊んでいかねえか?」
実はこれと似たようなやり取りが今までに数回あった。
「はぁー、これでいったい何回目よ」
「リースちゃん、三回目だよ」
うんざりしたように呟くリースに、愛華は律儀に答える。最初は盗賊に怯えていた愛華も、さすがに慣れていた。
「おいおい、何無視してんだよ。ちょっとこっちに――」
「触るんじゃないわよ!! この三流悪党!!!」
盗賊の一人がリースの肩に触れようとした瞬間、気づいた時にはその男は吹っ飛ばされていた。
力の差は歴然。冷静に考えれば逃げるのが最良だ。だが、盗賊団は頭に血が上って臨戦態勢を取ってしまった。
「っ!? てめえっ!! ぶっ殺すぞっ!!!」
「……最近こういうのが多い気がするわ」
怒りに顔を赤くして、盗賊の集団が愛華とリースに向かってくる。
数は全部で十人。リースにとっては問題ない数だろう。
「ったく、こっちは急いでるっていうのに!」
リースは青く輝く双剣を出現させ、盗賊の集団を迎え撃つ。愛華は少し後ろに下がってリースを見守っている。
「あー、遅い遅い遅い遅い!!!」
「ぐっ!?」
「ぎゃあっ!!」
リースは双剣をしなやかに滑らせ、舞うようにして敵を切り裂いていく。
やはりリースは強い。大人数の男達がまるで歯が立たない。
「くっ……なら!」
盗賊の一人が目標をリースから、後ろで様子を窺っている愛華に変更した。
「ひっ!? り、リースちゃん!!」
「アイカ!! っく!?」
リースは急いで愛華の元へ向かおうとするが、その隙を突いて盗賊達が攻撃を仕掛けてくる。
その間にも盗賊の一人が愛華に迫る。
「死ねえっ!!」
「アイカっ!! 頑張って!!!」
愛華は恐怖心を必死に抑えながら、手の平に力を込めた。
男の持っている斧が、容赦なく愛華に振り下ろされる。
「き、『来たれ』!!」
その言葉に答えるかのように愛華の右手が蒼く輝き出し、その色と同じ短杖が現れた。
男の振るう斧が愛華の肩口から切り裂かれ、命に関わる致命傷を負った――かに見えた。
「な、なにっ!? ぎゃあああああ!!!」
男が驚いているその隙に、リースが背後から蹴りで吹っ飛ばした。
気づけば盗賊団は全て地にひれ伏している。全員気絶しているようだ。
「やったね、アイカ」
「う、うん。上手くいってよかった……」
大怪我を負ったはずの愛華だったが、その体には傷一つない。
「一瞬ヒヤッとしたけど、何もなくて安心したわ。『蒼水』が身を守る導力で助かったわね」
愛華の持つ属性、『蒼水』の導力は『纏水』。その能力は使い手が対象とする物体に水を纏わせる力。この導力で愛華は男の斧に水を纏わせ、殺傷能力を無力化させたのだった。
「さて、さっさと行きましょ。これから急げば夜にはリングサークに着くはずよ」
「うん、そうだね」
リースは近くでうろうろしていた馬を連れ戻し、愛華を後ろに乗せて走り出した。
「よし、ユウマ、れっちゃん。準備はいいか?」
「ああ、いつでも行ける」
「私も大丈夫だよ」
リングサークに夜が来ていた。時刻は日が沈んでから数時間。もう少しすれば日が変わる。
宿屋で休んでいた優真達はいよいよ城に向かって出発しようとしていた。
三人はそれぞれ漆黒のローブを羽織っている。このローブは魔法に耐性があり、多少なら魔法の効果を軽減出来るらしい。リーザリス王からの餞別、とジュードに渡された。
「出発する前に作戦をもう一度説明しとくぞ」
ジュードはいつになくシリアスな顔つきで説明し出した。
作戦は以前ジュードが言った通り。ジュードとレンが八賢者の子二人を相手にしている間に、優真が王を捕まえるというもの。
この作戦、上手く行くかは優真次第という事になる。
「あ、それともう一つ、気になる情報がある。少し前に、リングサーク王に隠し子がいたらしい」
「は? それとこの作戦に何の関係があるんだ?」
「まあ聞け。その隠し子がこの国の新しい王女になったらしいんだと。だから、その王女を人質にでもなんでもすれば以外と簡単に落ちるんじゃないかなーと」
完璧に悪役である。優真は呆れたようにため息をついた。
優真は元より、誰かを殺したり人質にしたりするつもりはなかい。というか、出来ない。出来る限り話し合いで解決出来ればと思っている。
「とりあえずジュードの戯れ言は置いといて、そろそろ出発しないか?」
「そうですね。ちょっとジュン君、そんなとこでいじけてないで早く行くよ」
「ぐすん……何? この扱い……俺がリーダーなのに……」
ジュードは部屋の隅っこでのの字を書いていた。リーダーだと言うならそれにふさわしい言動をして欲しいものである。
「行こう。こんな事、さっさと終わらせてやる」
優真はぐっと拳を握りしめ、部屋を出ていった。
――カァン!! カァン!! カァン!!
けたたましい鐘の音がリングサーク城内に響き渡る。
アレンの言った通り、優音は王と王妃と共に、王の間にいた。
結局賊が城内に侵入し、アレンが予想した通りになってしまった。
「……アレンとベルは大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫よ。二人は絶対に負けやしないわ」
「そうだな。曲がりなりにもあの二人は八賢者であり、この国の団長を勤めるシェリアの息子と娘だからな」
王妃は優しく優音の頭を撫で、王はそう言って励ましてくれた。
今王が言ったシェリアとは、アレンとベルブランカの母親である。名をシェリア・レビィという。
話に聞いた事はあったが、優音はまだそのシェリアには会った事はなかった。
なんでも、昔リングサークにあった国宝が、シェリアを含む三人の八賢者が守護していたにも関わらず、何者かに奪われその人物を探し出すために今は世界中を旅しているらしい。
なので実質リングサークの騎士団は、その息子であり、副団長でもあるアレンという事になる。 ――バタン! と、突然ノックもせずに、一人の兵士が飛び込んできた。
「報告します! 敵はやはりリーザリスの手の者でした! ただいまエントランスホールにて兵と交戦中です」
「そうか……。敵の数は?」
王がそう尋ねると、兵士は言いにくそうに口を開いた。
「そ、それが……、三名です」
「三名だと? たったそれだけで、しかも正面から? わしもなめられたものだ」
「それがそうでもないのですよ」
開きっぱなしの扉からそう言って入ってきたのはアレンだった。
アレンは王の前で一礼だけした。兵士もアレンが来た事で自分の持ち場へ戻っていった。
「今回の侵入者は、僕と同じ八賢者の子です。ジュード・ローゼンクロイツ。奴が相手では、今城に残っている兵士では時間稼ぎにもならないでしょう」
その時、城全体を揺らすかのような爆発音が鳴り響いた。
「きゃっ!? なになに!?」
「……恐らく、下の階の兵士達は全滅したでしょうね」
顔色一つ崩さずにそう言うアレンに苛立ったのか、王は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ならばアレン。お前は行かないのか? 相手がそれほどの手練れならばお前が行かなくてどうする」
「ご心配なく、すでにベルが向かっております」
「ベルが?」
驚いたようにそう聞いたのは優音だった。今までの話から察するに、敵はアレン達と同等以上の存在。
そんな相手にベルブランカ一人で行くなんて自殺行為である。
「大丈夫です、ユウネ様。僕もすぐに向かいますから」
心配ないという風にアレンは優音に笑顔を向けるが、それでも不安は尽きなかった。
二人にもしもの事があったらと思うと、堪えられない。自分に出来る事としたら、応援するくらいしかない。
「……頑張って、ね……?」
「はい」
優音のそんな言葉を背に、アレンは戦場へと歩いていった。
時は少し遡り、リングサーク城門前。
優真達三人は、物陰から様子を窺っていた。
門番は二人。それぞれ左右に一人ずつ。だが、門番が問題ではない。固く閉ざされた扉をどう開くかが問題なのである。
「どうやって入る?」
「そうですねえ……周りから塀を乗り越えられれば楽なんですけど……」
どう見ても塀の高さは十メートルは越えている。あれを乗り越えるのは不可能というものだろう。
「おい、隊長。どうすんだ?」
「あ〜? たいちょ〜? そんなもんあってないようなもんでしょ〜?」
ジュードはヤンキー座りをしながらやさぐれている。先程の一件をまだ根に持っているのだろうか。
「レン、フォローフォロー」
「え? 私がですか!?」
ジュードをこのままにしておくと作戦に支障をきたすかもしれない。こういう時は幼なじみに任せるのが一番いい。
だが、任された当の本人はどうすればいいのかわからずおろおろしている。
「……ジュード。この作戦が無事終了したらレンからご褒美がもらえるらしいぞ」
「ゆ、ユウマさん!! な、なんですか!? それは!?」
「……ほほう」
やさぐれていたジュードの目がキラリと光った気がした。確実にくだらない事を言う前フリだ。
「それはアレか! あ〜んな事やこ〜んな事やそ〜んな事までやっちゃっていいという事か!!」
「ちょっとジュン君! 私に何する気!?」
「ハッハー! そうと決まれば俄然やる気出てきたぜー!!」
もはやレンの言葉はジュードにはとどかない。なんとも乗せられやすいバカである。
「それで、どうやって中に入るんだ?」
「決まっているだろう? 正面突破だ!!!」
「は!?」
一瞬、ジュードが何を言ってるのかわからなくなった。だが、空中で指をしなやかに滑らせ、そこに手をかざして魔方陣が浮き出たところでさすがに理解した。
「ちょっ、まっ!!」
「焦がし貫け!! 『怒れる雷帝の槍』!!!」
魔方陣は一瞬にして巨大化し眩い光を放つと、そこから紫色の雷の槍が構成され――消えた。
数舜後、城門の方から爆発音が聞こえ、門は粉々に破壊されていた。門番も巻き込まれたのか、地面に倒れて伸びている。
「なんちゅう無茶苦茶な……」
これでは敵が来ましたよ、と言っているようなものだ。優真が頭を抱えるも、ジュードは特に気にしていないようだ。レンはジュードの無茶に慣れているのか、はたまた呆れているだけなのかはぁ、とため息をつくだけだった。
そんな時、けたたましい鐘の音が城中に響き渡り始めた。もう後には戻れない。
「さて、行くか」
ジュードの緊張感のない言葉とは対称的に、優真とレンは重々しく頷き、三人は歩き出した。
城の中に入ると、目の前に巨大なエントランスが広がっていた。天井にはシャンデリア。数十枚ある窓は一つ一つ違う絵が描かれている。階段も多数あり、ここからでも二階に行けるようだ。
「……なあジュード」
「何よ」
それほど巨大なエントランスであるからもちろん扉もたくさんある。
その複数ある扉からリングサークの兵士が次々に出てきている。
「お前、今は騎士団が出払ってるから敵は少人数だって言ったよな」
「ああ、言ったな」
一階には剣や槍などを持った兵士、二階には弓兵、それらの背後にいるのは杖を構えた魔導士。
――その数、およそ百。
「これのどこが少人数だっ!!」
「……えへ♪」
「えへ、じゃねえええええ!!!」
初っぱなから大ピンチ。優真は頭を抱えたくなった。
だが、レンは特に動じた様子はなく、ジュードの背中をパンと叩いた。
「もう、ふざけてないでちゃんとしてよ」
「悪い悪い。ユウマ、今のは冗談だ」
「え?」
「弓隊、構え!!」
そんなやり取りをしている間に、敵は臨戦態勢に入っていた。問答も何もなく排除するつもりらしい。
「お、おい。どうすんだ?」
残念ながら優真の魔法は一対多数には不向きだ。一斉に襲いかかられたら一貫の終わりである。
となると頼みの綱はジュードとレンになってくる。
「ユウマは後ろに下がれ。弓の方はれっちゃんに任せる。それ以外は俺がやる」
「うん、わかった。『来たれ』」
レンは手に魔力を集中さると、緑の風がレンの手にまとわりついてきた。
その手を一振りすると、風が四散し、代わりにレンの身の丈もある杖が出現していた。レンの『緑風』属性の魔導具である。
「『風よ集え。荒れ狂え』」
兵を統率している兵長らしき人物が腕を上げるのと同時にレンは魔導具を掲げた。
「放て!」
兵長の合図で弓兵達は一斉に矢を放った。矢はまるで雨のように優真達に降り注ぐ。
「ユウマさん動かないでくださいね。『大気に吹き荒ぶは神の息吹』!!!」
優真達の上空で緑の風が吹き荒れ、大量の矢が細切れにされた。
大量の矢は三人が立っている場所を残し、周りの床に突き刺さっている。
矢の雨が止んだ瞬間飛び出す影が一つ。ジュードである。
「『来たれ』!!」
ジュードは両手を頭上に掲げる。その手の中で蒼い炎が燃え盛り始め、その炎はだんだんと形を成していく。
それは大剣。体が隠れるほど巨大な剣。ジュードのもう一つの魔導具である。属性は『蒼炎』。
「だらっしゃあああああ!!!」
ジュードがその魔導具を敵に向かって思いきり叩きつけた。
――ドゴオオン!!!
耳をつんざくほどの破壊音と倒壊音。そして土煙。いくつかその煙の中から床の破片が飛んできたが、レンが風で軌道を変えたので何ともない。
「終わったよ〜ん」
煙の中からジュードがへらへら笑いながら歩いてきた。
土煙が少しずつ晴れていくと、ジュードが魔導具を叩きつけた場所はクレーターのようにへこみ、その影響で階段はほとんどが崩れ、兵士、弓兵、魔導士全てが倒れていた。
「……」
優真は声が出なかった。強い。強すぎる。圧巻の一言である。
ジュードがとてつもなく強いという事は知っていたが、レンも引けを取らない。
「よし、急ぐか。あの二人が来ちまう前にここから離れるぞ」
「あの二人って、ジュードの昔の幼なじみってやつか?」
「ああ。二人の中でもベルは律儀だからな。もう来てるかも――」
「ご期待通り、もういますよ」
そんな声が聞こえてきて、ハッと二階を見ると緑の髪を結ったメイド服の少女がこちらを見下ろしていた。