表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Magic Heart  作者: JUN
14/31

第十四話 侵入の前に侵入

 闇。漆黒の暗闇の中、蠢く人物が二人。その二人がいる空間だけ空気が異様に澱んでいる。

 二人はそれぞれ漆黒の闇と同じ色のローブを着込み、顔はわからない。背格好から恐らく男。

 二人の内一人は細身の剣を床に刺し、その床には紫に輝く魔方陣が展開されている。


「準備は、整った」


 剣を床に突き刺している男が喜びを噛み締めながら呟いた。


「……いよいよやるのか?」


 もう一人の男が人間とは思えないほど低く、おぞましい声で、歓喜に打ち震えている男に問うた。

 その問いで剣を持った男はピタッと動きを止め、もう一人の男の方に振り向いた。


「ああ」


 ニヤリ、とフードの中から大きく口元が歪むのがかいま見えた。

 男は剣を抜き、それと同時に魔方陣を消し去ると、闇の中に向かって歩き出した。


「後は、時が来るのを待つだけだ」


 男はそれだけ言い残し、闇の中に消えていった。












 三日三晩、馬を走らせ優真達はようやくリングサークが見えてきた。

 さすがに神王国と呼ばれるだけあって遠目から見てもかなり大きい。

 ジュードの話によると、リングサーク王の住む城は国の中央にあるらしい。

 最短ルートでも半日はかかってしまうほど距離がある。


「じゃあどう行くんだ? 普通に歩いていくのか?」

「いや、街中には馬車があるからそれに乗っていく。……だがその前に問題がある」


 何だ? と優真が聞くと、ジュードはクルリと振り向いた。


「城に侵入するより前に、街に侵入しなきゃならん」


 ズルッと優真は落馬しそうになったが、ギリギリのところで踏ん張った。


「アホか! なんでそんな初歩的なとこで躓かなきゃならんのだ!!」

「いやー、ハッハッハ。めんごめんご」


 ジュードが舌を出して可愛らしく謝っても全く可愛くない。むしろキモい。

 後ろからレンの呆れたため息が聞こえてきた。


「じゃあこうなったら街の壁破壊してでも……」

「無理ですよ、ユウマさん。街の壁には防御結界が張り巡らされていて、物理的な攻撃も魔法も効果がありません。それにそんな事したら城の騎士隊がすぐに飛んできますよ」


 ならどうやって中に入ればいいのか。普通に行ったら中に入れてもらえるのだろうか。


「今は戦争中だからなー。身分証明がなきゃ無理だろうし――あ、あれ使おう」


 ジュードがキョロキョロ辺りを見回していいのがあった、と指を差した。

 その先には藁を大量に積み込んだ牛車がゆっくり走っている。


「まさか……あれに乗るのか?」

「うい」

「ジュン君……藁まみれになるんだけど……」

「我慢」

「「……」」













「……狭い」

「ぐほっ!? ユウマ今蹴ったぞ!」

「きゃっ!? ちょっとジュン君どこ触ってんの!!」


 人の良さそうな牛車の持ち主である老人に頼み込んで、藁の中に入れたはいいのだが、暗いわ狭いわ苦しいわで最悪な状況だった。

 ジュードが優真とレンに起こられている時、牛車の揺れが止まった。


「また大量の藁だな。牧場というのはこれほど必要なのか?」

「へえ、それが先方の依頼でして」


 ふむ、と呟きながら牛車の周りを歩く音が聞こえてくる。

 突然ズボッ、という音と、それと同時にレンがひっ、と声を上げた。


「問題はなさそうだな。通っていいぞ」

「へえ、どうも」


 そんな声が聞こえてきて再び牛車が揺れ出した。


「……うぅ………」

「? レン、どうかしたか?」


 呻き声を上げたレンを心配して優真は声をかけるが、返事は返ってこなかった。


「説明しよう。門番が突然手を突っ込んできてれっちゃんのし――ごはっ!?」


 ジュードが唐突に解説しようとしていたが、ゴスッという音と共に遮られた。

 ――ゴスッ、バキッ、ドゴッ!!


「痛い! 痛い!! け、蹴らないで!! れっちゃん冗談! 冗談だか――らっ!?」


 チーンという男にとってはとても痛い音が優真の耳に届いた。

 その後、牛車から降りるまでジュードは股間を押さえて蹲っていた。












 その頃、成り行きだがリングサークの王女となってしまった優音は、自分の部屋のベッドでゴロゴロしていた。


「う〜ん」


 全面戦争開始まで、残りわずか。元々戦争の抑止力のために王女になったわけだが、今となっては何の意味もない。

 身に付けた魔法も、今では自衛くらいは出来るようになっている。

 その魔法で役に立てる事はないかと考えても、残念ながら思い付かない。前線に参加……は絶対に王が反対するし、何より戦争が終わるまで城から出してもらえない。

 ぶっちゃけて言うと退屈なのだ。


「あ〜、暇暇暇」


 そう言っても返ってくるのは静寂のみ。優音はガバッと起き上がった。


「……ベルのとこ行こ」


 ベルなら相手してくれるかなーとか思い、優音はベルブランカの私室へ向かった。












 アレンとベルブランカは城住まいだ。元々住んでいた家はあるのだが、二人の両親は仕事でこの国にはいないので、家に二人きりになってしまう。それを不憫に思ったのか、王妃が城の部屋を貸し与え、使わせている。

 ベルブランカの部屋は優音の部屋から一分ほどで行けてしまう。だから優音は毎度毎度ベルブランカの部屋に転がり込んでいる。


「ベルー!! あっそびっましょー!!!」


 優音がいつものようにベルブランカの私室に来るなり叫びながら勢いよく飛び込んだ。

 だが、ベルブランカの返事はなく、部屋の中には誰もいない。


「むー。どこ行ったー?」


 ベルブランカが他に行きそうな場所は……。


「アレンのとこかな?」


 アレンの部屋はこの部屋の隣にある。優音は、ベルブランカの部屋を出て、アレンの部屋の前に来ると、丁寧にノックした。

 以前突撃したら城のメイドと、何やらくんずほぐれつしている最中だった。その頃からアレンはあまり優音を部屋に入れたがらない。アレンが実はプレイボーイだと知った日であった。

 そんな事はさておき、部屋の中からどうぞ、という声が聞こえてきた。


「失礼しま〜す……」


 少しドアを開けて中の様子を確認しながら恐る恐る入る。どうぞと言われた時点で大丈夫なのだが、一応である。


「ユウネ様。どうかなさいましたか?」

 やはりここにいたベルブランカが、挙動不審な優音を見てそう尋ねてきた。


「あ、ベル。いやぁ、前にアレンの部屋来たらさ、メイドさんとイチャイチャ――」

「ゆ、ユウネ様っ!? それは秘密にとっ!!」

「あ……」


 そういえばベルブランカにだけは絶対に言うな、と何度も念を押されていたのを思い出した。だが、時すでに遅し。


「……兄さん………?」

「あ、いや、違うんだ! 何と言うか、魔が差したと言うか!」

「あなたは許嫁がいるのになんで浮気ばかりするのですかっ!? 私がどれだけリース姉さんに愚痴られてると思ってるんですか!?」


 普段ほとんど感情を表に現さないベルブランカが烈火の如く怒っている。

 それにも驚きだが、実はアレンに許嫁がいたというのにも驚きだった。


「あー、アレンに許嫁なんていたんだね」


 ベルブランカのお説教が一通り終わったところで優音はすかさずベルブランカの気を逸らさせた。

 なんだかベルブランカに怒られて魂抜けたような顔をしているアレンに罪悪感を感じなくもない。


「はい。リースミリス・ベルティオーと言いまして、とても魅力的な方です。私達の幼なじみでもあるんですよ」


 ベルブランカは嬉しそうにそのリースミリスという人物を語っている。

 無表情なベルブランカが顔を綻ばせている。それだけ慕っているのだろう。

 だが、アレンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。そんなに許婚が嫌なのだろうか。


「アレン、もしかして許婚が嫌いなの?」

「……いえ、嫌いではないんです。家事は出来ますし、容姿はまるで一国の姫のように綺麗な人物なんです」

「なら完璧じゃん」


 それでいて許婚に不満もなく、むしろ好意的ならば何を拒む事があるのだろうか。

 優音は不思議に思っていると、アレンは突然立ち止まった。危うくぶつかりそうになってしまった。


「でも!」


 そう叫びながら、アレンはくるっと優音に振り向いた。その目はくわっと見開かれ、血走っている。

 優音はひっ、と小さく悲鳴を上げ少しのけぞった。


「その性格が問題なんです! 口よりまず先に手が出る、足が出る! ほめれば照れ隠しに殴られる、けなせばもっと激しく殴られる! あんなバイオレンスな嫁は願い下げです」

「で、でも、女の子だから殴られてもそんなに痛くはないじゃない?」


 優音がそう言うと、アレンはガクッとうなだれてしまった。


「……それが、そいつも八賢者の娘でして、一撃一撃が気絶しそうなくらい強烈なんです。一度怒らせれば、最終的には魔法が出てきて死ぬ一歩手前までボコボコにされます」 


 アレンはその許婚を怒らせてしまった事があるのか、ぶるっと身を震わせた。

 優音は苦笑するしかなかった。










「……それで、僕に何かご用だったのではないですか?」


 アレンの許嫁について話し込んでいたら、すっかり話が逸れていた。

 特にこれといった用事はない。だがバカ正直に暇だから遊びに来ましたと言ったら、ベルブランカに怒られるのは目に見えている。


「う、あ、えーっと……、そうそう、この国のために私が何か出来る事ない?」


 嘘ではない。この国の役に立てる事があれば積極的にしていこうとは常々思っている。

 だが、アレンもベルブランカも優音にやらせる事は特になかったらしく、必死に考えているようだ。


「んー、ユウネ様が出来る事ですか……。国民の反戦争意識を高めさせる事しか思い付きま――」


 ピクン、と突然アレンとベルブランカは顔を上げ、言葉が途中で切られた。


「……兄さん。この魔力は……」

「うん。やっぱり、あいつが来たね。今日の深夜には来るかもしれない」


 兄妹で頷き合っているが、優音は置いてきぼりにされている。


「え? あいつって? 夜来るって? いったい何の事?」

「ユウネ様。恐らく、本日深夜にリーザリスの手の者が来ます。目的は、我が国の要人の拉致か殺害でしょう」

「ら、拉致とか殺害って……それってヤバいんじゃないの?」


 唐突にそんな説明されてもあまり着いて行けてないが、非常事態である事はわかった。


「敵は僕とベルで撃退します。ユウネ様は王や王妃様に付いていてあげてください」


 本当は王や王妃と共にどこかへ逃げるか隠れるかするのが最良なのだが、三人ともそれを良しとはしないだろう。

 ならば一つの所にいてくれた方が守りやすい。


「うん、わかった。でもアレンとベルは大丈夫? 怪我とかしない?」

「僕もベルも大丈夫です。こう見えても八賢者の子ですから」

「ユウネ様はご自分の身の安全だけを心配してください。ユウネ様に仇なす敵は私が一人残らず殲滅させます」

「……うん、頑張ってね二人とも。私、お父様達の所に行ってくるね」


 優音は心配そうに何度も振り返りながらアレンの部屋を出ていった。


「兄さん……。相手はあのジュード兄さんですよね? ……本気で戦うのですか?」

「……それが戦争だからね。それにジュードは手加減して倒せる相手じゃないし」


 やれやれ、とため息をつきながら手をヒラヒラさせるアレン。

 そんなアレンとは対照的に、ベルブランカはあまり納得していないようだ。

 戦いは今夜。リーザリスとリングサークの運命の分岐点が徐々に近づいてきていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ