第八話 89と聖なる光
「おいっ、負傷者が出たぞ!」
階段を上がりきって、狩り場から出てきた真澄と女鉄士。そう一声上げると、外に番兵達が、一気に動き出す。
衛生兵なのか、白い箱(医療箱?)を持った者が、即座に駆けつける。
「またあんたか……いい加減にやめないと死ぬぞお前……」
「大丈夫よ、私が戦うのは、狩り場だけだから。はあ……でもやっぱ痛いわ、今日もお願いね」
女鉄士はどうやらこの衛生兵とは顔なじみで、彼女が負傷するの今回が初めてではないようである。
建物内に置かれている椅子に、真澄が女鉄士を寝かせると、衛生兵が彼女の傷口に手をかざす。すると彼の手から、淡く白い光が、ふんわりと優しく包み込むように放たれた。どうやらこれは回復魔法であるらしい。
ただゲームのように即回復とは行かないようで、その後数分間にわたって、衛生兵とは女鉄士に、その光の魔法を浴びせ続けていた。
(さて私ももう一回行くか。さっき倒した獲物、そのままにしてしまったし……)
「眼妖が出たぞーーーー!」
「またっ!?」
再度狩り場に潜ろうとした真澄の耳に、これまた厄介な言葉が聞こえてきた。ついさっき眼妖と接触したばかりなのに、ここに来てまたである。昨日今日と三回目の連続眼妖遭遇だ。
『おいおい……いくらなんでもエンカウント早すぎだろ? 何なんだ?』
『ええ……どう見ても変よねこれ』
この状況に、さすがに源一も明らかに不審に思う。
「助太刀するぞ!」
「確か新聞だと、目が弱点だったな!?」
「誰か早く警察に連絡しろ!」
真澄とその場にいた、衛生兵以外の番兵・鉄士達が、即座に外に飛び出した。建物の外から見えるのは、街道で番兵と戦っている、眼妖達であった。
「あれは昨日の!? しかし目が……?」
それは昨日会った人型眼妖と外見が酷似していた。只違うのは、ヘルメットのバイザーのような透明な膜が、大きな一つ目を隠すように、顔の半分を覆っていることだ。
そしてその眼妖達は、昨日と違って武器を持っていた。この大陸では珍しい、西洋風のロングソードのような剣。ただしそれは、柄と剣身の区別がつきにくいぐらい、全体が石のように灰色であった。
中にいた番兵達は、即座に戦場に駆けつける。十数人ほどの番兵と、三十匹ほどの眼妖が、剣を振り回して戦っている。その場は小規模な合戦場と化していた。
(しかし……これは偶然か? まさか私を狙ってきたんじゃないよな?)
無数の剣戟音が響き合う街道を見て、この連続して遭遇する眼妖に関して、真澄は首を捻っていた。
戦闘は一見互角のようだが、数で勝る上に、目以外の部分を斬られても平気な身体を持つ眼妖に、少しずつ押されているようである。
すると一人の番兵が、眼妖に背後から斬られ、今まで剣をぶつけていた前にいる眼妖に再度斬られた。
斬られた部分は、どちらも鎧で覆われた部分、出血を伴うほどの傷は負っていないが、鎧越しに伝わる衝撃が身体に響き、番兵はその場で倒れ込む。
そして一匹の眼妖が止めとばかりに、倒れた番兵に振り下ろそうとする。
(くそっ! 仕方がない!)
さっきはプライドのためか、勾玉の力を借りなかった真澄。だがこの状況にて、迷わず彼女は、拳銃(何故か彼女が気づいたときには変身済みだった)を手に取る。
そして数十メートル離れた位置で、番兵を踏みつけて剣を構える眼妖に狙いを定める。
「おい! こっちを見ろ!」
急に叫んだ真澄に、気をとられた一部の番兵と眼妖の何人かが、彼女に目を向けた。幸いそれは、今番兵に止めを刺そうとしている者も含まれている。
真澄の方に目を向けた眼妖。その大きな目玉が、こちらに狙いやすいように、真っ直ぐに真澄の方に向いていた。
パン! パン!
そして放たれる二発の発砲。その二体の眼妖の目掛けて発砲された。
昨日まで銃を握ったことのない真澄が、何故か西部劇のヒーローになれそうな程の腕前の銃撃で、その弾は見事命中した。だが……
「キイッ!?」
その弾丸が、眼球を貫くことはなかった。眼妖は目に当たって、一瞬怯み多少痛がっているが、死にはしなかった。
別に眼球が頑丈なわけではない。彼らの目を覆っているバイザーのような膜が、その弾丸を防いだのだ。透明膜が少し凹み、傷つくが貫通には至らない。
透明膜に弾かれた弾丸が、関係ないところに飛んで、街道沿いの林の木に穴を開ける。どうやらあの透明膜は、目を防備するための防具であるようだった。
「むう……」
マスミは再度発砲するが、やはり彼らは多少痛がる程度で、致命傷は全く与えられない。
「キャッキャッキャッ!」
「キィキィキィ!」
まるで猿のような笑い声を発する人型眼妖達。その動きも猿のようである。
昨日遭遇した同型の眼妖は、それなりの知性を持って、人語を喋っていた。だがこいつらにはそういった知性も感じられず、言語を一言も発していない。
そして先程撃たれた二体と、もう一体が、倒れた番兵を置いておいて、真澄に向かって突撃してきた。
(くそっ、不味いな! ……おや?)
これは真澄にとって、絶体絶命の危機かと思われた。だがこちらにも異変が起きていた。さっき発砲したばかりの銃が、また勝手に変身したのである。しかも今度は結構大きい。
(鉄砲が大きくなった!?)
それは全長四十センチほどの、真っ黒な長銃であった。
この世界の一般的な長銃と比べると、銃口が銃身と比べて、急に細くなっていたり。持ち手の部分が二つあったりと、この世界の基準から考えると、かなり奇抜なデザインの銃である。
それは源一の故国にて、自衛隊の主力銃である、89式5.56mm小銃であった。
(よく判らんがこれなら!)
真澄はまた、初めて持つはずの武器を、まるで使い慣れたような手つきで構える。
安全装置は確認せず(拳銃もそうだが、これは最初から安全装置がかけられていないらしい)、こちらに向かって迫ってくる眼妖目掛けて、素早く銃口を向けて、引き金を引いた。
ダダン! ダダン! ダダン!
一回につき弾丸が2連射される銃。それが三回引き金が引かれ、計六発の弾丸が、三体の眼妖に向かって飛ぶ。その速度は、拳銃を遙かに凌ぐ速さであった。
「ギャギャァ!?」
先程の拳銃では倒せなかった、目に防具をつけた眼妖達。だが今回は効いた。弾丸は彼らの透明膜に貫いた。
透明膜に小さな穴が開く。裏側の眼球にも穴が開き、さらに彼らの後頭部から、大量の血が破裂したように噴出された。ほぼ即死であった。
一匹ずつ的確に真澄は狙撃する。銃身が大きく重い分、拳銃よりも小回りが遅いが、ギリギリで間に合った。
二匹を撃っている間に、最後の一匹が僅か数目トールの距離まで迫っていた。後一歩で奴の剣が真澄に届きそうな所で、彼女の銃口が眼妖のすぐ目の前に向けられる。銃口から僅か一メートルの距離で狙撃され、眼妖が彼女の目の前で倒れ込んだ。
「ギャギャァアアアアーーーー!」
「うわっ!?」
これに残りの眼妖達が、一斉に鳴いた。戦っていた番兵達が動揺する中、眼妖達が一斉に真澄に向かって突撃した。計二十七匹の眼妖達が、真澄一人の攻撃対象を変えたのだ。
「一気に来すぎだろうが! お前ら脇に逸れろ! 流れ弾が当たる!」
呆気なく敵を倒したと思ったら、この事態に慌てて真澄が番兵達に声を上げる。さっきは気にしなかったが、この狙いだと、万が一外した弾丸が番兵に当たりかねない。
番兵達が慌て街道の脇に走り出すと同時に、彼らの避難を待たずに、真澄は発砲した。
ダダン! ダダン! ダダン! ダダン!
圧倒的な狙撃率で、眼妖達を撃ち抜いていく真澄。前方にいる眼妖から先に、次々と後頭部から体液を噴き出して倒れていく。
だが数を減らしながら、マスミと眼妖達の距離は、どんどん縮まっていく。だがその前に、89に銃器としての致命的な弱点が訪れた。
カチッ! カチッ!
(やばっ!)
それは弾切れである。十二匹を撃ち抜いた辺りで、89から弾が出なくなったのだ。そして現在彼女の手元には、替えの弾倉などはない。
眼妖達がもう目の前まで迫っている。真澄は即座に89を放り投げ、腰の刀の柄に手をやった。あの透明膜を、刀で斬れるのかは不明だが……
「ホーリーレーザー!」
するとそこに第三の介入者が現れたのだ。眼妖達の背後から、謎の光が迫る。そしてその光は、一体の眼妖を包み込んだ。
「ギャァア!?」
「「「!!??」」」
その場にいる全員。真澄・番兵・眼妖が、その悲鳴を聞いて一斉に後ろを振り向いた。
見ると最後尾にいた一体の眼妖が、何が起こったのかもの凄い速度で溶解しながら倒れ込んだ。ビチャリと地面に大量の泥水が叩きつけられて、その場が泥水で撒き散らされて灰色に染まる。
「ルチル?」
その倒れた眼妖から更に百メートル程離れた所にいるのは一人の少女であった。
真澄のいる位置から、結構な距離があって顔の判別は尽きづらい。だがあの特徴的で目立つ白い衣服は、真澄の知る限り彼女以外には考えられなかった。
そして今眼妖達は、前に真澄、後ろにルチルと、二人の女に挟まれた状態である。
「女神ロアから授かった、浄化の力を見せて上げます! 穢れた者達よ! 神の審判の元、この世から消えなさい!」
彼女の握る魔道杖の先端が、太陽のように白く輝きだした。そしてその光の、一筋の線となって放出される。SF世界の架空兵器のレーザーのような、白い光線が眼妖に向かって飛ぶ。
「ギャァ!?」
動揺して避ける隙をなくした眼妖が、その光線の直撃を受けた。その身体が一瞬白い光に包まれたと思うと、先程の眼妖同様に、その身体が急速に溶けてしまう。
(あの魔法は? 浄化の魔法とは聞いたことがあるが、あれは悪霊専用ではなかったか? ……というかそもそも、さっきまで街にいたルチルが、何故ここにいるんだ?)
見た感じだと幽霊にもゾンビにも見えない眼妖だが、どうもこいつには効くらしい。そしてその一撃で、眼妖達のヘイトは一斉に、ルチルに向けられたようだ。
残り十五匹の眼妖が、振り返って今度は逆方向=ルチルの方へと走り込む。これにルチルは、再度あの光線を放とうとはしなかった。
そして何かを念じ、魔道杖に力を貯め込むような動作を見せる。魔道杖の先端の白光が、さっきより強く輝きだした。
「「ギャギャギャァァアアアーーー!」」
何故かさっきから一言も人語を発しない眼妖達が、奇声を上げながら、剣を振り回し、ルチルから僅か距離十数メートルまで接近した。
だが彼女はこの接近の時を待っていたようで、この瞬間に魔法を解き放つ。
「ホーリーライト!」
先程から普通のファンタジーRPGに出てきそうな技名を叫ぶルチル。その魔道杖から、今までになく強い白光が、広範囲に照射された。
ただしそれは目を眩ますような眩しさは感じられない。あらゆる者を優しく包み込むような、どこか神々しい輝きが、ルチルの前方の空間に広がっていった。
「「ギャァァアアア……」」
だがこの神々しい光は、眼妖達には毒であったようだ。光を浴びた身体が、まるで火で炙られた氷のように、一斉に溶け出して、実に呆気なく彼らは全滅してしまった。
「やっ、やったのか?」
「あの異国の子は何者だ?」
この場で突発的に起きた戦闘は、また早急に終了してしまった。眼妖達は全て消えて、彼らのいた後は、雨後のように泥水で汚れている。
この展開に、番兵達は最初動揺していたが、すぐに気を取り直して行動に移す。眼妖達の亡骸を見て回り、ある者は写真(意外と近代的な外見のカメラで、写真を即写せるらしい)に撮っている。
ある者は倒れた仲間の手当に回っていた。そしてマスミは、不思議に思いながら、自分の窮地を救った異国の少女の元へと駆け寄った。
ちなみに投げ捨てられた89は、すぐに元の姿に戻って、彼女の懐まで勝手に飛んでいた。
「ルチル! お前はいつから…………あっ!?」
「真澄さん……無事で良かったです」
何やら顔色が悪いルチル。側に駆け寄った真澄が彼女を見ると、彼女の服の一部が赤く染まっているのが見えた。
見ると彼女の右側の腹部の服が、赤く変色しているのだ。見るとその服に、小さな穴が開いているのが見える。これは一々深く考えるまでもない。この赤い色は、血の色である。
「うっ……」
「おっ、おい!?」
その場で膝をつくルチルを、真澄は慌てて抱き留める。そして即座に彼女を横抱きに担ぎ上げて、先程衛生兵に会った、狩り場の管理施設へと走り込んだ。




