最終話
それから1年近くの時間が流れた。あの激闘の後、真澄とルチルはどうしたのかというと……まだあの宿屋にいた。
「いらっしゃいませ! ようこそ山田屋へ!」
今明かされる大きな真実は、この宿の名前なのだが、そんなことはどうでもよく。現在この宿の受付台で、客を前に元気よく接待するのは、ルチルであった。
あの着物の制服もしっかり着慣れており、今ではすっかりこの宿の看板娘である。
彼女はあの事件の後も、こちらで働き続けていた。もう今ではこの仕事で、自立した生活を送れるぐらいに、彼女は上手く仕事をこなしている。
当然のことだが、あの事件の後で、眼妖は一切出現していない。既に各地の警戒態勢は解かれている。
ルチルはもうロア教の布教も、眼妖の狩りも何しなくてよく、この小規模でありながら、平和で豊かな国で、市民的で幸せな生活であるだろう。そんな中、真澄はどうしているのかというと……
「う~~し、掃除は一通り終わったぞ。そろそろ変わろうか?」
「そうですね。今から調理場に行くので、真澄さんまたお願いします」
何と真澄も共に、この宿でまだ働いていた。ルチルと同じく、あの着物の制服をすっかり着慣れている。
あの事件の後で、真澄は鉄士の仕事を、実質休止することになった。元々彼女の旅の目的は果たしたし、そもそも彼女の持っている勾玉が、起動停止したので、頃合いだったのであろう。
この二人の英雄が働いている山田屋という宿は、街中で実に評判の良い宿であった。
今日の仕事に一区切りがつき、二人は別棟の家の自室に戻る。ルチルは私服になっても、もうあの司祭服は着ていない。
真澄がその日の夕刊を見ると、そこには彼女たちにとって、興味を引く事柄が書いてあった。
「おい……ディーク神聖王国の事が載ってるぞ……」
「えっ!?」
すかさずルチルが、真澄と共に、その紙面を覗く。これまで津軽王国では、交易相手のガルム王国以外の異国の出来事は、あまり報道されないことがあった。
だがあの事件の後で、ディークという名前の国が、国中で一気に注目されるようになった。そしてあれから一年経った後で、今初めてその国の情報が、紙面に載ったのである。
「これは……やばいことになったんだな、ディークが」
そこに書かれているのは、アマテラスへの再侵攻などといった、この国にとって不吉な内容ではなかった。むしろその逆であった。
「各植民地が反乱を起こし……それに対抗する為に眼妖を狩りだし、自滅!?」
そこに書かれているのは、あの事件の後、半月ほど後に起きた、ディークと各植民地で起きた出来事と、その結末までのこと。
最初に事が起きたのが一年も前なのに、今日になってようやくその情報が、この国にまとめて届いたのである。もしかしたら王政府が、情報を制限していたのかもしれない。
「何て馬鹿なことをしたんだ……マジであの国、あの艦隊で力を使い果たしたんだな」
「それで更に眼妖を使うなんて……愚行を繰り返しすぎです……」
真澄とルチルは、これに驚くと同時に、呆れかえっていた。あの大艦隊を失ったディーク神聖王国は、国内の全兵力の半分以上を失ってしまっていた。
数十万人もの、国内の多くの屈強の戦士達が、陸に上がって戦わずして、艦と共に命を散らしてしまった。
十年前のアマテラス侵攻失敗による国の大失態。その失態の汚名を挽回するために、今までになく力を注いで、あの艦隊を組んだ。
だがその結果、挽回どころか、さらなる失態を犯してしまった。それは名誉的にも経済的にも、この国に大きな損失を与え、国そのものを弱体化させる事態になった。
それを見計らって、これまでディークに制圧されていた、各植民地国家が、反撃を行ったのである。国内で奴隷として働かされた者達も、各地で反乱を開始して、国内は大混乱に陥った。
領地を次々と奪還されて、窮地に陥ったディーク神聖王国。不足した兵力を補うために、眼妖=魔人を使い出したのである。
兵器としては不安定で、戦争には使えず、国の権威を高めるための、お芝居英雄劇の悪役として利用していた魔人。それをこの窮地で、兵力として利用したのである。
だがその魔人達は、まもなくしてディークの命令を聞かなくなり、大暴走を始めたのである。
国が窮地に陥ったことで、国民の間に渦巻いた恐怖の感情。そして国に攻め込んできた、虐げられた者達の憎しみの感情。そういった負の感情が色濃く漂うディークの領土内で出撃した魔人達。
その魔人達は、敵だけでなく味方の兵や国民まで攻撃。さらに負の感情を取り込んで、彼らはもの凄い勢いで増殖を始めたのである。
「しかし眼妖ってのは、自力で増えるんだな。初めて知ったよ……」
「ええ、この国に出てきた眼妖が、そんなことしてるの、今まで見たことがありませんでしたし……この国が綺麗だったからでしょうか?」
ルチルが実に有力な仮説を口にする。この津軽王国を初めとした、アマテラス全土では、実に豊かで国民の民度も高い。そのため大陸中を覆う負の感情は、ゼウス大陸と比べるととても薄い。
さてその眼妖を繰り出し、見事に裏切られて、更に窮地に陥ったディーク神聖王国。この件は、軍事面だけでなく、国民の信頼さえ大きく低下させた。
これまで魔人を聖者達に狩らせて、国と教会の権威を高めていたディーク。だがその悪役であった魔人を、ディーク軍が使用したのだ。
これのせいで、これまでの英雄譚が、自作自演であったことも、民から露見してしまったのである。
それが更なる絶望と負の感情を巻き起こし、魔人の増殖を促進させた。一応反乱軍の撃退という目的は成功した。
国内に眼妖が溢れかえり、地獄と化したディーク領から、彼らは慌てて国外に逃れたのである。
「この件で多くの聖者達が、人民から襲撃を受け、更に現在国に拘禁されて……何てこと!」
紙面には、これまで聖者として、人々のために邪悪な者と戦っていた者達の現状も記されていた。
神聖魔法は心の綺麗な者でないと扱えない。そのためにディークは、彼らを隔離した世界で、世の穢れを何も触れさせずに育成してきた。
つまり彼らは皆、かつてのルチルのように、ディークの本性を知らずに、善意で人々のために働いてきたのである。
だがこの状況で、彼らは国と民、両方から裏切られたのである。ルチルはディークの内部崩壊よりも、こちらの情報に愕然として、そして迷いを見せていた。
紙面を見た後で、何か深く考え込んでいるルチル。ちらりと真澄の方を見たりもしていた。その意思表示を、真澄は察した。
「ルチル……ディークに行って、お前の仲間を助けたいか?」
この問いにルチルは無言で頷いた。
仲間と言っても、これまで隔離された世界で育ったルチルには、会ったこともない他人も同然の者達。だがそれでも、ルチルにとっては救いたい人物であったようだ。
「しかし、ここからどうやって行く気だ? 外ヶ浜から船で渡って、ガルムから陸路でディークに行くのか? どれだけの金と時間がかかるか……。そもそもそこまで行ったところで、私達にできることなんてたかが知れてるぞ?」
「あの……宝石はやはりまだ使えないですよね?」
只の一鉄士と一魔道士に過ぎない彼らの力不足の実体を語る真澄に、ルチルが返したのはその言葉だった。
彼らを英雄にまでのし上げた、あの強大な力を持った勾玉。異界で作られて、異界の人間の魂が宿ったという、あの特異な魔具。あの力がなければ、彼らにできることなど何もないだろう。
「ああ……今朝見たときも、まだ真っ黒なまま……」
『大丈夫だ! たった今俺は目覚めたぜ! あの新聞がここまで届いた直後にな! 東海林のやつ、ちゃんと約束は守ってくれたんだな!』
その時に、この部屋に響き渡った声。それは間違いなく源一の声であった。
だがその声に、この部屋で反応する者はいない。当然真澄たちには聞こえないし、ここにはあの時はいつも一緒にいた小次郎もいないのである。
『むなしいぜ……だが気づいて貰えないなら、反応で示すのみ!』
「「!?」」
その次の事象に、二人は動揺した。それは部屋の机の中にあった物が、急に飛び出したことである。
机の引き出しが勝手に開き、そこから何か小さな物が、虫のように飛んでいる。それはあの勾玉であった。
「宝石が!? しかも色が!?」
それはあの万能武器の勾玉=源一である。以前と同じ緑色の輝きを放っている。あの黒い変色は完全になくなっている。
その勾玉は、勢いよく飛んで、窓から外に飛び出した。そして庭の外の街道の真ん中へ行き、そこで大騒ぎを起こした。
「何だこれ!? 鳥か!?」
「何だこのでかいの? いきなり出てきたぞ!?」
「ここって確か真澄様のいる宿じゃ?」
二人が慌てて外に飛び出すと、そこには街道の真ん中で、飛行機に変身した源一の姿があった。
それから四日後のこと。弘後町から少し離れた所にある、とある広めの街道にて。
そこには数百人規模の人だかりができていた。それは別段、この街道を賑やかに人が行き来しているということではない。
弘後町から野次馬達や、真澄と馴染みのある鉄士・警官達が、今日出立する、ある人達を見送りに来ているのである。
人だかりがいる方向から前方に、誰一人歩いていない、がらんとした街道を指し示すように、あの源一変身の戦闘機が鎮座している。もしかしてこの街道が、滑走路代わりなのだろうか?
そしてその戦闘機の脇に、真澄とルチルがいた。彼女たちはあの宿屋の制服ではなく、以前眼妖達と戦っていたときの服である。
ルチルも当然、あの司祭服である。ただし司祭服に記されていた、ロア教関連の紋章は、全て絵の具でバッテンが付けられていたが。
彼女たちはあの後で、宿屋に暇を申し出て、色々と準備をした後で、今日この日にゼウス大陸へと出発する時が来たのである。
「寂しくなるわね……私あんたらが、いつ鉄士に復帰するか、楽しみに待ってたのに。今度は普通に組んで、狩り場を攻略しようと持ちかける気だったのよ」
真澄の周りにいる、彼らを見送る人々。最初に彼女たちに話しかけているのは、色々と縁があった鉄士の魔道士の春日であった。
「それは悪いな……まあ私はこいつがいなかったら、何の能もない下級鉄士だからな。あまり期待されても困るんだが……」
「それは私も同じよ。結構良い相方になれたと思うけど? ディークのことがすんだら、またこっちに戻ってくるのかしら?」
「う~~ん、そうだな……。まあ全部片付いてから考えるわ」
「そう……期待して待ってるわ。その頃には、私も少し、階級を上がるよう頑張ってみるわ」
あのあきづき型護衛艦での戦闘後、彼女はしばらくして鉄士にまた復帰した。記録は以前より、少し上がって、狩り場で死ぬこともあまりなくなったとのこと。
「ルチルさん、申し訳ありません……。本当は私も力を貸したかったのですが、私はまだ、この国での償いをしきれていないので……」
次にルチルに話しかけるのはブルーノ。彼はあの事件の後で、重要参考人としてしばらく警察に身柄を預かられていた。
彼は眼妖をこの国に、直接ではないとはいえ、各地にばらまいた人物である。更に刑務所を襲撃して、大勢の脱獄を手伝った件。それらを含めて、彼の立場は、ルチルと違って、かなり厄介な状態であった。
国に騙されていたという同情論だけで、それら全てを無罪放免にはできなかった。
そこで彼は、王政府と取引をし、彼の強大な浄化魔法と、彼が今まで学んできた様々な知識で、国の利益のためにしばし働くこととなっていた。
そのため彼は今、自由に行動できる立場ではないため、私情でディークに戻ることなどできない。
「大丈夫ですよブルーノさん! 私の魔法はブルーノさんよりずっと弱いけど……でも真澄さんなら、どうにかできると信じてますから!」
「ていうかこの乗り物、元々二人乗りだから、ブルーノさんは乗せられないんだよな……」
F-2戦闘機の乗員は二名のみ。どう足掻いても、これは真澄とルチルしか、ゼウス大陸に渡ることは不可能であった。そのため残念ながら、ブルーノに力を貸せる機会はなかった。
「では……このロビンを連れて行ってくれませんか? この方一人なら乗せられるでしょう。きっとあなた方の役に立てる筈です」
ブルーノが差し出したのは、もう一人の転生者のロビン=湖川であった。ちなみに転生者の名前は、どちらの方も、この世界の人々は誰も知らない。
ロビンは今犬形態で、この場に座り込んでいる。そして彼の言葉に頷くように、一言ワンと鳴いていた。確かにこのサイズならば、人の膝元に抱え込めば、戦闘に乗りこむことができるだろう。
二人分の酸素マスクしかないこの戦闘機で、犬一匹を入れて高速で飛んで、果たして彼が大丈夫かどうか疑問だが……
「それは……まあロビン様ご本人も了承しているならば良いんですが……ブルーノさんはそれでいいんですか? この方は、異界の魔道士があなたを選んで譲られた方ですよね!?」
「いいのですよ……。話しだと、もうその実験というのの私の役割は、もう終わっているようだ。この先にまだ何かあるというのなら、貴方たちが引き継いでくれるのが、一番良いです」
「まあ、確かに……色々と役立ちそうだから、ありがたいな。じゃあ、遠慮なく受け取っていくぞ」
その言葉と共に、秋田犬状態のロビンが、ルチルの側に歩み寄る。ルチルの連れが、白猫から秋田犬に変わった瞬間であった。
「ありがとうございます……この国の人々の信頼を集め、それを裏切ってしまった私の罪は、私でけじめをつけます。真澄君とルチル君は、私達の故郷を、そして同胞達を、どうかお願いいたします」
彼らに見つめ、胸を抱きしめながら、彼らに懇願するブルーノ。それに二人は、心地よく頷いていた。
「残念ね……代わりの店員が見つかったとは言え、貴方たちがいなくなると、売上が落ちるでしょうね。まあしばらくは、英雄が働いた宿屋って事で、それなりに客が来てくれそうだけど……」
言葉通り実に残念そうに二人に語りかけるのは、あの宿屋の女店主。ちなみにどうでもいい新事実だが、この店主の名前は、山田 愛という。
「どっちみち時間の問題だろ? 私らなんて、一時の流行り物だ。あまり引っ張らずに、はっきり一区切り付けた方がいいだろう?」
「はあ……まあ、確かにそうかもね」
「今までありがとうございました山田さん……。あなたのおかげで、私はこの国で家を見つけ、この国のことをとても沢山知れました。いつかまた機会があれば、お礼に窺います……」
この大陸の礼の仕方である、頭を下げる仕草をして、ルチルは山田に深い礼の意志を継げる。それに山田は、少々困っていた。
「お礼って……今まで散々働いてくれたのに、更にそんなことされたら、こっちが悪い気持ちになるわよ。まあ、頑張りなさいよ! 貴方たちなら大丈夫だと思うけど、もし見送った先で、あっさりやられたなんて、こっちの新聞に載せるんじゃないわよ」
「それなら安心しろ! もしやばそうになったら、この矢を、ディークの王宮に撃ち込めば、全てカタがつくからな! ディークの奴らをあしらうなんて、余裕よ」
「それはそれで怖いね……」
軽く笑いながら、1年以上共に暮らしてきた彼らが、ここで爽やかに別れの挨拶を終えた。
「ええ、確かにここでお別れとは寂しいわね。貴方たちには、随分助けられたから……」
最後に声をかけたのは、彼女らにとってはすっかり顔馴染みの女警察官の美夜子であった。彼女ら弘後警察も、非番の同僚と一緒に、ここに見送りに来ていたのである。
「礼金なら充分貰ったから結構だ。私もあんたらに助けられたよ。あんたら警察が、こちらを頼ってくれたおかげで、あそこまでの結果を出せたんだし……」
「そうね……しかし今更言うけど、貴方の心の広さには、随分感服させられたわ……。昔あれほどのことがあったのに、私ら警察をあそこまで信用してくれたし」
「前にも言ったろ? あの件は、あんたらの誠実な制裁をしてくれたおかげで、もう気は済んだわ。そういうなら、あの馬鹿警部みたいな奴を、もう二度と出させないようにしろよ……」
「ええ、勿論そのつもりよ」
各々に別れを告げた後で、二人と一匹は戦闘機に乗りこんだ。そして天蓋を閉める前に、皆に最後の一言。
「この乗り物、出るとき後ろから火が出るから、早い内に皆離れろ! 前の春日みたいに、吹っ飛ばされたくないだろ!?」
その言葉で、皆一斉に戦闘機の横側に離れていった。戦闘機が飛ぶところなど、この世界の人は誰も知らないため、一歩間違えれば大事故になっていただろう。
「前の私って……あの小さい大砲の時かい? こんな時に言わなくても……」
春日が何か文句垂れている間に、戦闘機の天蓋が閉められ、機体が起動を始めた。
後部の噴射口から、太陽のような赤い光と共に、大量の熱気が噴出される。そしてそれを動力にして、戦闘機がこの街道の上を、滑るようにして走り出した。
「さあ~て、新しい冒険の始まりだ! この方位磁針で、まっすぐ西にいけばいいんだよな?」
「今更、地理を見るんですか!? まあ……多分大丈夫でしょう。大陸ですし、その内どこかの陸地が見つかるでしょうし……」
操縦席の中で、初っぱなから不安要素バリバリの会話をする二人。戦闘機は滑走路がありの街道を進み、やがて車輪が地面から離れ、機体全体が浮遊を始めた。離陸完了である。
鬼鴨など比較にならない速度で空を舞い、二人を乗せた戦闘機は、一気に天空へと消えていった。
ゼウス大陸への、彼らの新しい旅路が始まった日。
彼らがいつ目的を達し、ここに帰ってくるか? 後日の新聞を見た、国中の人々が、彼らの旅の安全を祈っていた。
ここまで読んで下さってありがとうございます!
ディーク神聖王国のその後は、今連載中の別作品「目隠しサムライ」で描きます。




